子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
<< December 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>



『星の王子さま』 サン=テグジュペリ 岩波書店
フランスの作家であり、郵便輸送の飛行機パイロットでもあったサン=テグジュペリは、様々な挫折を経て、この美しい物語を遺書とするように、第二次世界大戦時に空軍少佐としての飛行任務のさなか、忽然と消息を絶ちます。どこかに墜落でもしたのでしょうか? 捜索は行われましたが、自軍、敵軍とも、彼のその後を明らかにすることはできませんでした。44歳でのことです。美しい伝説だけを残すように...。

彼は、この童話の形態を借りた物語の献辞で、子どもたちにではなく、大人である”この世で最も大切な、ぼくの友だち、レオン・ヴェルトに捧げる”と述べています。

レオン・ヴェルトは、サン=テグジュペリの親友で、第二次世界大戦当時、フランスにおけるナチスドイツの侵攻下で、弾圧対象だったユダヤ系フランス人の美術評論家です。この献辞は、この物語に書かれていることのとある一面を象徴しているように思います。そのことは追々...。



いっけん、主人公の星の王子さまは、”子ども”を思わせる描写がされるのですが、この物語での、サン=テグジュペリに於いては、一般に言う”大人”、”子ども”といったステレオタイプな区分けは希薄です。王子さまは、不思議な魅力をもって描かれます。そんな王子さまが、あの有名な「大切なことは目に見えない」というメッセージと共に、物語は綴られていきます。

童話の形を取りながらも、これだけ広く、子どもばかりか、世界の大人にも愛された物語はないと思います。



一般的に、大人たちが、そのところどころ挟まれた挿絵などから、この本を読む最初の動機とするものは、多くの場合、読者自身の子供時代へのノスタルジックな追想への欲求だと思います。しかし、ページをめくっていくうちに、そんな期待は見事に裏切られます。全編通して見られる、大人への揶揄や皮肉。

それは次のようになされます。子どもとも大人ともとれない、星の王子さまのロジックは、あるいは、その透徹したその視点は、登場してくる大人たちの、大人の事情による思考や、行動と、どこか噛み合いません。そして、その大人たちは、王子様に皮肉られるのです。

これに、読者である大人は、思考の軸を揺さぶられます。そして考えさせられるのです。大人の事情を知ったうえで、考え行動することと、本当の大人になること、つまり、人間として、より完成に近づくこととは、全く別のことなのかもしれません。



また、この物語は、第二次世界大戦時に書かれたと述べましたが、戦争だって大人の事情によるものなのかもしれません。この物語は、それに対する、サン=テグジュペリなりの回答の一つだったとも考えられます。戦争を始めた大人たちは何をしているのかと...。

だとすれば、この童話形態をとった物語が、冒頭で述べた、大人である、レオン・ヴェルトという、一人の戦争における迫害されし友人に、捧げられた理由ともつながってゆきます。つまりこの物語は、彼への励ましになっているのです。そして、この物語は、あくまで童話ですが、一面、戦争の不毛を思う、まっとうに生きる大人たちへの賛歌にもなっているのです。

世間一般でいう大人になるという常態を、仮に心の老いてしまった状態と表現するなら、大人になるということは、大人の事情を知ったうえでも、老いてはならない、とのサン=テグジュペリのメッセージとも受け取れます。

その場合、何らかの手段を講じて、ある意味、思考の健全性を、自らのうちに留めておかなければなリません。サン=テグジュペリは、その手段を、苦境にいる友人に、童話の形態を借りた、この物語を捧げるという形で、提供したのではないでしょうか。レオン・ヴェルトにとって、この物語は、老いからの脱却手段となったはずです

J.R.R.トールキンも老いから抜け出す手段の一つに、ファンタジーを愛することをあげています。

両者の著述のジャンルは、トールキンがファンタジー、サン=テグジュペリが童話と少し違いますが、どちらも子どもに親和性があるとされるものです。もっとも、サン=テグジュペリの場合、童話は、この物語のみですが...。それにしても偶然でしょうか。老いとの関連で述べましたがわかりやすい結果となりました。両者の見解はほぼ一致しています。



それはともかく、この物語のテーマは多岐にわたります。生と死の問題や、友情についてなど...。今回の読書では、特に多様性と画一性の問題が、わたしの印象に残りました。引用してみましょう。

もう一度、バラの花を見にいってごらんよ。あなたの花が、世のなかに一つしかないことがわかるんだから。
星の王子さま サン=テグジュペリ 岩波書店 p-119 l-04

「人間はみんな、ちがった目で星を見てるんだ。旅行する人の目から見ると、星は案内者なんだ。ちっぽけな光くらいにしか思ってない人もいる。学者の人たちのうちには、星をむずかしい問題にしている人もいる。ぼくのあった実業家なんかは、金貨だと思っていた。だけど、あいての星は、みんな、なんにもいわずにだまっている。でも、きみにとっては、星が、ほかの人とはちがったものになるんだ...」
星の王子さま サン=テグジュペリ 岩波書店 p-148 l-10

世間を見渡せば、色々な読まれ方があるようです。それが名作というものですね。わたし自身、子供の頃に読んだ感想も違ったものでしたし、未来に読んだ時に受け取るメッセージもまた、違ったものとなるでしょう。



最後になりますが、サン=テグジュペリの創作作法は、自身の経験によるところが大きいようで、彼のくぐってきた歴史や、個人的な経歴、エピソードを追うことで、物語のより正確な読解が期待できます。

例えば、三本のバオバブの木は第二次世界大戦下での日・独・伊の三国同盟を比喩したものであるとかいう憶測であるとか...。星の王子さまの愛したばらの花が妻のコンスエロのことなのではないかとか...。

しかし物語の豊かな読解への道が削がれてしまうのではないかとの思いもあり、もうこれ以上、物語成立の背景に踏み込むのは止めにしました。ちなみに、この記事も少し踏み込んだ状態にありますね。

ようは種明かしになってしまって、解釈が硬直してしまうのではないかとの危惧です。または、プルーストのいう”美しい誤読”が入り込む余地を残しておくぐらいのほうが、多様な読書経験が得られるのではないかとの思いへの配慮です。

こうすることによって、未来に再読する場合があったときにも、より多角的読解への道が開けるものと思っています。


JUGEMテーマ:外国文学




18:34 : サン=テグジュペリ : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
■ホーム ▲ページトップ