子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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日本の昔話 4 より 『とうふ問答』 誤解がうまく作用するお話
短いお話です。

むかしある寺に、あまり学問のない和尚さんがいました。あるとき本山の偉い坊さんが「これこれの日に、お前と禅問答をしに行く」との使いがきました。

和尚さんは、禅問答など難しくてできるわけがないと、心配で心配でなりませんでした。



さて、その日の朝、豆腐屋のじさまが、天秤棒を担いでやってきました。豆腐屋のじさまは和尚さんに、「今日はなんだか元気がないね」と声を掛けました。

和尚さんは、「実は偉い坊様から『禅問答に来る』という使いが来て困っているところだ」と答えました。

豆腐屋のじさまは、「心配はいらねえ。わしが和尚さんの衣を着て、なり済ますから、和尚さんはわしの着物を着て、その辺にいておくれ。なあに黙っていれば向こうもあきらめて帰るだろう」といいました。

和尚さんは、「それはありがたい」といって言われた通りにすることにしました。



やがて本山の偉い坊さんが寺に着きました。坊さんは、山門に入ってくるなり、何も言わずに、両手の指を、十本ぱっと開いて突き出しました。

それに対して、和尚さんになりすました豆腐屋のじさまは、片手の五本を広げて出しました。すると今度は、偉い坊さんが指を三本出しました。すると今度はにせの和尚さんがあかんべえをしました。すると偉い坊さんは何も言わないで山門を出て行ってしまいました。



はらはらしながら、その様子を見ていた、本物の和尚さんは、何がなんだかさっぱりわからなかったので、豆腐屋の姿のまま、偉い坊さんの後を追いかけて、「お坊様、御坊様、さっきの問答は、どういう意味でしたか」と聞きました。

偉い坊さんは、「わしもはるばる本山からやってきたが、ここの和尚さんには及ばない。『十方(仏教の、十方世界を指すのか?)は』と問えば、『五戒で保つ』と答えられたので、『三千世界(おそらく十方より広い世界をいいたいのか?)は』と問うと、『目の下にあり』と答えられた。いやはや、学問のある立派な和尚さんだ」といいました。そして偉い坊さんは、早々に帰っていきました。



和尚さんは寺に戻って、豆腐屋のじさまに、「いや、いや、じさま、ご苦労さん。ところでお前さん何を考えて答えたのだ」聞きました。

すると豆腐屋のじさまは、「あの坊主、けちだわい、十本の指を出して『とうふ、いくらだ』と聞くから、わしが『五文だ』と五本の指を出すと、『三文に負けろ』という。ばかばかしいから、あかんべえしてやったら、買わずに帰っていったんだ」、と物語は結ばれます。



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学問のない和尚さんを、本山の偉い坊さんが、禅問答をしに訪ねることとなります。和尚さんにとっては試練ですね。困った和尚さんは、懇意の豆腐屋のじさまに相談します。じさまは和尚さんと違って楽天的です。事の解決を何の気兼ねもなく引き受けました。

偉い坊さんと、にせの和尚さんであるじさまの身振りを使った会話は、お互い自分の都合で解釈され、和尚さんの心配事は何事もなく過ぎ去りました。

偉い坊さんと、豆腐屋のじさまの間には、一見、コミュニケーションが成り立ってはいないようで形を成します。

これは、われわれの現実にもたびたび起こっていることです。いわゆる誤解ですね。誤解は否定的に作用することが多いですが、ときにうまく作用することもあります。



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