子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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日本の昔話 5 より 『けちくらべ』競っても仕方のないもの
むかし、あるところに、ふたりのけちんぼの男がいました。ひとりは太郎どん、ひとりは次郎どんといいました。ふたりは隣り合わせに住んでいました。



ある日ふたりはどちらがけちんぼか、けちくらべをしてみようということになりました。

まず次郎どんが、「おまえの飯のおかずは何だ」と聞きました。すると太郎どんは「おれはいつも梅干しで飯を食う」といいました。すると次郎どんはすかさず「俺は醤油で飯を食う」といいました。

太郎どんは「梅干しをじっと見て口の中を酸っぱくして、三日飯を食い、それから梅干を少しずつかじり、七日飯を食うのだ」と自慢しました。

ところが次郎どんは「おれは醤油を箸の先につけてそれをなめて飯を食い、なめては飯を食うので、よだれが醤油に交じって減らないので、いつまでも食べられる」といいました。

このけちくらべは次郎どんの勝ちでした。



太郎どんは家に帰ると悔しくて子どもに「次郎どんに金づちを借りてこい」といいつけました。次郎どんは金づちの頭が減ってしまうからと貸しませんでした。

太郎どんは隣に聞こえる大きな声で「金づちをかさないとは次郎どんのけちんぼめ、それならうちの金づちを出して使うか」といいました。家にあるのにわざわざ人のうちに借りに来るとは何てけちだということになり、今度は太郎どんの勝ちです。



しばらくすると今度は次郎どんが太郎どんの家にきて「おれのうちにきて火にあたりに来ないか、とってもあたたまるぞ」といって帰りました。

太郎どんが次郎どんの家に行ってみると、どこにも火の気がありません。それどころか家の中は暗く、次郎どんも出てきませんでした。太郎どんは次郎どんに声を掛けました。

すると奥の部屋から「太郎どん太郎どん、おれの火はこの部屋にある。入ってこい」というではないですか。太郎どんは部屋に入ってみると、次郎どんは汗をかいてふうふう言っています。

太郎どんは「次郎どん何がそんなにあったかいんだ」と尋ねました。すると次郎どんは「おれの上を見てみろ」といいました。太郎どんが次郎どんの頭の上を見てみると、大きな石が腐りかかった縄にぶら下げてありました。

次郎どんは「あの石が落ちればおれはぺしゃんこだ。そう思うと気がはって、体があたたかくなるのだ。これが俺の火さ」といいました。太郎どんは次郎どんのけちぶりに負けました。



それから二、三日して、次郎どんの家が火事になりました。太郎どんは火事場に飛んで行って、「次郎どん飯を炊くから火をちょっとくれ」といいました。

次郎どんはかんかんになって「これはおれの火事だ。誰にも火をくれてやるものか」と怒りました。

すると負けずに太郎どんも怒って、「おまえくらいけちな奴はいない。そんならおれのうちが火事になったって火の粉もやらないから見てろ」というなり自分の家に火をつけました。

これでけちくらべも終わりになってしまったということです、と物語は結ばれます。



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けちくらべとはナンセンスですね。笑い話です。けちは日本の昔話では、ある意味悪徳です。悪徳を競うとはおかしな話ですね。そんなふたりは自然と不幸に見舞われます。



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18:25 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『天狗の太郎坊』 日本昔話をにぎわす異界の両義的な存在
短いお話です。



むかし、あるところに、太郎という男の子がいました。太郎の下にも子ができたので、お父とお母は、太郎にあかん坊の子守をさせていました。



ある日いつものように、太郎に子守をさせていると、太郎はあかんぼうをおぶったまま、するするとお堂の杉の木に登っていきました。

「落ちなければいいが」と周りではらはらしてみていると、太郎は赤ん坊をおぶったまま、くるりとさかさまになって、杉の木からすっすっすっとおりくるので、お父、お母は、すっかり胆をつぶしてしまいました。

この太郎はどういうわけか、かしの実が好きで、あんなかたい実を、飴だまのようにしゃぶっては、かんで吐き出していました。



そのうち太郎は十五歳になりました。すると、お父とお母の前に手をついて、改まった声でいいました。

「お父、お母、いままでえらいお世話になったが、もう山に帰らなければならない。われは、剣山(つるぎやま)の天狗じゃ」いうが早いか太郎は、お堂の杉の木めがけてぱっと飛んでいきました。太郎はそのまま山へこもってしまったようです。

村では、お父を先頭に村中の人たちが、鐘をかんかん、太鼓をどんどこ鳴らしながら、太郎を探しにいきました。太郎は池のほとりにいましたが「我は天狗の太郎坊じゃ。もう来るな来るな」といいました。みんなは仕方なく、あきらめて帰りました。



それから太郎は毎年いっぺん大みそかの日だけ、お父とお母の家に戻りました。そして床の間に備えたおせち料理を食べていきました。

太郎が、かんで吐き出した、かしの実からは目が出て、今ではお堂の周りは、かしの森になっているそうです、と物語は結ばれます。



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太郎坊とはウィキによると、全国代表四十八天狗の一とあります。彼に関する伝説として読めばいいのでしょう。

天狗とはこうした日本の伝説上の生き物ですが、神とされたり、妖怪とされたり、両義的な存在のようです。

日本の昔話にでてくる、こうした異界の存在は、ただ人に害悪をもたらすばかりではなく、善をもたらす不思議な存在としても描かれることが多く、たいへん興味深いです。この物語では、太郎坊を、かしの森を司る、神さまのような存在としているようです。



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18:08 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『西の狩人と東の狩人』
むかし、土佐の国の、西と東に狩りの名人がいました。

ある日、西の狩りの名人が、東の狩りの名人を訪ねていき、狩りに誘いました。東の狩りの名人は早速誘いに乗りました。そして、いつも泊まる寝床である岩屋に泊りました。

東の狩人は西の狩人に、遠くからやってきたのだからさぞ疲れただろうといって、西の狩人を先に寝かせました。西の狩人は寝たふりをして様子を見ていました。

東の狩人は、火にあたりながら、たばこを吸っています。そのうち岩屋の入り口に、女の帯のようなものがするするとおりてきます。東の狩人は、たばこの煙を、岩屋のふちに吐き出すと、長いものはあがっていきました。

長い帯のようなものは、あがったり下りたりを繰り返します。やがて夜明けが近づいて、長い帯のようなものはおりてこなくなりました。

まもなく、東の狩人が西の狩人を起こし、真夜中に何やら奇妙なものが岩屋の入り口に下りてきたが、あれは何だと尋ねましたが、東の狩人は答えませんでした。

ふたりは一日獲物を追いました。ふたりとも名人だけあって、たくさんの獲物をしとめました。西の狩人は、もう帰らなければならないといいました。そして来年の十二月の中ごろにまた来ると約束をし帰っていきました。



さて、次の年の十二月になりました。東の狩人は約束の日が近づいたので、ひとりで山に入り岩屋で待ちました。西の狩人は二日遅れていきましたが、東の狩人はいませんでした。

あたりを探し回ったところ、岩屋の奥からかすかに人の声がします。耳を澄ますと声はこういっています。

「西の名人よ遅かったな。おれは大蛇に飲まれてしまった。おれの仇を討ってくれ。この岩屋から一町(約100m)ほど下ると別の岩屋がある。大蛇はそこにいるから俺がおういといったら、岩屋の中に一発ぶち込んでくれ」

西の狩人はいわれた通りに下の岩屋に行って鉄砲に弾を込めて待ち構えました。そして「おうい」という声がしたのでずどんと一発岩屋に打ち込みました。

山が割れるような音がして何か大きなものが谷へ転がり落ちていきました。

西の狩人が後を追うと谷底には大きな大蛇が死んでいます。西の狩人は仇を打ち終わると、さっき鉄砲を撃った岩屋に戻りました。

すると岩谷の中からひそひそ声が聞こえてきます。死んだ大蛇の声のようです。

「わたしは西の狩人に命をとられた。おまえたち子ども二人でかたきを討ってくれ。まず巡礼に化けて、大みそかの晩に西の狩人の家にいき、『宿を貸してくれ』といって泊まり、すきを見て仇を討つのだ」と子供に言い聞かせているところでした。

西の狩人は急いで山を下り、東の狩人の家により、東の狩人の女房にありのままを伝え、自分の家に帰りました。



さて大晦日になりました。西の狩人は女房子供を親の里に逃がし、それから家の周りに干し草を積み、戸は全部釘付けにし、入り口だけを開けて待っていました。

日が暮れると、ふたり連れの巡礼がやってきました。巡礼は「旅の者ですが、暗くなって先へ行くことができません。今夜は大晦日なので、どこへ行っても泊めてもらえません。どうか、ひと晩泊めてください」と宿をたのむと、西の狩人は二人を中へ入れました。

囲炉裏に薪をくべて、どんどん火をおこし、ごちそうを食べさせ、よもやま話をしていると、夜も次第に更けてまいりました。そこで西の狩人は二人を寝かせました。

ふたりは寝床で何かひそひそ話をしています。西の狩人がわざと二人に聞こえるように「夜遅くなって寒くなるかもしれん。たきぎをとってこよう」と独り言をいうと家を出ました。外へ出るとすぐに入り口を釘付けにして、家の周りの干し草に火を放ちました。火はたちまち広がって大火事になりました。

村の人が集まってきて火を消そうとします。しかし西の狩人は、考えがあるから消さないでくれとたのみました。家はみるみるうちに丸焼けになりました。

西の狩人は村人にわけを話すために寝床の辺りの灰をかき分けました。そこには大蛇の骨が二つ並んで残っていたということです、と物語は結ばれます。



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正直言ってこの物語よくわかりませんでした。お話し序盤、東の狩人が岩屋の入り口を上り下りする女の帯のようなものとは大蛇の化身なのでしょうか。

果たして大蛇とするなら大蛇と東の狩人との関係はいかに。そこの辺りのことが書かれていません。とりあえず物語のアウトラインを記すことだけにとどめます。



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18:15 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『猫と鉄びんのふた』 化け猫のお話し
むかし、ある村に、古くから名の知れた旧家がありました。この家には三代の主人にかわいがられてきた年寄りの三毛猫がいました。

今の主人は、狩りが好きで、村から谷を七つ、山を八つも超えた遠くの山までよく出かけて、鹿狩りや猪狩りをしました。



ある晩遅く、主人は、一人で囲炉裏端に座り、あした鹿狩りに使う、矢の矢じりを研いでいました。

するといつの間に来たのか、三毛猫がそばにうずくまり、矢を研ぐのにじっと見ていました。そして矢を一本研ぎ終わるたびに、こっくりとうなずきました。

「おかしな猫だな」主人はそう思いながら矢を十二本研ぎ終わりました。「さあ、これで全部済んだ」主人がそう言うと、猫はのっそりと土間に下り、外へ出ていきました。

猫が出ていくと、主人はもう一本隠し矢を取り出して、研ぎ澄まし、それを十二本の矢と一緒に矢袋におさめました。



次の朝、主人はまだ夜の明けきらないうちに、ただ一人で家を出て山奥へ狩りに出かけました。しかしその日はどうしたわけか一匹の獲物にも出会いません。とうとう日が暮れてきたので山小屋に泊まることにしました。

ところが夜中に小屋の戸をどんどんどんどんたたく音で目が覚めました。戸を開けると、長年、自分の家で雇っているばあさんが立っています。

「なんだ、ばあさんか。今頃何の用だ」主人は尋ねました。ばあさんは「奥さまが夕方からひどい熱でお苦しみじゃ。奥さまの言いつけで旦那様を迎えに来た」といいました。

「そうか、ご苦労だったな。ではこれからすぐ帰ることにしよう」主人はそう言って山小屋を出ましたが、どうも腑に落ちません。この真夜中にばあさんひとりでこんな山奥に来るなんて…。

そこで主人はばあさんに「おまえ、わしの前を歩いてくれ」といいました。するとばあさんは「いえいえ旦那さまが先に」というではないですか。それでも主人は嫌がるばあさんを先に歩かせました。



道々主人は、何かおかしい、「これは何者かがばあさんに化けて、わしの命を狙っているに違いない」と思いました。そこで思い切ってばあさんの後ろから矢を射かけてみました。

矢はばあさんにあたりましたがカァーンと音を立てて跳ね返されてしまいました。主人は矢を次々に放ちました。そして十二本の矢が跳ね返されたとき、ばあさんは大きな三毛猫の化けものになって主人に襲い掛かってきます。

主人は素早く身をかわし、隠し矢を取り出すと化け猫の心臓めがけて矢を放ちました。「ぎゃあっ」化け猫はすさまじい叫び声をあげて、闇の中に姿を消しました。主人があたりの草むらを見渡すと、古びた鉄瓶の蓋がひとつ転がっていました。

主人は「なるほど、化け猫め、この鉄瓶の蓋で矢を受け止めていたのか」といまさらながら驚きました。そして化け猫の息の根を止めなくては安心できないと思って、血の跡をたどって山を下りました。

血の跡は点々と続き、自分の家の門を入って行きます。なおもたどっていくと、血の跡は裏の縁の下に続いていました。

そこをのぞいてみると何と人の骨が山と積まれ、そのうえで長年飼っていた年寄りの三毛猫が、矢に胸を射抜かれて死んでいました。

このことがあってから「猫は三代飼わぬもの」といわれるようになったとさ、と物語は結ばれます。



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猫はペットとしておなじみですが、猫を異界の存在とする物語は洋の東西を問わずあります。化け猫は日本の妖怪の一種ですね。不思議と同じくペットでおなじみの犬に関しては、そのような物語は見かけません。

物語の形式は言い伝えというか伝説になるのでしょうか



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19:41 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『炭焼き小屋のあねさま』 つい気を許すものには注意せよ
短いお話です。



むかし、炭を作るため、若い男十人に、年寄りが二人がついて一緒に山に入りました。男たちは六人ずつに分かれ、それぞれの炭焼き小屋で、何日も炭焼きの仕事を続けました。



ある晩、仕事が済んだ後、片方の小屋の男たちが酒を飲んでいると、外から、「もし、わたしにもお酌をさせてください」という女の声がしました。

戸を開けてみると、あねさまが一人立っていました。若い男たちは喜んで、「さあ、入れ入れ。入って酌をしてくれ、あねさま」といいました。

それを見た年寄りの男は、「いまどき若い女がひとりで来るのは腑に落ちない。こいつはあやしいやつに違いねえ」と思ったので、若い男たちに、「おまえたち、やめろやめろ」といいました。けれども、誰も年寄りのいうことに耳をかしません。女を中に入れ、酒の酌をさせました。



やがて夜も更ける頃、若い男たちはみんな、酒に酔いつぶれて、眠ってしまいました。年寄りの男も横になっていたのですが、女一人起きている様子なので、眠ったふりをしていました。

そのうち女は、戸口に一番近いところに寝ている若い男の上に覆いかぶさると、男の口に自分の口を押し付けました。そのとたん男は苦しそうにうめきましたが、すぐにそのうめき声もやみました。

女は二番目の男にも同じことをしました。この男も苦しそうにうめきましたが、すぐに静かになってしまいました。

さてはあいつ、若い衆たちの舌をかみ切って殺したな。年寄りの男はまさかりの柄を握りしめて、「おれのところに来たらぶち殺してやる」と待ち構えました。

女は、次々に五人の男たちの舌をかみ切って、年寄りの男に近づいてきます。いよいよ自分にのしかかろうとしたとき、年寄りの男は、まさかりで力任せに女の脳天をたたきつけました。

「ぎゃあっ」女はものすごい叫び声をあげて、戸口から飛び出していきました。



年寄りの男は、夜が明けるのを待って、急いでもう一つの炭焼き小屋の男たちをよびに行き、一緒にあたりを探してみました。すると小屋の近くの草むらに、大きな狸が、頭をざっくり割られて死んでいましたとさ、と物語は結ばれます。



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たぬきは世界的に生息域が狭いので日本の昔話に特有の動物です。そして人を良くだまします。

つい、気を許すものには注意せよ、といったところでしょうか。



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18:20 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『猟師とせんぐり食い』 山じいのお話し
むかし、あるところにひとりの猟師がいました。



ある日のこと、猟師は鉄砲を担いで山奥に入り、いのししの通う道で待ち伏せをしていました。

やがて日が暮れて辺りがすっかり暗くなると物干しざお位もある太いミミズがにょろりとはい出しました。

「おや」

猟師は見ているとみみずの後ろから畳一枚もありそうな大きなガマガエルがのっそりあらわれて、みみずを飲み込んでしまいました。


「おやおや」

猟師は目を見張ると、今度は胴回りが一抱えもあるような大蛇が、ぬうっと出てきて、ガマガエルを飲み込んでしまいました。

「不思議なことがあるものだ」

猟師がそう思ったところに、小山のようないのししが飛びだしてきて、大蛇を食ってしまいました。

猟師はいのししを見て、「こいつはいい獲物だ」と鉄砲をかまえました。けれどもすぐに思いとどまりました。

「こいつは、弱い順に食われていく先繰り食いなのだ。すると俺がいのししをを殺せば、次にはおれが何者かに殺されるに違いない」猟師は鉄砲を下ろしました。

その時どこからか、「鉄砲打ち、良い分別」という声がしました。気が付くと、いつの間にか夜が明けていました。



それから何日かたって、猟師はまた山に入りました。山であやしいものが出たときの用心に、くろがね弾という、お経の字を鋳込んだ特別な弾を鉄砲に込めていきました。そうして夜っぴでいのししを待ち伏せていると、山じいが現れました。

山じいは、「鉄砲打ち。何かいい獲物はないか」といって、大きな口をあんぐり開けました。その声はこの間どこからか聞こえた声と同じでした。

猟師は考えました。「山じいは、おれが何も獲物はないと答えれば、おれをとって食うに違いない」

そこで猟師は、すかさず山じいの口の中に、くろがね弾をずどんと打ち込みました。山じいは、「わっ」と叫ぶと、口から血を吐きながら山奥に逃げていきました。



猟師は山じいのあとをつけていくと、大きな洞穴があり、中から話し声が聞こえてきました。

「わしはもう駄目だ。あの鉄砲打ちをとって食おうとしたが、反対にくろがね弾を打ち込まれた。もう助からん」すると別の山じいの声が、「おれがきっとかたきを討ってやる」といいました。

猟師はそれを聞くとすぐ家に取って返し、女房と子供を逃がしてやりました。そしてひとりで山じいを待ちかまえました。



まもなく、美しいあねさまが訪ねてきました。あねさまは、「わたしをあなたの嫁にしてください」といいました。

猟師は「そうか、それはありがたい。だが、おれの女房になるものは、この家のことを良く知っておいてほしいので、家の周りを三べんまわってもらいたい」といって、あねさまに家の周りを三べんまわらせました。

そして三べん目にあねさまをくろがね弾で狙い撃ちしてみると、倒れたあねさまはみるみると正体をあらわして、山じいになったということです、と物語は結ばれます。



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主人公の猟師は知恵者です。山じいは昔話を読み始めてから、3回目の登場です。”山じい”でブログ内検索してみてください。いずれも猟師を主人公としたお話です。

山じいは山姥の男版といったところでしょうか。ウィキを読んでみると(山爺)その存在の輪郭がよく知れるでしょう。



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19:14 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『じいさん、いるかい』 恐怖話、あるいはナンセンスユーモア
むかし、越中富山の薬売りが、大きな荷物をしょって旅をしていました。



ある日のこと薬売りはいつも通る道なのにどうしたわけか迷ってしまいました。どうしても村に行く道が見つかりません。とうとう日が暮れてしまいました。

するといいあんばいに向こうの方から明かりがひとつぽつりと見えました。行ってみると家の中にはじいさんがひとり火にあたっていました。

薬屋はひと晩の宿をたのみました。じいさんは、こんな汚い家だが泊まっていきなさいとこころよく引き受けました。

薬屋は荷物を下ろして家にあがりました。そして囲炉裏にあたりながらじいさんと世間話していると、そのうちじいさんが「ところでな薬屋さんあなたに頼みごとをして済まないのだが、わしは今夜あなたが来てくれたのを幸い、ちょっと出かけてこようと思う。留守番をしてくれるかね」といいました。

薬屋は「それはたやすいことだ。留守番くらいしてあげますよ」といいました

そしてじいさんは話しだしました。「実はなあ、うちのばあさんが、四、五日前に死んで、いま奥に寝かせてあるのだ。しかし葬式を出してやろうものの、ばあさんがこいしがってわしを放さないので、少しも家を空けることができない。ちょっと離れると『じいさん、逃げちゃいかん』というし、『じいさん、いるかい』と聞くのでお寺さんにもたのみにいけない。それで留守番をしてもらってお寺さんに行きたいと思ってな」

じいさんにそういわれて薬屋は「そんなことはわけない。行ってきなさい留守番していますから」といいました。



じいさんは出かけることになりましたが、出がけに「薬屋さん。たのんどくが、ばあさんが時々『じいさん、いるかい』といってたずねるから、その時には『おう、おう、いるぞ』と返事をしてやってください。それだけでいいから」といいました。

薬屋は「はあ、はあ、そう返事をしてやりましょう」と答えましたが、死んだばあさんがそんなこと言ったら気味が悪い、困ったことを受けあってしまったと思いました。けれども仕方なく留守番をしていました。



まもなく奥の方から本当に、「じいさん、いるかい」とばあさんの声がしたので薬屋は、「おう、おう、いるぞ」と返事をしてやりました。薬屋は気味が悪いと思いました。

しかしばあさんの声がまたしてきます。「じいさん今夜は寒いねえ」薬屋は「おう、おう、いるぞ」と返事をすると「じいさん本当にじいさんかね」というので薬屋はますます気味が悪くなって、薬屋は「おう、おう、いるぞ」と返事をしました。するとばあさんが「何だか違うようだなあ」といって奥から出てきました。

薬屋はたまげて家から飛び出しました。ところがばあさんは、とことことことこ追いかけてきます。

薬屋は、転び転び、どこまでも逃げました。そしてとうとう海辺まで来てしまいました。もう逃げ場がありません。薬屋はどうしようもなく海へ飛び込みました。するとばあさんも「じいさん、待ってくだせえ!」といって飛びこみました。

こうして飛び込んだばあさんは牡蠣になり、薬屋はほたて貝になった、と物語は結ばれます。



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恐怖話でしょうか。物語最後に、ばあさんと薬屋は、それぞれ牡蠣とほたて貝になるのですが、何か理由があるのかわかりません。お話し全体が、ナンセンスを伴ったユーモアとも取れます。



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18:24 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『貧乏神』 余裕という福を得るためのトリガー
むかし、あるところに、じさま、ばさまと、息子夫婦の、四人暮らしの家がありました。この家の人たちは、そろいもそろって大のものぐさで、長い間、家の掃除をしたことがありませんでした。



ところがあるとき、じさまは寝ていて、天上からすすがゆらりゆらりとぶら下がっているのを見たとたん、急に気になって気になって仕方がなくなりました。

そこでもっくり起き上がり、何年も使ったことのないほうきを持ち出して掃除を始めました。

ばさまは、じさまが掃除をしているのを見てびっくり仰天。「じさまばかり掃除をさせておくにはいかない」、とこれまた何年も使ったことのないはたきを手にして、ぱたぱたとはたきをかけ始めました。

そのもの音を聞きつけた息子夫婦がたまげて、「じさまと、ばさまにばかり、掃除をさせておくわけにはいかない」、とこれまたこれまた何年も使ったことのないおかげでからからに乾いたぞうきんを出してきて、ごっしごしとふき掃除を始めました。

こうして四人は、四日も五日も掃除ばかりやり続けました。おかげで、さすがのこの家もすっかりきれいになって、まるでよその家のようになり、なんともすがすがしい気分になりました。



次の朝、じさまが囲炉裏で火をおこしていると、囲炉裏の上の火棚(囲炉裏の上に天井からつるしたすのこ状の棚。濡れたものを乾かすのに使う)からヘチマのような長いものがぶら下がってきました。

「嫁が、何か干しているんだろう」じさまはそう思って気にしないでいると、「じゃいじゃい、じゃいじゃい」という声がしました。

じさまは、あたりを見回しましたが、誰もいません。「どうもわしの耳がおかしくなったらしい」そう思っていると、また頭の上で、「じゃいじゃい、じゃいじゃい」という声がしました。

じさまは「はてな」と見上げると、火棚からぶら下がっている長いへちまみたいなものが何か言っています。

「こりゃ、じさま、おれは貧乏神だ。おまえの家の火棚のすす埃の中に、何年も気持ちよく住んでいたが、こんなにきれいにされたんでは、とても居ずらくてならねえ。もう住んでいられないから、俺をどこか別のところへ連れてってくれい」

じさまはびっくりしましたが、「ああ、いいとも。だがどこへ連れていったらいいんだ」と聞きました。

貧乏神は「あのな、家の前をずっと行くと、きたねえじじいに会うから、そいつにこっそりおれをすりつけてくれ」といいました。



そこでひとのいいじさまは、貧乏神をおぶって出かけました。歩いているうちにじさまは、「待てよ、このまま手放してしまうのはもったいない、誰かに売りつけてやろう」と思いました。

「貧乏神はいらんかね」では誰も買うものはいないだろうと思ってじさまは、なんていって売ったらいいかいろいろ考えだすと、へちまみたいな変な格好をしているやつなので「変なもの売りますよ、変なもの売りますよ」といって歩きました。

けれども人は寄ってくるものの、のぞくだけで買う人は一人も現れませんでした。じさまは、「やれやれ、とんでもないやつをおぶってきてしまった」と思って歩いていきました。すると向こうから頭はぼうぼう、着物は垢だらけじいさんがやってきました。

貧乏神は、じさまに、「じゃいじゃい。あのじじいにくっついていくから、通りすがりに、そっとおれをすりつけてくれ」といいました。

そこでじさまは、わざとよろけたふりをして、貧乏神をじいさんの背中にすりつけたところじさまはすっと身が軽くなりました。



それからというっもの、じさまの家にはいつも笑い声が絶えず、みんなが一生懸命稼いだので、たいそうな分限者になったということです、と物語は結ばれます。



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思わしくない状況を打破するのに、現代人は自分の問題として対処しようとします。しかし問題は解消されず心を病んだりします。

しかし昔話では、その思わしくない状況が、自分とは関係のない何かほかに原因があるかのように物語られます。ここでは貧乏神がじさま一家の重しでした。

思わしくない状況が自分たちとは独立していると考えられて、お話が組み立てられているので、そのような状況下にいても心は病みようがありません。登場人物たちはゆったりと構えています。

この物語は思わしくない状況が、一見なんのかかわりもない家の掃除で解消してしまうのですが、そこには貧乏神という存在を想定します。



現代では貧乏神など、おとぎ話の中の存在であって真顔では語られません。

まあ貧乏神はともかく、現代にも、もっと、このような自分の心とは独立した存在を、思わしくない状況の原因だった思えるような心の余裕が欲しいところです。

なんでも自分のこととは考えずに暮らせたら、さぞ楽になるでしょう。

やはりこの物語の登場者も、昔話に特有ですが、まず自分の今の状況を苦にせずあがきません。当たり前のこととして受け入れられています。

福は偶然やってきます。そして、今、記述してきたような、余裕をかました心の持ちようが、福を得るためのトリガーになっているように思えてなりません。



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18:10 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『おわれ化けもの』 受け入れる勇気をくれる物語
むかし、あるところに、何事も人に逆らわない質の男がいました。男はやがて女房をもらい、その日暮らしの貧乏な生活を送っていました。



ある年の大みそかの晩、女房は亭主にいいました。「きょうはひとつ頼みがあります。どこを歩いても、破れないわらじを二足作ってください」

亭主は、大みそかの晩だというのに、そんなわらじがなぜ必要なのか疑問に思いましたが、女房がわけを聞かずにどうしてもというので、何事も人に逆らわない質の亭主は、いわれるままわらじをつくりました。

すると女房は、亭主に、わらじを履いて一緒に出かけようといいます。なんでも女房の十四、五歳のころからの思いがとげられるというのです。十四、五歳といえば十年がかりの思いです。亭主は、そんな大ごとなら、聞いてやらないわけにはいくまいと、わらじを履きました。

さらに女房は亭主に鍬を持たせ、自分は提灯をともして先導しました。



ふたりは、真っ暗な道を歩いて山奥に来ました。そこには少しばかりの平地があって大きな立派な木が立っていました。

女房は、「さあ鍬でこの木の根っこを掘ってください」というと、亭主はいう通りに堀始めました。

すると、たった今こしらえたような、真新しい石のお棺が出てきました。女房は、これを担いでうちまで運べといいます。亭主は人に逆らわない質ですから言われた通りお棺を担ぎました。

すると女房は、一足先に帰って、熱いおもちが食べられるように支度をするからと、先にさっさと帰ってしまいました。

亭主はわけもわからず、重たい石のお棺をしょって、山を下りていきました。



亭主は、かれこれ十町か二十町ほど行ったところで、ひょいと後ろを振り向いて驚きました。担いだお棺の中から、朝日のようなまなこをした鬼が、顔を出してぎろりとこちらをにらんでいるのです。

亭主は大慌てで、背中のお棺を岩にぶつけたり、木にこすりつけたりして振り落とそうとしましたが、ぴったりくっついて落ちません。



亭主はお棺を担いだまま、やっとのことで家までたどり着きました。そして裏座敷にあがろうとしましたが、女房が、「いえいえ、どうか表座敷から上がってください」といって亭主を止めました。

亭主は「これはいったいどういうことなんだ」というと女房は「十四、五歳のころからの思いが今とげられるのです」というばかりです。

亭主はいわれた通り表座敷から上がって、お棺を下ろそうとすると、お棺はひとりでに落ちました。

女房は、亭主に、「ご苦労様でした」といって、熱い餅を食べさせ、床をとって休ませました。

そのうち夜なかになると何やら表座敷ではガラドン、ガラガラドンとものすごい騒ぎになりました。



明けて元旦の朝になりました。亭主は起きて表座敷のふすまを開けようとしますがびくともしません。なんと表座敷は畳から天井までぎっしりと大判小判で詰まっているのです。

女房はそこで亭主に初めてわけを話しました。女房は十四、五歳の時に、昨夜の出来事を果たしてお金持ちになる正月二日の初夢を見たというのです。それが今かなったというのです。

女房はこれまで七人の男の女房になったけれども、大みそかの晩に夫にわらじをつくってくれというと「大みそかの晩に何事だ」と叱られて相手にされず、それがもとで夫婦の縁を切られてきました。

しかし、七人目のあなただけが、わたしのいう通りにしてくれたので宝を得たのだといいました。こうして二人は一生富栄えて暮らした、と物語は結ばれます。



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この物語の亭主は争いごとの嫌いな、気の弱い男だったかもしれません。一般的に弱いと呼ばれる人に、強さを強いても困難ですし、受け入れていくしか、ほぼほぼ処世していく手立てはないでしょう。

この物語は欠点を含めたありのままの自分を受け入れて処世し成功した男の物語ともいえます。しかし、欠点と呼ばれることを受け入れるのには勇気が必要です。

この物語を読むと、弱い者は、そんな勇気がもらえます。そう欠点と思われたところは逆に長所となるのですから。欠点と長所は紙一重なのかもしれません。そう彼の特質は富を得るきっかけになっています。



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18:09 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『笠地蔵』 すべてを受け入れる善良な昔話の登場人物について
むかし、あるところに、貧乏なじさまとばさまがいました。じさまはいつも菅の笠をこしらえて、町へ売りに行きました。そして笠が売れると、そのお金で、米や味噌を買って暮らしていました。



ある年の暮れの大みそかのことです。じさまとばさまの家では、正月が来るというのに、餅も魚もありません。じさまは笠を売って正月のものを買うために雪の中を町へ出かけていきました。

「笠はいらんか、笠はいらんか」じさまは一生懸命売り声をあげて歩きました。でも大みそかの町では、米や魚や松飾りを買う人がいても、笠を買う人はいませんでした。じさまはあきらめて帰ることにしました。



途中、石のお地蔵さまが六つ並んで雪に吹き付けられて立っていました。「おお、お地蔵さま方、雪をかぶってさぞ寒かろう」じさまはそういうと、しょってきた菅の傘を下ろし六つのお地蔵さまの頭の雪をはらい笠をかぶせていきました。

ところが一つ足りません。じさまは自分のかぶっていた笠を六つ目の地蔵さまにかぶせると「さあ、これで勘弁してくれよ」といって帰っていきました。



じさまは家に着くとばさまに笠が売れなかったことを話し、笠は全部お地蔵さまの頭にかぶせてきたことを話しました。ばさまは「はあ、はあ、それはいいことをしました、いいことをしました」とにこにこしながらいいました。

それからふたりは、「今夜はお年取りだけれどもあるものだけで済ませましょう」「そうしよう」と粗末な夕ご飯を食べて寝ました。



夜中過ぎのことです。どこからか「よいしょ」「どっこいしょ」「よいしょ」「どっこいしょ」という掛け声が聞こえてきます。

ばさまは目を覚ましてじさまを起こしますがじさまには聞こえません。そうこうしているうちに掛け声は近づいてきます。

ばさまは、「じさま、じさま、大変だ。なんだか、うちに来るみたいだよ」といいましたが、じさまは「わしのうちにいったい何がやってくるというんだ」と、いっこうに相手にしませんでした。

ところがそのうちに、本当に家のそばで「うんとこしょ」「どっこいしょ」という掛け声とともに、どすーんと大きな音がしました。

じさまは表に出てみると米俵や、魚や、お金のいっぱい詰まった大きな袋が、いくつも積んでありました。雪の上には小さな足跡がたくさんついています。

じさまは足跡をたどっていくと、昼間、笠をかぶせてあげたお地蔵さまの前にでました。「あやや、お地蔵さま方が笠のお礼にお米や魚やお金を運んできてくださったのか」じさまはお地蔵様に手を合わせて家に帰りました。

それからというもの、じさまとばさまは一生楽に暮らしたということです、と物語は結ばれます。



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子どものころに読んだ記憶があります。日本の昔話特有の、貧しい夫婦に福がもたらされる物語です。

日本の昔話を読み始めて間もない頃には、隣の欲張り者が登場して、福を得た夫婦の猿真似をし、罰を受けるという物語が多数ありましたが、このところ見かけませんね。シンプルに汚いところが描かれない分、印象に残る物語です。



ここのところ、昔話について思うところがあるのですが、善良な昔話の登場人物は、どんな不遇な人生であろうとも、その人生に対する愛にあふれているように思うのです。

現代人は小説のごとく不遇な人生に対してはあらがいますよね。しかしその末に絶望が待っていたりします。

しかし昔話の善良な登場人物には絶望がありません。自分の人生に対する愛だけがあります。もちろん、あらがうものとの力の差があまりにも大きいというのもあると思いますが、すべてを受け入れているように思うのです。

その末にハッピーエンドですから、昔の人にとって娯楽としたら最高のものだったのではないでしょうか。



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18:45 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『大歳の火』 日本の昔話のハッピーエンドについて
むかし、ある年の大みそかの晩にお姑さんが嫁さんを呼んで、「大歳(おおとし、大みそかのこと)の火は消してはならないものだから、今夜は火種を絶やさないようにしておくれ」といいました。嫁さんは「はい、わかりました」といってひきうけました。

ところが嫁さんが心配になって夜中に起きてみると、囲炉裏の灰の中にいけておいた火種はすっかり消えていました。嫁さんはとほうにくれましたが、「そうだだれか表を通りかかったら火種を分けてもらおう」と思いつきました。



嫁さんは暗闇の中に立って待ちました。するとむこうにポツリと明かりが見えて提灯をつけた男がすたすたと足早にやってきました。男は何か荷物を背負っています。

嫁さんは、「ちょっとお待ちください。火種を分けていただきたいのですが」とたのみました。

すると男は「いやだめだ、おれは先を急いでいるのだ」そういって足も止めずに通り過ぎようとしました。

それでも嫁さんは一生懸命に頼みました。すると男はいいました。「それじゃ、この死人を少しの間預かってくれまいか。それなら火種を分けてやろう」

嫁さんはびっくりしましたが、背に腹は代えられず「はい、それではお預かりします。でもすぐに取りに来てくださいね」といいました。
男は提灯から火種を分けると死人をおいて立ち去りました。

嫁さんは、もらった火種で、囲炉裏に火をおこしました。そして死人を土間の隅まで引っ張ってきて、こもをかぶせておきました。

ところが男はいつまでたっても死人を取りに来ません。嫁さんは仕方なく死人を担いで、自分が嫁入りの時に持ってきた長持ちの中に隠しました。



元日の朝になりました。お姑さんは嫁さんに、「火種は絶やさなかったかい」と尋ねました。嫁さんは「はい」と答えましたが死人のことが心配でなりません。

お姑さんは、「さあ今日は正月だから、里に泊まりに行っておいで」といってくれましたが、嫁さんはそれどころではありません。

そのうち家中の者が集まって新年のあいさつをしたり、おとそを飲んだり、おせちを食べたりしました。嫁さんはその間中、いてもたってもいられません。

そうこうしているうちに突然長持ちのある部屋のほうでばりばりという木の裂ける音がしました。そしてがらがらと何かが崩れ落ちました。家の者たちは皆で、音のした方へ飛んでいきました。すると長持ちが避けて中から大判小判の黄金の山が部屋いっぱいにあふれていました。

嫁さんは驚きあきれて、今までのことを、家の者たちに正直に打ち明けました。「そうか、そうか。大歳の火を絶やさないでいると、その家には金が入るというは本当のことだったのだ。めでたい、めでたい」と皆で喜びました。

むかしはこんなふうに、金の神様が歩いていたそうです、と物語は結ばれます。



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昔話は基本ハッピーエンドです。日本の昔話のハッピーエンドは、お金持ちになることが多いですね。お金に困った庶民が主人公であるから、このような結末が用意されるのでしょう。

このお話は、大歳の火にまつわる伝承といってもいいでしょう。



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18:11 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『竜宮女房』 神さまはいつでも見ている
むかし、ある海辺の村に、年をとった父親と息子が住んでいました。



年の暮れになったのに、何も食べるものがないので、息子は裏山の木を切って、大みそかの街に売りに行きました。

けれども乾いていない生木なのでちっとも売れません。息子が途方に暮れて歩いていると、向こうから魚売りが来ました。

魚売りは息子の青い顔を見てわけを聞くと、息子は、正月の買い物をしようとたきぎを売りに来たのに、一本も売れないのだと事情を話しました。

すると魚売りは、それなら自分の魚と取り換えてやるといいます。息子はやれやれ助かったと胸をなだめおろしました。



息子は魚を担いで家に帰ろうとしました。ところが途中で背中の魚が騒ぎ出しました。あんまり騒ぐので、とうとう息子は魚を海に逃がしてやりました。

家では年とった父親が火をおこして息子の帰りを待っていました。しかし息子は手ぶらです。息子は父親に、魚を逃がしてやったとわけを話しました。父親は少しも怒らず、それはよかったといいました。



その晩のことです父親と息子が何も食べるものもなく黙って火にあたっていると、トントンと戸をたたく音がして、美しい若い女の人が入ってきました。そして「どうぞわたしをここの嫁にしてください」といいました。

むすこは「うちは貧しくて、正月の用意もできないくらいだから、とても嫁を迎えることなんてできない」と断りました。

ところがその若い女の人は手を三べん打ちました。すると外には米俵三俵が積んであって、これで正月の米ができてしまいました。父親と息子は、大喜びでその女の人を嫁に迎えました。



やがて、このことは、殿さまの耳にも入りました。殿さまは息子を呼び出して「この国で、誰も織ったことがないような布を、おまえの嫁に織らせてみろ」といいました。それを聞いた嫁はたちまち見事な反物を出しました。

殿さまは、その見事な布を見て、何としても布を織った人に会いたくなり、父親と息子と嫁を呼び出しました。

すると殿さまは、今まで見たこともないほど美しい嫁を見て、どうしても自分の嫁にしたくなり、息子に向かっていいました。「この女は私がもらう。もし嫌なら直ちに千俵の米俵を積め」といいます

息子と父親が困っていると、嫁は手を三べん打って、たちまち千俵の米俵を積み上げました。

殿さまは、それを見て、なおのこと息子の嫁が欲しくなり、「嫁を差し出すのが嫌なら、この世にないものを持って来い」と息子にいいました。


すると嫁は手を三べん打って、たちまち鼻の長い化けものや、一つ目の化けものををぞろぞろ出して、殿さまを家来ものとも飲み込んでしまいました。

その女の人は、息子が助けた魚のお礼に、竜宮の神様がよこされたお使いだったということです、と物語は結ばれます。



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昔話や伝説によくある、謎の俯瞰者が登場するお話しの類型といえるでしょう。主人公はずっと試されているのです。

息子はよい行いをして福を得ました。一方、殿さまは、その強欲から化けものに飲み込まれてしまいました。

神さまは、我々の行いを、いつも見ているといったところでしょうか。



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18:19 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『炭焼き長者』 善悪を司る両義的存在
むかし、ある山に、炭焼きごん、という若者が住んでいました。ごんは、炭を焼いては里に売りにいって、暮らしを立てていました。



ある、冬の寒い日のことです。ごんは里へ炭を売りにいった帰り道、山で鬼婆が、吹雪倒れになっているのを見つけました。「ああ、かわいそうに。こんなところで倒れていたら凍え死んでしまうじゃないか」

ごんは鬼婆をおぶって、炭焼き小屋に連れて帰りました。そして、炭焼き窯の前に寝かせて温めてやると、鬼婆はようやく息を吹き返しました。

鬼婆はごんを見ると「おまえがここへ連れてきたのかい。なかなか優しい若者だ。みれば、まだ、嫁もいない。おれが世話してやろう」といって山奥へ帰っていきました。



さて、それから四、五日して、大阪の長者の娘が、嫁入りのために遠い道を駕籠に乗って旅してきました。

その日も激しい吹雪でした。嫁入りの行列が里を通りかけると、突然ものすごい竜巻が起きて娘の乗った駕籠を天にまき上げました。

お供の人たちが「あれよ、あれよ」と騒いでいるうちに駕籠は山のほうに飛んでいきました。駕籠はやがて炭焼きごんの小屋の前にすとんと落ちました。

駕籠の中の娘が驚いていると鬼婆が出てきて、娘をごんの小屋につれていき、「おまえはもうどこにも行かれないぞ。炭焼きごんの嫁になれ」といって山奥に消えていきました。



娘は、ごんと、この山の中で暮らすのが自分の運命だと思い、持参金の中から小判を五枚取り出して、「里へ行ってこれで所帯道具と米を買ってきてください」とごんにいいました。

ごんがぶらりぶらりと山を下りていくと、途中の池にかもが四、五羽浮いていました。ごんは「ようし、嫁にかも汁を食わせてやろう」と思いました。

ごんは石を探しましたが、丁度手ごろな石がないので、持っていた五枚の小判を次々とかもにめがけて投げつけました。けれども小判はみんな外れてかもは一羽も取れませんでした。ごんは手ぶらで家に帰りました。



ごんはそのいきさつを嫁に打ち明けました。嫁はあきれて説明します。「おまえさま、小判というものは大事なものなんです。それを全部失くしてしまうなんてこれからの暮らしが困るじゃありませんか」

ところがごんは「なあにあんなものおれが炭を焼いている沢にいくらでもある」とすましていました。

その沢に嫁がつれていってもらうと、そこには本当にたくさんの小判が埋まっていました。嫁はたまげて、ごんと二人で小判を掘り出し、小屋に持って帰りました。

やがてふたりは大きな立派な家を建て「炭焼き長者」と呼ばれるようになりました。



嫁は、大阪の長者から「戻ってこい」という迎えが何度もありましたが、「いいえ、わたしはここで死ぬまで暮らします」といって、一生ごんと幸せに暮らしたということです、と物語は結ばれます。



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鬼婆はただ怖い存在として描かれません。主人公ごんも、鬼婆の怖さを知らず恐れてはいません。それどころか瀕死の鬼婆を救い、彼女から恩を受けます。長者の娘が、鬼婆によってごんの嫁になるのです。

長者の娘はとんだ災難に見舞われたと思いきや、ごんは小判の出る沢を知っていました。ごんは自ら自覚がないだけで、大金持ちであったのです。娘がごんに小判の価値を教えてやると、ふたりはたちまち大金持ちとなります。

あらためて日本の昔話の登場者としての鬼婆や山姥や鬼一般の両義性が描かれている物語です。また主人公ごんは、無知(鬼婆の怖さを知らない)故に、幸せになったお話とも読めます。



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18:18 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『蛇の泊まり』 見るなの禁の物語の一類型
むかし、あるところに、ばあさんがひとり住んでいました。ばあさんはひどい貧乏暮らしで、その日食べるものにも事欠く有様でした。



ある日の夕方ばあさんは、畑仕事を終えて家に帰り、囲炉裏にあたっていました。そこへ綺麗なあねさまがやってきて、ひと晩の宿をたのむなり、戸口に座り込んでしまいました。

ばあさんは、「泊めてやることはたやすいが、御覧の通りのあばら家で、人様を泊めるどころじゃない。それに食べるものなくてな。だからすまないが、どこかよそで泊まっておくれ」といって断りました。

けれどもあねさまは、「いえいえ、それなら心配いりません。わたしは食べるものを持っていますから、どこか雨露をしのげればいいのです」といいました。

いくらばあさんが断っても、あねさまは泊めてくださいというので、ばあさんは仕方なく泊めてやることにしました。



あねさまは家にあがると、「お腹はすいていませんから晩御飯入りません」といって囲炉裏にあたります。ばあさんは「それならもう寝るがいい。床を敷いてあげるから、こっちへおいで」とあねさまを隣の部屋に通しました。

するとあねさまは、「この部屋は畳何畳じきですか」と聞きました。ばあさんは「十二畳じきだよ」と答えると、あねさまは、「では、今夜この部屋を全部使わせてもらってもいいでしょうか」と聞くのでばあさまは、「ああ、かまわないとも。この家はわたしのほかには誰もいないもの。好きなようにつかっていいよと」答えました。ばあさんはそう言って囲炉裏の部屋に戻りました。



しばらくしてばあさんはあねさまのいったことが気になりました。「十二畳全部使っていいかと聞いたな。いったいどうやって寝るのだろう」

ばあさんはそっと立って戸の隙間から隣の部屋をのぞくと腰を抜かさんばかりに驚きました。大きな蛇が部屋いっぱいにとぐろを巻いて寝ているではありませんか。

ばあさんは、「わしの命も今夜限りだわい」と観念して、震えながら寝床に入り、まんじりともせず夜が明けるのを待ちました。



朝になりました。ばあさんが恐る恐る起きてきたあねさまを見たところ、ゆうべここに来た時と変わらない、きれいなあねさまぶりです。

やがてあねさまは朝ご飯を済ませると、いとまごいをして戸口へ出ました。そして、ばあさんに、「わたしの寝姿を見られたのはつらいけれど、宿を貸してくれたお礼に一生の宝物をあげましょう」といって桐の箱をくれました。

あねさまは「でもそれは決して開けてみないでくださいね」といって、どこかへ行ってしまいました。ばあさんはいわれた通り桐の箱を一度もあけず棚にあげておきました。

それからというもの、ばあさんの暮らしはだんだん良くなってきました。それに一生懸命働いたのでお金も着物もできて、米俵も天井までつかえるほど積みあがります。

こうしてばあさんは、一生安楽に暮らしたそうです、と物語は結ばれます。



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純粋に見るなの禁の物語ですね。日本型の見るなの禁の物語は『つる女房』に代表されるように、たいてい異類婚姻譚の物語とセットですが、この物語は異類の者は登場するものの、同性故に婚姻はなされず、あるいは一夜限りの泊まりという筋書きで、純粋に見るなの禁の物語となっています。

しかも禁は二段階に分かれ一度の禁を破ってしまっても即座に異類の者は去っていかず、二度目の禁を守ることによって主人公のばあさんは福を得ます。

もっとも『つる女房』にしても、よく考えると禁は二段階に分かれ、初めの禁を守ったことにより高価な反物を得ていると考えれば、婚姻関係はなされるものの、結果的には同じ筋の物語ともいえます。

まあ、日本の見るなの禁の物語はバリエーションが多く、多様性があります。『魚の嫁さん』はちょっと残念な結末でした。



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18:01 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『蛇の湯治』 蛇というシンボリックな存在
久しぶりに、昔話読みました。短いお話です。



むかし、あるところに、弥兵衛という男がいました。

ある日弥兵衛は、山に芝刈りに行きました。山奥に入って芝を刈っていると、すぐそばで蛇が一匹とぐろを巻いて、じっと弥兵衛の仕事ぶりを見ていました。

弥兵衛はそれに気が付くと蛇をあやしみ、木の枝でたたいたり突いたりしました。蛇は傷だらけとなって逃げていきました。

その日からというもの弥兵衛はなんだか元気がなくなりました。女房は心配して温泉にでもいって養生するようにいいました。



そこで弥兵衛は温泉場に湯治に出かけました。

夜遅く、ひとりで湯につかっていると突然、すぐそばでばしゃばしゃと湯の音がしました。弥兵衛はびっくりして辺りを見回しました。すると近くに頭に包帯を巻いた男がひとり、黙って湯につかっています。

弥兵衛は男に「頭をけがしたのかね」と声を掛けました。すると男は「ああ、山にいたら木の枝でひどくたたかれたもんでね」と答え、弥兵衛をじろっとにらみました。

弥兵衛は何ともいえず気味が悪くなって、急いで湯から出ると、次の朝早く家に帰ってしまいました。



ところが家に帰ると、たたみの上にも柱にも天井にも、弥兵衛には蛇がはった跡やうろこの跡が見えるのです。

弥兵衛は、毎日、毎日、蛇の影を恐れました。日に日に元気がなくなりとうとう死んでしまいました。

弥兵衛が死んでしばらくすると女房が死に、やがて家の者たちも次々に蛇の恨みにとりつかれて死んでいきました。

それからというもの弥兵衛の家は蛇屋敷と呼ばれ、人々から恐れられたということです、と物語は結ばれます。



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蛇の呪いのお話です。蛇は、いい意味でも悪い意味でも、シンボリックな存在ですね。神話にも昔話にも多く登場する動物です。文学のモチーフにも用いられます。

もし、このお話の主人公、弥兵衛が、蛇を大事にしていたら、どういうことが起きるでしょう。神格化された蛇が、主人公、弥兵衛を、幸せに導くお話になっていたと思います。

でもなかなか難しいものですね。弥兵衛のように蛇をいじめることはなくとも、我々が蛇に出会った時の反応は、まずびっくりするのが大方であると思います。我々は蛇を怖れるのです。それゆえにシンボリックな存在なのでしょう。



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18:15 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『岩くだき堂せおい知恵もん』 なぜ鬼は最終的に退治されないのか
むかし、ある山に、おそろしく大きな鬼がいました。鬼は毎晩のように人里に下りてきて、子どもをさらっていきました。

村人たちは、今日こそは我が子がさらわれるんじゃないかと心配していました。そこで、隣村の、岩くだきと、堂せおいと、知恵もんの三人の男にたのんで、鬼退治をしてもらおうということになりました。



岩くだきは、げんこつで岩を砕く腕っぷしの強い男です。堂せおいは、お堂を軽々と背負って歩く力持ちです。知衛もんは力も強いが知恵のある男です。三人は鬼退治をたのまれると、さっそく相談を始めました。

知恵もんは「鬼の通り道に鉄の門をこしらえて、その上に大きな石を乗せ、鬼が門を破ろうものなら石が鬼の上にら落ちるようにして、鬼が弱ったところを三人でやっつけたらどうだろう」と提案しました。

しかし岩くだきも堂せおいも「石などいらん。おれが門が中にいてひとりでやっつけてやる」と意地を張りました。そこで知恵もんは、鬼の通り道に三つの門をこしらえることにしました。

一の門には岩くだきが構え、二の門には堂せおいが構え、三の門には知恵もんが門に石を乗せ自慢の刀を構えて鬼を待ちました



夜になるとやっぱり鬼がやってきました。鬼は一の門の前に来ると大きな声で、「おれが通るのを邪魔するやつは誰だ」と怒鳴りました。そして鉄の門を押し開け、中にいた岩くだきをわしずかみにして丸のみにしてしまいました。

鬼はすぐに二の門のまで来ると大きな声で、「おれが通るのを邪魔するやつは誰だ」と怒鳴りました。そして鉄の門を押し開けて、中にいた堂せおいをわしずかみにして丸のみしてしまいました。

それから鬼は三の門まで来ると大きな声で、「おれが通るのを邪魔するやつは誰だ」と怒鳴りました。そして鉄の門を押し開けようとしますが、とたんに大きな石が鬼の上に落ちてきました。鬼は石につぶされて血だらけになって逃げだしました。



知恵もんは刀を振り上げて追いかけました。けれども道が二股に分かれるところでとうとう見失ってしまいます。知恵もんは鬼がたらした血の後をたどっていきました。

鬼は沼のほとりで頭を抱えて座り込んでいました。知恵もんは、この時とばかりに鬼を刀でひと突きにしようとすると、鬼は「これからは悪いことをしないから、どうか命ばかりは助けてくれ」と何度もたのみます。

知恵もんは「それなら岩くだきと堂せおいを返すか」というと鬼はグーッと息を吸い込んでガーッと岩くだきと堂せおいを吐き出しました。そして命からがら山の奥に逃げていきました。

それからというもの鬼は人里にあらわれなくなったので、村の人々は安心して暮らすことができました、と物語は結ばれます。



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昔話というものは、三という数字を大切にします。三番目の登場者、あるいは三人兄弟の末っ子など。この物語では、知恵もんがこれにあたります。知恵もんは鬼退治において三番目の登場者であり、主役です。

また鬼という存在は日本の昔話において特別な存在です。西洋なら悪魔がこれに近いのでしょうか。



鬼でも悪魔でも、基本的には人間に害をもたらす存在ですが、民話全体の個々のお話を俯瞰してみると、時々善悪両方の属性を持った両義的存在として描かれることもあります。

こういったことをベースにして鬼や悪魔の登場する物語を読むと、深読みができて物語にも厚みが生まれます。



例えばこの物語では積極的な鬼の善行は見られませんが、最終的には鬼を完全に退治されず、逃がしてもらっています。

なぜ鬼を逃がしてしまうのか。それに対する答えを考えてみました。知恵もんは民話の中での鬼に対するイメージを完全に体現していて、鬼にも善にくみする存在意義を与えているのではないかと思いました。

確かに知恵もんの知恵に耳を貸さなかった岩くだきと堂せおいは、鬼がいましめたことになっています。



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18:23 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『うそつく槍』 駄洒落によってあばかれる自慢話の真相
短いお話です。



むかし、和歌山の男と、名古屋の男と、水戸の男が、三人寄り合って、お国自慢をしました。

和歌山の男は、「うちじゃ、みかんが名物で、さしわたし一尺もある美味しいみかんが取れる」といい「そのうまさに娘がほっぺたを落とす」と自慢しました。

すると名古屋の男は「うちじゃ、大根が名物で、その大きさときたら、馬の鞍の両脇に一本ずつの二本しか運べない、美味しい大根が取れる」といい「沢庵にでもしたら、ばあさんがほっぺたが膨らんで若返った」と自慢しました。

ところが水戸の男は黙って聞いているばかりです。すると和歌山の男と名古屋の男がバカにして「おまえの国には何もなかろう」と聞きました。

すると水戸の男は「名物は何もないが、でかい槍がある」と答えました。和歌山の男と名古屋の男が「それはどれくらいでかいのか」と問うと「それは槍の矛先だけでも三尺はある」と答えました。

和歌山の男と名古屋の男はすっかりかんしんして「そんなにでかい槍でいったいなにを突くんだ」と聞くと水戸の男は「おまえらの自慢話の嘘を突く」と答えました、と物語は結ばれます。



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三人とも嘘をついていますが、水戸の男だけは嘘をつくばかりか嘘を突いています。そう、「嘘をつく」を、槍で「嘘を突く」にかけた駄洒落話にもなっているのです。

水戸の男は、和歌山の男と名古屋の男の嘘を突いて、しかも嘘に見合うだけの、とてつもなく大きな槍で突いて恥をかかせます。自慢話の真相など、えてしてこんなものといわんばかりです。

まあ、人間は自慢話の一つや二つはしたがるものです。そう思うと和歌山の男も名古屋の男もちょっと気の毒ですね。



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18:13 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『たからの水』 駄洒落が潤す主従関係
短いお話です。



むかし、ある村に、たいそうな分限者がいました。屋敷には田畑で働く作男がたくさんいました。ある年の大みそかの晩に、旦那は一人の作男を呼んでいいました。

「あしたは正月だから朝早く起きて川へ行って若水を汲んでこい」すると作男は「若水って何だい、旦那さま」と聞きました。「それはな、元日の朝に年の神様にお供えする水のことだ。おまえは朝起きたら神棚に備えてある包みをもって川に行け。包みには米と塩が入っているから、それをお供えして川を清め、それから若水lを汲んでこい」と旦那はそう教えてやりました。



さてあくる朝、作男は起きてみると雪が降っています。すねまで埋まりそうな大雪です。川まで行くのはたいへんです。

作男はあたりを見回しました。すると近くに田んぼの水口から水がちょろちょろ流れています。「しめた、こいつで間に合わせてしまえ」と思い、「若水を汲んできた」といって、あとは知らんぷりをきめていました。

ところが悪いことはできないもの。作男の様子を始終見ていた女中が旦那に、その横着を知らせました。

旦那どのはすぐに作男を呼びつけました。「おまえ若水を川にはいかず田んぼから汲んできたそうじゃないか。正月からそんな横着をしてはこの家が貧乏になってしまう。おまえのようなやつには暇を出すからでていけ」とかんかんになって怒りました。

すると作男はけろりとして「そりゃあ旦那さま、違う、違う。おれは田んぼから出てくる水を汲んできたんだ。田からくる水だから、宝水だよ。宝がくる水を汲んできたんだ」といいました。

これを聞くと旦那どのは打って変わって上機嫌になりました。作男は、「そうか、そうか。おまえ、いいことをいうやつだ」とほめられたうえに、うんとごちそうをふるまわれました、と物語は結ばれます。



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駄洒落ですね。また読後に、ほのぼのとした情景が浮かんできて幸せな気分に浸れます。旦那どのは、若水より、宝水(田から水)のほうがお気に入りのようです。

それにしても、駄洒落を解しない旦那どのなら、こんな話は生まれません。主従の間にも、このようにユーモアという潤いがあるといいですね。



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18:12 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『とんびになりたい』 心からの願望の行きつく先,
昔、ある村の庄屋どんの家に、茂左どんという作男がいました。



ある日、庄屋どんは、茂左どんを連れて畑に行きました。一仕事済ませた後、ふたりは土手に腰を下ろして休んでいると、空をとんびが一羽「ぴーひょろ、ぴーひょろ」と鳴きながら悠々と飛んでいきます。

茂左どんは、とんびが飛んでいるのをのんびり眺めていましたが、やがて、「おれもとんびになって、あんな風に悠々と空を飛べたらなあ」といいました。

庄屋どんはそれを聞くと、ひとつ、茂左どんをからかってやろうと思い、「実はなあ、わしは人間をとんびにする術を知っているのだが、おまえ、そんなにとんびになりたいか」と聞きました。

茂左どんは、「へい、とんびになって空を飛べたら、どんなに楽しかろうねえ」といいました。

そこで庄屋どんは「それじゃあおまえにとんびになる術を教えてやろう。まず、向こうの松の木に登ってみろ。そしてわしのいう通りにするんだぞ」といいました。

茂左どんは、とんびになれると聞いて大喜び。早速、松の木のてっぺんまで登っていきました。



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庄屋どんは松の木の下に立って「いいか、わしのいう通りにするんだぞ」と大声でいいました。

「まず左足を松からはずせ」茂左どんは松にかけていた左の足をはずしました。

「今度は右の足をはずせ」茂左どんは右の足をはずしました。

「今度は左の手を放せ」左の手を放しました。茂左どんは右の手だけで松の木にぶら下がっています。

庄屋どんはどうせ松の木に引っかかるだろうから大事ないと思って、「右の手も放せ」といいました。

するとそのとたん、茂左どんは、本当にとんびになって泣きながら空高く飛んでいってしまいました。



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庄屋どんはあっけにとられて見ていましたが、「作男の茂左どんがとんびになれるというなら、庄屋のわしがとんびになれないはずがない」と思い、急いで家に帰り女房にいきさつを話し、自分が茂左どんにしたことを女房にさせました。

しかし庄屋どんはとんびになって空高く舞い上がったと思いきやどすーんと地面に落ち「うーん」といったきり気を失ってしまいました。

女房はびっくり仰天。庄屋どんの顔に水をかけ「おまえさん、おまえさん」と叫びながら庄屋どんの背中を、一生懸命さすりました。

するとやっと息を吹き返した庄屋どんがいうことには「これこれ、そんなに背中をさすると羽がいたむわい」といった、と物語は結ばれます。



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最後に、なんだか落語のような落ちがついていますね。思わず笑ってしまいました。

物語なので、とんびになるという結末は作りごとかもしれませんが、同じことをした、茂左どんと庄屋どんの結末の差は何なのでしょう。それはそれぞれの意識構造の差なのではないでしょうか。

合理的思考に凝り固まっていない茂左どんを支配するのは、人の心の奥底からの願望です。茂左どんの、とんびになって空を飛びたいという強い願望は、ファンタジーとなって実現されます。

それに対して庄屋どんの願望は意識レベルです。そこは合理が支配する世界です。当然木の枝から手を離せば落下するのは目に見えています。しかし庄屋どんも木から落ちてからは、ようやくとんびになったようなユーモラスな言葉を吐きました。



半ば、合理的思考を強要される現代人は、この物語のタイトルが暗示するように、もっと空想を愛し、心からの願望に寄り添ってもいいのではないでしょうか。

少なくとも、最後に庄屋どんがつぶやいたユーモラスな言葉を吐くくらいの心持ちに達するなら、厳格な現実に対して、余裕をもって接することができるようになると思います。



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18:18 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『目の養生』 ダークヒーローの昔話の系譜
むかし、ある村の長者の家に、「まの」という名の、怠け者で、たいそう嘘つきの下男がおりました。



ある日、まのは、旦那どのに、「冬が近づいてきたから山でたきぎを集めておけ」といいつけられました。けれどもまのは、嘘をついて、たきぎ取りなどせず、山へ行っては遊んだり昼寝ばかりしていました。

しばらくたったある日、旦那どのは、まのに、いい加減たまったであろうたきぎを、きょうは屋敷に運んでくるよう命じました。ところがまのはたきぎを一本も拾わないでいたのです。



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まのは考えました。「旦那さん旦那さん、たきぎどころの話じゃありません。あの山の大きな杉の木に、鷲が巣をつくってひなを返しました。あれが逃げないうちに早くとったほうがいいでしょう」と口から出まかせをいいました

旦那どのは、まんまと騙されて、まのに長い梯子を担がせて山へ出かけました。旦那どのは、まのに指図されて、とうとう杉の木のてっぺんまでに登らされました。するとまのははしごを外してしまい、大急ぎで屋敷に帰りました。

そしておかみさんに、「たいへんだ。旦那さんが鷲の子を取ろうとして、木から落ちて亡くなりました。おかみさん。今すぐ尼さんになって、旦那さんを弔ってください」といいました。

おかみさんはこれを聞いて驚き悲しみ、さっそく尼さんになるため頭の毛をそりはじめました。そこへやっと木から降りた旦那どのが飛び込んできたので、おかみさんはびっくり。

旦那どのはかんかんに怒って「人をだますにもほどがある。こんな奴は生かしちゃおけない。俵に詰めて川に投げ込んでこい」と屋敷の男たちに命じました。



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屋敷の男たちは、寄ってたかってまのを俵に押し込むと、太い棒に括り付けました。ふたりの男が担いで橋の上まで運びました。すると俵の中のまのがこんなことをいいました。

「おれは川へ投げられても仕方ないが、このまま死んだら寝床の下にためた十両の金はどうなるだろう。あの金だけは惜しいなあ」

それを聞いた二人は俵のことなど知ったことかと、我先に屋敷に走りました。そしてまのの部屋にとびこむと、まのの寝床をあげて金を探しました。

しかし見つかったのは、汚いふんどしや汚れものばかりです。なんと臭いことか。二人は鼻をつまんで外へ飛び出しました。



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さて橋の上に、俵ごと置き去りにされたまのは、どうやって逃げようか、俵の隙間から外をのぞいていました。そこへ目のただれた牛方が牛を引いてくるのが見えました。

「ようし、ひとつ、あいつをだましてやろう」まのはそう思って俵の中で、「目の養生、目の養生」と叫びました。

牛方は、俵の中から妙な声がするので近寄ってみました。すると俵の中には人がいます。「おまえ俵の中で一体何をしているんだ」と聞きました。

まのは、「この俵の中で『目の養生、目の養生と唱えると目がよくなるのさ』」と答えました。



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これをきくと牛方は喜びました。「おれにもやらせてくれ。おれは目が悪くて困っている」

けれどもまのは、「いやいや、そう簡単には代わってやるわけにはいかない」というと牛方は、「そんならこの牛をやるから代わってくれと」と一生懸命たのみました。

まのは承知して牛方に俵の中から出してもらい、代わりに牛方を俵に入れて、しっかり口を結びました。そしてもらった牛を弾いてさっさと逃げてしまいました。牛方は騙されたとも知らず、俵の中で、懸命に、「目の養生、目の養生」と唱えました。

そこへまのに騙された二人の男がぷんぷん怒って橋まで戻ってきました。そして俵を川の中へ投げ込みました。牛方はどぼどぼ流されて沈んでいきました。



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まのは隣村へ行って牛を売り払い、そのお金でいい着物をかって着込み、屋敷へ戻りました。旦那どのは驚いたんのなんの。まのはすました顔でこう答えました。

「なあに旦那様のおかげです。川に投げられてどぼどぼ流されていくうちに竜宮につき、乙姫様に婿になってくれとせがまれました。でも世話になった旦那さんがいるので、『旦那さんにあいさつをしてから婿になろう』といってひとまず戻ってきたのです」

これを聞くと旦那どのは、「わしも竜宮に行ってみたい」といいました。まのは「それじゃあ一緒に行きましょう」というわけで、ふたりは先ほどの橋へ向かいました。



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橋の上に立つとまのが、「旦那さん、旦那さん、ここから飛びこんでください。おれもすぐに飛びこみますから」といいました。

旦那どのは、その高さに怖気づいてためらっていると、まのは後ろからどんと突き落としたので旦那どのはたちまち流されてしまいました。まのは知らんぷりをして屋敷に戻りました。

そしておかみさんに、「旦那さんはおれと一緒に竜宮に行ったのですが、綺麗な乙姫様がいて大事にしてくれるものだから、乙姫様の婿になってしまいました。そして俺には『女房と屋敷をやるからわしの家の跡継ぎになれ』というんでひとりで帰ってきました」とわけを聞かせました。

こうしてまのはとうとう長者の家の旦那どのになってしまったということです、と物語は結ばれます。



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物語タイトルは主人公のついた嘘にちなんでいます。

主人公、まのは、怠け者で嘘つきであり、とんでもないことをしているように記述されていきますが、これは善良な民の立場からするとそうなのであり、この物語の不良系の主人公からしたら全く逆なことなのです。

一般的な読み方をすると、まのは始め殺されそうになったものの、ひるがえって四人を殺していることになります、しかし、昔話のお約束で、殺したという事実はぼやかされ、記述はされません。ただ、その存在は消されていきます。

ただ、不良系の主人公が長者になるには、巧みにふるまわなくてはならないということが描かれているのでしょう。その点を汲まなければなりません。

ダークヒーローが長者になる日本の昔話は数多いけれども、一番好きで印象に残っているのは、『寝太郎』でしょうか。



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18:26 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『きつねのないしょばなし』 物語と不思議な出来事
ある年の冬のことです。じいさんが隣村の大きな家へ嫁取りの祝いに招かれて出かけました。

じいさんは、深い雪をこぎこぎ、沢の渡りまで来ると、きつねが二匹、沢っぷちで何か話をしていました。

「きょうは隣村の大きな家で嫁取りの祝いのお振る舞いがある。おれたちもこれから坊さんに化けて、ごちそうにあずかろうじゃないか」

じいさんが物陰に隠れてみていると二匹の狐は沢の水に姿を映しながら左右の耳としっぽに枯葉をぴったりと張り付けてうまく隠しました。

これを見たじいさんは、隣村の嫁取りの家に着くと、すぐに主人にそのことを知らせました。

「そりゃあひどい、いたずらぎつねどもだな。どうしてくれるか今に見ていろ」といって、すぐに近所から大きな犬を三匹借りてきて、戸の陰に潜ませました。



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さて嫁取りの杯も無事終わって、お振る舞いの酒盛りになりました。そこへ、手ぬぐいをかぶり、杖をついた坊さんがふたり、雪の中を訪ねてきました。

家の人たちは、早速坊さんを座敷に通しました。ふたりの坊さんは大変なもてなしを受けて、酒やごちそうをたらふく腹に詰め込みました。そしてすっかりご機嫌になり踊り始めました。

しかし手ぬぐいをかぶりなおした拍子に耳を隠していた枯葉がはらりと落ち、耳がぴょこんと立ちました。しまったと思ったとたんしっぽもぬっとあらわれました。

「そら、こいつら坊さんじゃないぞ。きつねが化けたんだ。縁側に戸を立てろ。犬をけしかけろ」と大騒ぎになりました。きつねたちは、犬にしっぽや足をかまれ、命からがら逃げていきました。



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次の日じいさんは、その家の主人にいとまごいをして、また雪をこぎこぎ帰っていきました。そして沢の近くまで来ると、きつねの穴の中から何やら話し声が聞こえてきます。じいさんはこっそり近寄って聞き耳を立てました。

すると「本当にひどい目にあった。悔しくてならないから、あちこちのきつねに頼んで、今夜あの家の屋根で地獄ゆすりをしてやろう」とゆうべの狐たちが相談していました。

じいさんはこれを聞くとまた隣村へ引き返し、家の主人に知らせました。それを聞いた主人は、すぐに若い衆を集め竹やりをたくさん作り、竹やりの先を上に向けて、家の軒下にぐるっと立てておきました。

日が暮れて夕飯も済んでしばらくすると、屋根が、じごごごごー、 じごごごごーと、激しく揺れ始め、地獄ゆすりが始まりました。ところが、しかし普通の地獄ゆすりは朝まで続くものですが、すぐに止んでしまいました。



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次の朝、家の人たちが起きて外へ出てみると、地獄ゆすりで屋根から滑り落ちたきつねたちが竹やりで尻の穴を貫かれて串刺しになって、きろっかろ、きろっかろと朝日に照らされていました。

きつねたちはきょろきょろと辺りを見回しましたが、そのうち、スポン、スポンと竹やりから尻を抜いて逃げていきました、と物語は結ばれます。



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どうも昔の人は、不思議なことを、多くがきつねの仕業と思って納得していたようですね。例えば、ここでは話中に出てくる”地獄ゆすり”という現象をひとつあげておきましょう。

それらをきつねの仕業としてしまえば、なんとか説明できてしまうというわけですね。しかも、昔の人は、それらをユーモラスな物語、昔話にして安心していたようです。



現代人は、不思議な出来事を、自然科学を頼りに説明しようとします。するときつねが化かすという展開を望めません。

しかし、自然科学で解けないようなこと、あるいは自然科学的に解くことはできても、心のすわりどころが悪いことは、現代においてもまだまだ存在します。

自然科学万能と信じられていますが、実は、そうではないのかもしれません。現代人も無意識のうちに、まだまだ物語のようなものを頼っている可能性があるのではないでしょうか。



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18:24 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『なぞの子守歌』 民衆の知恵のあり方を表現する謎解きの物語
むかし、あるところに、ひとりの和尚さんがいました。和尚さんの寺は貧乏でした。そこで和尚さんは、村々を訪ね托鉢して回りました。



ある冬の寒い日、和尚さんはいつものように托鉢に出かけました。途中、雪が降りだし、やがて日もくれ、道に迷ってしまいました。

すると遠くに一つの明かりが見えます。和尚さんは、「ありがたい。あそこへ行って泊めてもらおう」と思いました。

和尚さんは雪の中を踏み込みながら歩いて、ようやくその家にたどり着き、「お頼み申します」と声をかけると、おばあさんが出てきたのでひと晩の宿を頼みました。

しかしばあさんは困った様子で、「気の毒だけれどここは泥棒の家なんだよ。いまはだれもいないが泥棒たちが帰ってきたらひどい目にあうだろう。とてもお泊めすることはできない」といいました。

けれども和尚さんは、「明日朝早く出ていくから、どこの隅っこでもいいから泊めてくれ」というので、ばあさんはしぶしぶ承知しました。

和尚さんは濡れた草鞋を囲炉裏で乾かし、ばあさんが煮たおかゆを食べました。



夜中になると泥棒たちがどやどやと帰ってきました。そして和尚さんの杖と笠を見つけあやしみました。

ばあさんは初めのうちこそ隠していましたが、荒くれ男たちに攻め立てられ、ついに旅の坊さんのことをいってしまいました。

泥棒たちは旅の坊さんと聞いて「きっとたんまりお金を持っているに違いない。巻き上げてしまおう。どうせ寝ているのだから、夜が明けたら殺して金をとればいい」と相談して、みんな寝てしまいました。

ばあさんは、「大変なことになった。あいつらにわからないように坊さんに知らせなくてはならない」と思いました。そして夜がまだ明けきれないうちに起きて、子守唄の節で歌をうたいだしました。



和尚さんはばあさんの気配で目を覚まし、初めのうちは変わった子守歌じゃのう、などと考えていましたが、そのうちはっと気が付いて歌の文句を考え始めました。

するとその歌は、ばあさんの和尚さんに対するなぞかけになっていることに気づきました。歌のなぞを解くと早く出て逃げろということです。

和尚さんは、がばと跳ね起きて、急いで身支度をすると、その家を飛び出し雪の中を逃げて命拾いした、と物語は結ばれます。



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夜に迷った時の一つの明かりという、民話でおなじみの展開です。明かりのもとを訪ねると、主人公には試練が待っています。

また、主人公を助ける、泥棒、盗賊、または悪魔などの一味のおばあさんという設定も、洋の東西を問わず民話には散見されます。



大きなくくりでいうならば、民話でおなじみのなぞかけの物語です。あらすじでは、なぞをかけられた子守歌の歌の文句は割愛しました。泥棒たちが夜中に相談した事が、そのままなぞとなってうたわれます。詳細を知りたい方はオリジナルをどうぞ。

子守歌は、泥棒たちにとっては文字通り子守唄となり、和尚さんにとっては秘密の暗号となります。和尚さんは、そのなぞを解いて事の真相を知り、命拾いします。

民話の謎解きは民衆の知恵のあり方を表現するものでしょう。



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18:46 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『ぬすっと女房』 ユーモラスに語られるぬすっと長者のお話
むかしひとりの若者が、ある家の婿に入りました。ところがその女房は人のものを盗むぬすっと女房でした。

女房は、初めのうちは婿を立てて尽くしましたが、ひと月も経つと、「あんた、そろそろどこかで何か盗んでおいで」といいました。

婿は、「よわったなあ。『何か盗んでこい』といわれてもなあ。それじゃあひとつ、隣の衆の、畑に積んである、たくさんのねぎを盗ってきて、女房を困らせてやるか」と思いました。

夜になると婿は、ねぎをたくさんしょって女房に「おいかかよ。ねぎを盗んできたぞ」といってねぎをどすんと土間におろしました。女房は、たまげるかと思ったのに、「あんた、いいものを盗んできたね」といって、すぐに婿に、窯に水を汲んでお湯を沸かせました。

やがて窯から湯気が上がると、女房は湯気にネギを一本ずつかざして、取り立ての青いねぎをすべて黄色にしてしまいました。そして土間にねかせました。



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あくる朝、隣の衆が怒鳴り込んできて、「やい、おまえのうちの婿は、おれの畑に積んでおいた取れたてのねぎをみんな持って行ってしまったぞ。すぐ返せ」といいました。

すると女房は平気な顔で「おまえさんのうちのねぎはどんなねぎかね」と聞き返しました。隣の衆は「ああ、昨日取ったばかりの青いねぎだ」と答えました。

女房は「うちのねぎは黄色いねぎだが、これがそうかい」といって土間のねぎを見せました。隣の衆はうまそうに黄色になったねぎを見て「これはうちのねぎじゃない」といい、平謝りに謝って帰っていきました。

ぬすっと女房は、ねぎを町へ売りに行き、そのお金で、働きもしないで、しばらくの間、楽々と暮らしを立てました。

やがてお金がすっかりなくなると、女房は婿に「あんたまた何か盗んでおいで」といいました。

婿は「よわったなあ。人のものばかり盗んでいては困るのだが。よし今度こそ女房を困らせてくれよう」と思って出かけました。



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婿は、河原の橋のところまでやってくると、橋の下に佐渡牛が一頭つながれていました。婿は嫌がる牛を無理やり家に引っ張っていきました。

そして婿は女房に、「おい、かかよ。牛を盗んできたぞ」といいました。女房はたまげるどころかほくほく顔です。「おやまあいいものを盗んできたねえ」、そしてまたしても婿にお湯を沸かせました。

女房はお湯の中にぞうきんを入れると、嫌がる牛を捕まえて、熱い雑巾でぎゅっと牛の角を曲げてしまいました。横に張っていた角は内側に曲がってしまいました。女房はその牛を庭先につないでおきました。



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あくる朝、牛の持ち主の博労が怒鳴り込んできて、「おい、おまえのうちのおやじは、おれが河原につないでおいた佐渡牛を盗んでいった。すぐに返さないとただではおかないぞ」といいました。

すると女房は平気な顔で、「おやそうかい。おまえんところの牛はどんな牛だい」と聞きました。

博労は「角が横にピンと張った佐渡牛のとってもいいやつだ」と答えると女房は、「ふん、そうかい。うちの牛はこれだよ」といって角の曲がった牛を見せました。

博労は「やっ、こりゃあおれの牛じゃない悪かった悪かった」と平謝りに謝って帰っていきました。

ぬすっと女房は牛を町にひいていって高く売りました。そしてその金で、しばらくの間楽に暮らしを立てました。

やがてそのお金も無くなってくると、女房はまた婿に、「あんた、また何か、盗んでおいでよ」といいました。

婿は「よわったなあ。いつまでたってもぬすっと癖が治らない。今度こそこりごりさせてやろう。何かいい手はないものか」と思いました。



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そのうちに近所で子供が死にました。婿はその子の葬式が済むと墓に行ってその子の死体を掘り出してきました。そして女房に「おいかかよ。この子を盗んできたぞ」といって土間にどすんと置きました。

今度こそ女房はさぞたまげるだろうと思ったら、女房は相変わらず、「おやまあ、これはいいものを盗んできた」といって、またしても婿にお湯を沸かさせました。

そして婿は女房がどうするのかを見ていると子どもの死体を湯に入れてきれいに洗い髪をとかして、顔には紅で化粧をしていい着物を着せました。

それから女房は、その子をおぶって酒屋に行きました。夜遅いのでみんな寝静まっています。女房は子どもの死体に空っぽの徳利を持たせ戸に立てかけて細い子供の声で「ごめんなさい。お疲れさんです」といいました。



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すると酒屋の小僧が眠くてたまらないのに起こされたので怒鳴って戸をがらっと開けました。するとその拍子に立てかけてあった子がばたんとひっくり返りました。

小僧は子どもが倒れて死んでいるので、たまげて震え上がりました。そこへ女房が飛びだしてわめき散らしました。

「小僧、とんでもないことをしてくれたね。あたしは今酒を買いにこの子をここへよこしたんだ。おまえが乱暴に戸を開けたもんだからひっくり返って死んでしまったじゃないか。さあこれから訴えてやる」

この騒ぎを聞いた酒屋の主人は飛びだしてきて言いました。「それは悪いことをした。どうかこのことは内緒にしてもらいたい」そして山ほどのお金を差し出しました。

女房と婿はそのお金で一生楽に暮らしまし、女房のぬすっともいつの間にか治った、と物語は結ばれます。



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主人公たちは大金持ちになります。ハッピーエンドですが、そこに至る過程がどうなの、という感じを持たれる方もおられるでしょう。

しかし、民話の語り部である民衆にとって、生きることは、ある程度、泥臭さを伴うことなので、ご愛敬といったところでしょうか。

それにしても、ぬすっと女房の原資は婿に沸かせたお湯だけで、なんとも安上がり。そのお湯を自在に使いこなします。頓智が利いて小気味よいです。

そしてぬすっと女房に振り回される婿がユーモラスで面白いです。



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18:24 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『馬の尻に札』 ぬけさくの民話が紡ぐ善良な民の物語
短いお話です。

むかし、あるところにちょっと間のぬけた息子がいました。親はいつもこの息子を少しでも利口に見せたいと思っていました。

あるとき隣村の親せきが、家を新しく建てました。父親は息子にお土産を持たせて、お祝いの使いをやることにしました。そこで挨拶の仕方から教えてやりました。



息子は隣村のおじさんの家に着くと、父親に教えられた通り、すらすらとあいさつをしてお土産を出しました。

おじさんはたいへん喜んで、新しくできた家をあちこち案内して見せました。息子は父親に教えられた通り「これはなかなか良い普請ですね」などといって褒めました。

そのうち節穴がひとつある柱のところに来ました。そこでも息子は父親に教えられた通り「まことに良い普請ですが、この穴だけは残念です。ここに火の用心の札でも貼ったらどうでしょう」といいました。

おじさんはすっかり感心して、「おまえなかなかいい若者になったなあ」とほめてくれるのでした。しかし父親が教えてくれたのはここまでです。

家を見終わるとおじさんは、「ついでに馬を見ていってくれ、たいへん立派な馬が手に入ってな」といって息子を馬屋に案内しました。

息子は馬の周りをまわって、よく見ていましたが、やがて馬の尻の穴を指さしていいました。「まことに良い馬ですがこの穴だけは残念です。ここに火の用心の札を張ったらどうでしょう」といったので、おじさんはあきれてしまった、と物語は結ばれます。



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ぬけさくの物語続きます。

あらためて、民話でぬけさくの話を知ったのがグリム童話のハンスの物語でした。ユーモアのセンスが、日本人である私にはどぎつかったので、笑い話を笑い話として鑑賞することができませんでした。

しかし、日本の昔話を見てきた中で、今のわたしは、民話のぬけさくが、洋の東西を問わず、教えられたことはできるが、応用が利かないという人物造形でくくることができることを知っています。

そしてあらためてぬけさくが悪意を持たない、善良で愛すべき人間像を表現していることも知っています。

これは民衆が語り伝えてきた民話の一類型だと思われます。



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18:14 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『どっこいしょ』 ぬけさくに優しい昔話という媒体
短いお話です。

むかし、婿どのがひとりで、隣村にある嫁さんの実家を訪ねました。嫁さんの実家では、団子をこしらえて、婿どのをもてなしました。

婿どのはこれまで、団子というものを食べたことがなかったので、とてもおいしいと思ってごちそうになりました。

婿どのは食べ終わると嫁さんの母親に「ああ、うまかった。これはいったい何というものですか」と尋ねました。

すると嫁さんの母親は「これはだんごというもんだよ。米の粉でつくるんだがあんたの嫁も知っているから作ってもらうといい」と答えました。

「それじゃあうちでもこしらえてもらおう。だんごっていうのだね」といって、婿どのは帰る道々忘れないように、「だんご、だんご、だんご」と唱えながら歩いていきました。

しばらく行くと川があったので「どっこいっしょ」といって川を飛び越えました。するとその拍子に唱え文句は「どっこいしょ、どっこいしょ、どっこいしょ」になってしまいました。



家に帰ると婿どのは早速嫁さんに「きょうはお前の実家でとてもうまいものをごちそうになってきた。おまえも知っている『どっこいしょ』だ。こしらえてくれ」といいました。

嫁さんは「『どっこいしょ』なんて知りませんよ」と答えました。

婿どのは「知らないはずがなかろう。おまえの母さんがこしらえてくれたんだぞ。おまえも作れるといっていた。早くこしらえてくれ」といいました。

嫁さんは「あたしは『どっこいしょ』なんて食べ物は聞いたこともないけどねえ」と答えました。

婿どのは何度いっても嫁さんが、「知りませんよ」というばかりなので、とうとう腹を立ててすりこぎで嫁さんの頭をこちんとたたきました。

すると嫁さんは「痛い、痛い。ほらだんごのようなこぶができたじゃありませんか」といいました。

これを聞いた婿どのは、「ああ、そのだんごだ」といったそうな、と物語は結ばれます。



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ぬけさくな婿どのだなあ、とおっしゃられる方もおられるのでしょうが、身に覚えのある方も大勢いると思われます。その場合は、苦笑いを誘う笑い話。あるいはあるある話ですね。

ぬけさくとは誰のことか。洋の東西を問わず、民話の立場からは、”だれしも”という答えが返ってきそうです。そして民話はぬけさくにやさしいです。



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18:10 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『糸ひき婿』 笑い話、ぬけさくばれる
短いお話です。

むかし、ある村の若者が、近くの村から嫁さんをもらいました。嫁さんはなかなかの利口者でしたが、若者はいたって能天気というか、どちらかというとぬけさくのほうでした。



しばらくたって嫁さんが、自分の親元に里帰りする頃になりました。嫁さんの村では、嫁が婿を連れての、初めての里帰りということで、習わし通り、親戚を集めて、婿をもてなすことになりました。

しかし嫁は心配になりました。「うちの人はいい人だけれども、どうも少しぬけていて、変な返事をしたら恥ずかしい」そこで嫁は婿どのにいいました。

「本家のおよばれで、酒盛りが始まれば、おじさんたちがあんたに色々話しかけるでしょう。その時ちょうどいい返事ができるようにわたしが外で合図をするからあんたはその通りに返事をしてくださいね」

そうして、婿どのの親指と中指と小指には糸を結わいつけて、嫁が親指を引っ張れば「なるほど」、中指を引っ張れば「もっとも」、小指を引っ張れば「さよう、さよう」という決め事が結ばれました。



さて里帰りの日です。いよいよ本家でおよばれが始まると、婿どのの指には糸が結わいつけられました。

嫁さんは、その糸を、障子の隙間から外へ引っ張って、縁の下に入り、耳を済ませました。酒盛りの席では話が弾んできたようです。

嫁さんが親指の糸を引っ張ると「なるほど」、中指の糸を引っ張ると「もっとも」、小指の糸を引っ張ると「さよう、さよう」と婿どのは答えます。

なかなかうまい具合に話を合わせるので、みんなは、「これはいい婿だ」と、感心しました。



ところがそのうち嫁さんは雪隠に行きたくなりました。そこで縁の下に落ちていた草履に糸を結びつけて雪隠に立ちました。

すると縁の下にいた犬の子が、のこのこ出てきてその草履を咥え、じゃれ始めました。家の中にいる婿どのは、いっぺんに糸を引っ張られたので混乱します。

(こりゃあ早口で返事をしろということだろうか)婿どのは「なるほど、もっとも、もっとも、さよう、さよう。さようさようなるほどもっともさようさよう。もっともなるほどさようさよう。」と言い出しました。

本家のおじさんたちはびっくりしてしまいました。そしてとうとう婿どののぬけさくがばれてしまいました、と物語は結ばれます。



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情景を想像すると笑えます。昔話だからといって、子ども向けかというと、それは現代人の偏見です。大人でも笑えます。

そもそも昔話は民話であり、子どもたちだけのものではありませんでした。改めて民話の豊かさをおぼえます。



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18:12 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『おんちょろちょろの穴のぞき』 瓢箪から駒
むかし、あるところに、とても信心深いばあさんがいました。ばあさんはじいさんに先立たれたので、お経の一つでもあげたいと、いつも思っていました。

しかし近くに和尚さんがいなかったのでお経を覚えることができずにいました。



何年かたった命日のこと、ばあさんはぼた餅を作っていると、小汚い旅の坊さんが鐘をたたきながらやってきました。

ばあさんは、これはいい時にいい人がやってきたと思って、「和尚さん、和尚さん。死んだじいさんのためにお経をあげてやりたいから、ひとつ教えてくれませんか」とたのみました。

すると坊さんは、「ああ、いいとも」といって、ぼた餅を腹いっぱい食べてから仏壇の前に座りました。

けれどもこの坊さん、本物の和尚さんではなかったので、どうやってばあさんをごまかそうかとばかり考えていました。



ちょうどその時、ねずみががたんと、何かをひっくり返す音がしました。そこで坊さんは、「おんちょろちょろまいられそうろう」といって、カーンと鐘をたたきました。

すると今度は二匹のねずみが壁の穴からちょこっと頭を出したので、「おんちょろちょろ穴のぞき」といって、またカーンと鐘をたたきました。

と、今度はその二匹のねずみが口を寄せて、「ちゅうちゅう」と鳴いて穴に引っ込んだものだから、「何やらささやき申されそうろう。そのまま帰られ申されそうろう」といってカーンカーンと鐘をたたきました。

それから坊さんは、「ばあさん分かったかね。これは一番覚えやすくて、うんとありがたいお経なんだよ」といいました。そしてばあさんから、お礼にお米をもらうと、逃げるようにして帰っていきました。



それからというもの、ばあさんは毎日のように、

「おんちょろちょろまいられそうろう。カーン」
「おんちょろちょろ穴のぞき。カーン」
「何やらささやき申されそうろう。カーン」
「そのまま帰られ申されそうろう。カーンカーン」

と繰り返し繰り返し唱えました。



さてある晩のことばあさんがいつものようにお経を唱えていると、そこに二人の泥棒が入ってきました。

ちょうどその時「おんちょろちょろまいられそうろう」といって、カーンと鐘をたたいたものだから、泥棒たちは、「さては気づかれたか」と思い、そっと障子の穴からのぞいてみました。

すると続けてばあさんが、「おんちょろちょろ穴のぞき」といって、またカーンと鐘をたたいたものだから、泥棒たちは「のぞいているのも気づかれたか。ここはだめだほかの家に行かないか」とこそこそ相談をしました。

するとまたばあさんが、「何やらささやき申されそうろう」といって、カーンと鐘をたたいたものだから驚いたのなんのって、泥棒たちは慌てて逃げ出そうとしました。

その時またばあさんが、「そのまま帰られ申されそうろう」といって、カーンカーンと鐘をたたきました。泥棒たちはすっかり怖くなって、無我夢中で逃げていった、と物語は結ばれます。



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いい加減な言葉の羅列が巡り巡って役に立つというお話です。

そもそも、いい加減な言葉の羅列ですから。何か目的があったわけではありません。瓢箪から駒ですね。



我々の日常にも同じような出来事は始終、起こっているのではないでしょうか。意図せず物事が、うまくいくことはよくあることです。

例えば人と人との関係なら、無意識という瓢箪が大きくかかわって、様々な出来事が生じます。

この物語にしても、いい加減な言葉の羅列が、ばあさんと旅の坊さんとの間でおこった出来事という瓢箪をを経由して泥棒に伝わり、御覧の通りの結末を迎えます。



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18:31 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『ねずみのすもう』 善良な民衆が語り継ぐ昔話という媒体
むかし、あるところに、貧乏なじいさまとばあさまがいました。ある日、じいさまが山に木を切りにいくと、何ともいえない、面白い掛け声が聞こえてきました。

「よいしょ」「どっこいしょ」
「よいしょ」「どっこいしょ」
「どっこいしょ」「どっこいしょ」
「うんとこしょ」「どっこいしょ」
「はっきた」「ほっきた」

はて、なんだろうと思って、じいさまが木の間からのぞいてみると、やせたねずみと太ったねずみが、掛け声をかけて、すもうを取っているところでした。

よくよく見ると、うーんとやせたねずみは、じいさまの家のねずみで、もっこもこ太ったねずみは、長者の家のねずみでした。

じいさまの家のねずみは、長者の家のねずみに、ばたーん、ばたーんと、何度も投げ飛ばされていました。



家に帰ったじいさまはばあさまに「うちに、もち米はなかったか」と聞きました。ばあさまは「少しならあるが何にするんだい」といいました。

じいさまは、山で見た、ねずみのすもうのことを話し、「かわいそうだから、うちのねずみに力をつけてやりたいと思ってな」とじいさまはばあさまにたのみました。その晩じいさまとあばあさまは二人でもちをついて棚に乗せておきました。



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さて、次の日もじいさまは、山へ木を切りにいきました。するとまた例の掛け声が聞こえてきました。

「よいしょ」「どっこいしょ」
「よいしょ」「どっこいしょ」
「どっこいしょ」「どっこいしょ」
「うんとこしょ」「どっこいしょ」
「はっきた」「ほっきた」

じいさまは昨日と同じようにのぞいてみると、例の二匹のねずみがすもうをとっています。ところがきょうはじいさまの家のねずみが長者の家のねずみを投げ飛ばしました。



長者の家のねずみはびっくりして強くなったわけを聞きました。じいさまの家のねずみは、ゆうべじいさまとばあさまが、もちをついて食わせてくれたことを話しました。

長者の家のねずみはうらやみました。なんでも、長者の家では、お金も食べるものもたくさんあるのにくれず、落ちているものを拾い食いするばかりなのだそうです。

するとじいさまの家のねずみは「じいさまとばあさまに頼んでおまえのもちもついてもらうから今夜うちに来い」といいました。

長者の家のねずみは喜んで「それならおみやげは何がいい」とじいさまの家のねずみに尋ねました。

じいさまの家のねずみは「うちは貧乏だからお金がいい」と答えました

二匹のねずみの話を聞いたじいさまは、正月用にとっておいたもち米を出してきて、もちをつきました。ばあさまは赤いふんどしをふたつこしらえて、もちと一緒に棚に上げておきました。



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夜になると長者の家のねずみがお金をしょってやってきました。二匹のねずみはもちを食べ、さっそく赤いふんどしをしめてすもうをとり始めました。

「よいしょ」「どっこいしょ」
「よいしょ」「どっこいしょ」
「どっこいしょ」「どっこいしょ」
「うんとこしょ」「どっこいしょ」
「はっきた」「ほっきた」

今度は勝負がつきませんでした。

それからというもの、じいさまとばあさまは、長者のねずみが持ってくるお金で、何の心配もなく楽に暮らせるようになったということです、と物語は結ばれます。



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動物報恩譚ですね。じいさまとばあさまが、とっておいた、わずかなもち米は、ねずみのおかげでお金に変わりました。

また、トールキンがいうように、他の動物たちと心を通わせたいという、人の根源的な願望の、具現化と考えられます。

確かに読んでいて、このねずみたちに対して、愛おしささえ感じられます。

ここには何が語られているのでしょうか? 主要な登場者は、人、動物を問わず、皆、良心的な情動にあふれています。それがそのまま幸せな結末に結びついていきます。その点多くの日本の昔話におなじみの展開です。



多くの日本の昔話に展開される、このような道徳観に支配される世界は、語り継いできた民衆にとって、自らを慰めるための、魅力的な仕掛けになっています。

現代の多くの普通の人々にとっても、日本の昔話は、同じように優しく働きかけてくれるのではないでしょうか。


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18:18 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『雪女』 雪女という存在の両義性
短いお話です。

むかし、お城の若い侍たちが火にあたって、あれやこれやの話をしながら夜番をしていました。

「今夜のように雪の降る夜は、お城に雪女が出るといううわさだが、聞いたことがあるか」「耳にしたことはあるが、いまどき雪女などというものがおるはずなかろう」



しばらくして、ひとりの侍が外の便所に立っていきました。すると侍は、雪の中に赤ん坊を抱いた女の姿をぼんやりと見ました。

こんな夜中にだれだろうと目を凝らすと、その女はすっと近づいてきて「もし、お侍さん。雪の中に大事なものを落として探しているのですが、この子をちょっと抱いていてくれませんか」といいました。

侍はかわいそうになって、赤ん坊を抱いてやると、それは、氷のように冷たい赤ん坊でした。

そのうちに女はすうっと雪の中へ消えて、抱いていた赤ん坊はどんどんどんどん重たくなります。

そこで侍は、赤ん坊を下におろそうとするのですが胸にぴったりくっついて離れません。侍は気味が悪くなって助けを呼ぼうとしましたが声が出ません。そしてそのまま気を失って倒れてしまいました。

夜番の侍たちは、便所にいった仲間が戻ってこないので、みんなで探し始めました。すると侍は太いつららを抱いて雪の中に倒れていました。



それから何日かたった雪の夜、夜回りのじいさんがカチカチ拍子木をたたきながら「火の用心、火の用心」と呼ばわって歩いていると、松の木の根元で一人の女が、長い髪をとかしていました。

じいさんは「だれだ、こんな夜更けに」と声をかけると女は振り向きますが、なんとその女はのっぺらぼうでした。

それからというもの、雪女の噂は本当のことだということになり、大騒ぎになりました。そこでお城の家老が、雪女退治をかって出ました。



月夜の晩でした。家老は、こんなに晴れ上がった明るい晩には、雪女など出るはずもないと思って歩いていると、すぐ目の前で膝ほどもない小さな小坊主がちょこちょこ走っていきます。

「これは怪しい」と捕まえようとしますが、、捕まりません。そしてやっと両肩を押さえつけたかと思い力を入れると、そのたびに小坊主は大きくなっていきます。そこで家老は腰の刀を引き抜いて切りつけました。

松の木ほどの背丈の小坊主は、「ぎゃっ」と叫びごえをあげて砕け、粉雪になって飛び散りました。

それから雪女は二度と姿を見せなくなったということです、と物語は結ばれます。



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タイトル通り雪女のお話です。短いお話ですが、想像力をたくましくして読んでいると怖くて鳥肌が立ちます。



ウイキペディアによると、雪女の起源は古く室町時代にまでさかのぼれるそうです。恐ろしい存在であると同時に雪のようにはかない存在であることも記述されます。

すると前話の『雪娘』のお話も、雪女のお話の、いちバリエーションにしてもよさそうな気がします。

やまんばという存在が、福であると同時に災いをもたらす両義的な存在であるのと同じように、雪女の存在も同じように扱ってもよいのかもしれません。



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18:26 : 日本の昔話 5 冬 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 5 より 『雪娘』 はかない雪の精の物語
短いお話です。

むかし、あるところに、じいさまとばあさまがいました。ふたりには子供がおらず、寂しく暮らしていました。



ある冬のことです。吹雪の吹く寒い晩でした。表のほうで赤ん坊の泣く声がします。じいさまとばあさまは不思議に思って戸を開けてみました。

すると吹雪が吹く中に、真っ白な着物を着た美しいあねさまが赤ん坊を抱いて立っていました。

じいさまとばあさまは驚いて「こんな吹雪の中いったいどうしたというのだ。さあさ、早くうちにお入り」といいました。

するとあねさまは「じいさま、この子を抱いてください」というので抱くと吹雪が一層強く吹いてきて、あねさまはその吹雪と一緒にすーっと消えてしまいました。



赤ん坊は色白の可愛い女の子でした。じいさまとばあさまはこの子をたいそうかわいがって育てました。赤ん坊はやがてきれいな娘になりました。

けれどもどうしたわけか、娘は夏になると元気がなくなります。そのうえお風呂が大嫌いで決して入ろうとしません。

それでじいさまとばあさまは「こんなきれいな子だもの、お風呂にはいれば、どんなに美しくなるだろうね」といっていました。



そしてとうとうある日、無理やり娘をお風呂に入れてしまいました。ところが、娘はいくらたってもお風呂から上がってきません。じいさまとばあさまは心配になって風呂場に行ってみました。

しかし、娘の姿はどこにもありません。ただ風呂桶の中に、娘が髪にさしていた赤い櫛がひとつぽかーんと浮いているだけでした、と物語は結ばれます。



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読み始めて、雪女の話と関連を思いましたが、怖い話ではなく、雪の日に、じいさまとばあさまのもとに授けられた女の子の、哀れを誘う物語です。ロシアの民話に同様なものがあるようです。



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