子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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『古事記』 [中の巻] 06 第十代 崇神天皇 「初国知らしし御真木天皇」
第九代開化天皇(カイカテンノウ)崩御後、第三皇子であった御真木入日子印恵命(ミマキイリビコイニエノミコト)が即位します。第十代崇神天皇(スジンテンノウ)です。

崇神天皇は三人の皇后との間に十二神の皇子女をもうけました。そのうちの豊鉏比売命(トヨスキヒメノミコト)は伊勢神宮を祭りました。(これは未婚の内親王が伊勢神宮に奉仕する「斎宮」の起源を語ったものと思われます)そして伊玖米入日子伊沙知命(イクメイリビコイサチノミコト)が皇位を継いで第十一代垂仁天皇(スイニンテンノウ)となります。


さて崇神天皇の御世には疫病が流行り、人民は死んで尽きそうになります。崇神天皇は悲しんで神牀(かむとこ)という、夢に神意を得るための、特別に清められた寝床で眠り、夢を見ます。夢には大物主神(オオモノヌシノカミ)が現れ次のように話しました。「これは我が御心である。意富多多泥古(オオタタネコ)に我が御魂を祭らせなさい。そうすれば神の祟も起こらず国は安らかに治まるだろう」と。

早速、崇神天皇は、早馬を四方に遣わせ オオタタネコなる人物を探させ、河内の美努村(大阪府八尾市上之島町付近)にその人を見つけます。

そして崇神天皇は彼に素性を聞くと、建御雷神(タケミカヅチノカミ、[上の巻] 03 神生み[上の巻] 16 国譲りを参照)を父に持つ、大物主大神([上の巻] 15 葦原中国の完成−我々の八百万的なものの中での共生の起源を思う[中の巻] 03 天つ神と国つ神の統合を意味する神武天皇の大后探しを参照)の末裔だといいました。

そして彼を祭主としてオオモノヌシノカミを三輪山に祭ります。すると疫病はすっかり止み国は安らかに治まりました。



さて、ここで、オオタタネコが神の子孫であることを語るために、大物主神の三輪山伝説が記されます。

三輪山伝説とは、蛇神である大物主(おおものぬし)による、活玉依比売(イクタマヨリビメ)の懐胎の伝承です。興味のある方は、ネットででも調べてみてください。たいへん有名な伝説で日本の民話にも、それをモチーフとしたものがあります。



また崇神天皇の御世には、地方の統治も行われます。第八代孝元天皇の御子である大毘古命(オオビコノミコト)を越国(北陸)に、 オオビコノミコトの子である建沼河別命(タケヌナカワワケノミコト)を、東方の十二国(東海地方中心とした諸国)に遣わして、従わない人々を服従させます。

また崇神天皇の兄弟である日子坐王(ヒコイマスノミコ)を丹波国に遣わして、玖賀耳之御笠(クガミミノミカサ)を殺しました。

ところで オオビコノミコト越国へ向かう途中山城(京都府南部)で不思議な少女に出会います。彼女は奇妙な歌を歌います。オオビコノミコトは馬を返し、少女に歌の意味を聞きますが少女はただ歌っただけと言い残し消えてしまいます。

オオビコノミコトは、それを奇妙に思い、すぐに都に戻り崇神天皇に報告すると天皇は山城国に住むオオビコノミコトの腹違いの兄、建波邇安王(タケハニヤスノミコ)が邪心を起こしたしるしではないかと察して、オオビコノミコトに日子国夫玖命(ヒコクニブクノミコト)を従わせて遣わします。

案の定、タケハニヤスノミコは待ち構えていましたが、これを二人は平定し、続けて当初の命令通り、オオビコノミコトは越国も平定します。これにより天下は治まり人々は富み栄えました。



そしてここに、初めて徴税の制度が始まります。それ故に、この御世をたたえて「初国知らしし御真木天皇(みまきのすめらみこと)」と称しました。また、この御世には灌漑用の溜池も作られます。



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オオモノヌシノカミが登場するのは、これで三回目です。一回目は[上の巻] 15 葦原中国の完成−我々の八百万的なものの中での共生の起源を思うの記事に書いた大国主神の国造りの協力者としての登場場面で、次に[中の巻] 03 天つ神と国つ神の統合を意味する神武天皇の大后探しの記事で書いた、神武天皇の大后の出自がオオモノヌシノカミに行き着く場面で、そして今回は祟り神としての登場です。

そして自分の末裔に当たるオオタタネコを祭主として三輪山に自分を祀ることを崇神天皇に求めています。これにより三輪山祭祀の形が確立したと考えられています。



そして崇神天皇の代にしてようやく大和国家による地方の統一がなされ様々な統一国家としての仕組みが始められたようにこの節はつづられています。

原文にも「初国知らしし御真木天皇」とありますが、これは素直に受け取ると崇神天皇を第一代天皇と捉えて考えることができます。

これが考えが正しいとするならば、古事記での神武天皇から欠史八代の天皇は、神代と人代をひと続きの物語とするための、後から作られた伝説と考えることもできるのです。





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