子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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『古事記』 [上の巻] 20 神倭伊波礼毘古命(神武天皇)の誕生
ある日、海神である豊玉比売命(トヨタマビメノミコト、前節で登場)が葦原中国(あしはらのなかつくに)に戻った山幸彦(やまさちびこ)を訪ねてきます。

それは彼女が山幸彦の子を身ごもって産む時期が来たため、天つ神の御子を海原で生むのは良くないと思ってのことでした。



そして海辺の波打ち際に、鵜の羽を葦に見立てて屋根を葺き産屋を作りました。ところがその産屋がまだ屋根を葺き終わらぬうちに、お腹の子が生まれそうになったので、トヨタマビメノミコトこらえきれず、その産屋に入りました。

そして夫の山幸彦にこう告げました。「すべての異郷のものは出産の時になると、自分の本国の時の姿になって産むものです。それで私も本来の姿になって子を生みますから、どうか産屋を覗かないでください」



ところがその言葉を奇妙に思った山幸彦は、そのお産が始まるところを密かに覗き見してしまいます。

するとなんとトヨタマビメノミコトは、八尋もある大鰐に化して這いまわり身をくねらせています。この光景に山幸彦は驚き、恐ろしさのあまり逃げ去ってしまいます。



それを知ったトヨタマビメノミコトは、子のために、いつまでも海の道を通って、行き来しようと思っていたのだけれど、たいそう恥ずかしい思いをしたので、生んだ御子をそのまま残して、海の果ての境を塞いで海神の国へ帰ってしまいました。

このようにこの御子は、渚で鵜の葺草が葺き終える前に生まれたことからその名を、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(アマツヒコヒコナギサタケウカヤフキアエズノミコト、鵜葺草葺不合命(ウカヤフキアエズノミコト))と申しました。



しかしその後トヨタマビメノミコトは、覗かれたことを恨んだものの、夫を慕う恋しい思いに耐え切れず、御子を養育するためというゆかりを頼りに、妹の玉依比売命(タマヨリビメノミコト)託して次の御歌を献上します。

■赤玉は 緒さえ光れど 白玉の 君が装し 貴くありけり
(赤い玉は 通す紐さえ キラキラと光って美しいもの けれど それにもまして 白い玉のように輝く あなたの気高い姿が 思い出されてなりません)

夫の山幸彦もこれに答えて歌を送ります。

■沖つ鳥 鴨著く島に 我が率寝し 妹は忘れじ 世のことごとに
(沖にいる鴨が 寄り付く島のような あの綿津見宮殿で 共に眠った愛しい妻を どうして忘れることができようか わたしの命のある限り)

愛しあいながらも離れて暮らす二人は、歌をおくりあって心を通わすのでした。

さて山幸彦こと火遠理命(ホオリノミコト)はその後、高千穂の宮殿に五百八十年住まいます。そしてその御墓は高千穂の山の西にあります。



山幸彦の子であるウカヤフキアエズノミコトは、叔母にあたるタマヨリビメノミコト娶って子を生みます。子の名は五瀬命(イツセノミコト)、次に稲氷命(イナヒノミコト)、次に御毛沼命(ミケヌノミコト)、次に若御毛沼命(ワカミケヌノミコト)、またの名を神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコノミコト)といいます。

ミケヌノミコトは波の穂を超えて常世国に渡り、またイナヒノミコトは、母の国である海原に入ってゆきました。カムヤマトイワレビコノミコトは、初代天皇の神武天皇です。



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この節のお話の系譜は、禁室型説話形式と呼ばれます。俗にいう、見るなのタブーと呼ばれるモチーフを持つものです。

民話にも異類の女性と結婚した男が女の本来の国の姿を見て驚き夫婦関係が断絶するというお話は「魚女房」、「鶴女房」、「蛤女房」などあります。

根源は南方未開社会のトーテミズムや異族結婚制に由来する物語といわれます。



これで上の巻終わります。次の巻ではカムヤマトイワレビコノミコト、初代天皇の神武天皇のお話から始まります。





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