子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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『古事記』 [下の巻] 09 第二十二代 清寧天皇崩御後、空位を治める飯豊王、それ以降
雄略天皇崩御後は、その御子である白髪命(シラカミノミコト)が皇位につきます。第二十二代清寧天皇(せいねいてんのう)です。清寧天皇には御子がおりませんでした。よって清寧天皇崩御後にはしばらく空位が生じてしまいます。

そこで皇位を受け継ぐべき王を尋ね求めると、まだ皇位を継ぐ前の雄略天皇、つまり大長谷王子(オオハツセノミコ)に殺された忍歯王(オシハノミコ)の妹の飯豊王(イイトヨノミコ、『古事記』 [下の巻] 04 第十七代 履中天皇 皇位継承は御子から兄弟へを参照)が空位を預かり、角刺宮(つのさしのみや、所在未詳)で仮に天下を治めることになりました。



ところで山部連小盾(ヤマベノムラジオダテ)という者が、播磨国(はりまのくに、兵庫県南部)の長官に任じられた時、土地の志自牟(シジム、[下の巻] 07 第二十代 安康天皇 徳のなさゆえに暗殺された天皇を参照)という金持ちが開く新築祝の宴会に呼ばれた時のことです。

集まった客の者は、酒が回ってご機嫌になると、身分の上の者から舞を舞うこととなり、この時最後に、火を焚く係をしていた二人の少年にも、舞を舞わせることとなりました。二人は兄弟で、その順番を譲りあっている様子が可笑しかったので、集まっていた客は皆、笑いました。

そしてようやく兄が舞い終え、次に弟が舞おうとしたところ調子を付けて歌い出します。歌の内容は兄弟の身分の告白でした。そう彼らはあの雄略天皇に殺された履中天皇の御子オシハノミコの御子である意祁命(オケノミコ、第二十四代仁賢天皇(にんけんてんのう))と袁祁王(ヲケノミコ、第二十三代顕宗天皇(けんぞうてんのう))だったのです。正統な皇位継承者です。

それを聞いたヤマベノムラジオダテは、早速人払いをして、兄弟を膝に乗せて泣き喜び、仮宮を作り兄弟をお連れして、角刺宮へ早馬の使者を走らせます。すると叔母であるイイトヨノミコはそれを聞いて喜び兄弟を角刺宮へ迎い入れます。



この二人がまだ天皇の位に付く前のことです。弟のヲケノミコは、名を大魚(オオオ)という綺麗な少女を、かねがね嫁に貰いたいと思っていました。

ある晩、歌垣と言って若い男女が集まって、歌ったり踊ったりする行事に出ていた時に、志毘臣(シビノオミ)という役人が、この少女の手をとっているのを見ます。そこでヲケノミコも負けじと歌垣に参加するのでした。

二人の男が歌の詠み合いの勝負をします。そして夜明け近くになったおり、行事はお開きとなりました。この時二人の王子は、あるはかりごとをします。今は寝ているであろうシビノオミの暗殺です。そして軍を起こして、それをなしてしまいました。



やがて二人の兄弟に、いよいよ天皇の位に付く時が来たのですが、二人は譲りあって、どちらが継ぐか、なかなか決まりません。結局兄弟の身分を適宜に明かした弟のヲケノミコが、まず皇位に付くこととなりました。第二十三代顕宗天皇(けんぞうてんのう)です。



顕宗天皇は第二十一代雄略天皇によってだましうちにあい、殺された父親のオシハノミコの亡骸を探していました。そこへ、ある時身分の賤しいおばあさんがやってきて、その父親の埋まっている場所を知っているというのです。

そこで人をやってその場所を掘らせてみると確かに見つかります。亡骸の歯型をみて確かめました。顕宗天皇は立派な墓を作って父親を葬ります。

あの賤しいおばあさんには、置目(オキメ)という名を与えて、手厚くもてなしました。宮殿の傍に立派な家を作り、毎日会いました。御殿に大きな鈴を垂らしておき、おばあさんが顕宗天皇を呼ぶときには鈴を鳴らします。顕宗天皇はその様子を歌に詠んでいます。

しかしやがておばあさんは、すっかり年を取ってしまうと、暇を請うので故郷に返してあげました。顕宗天皇は別れを惜しみ歌を詠んでいます。



また顕宗天皇は、昔、雄略天皇を恐れて身を隠した時、お弁当を奪われた猪飼いの老人([下の巻] 07 第二十代 安康天皇 徳のなさゆえに暗殺された天皇を参照)を探させます。

そして老人を探しだすと呼び出して河原で斬り殺します。一族の者も膝の筋を断ち切り、足を不自由にして見せしめとしました。



また顕宗天皇は、父を殺した雄略天皇をひどく恨んでいたので復讐をしたいと思い雄略天皇の御墓を壊そうと人を遣いに出そうとしますが、これは他人任せにはできないと兄のオケノミコが自身で壊してくるというので任せます。

そして兄のオケノミコは事をなしてきます。しかし、あまりに早くことがなされたので不思議に思い、顕宗天皇はどのようにしてきたのかを問いうと、オケノミコは少しだけ掘り返してきたというのです。顕宗天皇ははなぜことごとく破壊しなかったのかと兄のオケノミコを責めます。

すると「雄略天皇に報復したいと思うのはもっともだけれども、一方で雄略天皇は父の従兄弟であるし、いっときは天下を治めた天皇です。ここで単に仇の意志だけで事を行ってしまうと、後の世の人々は非難するでしょう。これで十分な辱めです」と述べました。これには顕宗天皇も同意します。



そして顕宗天皇崩御後は兄のオケノミコが皇位を継ぎ、第二十四代仁賢天皇(にんけんてんのう)と呼ばれます。

仁賢天皇は、雄略天皇の御子である春日大郎女(カスガノオオイラツメ)を后に迎えています。親族間の本当の意味での和解です。



仁賢天皇の後は、古事記は、物語的な記述はなくなります。なので天皇の名だけを記して終わりたいと思います。武烈(ぶれつ)、継体(けいたい)、安閑(あんかん)、宣化(せんか)、欽明(きんめい)、敏達(びたつ)、用明(ようめい)、崇峻(すしゅん)、推古天皇(すいこてんのう)と続きます。古事記は、第三十三代推古天皇(神功皇后([中の巻] 14 第十四代 仲哀天皇(2)女帝としての神功皇后を参照)を除けば初の女帝)の系図までで終わっています。



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残虐であった允恭天皇の系統の安康、雄略天皇から穏健な履中天皇の系統である顕宗、仁賢天皇に変わる節目です。この節での空位は大きな意味を持ちます。

顕宗、仁賢天皇は少年時代、雄略天皇の脅威を逃れて身分を隠し、貧しい牛飼いに仕えて働いていました。民衆の生活の苦しさを身にしみて知っていたのではないでしょうか。民の心を知っている優しい天皇だと思います。

彼らは父を殺し自分たちを窮地に追いやった雄略天皇の御霊に復讐しようとしますが、思い立ってやめています。

また仁賢天皇は雄略天皇の御子であるカスガノオオイラツメを后に迎えています。これで二つの勢力の間の和解が成立します。親族間の泥沼の復讐劇は終わりを告げます。民にも、みっともない権力争いなどに対する示しを付けました。

最後に、この節で空位を治めたイイトヨノミコは、神功皇后と共に女帝として扱ってもいいのではないでしょうか。

これで古事記の読書メモを終えます。



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