子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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『古事記』 [上の巻] 19 海幸山幸
邇邇義命(ニニギノミコト)と木之花佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)との間に生まれた子のうち、火照命(ホデリノミコト)は「海の獲物をとる男」という意味の海佐知毘古(うみさちびこ、海幸彦)として、海の大小の魚を捕っていました。また、火遠理命(ホオリノミコト)は「山の獲物をとる男」という意味の山佐知毘古(やまさちびこ、山幸彦)として、山のいろいろな獣を捕っていました。



ある日、山幸彦は、兄の海幸彦に、お互いの使っている狩りの道具を交換してみようと提案しますが、兄はそしらぬ顔です。しかし、その後も弟は、あまりにしつこく求めるので、ついに二人は少しの間だけ道具を交換して使ってみることになりました。

ところが弟の山幸彦は、釣り針を使って魚を釣ろうにも、結局一匹の魚も釣ることができません。そのうえ兄の大切にしていた釣り針を海になくしてしまいました。

するとそこへ自分も獲物がとれないでいた兄の海幸彦が現れ、そろそろお互いの道具を元に戻そう言い出します。山幸彦は困りました。しかし、山幸彦は、兄さんに借りた釣り針を海になくしてしまいましたと正直に打ち明けました。

しかし、兄の海幸彦は、どうしても釣り針を返せということを聞きません。海でなくした釣り針を探しだすことは容易ではなさそうです。

山幸彦は、兄の許しを請うために、自分の十拳剣(とつかのつるぎ)を打ち砕いて、五百本の釣り針を作り、償おうとしますが、兄は受け取ろうとしません。千本の釣り針を作ろうものの結果は同じで、元の釣り針を返してくれとの一点張りです。



山幸彦は、どうすることもできず、ただ涙を浮かべ海辺に座り込んでいると、そこへ、潮の流れを司る塩椎神(シオツチノカミ)が現れて、どういうわけで泣いているのかと山幸彦に尋ねると、彼はこれまでの経緯を話すのでした。

それを聞いて気の毒に思ったシオツチノカミは、山幸彦の力になることを約束します。目の堅く詰まった竹籠の小舟を作り、山幸彦をそれに乗せ、次のように教えました。

「私がこの船を押し流すので、そのまま進みなさい。そのさきに良い潮路があるので、その道に乗って行けば、魚の鱗のように屋根をふいた宮殿、大綿津見神(オオワタツミノカミ、海神、[上の巻] 03 神生みを参照)の宮殿がある。その神の御門に着いたなら、その傍らの井戸の端に桂の木がある。その木の上に座っていれば海神の娘が何かと取り計ってくれるでしょう。」



山幸彦が、シオツチノカミに教えられた通りにすると、すべては言われた通りになります。そして桂の木の上で座って待っていると、海神の娘の豊玉比売命(トヨタマビメノミコト)の侍女が現れたのです。

侍女は玉器(神聖な器)で水を汲もうとした時、井戸に人影が写っていたので、ふと見上げると、麗しい男神がいるのが分かり、どうしたのだろうと思いました。

山幸彦は侍女に水を求めると、彼女は玉器に水を汲み入れて差し出しました。すると山幸彦は水を飲まず、自らの首飾りを解いて、玉を口に含み、その玉器に玉を吐き出しました。首飾りの玉は山幸彦の唾液の呪力によって玉器にくっついて取れなくなってしまいます。

これによって、玉が侍女の主人のもとに届けられ、自分が来たことを知らせることがができると考えたのでしょう。そして結果はその通りになります。侍女の主人であるトヨタマビメノミコトは、どういうことかと思い、門のところへ出てゆきました。そして山幸彦を見た彼女は、たちまち一目惚れしてしまいます。

トヨタマビメノミコトは、早速父であるオオワタツミノカミに知らせると、オオワタツミノカミは、門の所に自ら出向いて山幸彦を見ると、早々に彼が天つ神の御子であることを見抜いてしまいます。

オオワタツミノカミは、早速宮殿でアシカの革の敷物を幾重にも敷き、またその上に絹の敷物を幾重にも敷き、その上に山幸彦を座らせご馳走しました。そしてついには、山幸彦と娘のトヨタマビメノミコトを結婚させます。山幸彦は、それから三年間この国に住むことになります。



やがて三年がたち、山幸彦は大切なことを思い出します。自分は兄である海幸彦から借りて失くしてしまった釣り針を、探してここまで来たのです。ため息をついて嘆きました。

そんな山幸彦の様子を見てトヨタマビメノミコトは心配します。そして父親に相談しました。そこで父親であるオオワタツミノカミは娘の婿に、これまでお嘆きになることは一度もなかったのにどうしたのか、また、どうしてここにやってこられたのかと尋ねました。



山幸彦はオオワタツミノカミに兄との間で起きた経緯をつぶさに話しました。それを聞いたオオワタツミノカミは、小さな魚から大きな魚まで、海の魚という魚を呼び集めて、釣り針の行方を探ります。

すると一匹の鯛の喉に釣り針を引かっけていることがわかりました。そこでオオワタツミノカミは、早速取り出して洗い清め、山幸彦に差し出します。そして次のように教えました。

「この釣り針をあなたのお兄さんに渡す時『この釣り針は心ふさがる釣り針、心のたけり狂う釣り針、貧乏な釣り針、愚かな釣り針』といって後手で渡しなさい。そして兄が高い所に田を作るなら、あなたは低い所に、もし兄が低い所に田を作るなら、あなたは高い所に田を作りなさい。そうすれば私は水を支配しているから、三年の間に必ず兄は凶作で貧しくなるでしょう。もしそのようなことを恨んで兄が攻めてきたら、潮満珠(しおみつたま)で潮水に溺れさせ、もし苦しんで許しをこえば潮乾珠(しおふるたま)を出して命を助け、彼を悩ませ苦しめなさい。」そういって、オオワタツミノカミは、山幸彦に潮満珠と潮干珠を授けました。



そしてオオワタツミノカミは、ことごとく海の和邇(わに、サメのこと)を集めて、今、ニニギノミコトの御子である山幸彦が葦原中国にお出かけになる、誰が幾日で送り出して戻ってくるかと皆に問いました。

各々が身の丈に従って日数を述べる中、一尋和邇(ひとひろわに)が一日で行って帰ってこれると答えます。

そこでオオワタツミノカミは一尋和邇を選び、海を渡るときには怖い思いをさせないようにと言いつけて、山幸彦を和邇の首に乗せて送り出しました。

そして和邇は約束通り一日で用をこなします。和邇が帰り際に、山幸彦が腰に帯びていた紐少刀(ひもかたな)を解いて和邇の首につけて返したため、一尋和邇は今では、佐比持神(サヒモチノカミ)といいます。佐比とは鋭い刀のことです。



山幸彦は帰り着くと、オオワタツミノカミの言う通りに、海幸彦に釣り針を後手で返しました。すると兄は徐々に貧しくなってゆきます。さらには予想された通り、荒々しい心を起こして攻めてきたのです。

山幸彦は兄が攻めてきた時には潮満珠を用いて溺れさせ、苦しんで助けを求めてきた時には潮干珠を用いて救い、このように悩ませ苦しめると、兄はついには頭を下げて、これから後は、あなたさまの守護人となって仕えると誓いました。

それで今日まで海幸彦の子孫である隼人は海に溺れた時の様々な仕草を絶えることなく伝えて宮廷に使えているのです。



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海幸彦と山幸彦の対立は、物語一般によく見られる、弟が兄に勝つ兄弟げんかの類型です。

山幸彦が海幸彦に釣り針を返すときに、オオワタツミノカミが後手に渡せと教えますが、これは呪いをかける仕草です。このように普段とは逆に行う作法は呪いを込める意味があります。

こういった作法は、古事記に散見されます。(イザナキノカミが、イザナミノカミから逃れて、黄泉の国から帰還するときに剣を後手に振るなど。[上の巻] 04 黄泉の国を参照)



それにしても、だんだんと統治者の血統が整えられてゆくのが感じられます。ニニギノミコトと山の神オオヤマツミノカミ(03 神生みを参照)の娘であるコノハナノサクヤビメとの結婚で生まれた山幸彦は山の神の霊力を持っています。

彼がここで海の神オオワタツミノカミの娘であるトヨタマヒメノミコトとの結婚をすることによって、海の霊力も次世代に手に入れることになるのです。そして山幸彦の孫は、初代天皇の神武天皇となるのです。



海幸彦と山幸彦の物語は、古事記の神話の中でも、もっとも美しい文学的で詩情豊かな物語のひとつです。

これらの神話はインドネシアやメラネシアの説話を源流として隼人族を介し九州南部に伝えられたものと思われます。また、浦島説話の先駆と考えることもできます。





追記

「常陸風土記」には、倭健天皇(古事記では倭建命(やまとたけるのみこと))が巡幸の折りに、天皇と皇后がそれぞれ、野と海に別れて、山と海のさち(獲物)の多少を競争したとき、野の狩りでは一つの獲物も取れなかったが、海の漁では豊富な獲物がとれて、これを御膳に進めた、と記されています。これも同系の説話でしょう。





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