子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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『人魚姫』 H.C.アンデルセン 若き日のアンデルセンの恋愛観
おなじみの物語です

はるか沖へ出ると、海の水は青みの一番強いヤグルマソウくらいに青く、また一番透明な水晶に負けないくらい澄み切っています。

でも沖はとても深く、深さを測ろうにも測れません。人魚が住んでいるのは、そんな海の底です。



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人魚の王様はずいぶん前にお妃さまをなくされましたが身の回りのことは年老いた母親に見てもらっていました。

この母親は褒められてよい方でした。とりわけ孫娘にあたる小さな人魚の姫さま方を心からいつくしんでおいででした。

姫さま方は六人で、いずれ劣らぬ美しい方ばかりでしたが、中でも末娘のお姫さまが一番きれいでした。この末の姫さまは好奇心の強く物静かで考え深い子でありました。

おばあさんは「おまえたちが十五になって一人前になったら、海の上に浮かび上がって海の上の世界を見ることができますからね」といいました。

一番上の姫さまは次の年の春に十五になります。でもあとの姫さま方は年がひとつずつ離れていたので、末の姫さまにいたっては、まださらに五年も先のことでした。



こうしてそれぞれ姉さまたちは初めて海の上に浮かんだ時の素晴らしいものや美しいものに心奪われました。

でも一人前になってどこへでも好きなところへ泳いでいけるようになると、みんな海の上のことには無関心になりました。

そういうわけで、もののひと月も経たないうちに、皆、「やっぱりおうちが一番ね、海の底が一番住みよいわ」と言い出す始末でした。



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とうとう末の姫さまの十五の誕生日がやってきました。姫さまは水の中を浮き上がっていきました。

海面に顔を出すと遥か彼方に三本マストの帆船が浮かんでいます。やがてあたりが暗くなると、派手な色のランタンが何百も点され万国旗のようです。

人魚の姫さまは船室のすぐそばまで泳いでいきました。船室には美しい服を羽織った人々が大勢います。中でも若々しい王子に見とれて恋をしてしまいました。

しかし、夜が更けると天候が変わり嵐に見舞われます。そしてとうとう船は二つにさけてしまいました。その瞬間姫さまは、自らの危険も顧みず王子を救いました。



やがて明け方になり嵐が去ると陸が見えてきて、そこにある教会のような大きな建物の前に姫さまは王子を運び、どうか死にませんようにと祈りました。

ちょうどその大きな建物から鐘の音がして若い娘たちがぞろぞろ庭に出てきました。人魚の姫さまは王子のもとを離れて身を隠し、だれか王子を拾ってくれないかと様子を見ていました。

いくらもしないうちにひとりの若い娘が近づいてきてびっくりし、ほかの人を呼びました。そこで王子は目を覚まします。王子は本当の命の恩人である人魚の姫さまを知ることができませんでした。

それは、人魚の姫さまにすれば悲しい出来事でした。姫さまは海の底のお父さまのお城へ帰っていきました。



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それから姫さまは夜となく朝となく王子と別れた海辺に出かけました。姫さまはもうこれ以上我慢がならず、姉さまのうちの一人に苦しい胸の内を打ち明けました。

すると瞬く間にその話は、ほかの姉さま方と、仲のいい何人かの人魚の娘に伝わってしまいます。しかし、大事な問題だから、打ち明けてもいい人を、みんなしっかり選んでくれていたのが幸いでした。

でも不思議なめぐりあわせというのでしょうか、仲のいい人魚の娘の一人が王子を知っていて、居場所もわかるというのです。

「さあ行きましょう。小さい妹よ」と姉さま方はいいました。そしてみんなで腕と肩を組みあい長く列を作るようにして王子のいる城があるという海辺まで浮かび上がっていきました。

こうして王子の住む場所が確かめられると姫さまは何度も通い海の上から王子を眺めました。



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姫さまは人間についてまだまだ多くのことを知りたがりましたが姉さま方は知りません。そこでおばあさまに聞いてみることにしました。すると人間には人魚の三百年に比べ、はるかに短い寿命があることを知り悲しみます。

しかし人間は死んでも人魚のように泡になることはなく、天国に行って、いつまでたっても滅びない魂があることを知ります。姫さまは魂を持つことに憧れました。

姫さまはおばあさんに「人魚には魂を持つことはできないのでしょうか?」と聞きました おばあさまはたった一つだけ方法があるといいました。

「人間の誰かがあなたのことを、あなたがその人を愛するより深く愛してくれるなら、それは可能なの。でも考えてみるとそれも無理ね。なぜならあなたが持っているその魚のしっぽは、あなたの一番きれいなところなのに、人間の世界ではとても見にくいものなのだから」

「陸でとてもきれいといわれるには、二本の棒のような足と呼ばれるものを持たなければならないの」とおばあさんはいいました。

姫さまは「そうだ。海の魔女のところへ行こう。いつもとても怖いと思っているおばあさんだけれども、たぶん良い知恵と力を貸してくださるに違いないわ」と思いました。



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姫さまは魔女のもとに向かいました。到着すると、魔女はすでに姫さまの願いを知っていました。

魔女のおばあさんは「若い王子があんたを好きになったら、王子と共に、死なない魂を手に入れようという魂胆だ。よしよしでは飲み薬をこしらえてやろう」

「あんたがそれをもってお日さまが登らないうちに陸地にあがって薬を飲めば望み通り尻尾はみるみるうちにの足というやつに代わるだろう」

「でも、痛くてつらいよ。まるで鋭い剣先で刺されているようなものだからね。それでもいいというのなら力を貸してやろう。ただ一度でも人間の姿になれば、もはや人魚の姿には戻れなくなってしまうのだよ」

「それに王子がほかの娘と結婚しようものなら、次の朝あなたの心臓は破裂して海の泡となってしまうのさ」といいました。人魚の姫さまは「それでもいいわ」といいました。

「おっと、それから代金の支払いも忘れずに」と魔女はいいました。魔女は姫さまの声を欲しがりました。魔女は代金として姫さまは舌を切りとってしまいました。もう声が出せません。魔女は薬の調合をしました。



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魔女の家からの帰り道、お父さまの城が見えてきました。しかし明かりは消えています。もうみんな眠ってしまったのでしょう。

姫さまは人々に顔を合わせるつもりはありませんでした。もうものをいうことができないし、今夜限りで、お城とはお別れしようと思っていたからです。悲しくて悲しくて心が張り裂ける思いでした。姫さまは青い海の中を浮き上がっていきました。



まだ夜が明けないうちに、姫さまは王子の城に着くと、魔女からもらった、燃えるようにツンと鼻に来る薬を飲み干しました。まるで両刃の剣でその細い体を突きさされるような気分でした。急に気が遠くなり死んだようにその場に倒れこみました。



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まもなくしてお日さまが登ってくると姫さまは正気を取り戻しました。ふと見上げるとそこにはあのりりしい若い王子が立っていました。

そして驚いたことに魚のしっぽがいつの間にかなくなっていて、その代わりに愛らしい、人間の娘だけにふさわしい、とてもきれいな小さな白い足が二本あるではないですか。

王子は人魚に、名前とここへやってきた理由を尋ねますが、姫さまは話せません。王子は姫さまの手を取ってお城の中へつれていきました

姫さまは得意の歌をうたうことができませんでしたが、上手に踊りました。王子はすっかり姫さまを気に入って、これからはいつもそばにいてほしいといいました。

一日経つごとに王子はより深く姫さまを愛するようになりました。しかしそれは小さな幼子を愛するようにでした。だから王子は姫様をお妃にしようとは考えてもいませんでした。

また、王子がこの世の中で一番愛しているのは、嵐で船が沈んだ時に助けてくれた教会の若い娘だといいました。

「娘はあの教会で一生をお勤めするはずだから、きっと幸運が娘に生き写しのおまえを連れてきたのだろう」ともいいました。本当の命の恩人は姫さまであることも知らずに。



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やがて王子に結婚の話が持ち上がりました。隣国の美しい姫君がそのお相手でした。王子は隣国に発ちました。そしてその姫君にあって驚きます。姫君はあの教会の娘であったのだから。

姫さまは悲しみでいっぱいになりました。教会という教会が鐘を鳴らし役人が町の中を駆け巡って婚約が成立したことを人々に知らせました。王子は姫君をお妃として迎え入れました。



小さな人魚の姫さまは明るく染まっている東の空を眺めました。お日さまの光が差し始めればその最後の光を浴びて自分は死んで海の泡になるのだ。

するとその時、姉さま方が海面に現れました見ると姉さま方は長くて美しい髪を根元から切ってしまわれていました。姉さま方は「わたしたちは、海の魔女に髪の毛をあげてしまったわ。あなたが死なないようにあのおばあさんに助けを求めたの。そしたらナイフをくれたわ。」

そして姉さま方は「お日さまが登らないうちにこのナイフで王子の心臓を突きなさい。王子の心臓から流れ出た血があなたの足にしたたれば元のしっぽが代わりに生えてくるでしょう。そうすればまた元の人魚に戻れるのです」といいました。



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しかし姫さまは王子を殺すことができませんでした。姫さまはナイフを海中に投げ捨て自分も海に飛び込みました。姫さまは自分が泡になっていくのを感じました。しかし自分が死んだという実感はありませんでした。

姫さまは泡を抜け出して天上へ登っていくのを感じました。姫さまは空気の精になったのです。魂の世界の声が聞こえてきました。「天上の世界で善い行いをすれば、やがて魂を授かるでしょう。」



小さな人魚の姫さまは初めて涙というものを流しました。下を見ると王子が美しい花嫁と一緒に人魚の姫を探し回っていました。ふたりは姫さまが波間に身を投げたことを知っているかのように悲しげに海を見つめていました。



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もう目には見えなくなった人魚の姫さまは花嫁の額にやさしく口づけし王子には微笑みかけました。



姫さまは「三百年の後に天国へ漂っていけるのね」といいました。すると誰かが「いやもっと早く行けるかもしれません」ささやきました。

「わたしたちは人間に見られることなく、子供のいる人間の家に忍び込み、毎日お父さんやお母さんを喜ばせる子供を探すことで、天国に行く時期を短くできるのです。しかしそれと反対に、行儀が悪くていたずらばかりする子に出会うと、私たちは悲しくなってつい涙を流してしまうのです。すると、涙を一度こぼすたびに、一日ずつ天国に行くまでの試練の時間は伸びていくのです」と物語は結ばれます。

-1837年-



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アンデルセン28歳の時の作品です。彼の作品のモチーフは、割と多く、彼自身の失恋と結び付けられます。この物語もその一つです。この物語の失恋して傷心の人魚の姫さまは、明らかにアンデルセン自身を投影しています。

この物語は、まだアンデルセンが若い時の作品なので、傷心の人魚の姫さまは、前向きに気持ちを切り替えて、結ばれた王子さまと姫君の結婚を祝福するように物語は展開し、自身は未来への自分の活路を(天国へ至る道)見出して物語は結ばれます。

それに比べて、すでに紹介したアンデルセン晩年の作品、『』(55歳の時の作品)では、物語はややシニカルに自嘲を込めて結ばれるのが気になりました。アンデルセンの心情の変遷がうかがい知れます。



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18:05 : アンデルセン童話集〈下〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『蝶』 H.C.アンデルセン 得られなかった生涯の伴侶、自嘲が語られる物語
むかし、一羽の蝶が、花嫁を探していました。もちろん、とてもきれいな花を花嫁にしようと思っていました。

しかし、どの花たちにも、優劣をつけられません。皆、茎の上にちょこんと澄まして座って、まるで婚約をまえにした若いお嬢さんのようでした。

そんなわけで、いい花嫁さんを探すのは、とても骨の折れる仕事になりそうです。蝶は面倒なことがあまり好きではなかったので、ヒナギクのところへ訪ねていきました。

フランスでは、ヒナギクのことを「マルグリット(マーガレット)」と呼び、占いをしてくれる花として知られていました。蝶はこの花に花嫁探しの占いをしてもらうつもりでした。

蝶はヒナギクに「ヒナギクさんは花の中で一番賢い奥さんです。わたしは、どの花をお嫁さんに選べばいいのでしょうか。教えてくださったら、すぐにその花のところに飛んで行って、結婚を申し込もうと思っています」と話しかけました。

でもヒナギクは蝶が自分のことを、奥さんと呼んだことに腹を立てて、答えてくれません。というのもヒナギクは、まだ若いお嬢さんだったからです。

蝶はヒナギクに、三たび尋ねてみましたが、ヒナギクは口をつぐんだままです。一言も話そうとはしませんでした。待ちきれなくなった蝶はそのまま花嫁探しの旅に飛び立ってしまいました。



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季節は春の初めでクロッカスやユキノハナが咲き誇っていました。蝶は「がわいいなあ」と思いましたが「なんだか、おかたい感じだなあ」とも思いました。

次に蝶は、若い男性なら皆するように、もっと年上のお嬢さんに目をつけました。そして、アネモネのところへ飛んでいきました。しかしアネモネのお嬢さんは気むずかしくて蝶の趣味には合いませんでした。

蝶は次々に目当ての花を探して飛んで行きました。スミレは少し感傷的すぎます。ライムの花は小さすぎます。

けっきょく蝶が一番気に入ったのはエンドウの花でした。顔立ちもかわいらしく、台所仕事もこなしてくれる。そういったたぐいの娘さんでした。

蝶はエンドウの花に結婚を申し込もうと思いました。ところがその時、娘さんのそばに、しおれた花を先っぽにつけたさやがあるのに気づきました。

蝶はエンドウの花に「あれは誰ですか」と尋ねました。エンドウの花は「あれはわたしの姉です」と答えました。

蝶は「まさか! あなたがいつの日かあんな姿になあってしまうなんて」と嘆きました。そしてショックのあまりたちまち飛び去ってしまいました。

スイカズラは、生け垣の上から頭を垂れて満開の花を咲かせています。けれどもどのお嬢さんも顔が長くて顔色が悪く蝶の好みではありませんでした。それでは蝶の好みはいったいどんな花だというのでしょう。



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春が過ぎ、季節は夏の終わりに向かっていました。そして秋が来ました。蝶も年老いました。しかし、いまだに結婚相手を決めあぐねていました。

花たちはというと一番豪華な衣装をまとっていました。しかし、それもただむなしいばかり、そこにはみずみずしい春の香りのする青春の心がなかったのです。

だれしも歳をとるにつれて、そういう香りに憧れるものです。ところがダリヤや乾いたキクにはそうした香りがありません。そこで蝶は地面に生えたミントのところへ降りていくことにしました。

みなさん知っての通り、ミントは、根元からてっぺんまで芳しい香りに包まれていています。蝶は「この花をお嫁さんにしよう」といいました。そして結婚を申し込みました。

ところがミントは蝶の話を聞いても突っ立ったままです。それでもとうとう口を開いて言いました。

「もしお友達同士ということでよければ話は分かります。でもそれ以上というのはいけません。わたしも歳ですし、あなただってそうでしょう」

「お互いがお互い同士助け合うというのなら、それもいいでしょうけれど、結婚だなんていけません。年甲斐もなく馬鹿げた真似はやめませんこと」

そういうわけで蝶はとうとう誰もお嫁さんにすることができませんでした。選ぶのに時間をかけすぎてしまったのです。いつの世もこういうやり方は賢くありません。蝶は結婚しないまま男やもめの毎日を送る羽目になりました。



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秋も更けた、暗い雨の降る日のことでした。寒い北風が柳に吹き付け夏の服を着て飛び回る天候ではありませんでした。

しかし幸いにも蝶はそんな天気にはさらされないで済みました。運のいいことに逃げ込む場所を見つけられたのです。そこはストーブの入った暖かい部屋でした。

「ここなら十分に生きていける」と蝶はいいました。「でもただ生きているだけではもの足りない。自由が欲しい。友達になるお花が欲しい」そう言って部屋の中を飛びました。

それを部屋の中にいた人が見て蝶を捕まえ、ピンにさして標本箱に入れました。蝶にとっては最高の結末といっていいかもしれません。

「さあ私も花と同じように茎の上に座ることになったぞ」と蝶はいいました。「でも実際あんまり気持ちのいいもんじゃないなあ。結婚もこんなもんなのだろうか。こうやってじっとして身動きができないところもね」

こんな風に考えて蝶は自らをちょっと慰めてみました。部屋の鉢植えが、「なんて情けない気休めだこと」と言いました。

蝶は「でも鉢植えの花をハナから信じちゃいけない」と考えました。「あいつらは人間と付き合いがよすぎるんだもの」、と物語は結ばれます。

-1860年-



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アンデルセン、55歳の時の作品です。願ってもかなわなかった、たったひとつの心残りだった生涯の伴侶を得ることに対する、アンデルセンの後悔が自嘲を交えて描かれているように思います。



彼の両親は、貧しかったのですが、教養もあり、アンデルセンに対しても愛情を注ぎました。そんな環境に育ったアンデルセンは、結婚に対して高いハードルを設けたのではないでしょうか。いわゆる高望みですね。

そしてアンデルセンは、うろうろしているうちに婚期を逸してしまいます。まさにこの物語の蝶です。蝶は、標本箱にピン止めされてまで、まだ減らず口をたたいていますが、これは自分に対しての言葉であろうと思われます。すでに述べましたが自嘲なのではないでしょうか。



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18:28 : アンデルセン童話集〈下〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古い家』 H.C.アンデルセン 生涯独身だったアンデルセンの孤独な心象風景
通りの向こうに一軒のとても古い家がありました。建てられた日付が、梁の一つに刻まれていて、この家が建てられてから三百年たっていることがわかります。

その通りの他の家は、どれも新しく、がらくたのような古い家とはかかわりあいたくないと思っていました。



さて、古い家の向かいの家の窓際に、生き生きとしたバラ色の頬をもち、明るく輝く目をした、小さな男の子が座っていました。男の子はその古い家のことが大好きでした。

男の子は、漆喰がところどころ落ちた壁を見ては、以前その家にあったはずの、不思議な光景の数々を思い描きました。そしてこの通りのすべての家にあったであろう、切妻屋根や広い階段や竜の頭がついたといがあったころのことを思い浮かべました。

男の子は、兵隊たちが大昔の武器であるほこやりを担いで歩き回っている場面さえ思い浮かべることができました。男の子にとってこの古い家は、本当に見ていて飽きないものでした。



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その古い家には、ひとりの老人が住んでいました。彼は、毎朝、年寄りの下男が来て、部屋の掃除をする以外は、ずっとひとりで家の中にいました。

老人は時々窓際に立ち、外を眺めることがあり、小さな男の子が老人に会釈することもありました、こうしてふたりは、まず知り合いになり友達になりました。

まだお互いに一度も言葉を交わしたことがありませんでしたが、それはどうでもいいことでした。

小さな男の子は、ある日、両親が、「向かいのご老人はとてもいい暮らしをしているけれど、本当にひとりぼっちね」と話しているのを聞きました。



次の日曜の朝、小さな男の子は何か取り出すと、それを一枚の紙で包み、古い家に向かいました。そして玄関で出会った下男に「ぼくはおもちゃの錫の兵隊をふたつ持っているのだけれど、これはその内の一つなんだ。これをおじいさんにあげてください。おじいさんは本当に一人ぼっちで寂しいのを知っているのだから」といいました。

すると年取った下男はいかにも嬉しそうにうなずき、おもちゃの錫の兵隊を持って古い家に入っていきました。間もなく下男は出てくると「よかったら遊びにいらっしゃい」と男の子にいいました。



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男の子は両親の許しを得て、お向かいの古い家に出かけていきました。古い家のあれこれのものは、何もかもが、まるで男の子を歓迎するかのように見えました。

そして男の子が老人がいる部屋につくと、老人は、「わたしの小さな友達よおもちゃの兵隊をありがとう」と迎えてくれました。



「ぼくの家ではね、おじいさんは本当にひとりぼっちだって言っているよ」と小さな男の子は言いました。

「ほほう。わしにはその代わりたくさんの素晴らしい思い出があるんじゃよ。それに、きょう君が訪ねてきてくれた。とてもうれしいよ」と老人は答えました。

そして、老人はリンゴとクルミを取りに別の部屋に行ってしまいました。ひとりになってもこの古い家は本当に素敵なところでした。



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棚の上に立っていたおもちゃの錫の兵隊は「自分にはもうこんなところには我慢ができません。ここはとても寂しいし、味気ないところでありますから」といいました。

そして「日がな一日長く感じますし、夜はそれよりももっと長く感じます。おじいさんを優しいまなざしで見てくれる人がいるとお思いですか?」というのでした。

男の子は「悲しいことばかり見ちゃいけないよ。ぼくはこの家のすべてがきれいだと思う。それにさ、昔の思い出が、みんなつながりのあるいろんなものを連れて、ここを訪ねてくれるじゃないか」といいました。

そのとき老人がとてもうれしそうな顔をして砂糖煮の果物やりんごやクルミを持って戻ってきました。そこで男の子はおもちゃの兵隊のことを一切忘れてしまいました。男の子は、なんとうきうきとし喜んだことでしょう。

そして男の子が、家に帰った後、何週間もの間、たくさんの会釈が、こっちの家から古い家に交わされることになりました。



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それからまた、男の子は、古い家を訪ねました。この家では一日たとうが一時間たとうが、前のそれとはほとんど全く変わることがありませんでした。

おもちゃの兵隊は「もう我慢できないのであります。いっそ戦争にいって、腕や足を奪われたほうがいくらかましですから、そのほうが変化があるというものです。今では自分も、昔の思い出がつながりのあるものを連れてくるということが何なのかよくわかってきたのであります。しかしそれはずっと続くわけではないのであります」といいました

「きみはねここのおじいさんにあげちゃったんだよ。君はここにいなければだめなんだ」と男の子が言いました。

そのとき老人は男の子に見せようと、たくさんの面白いものを入れた箱を持って部屋に入ってきました。また大きな引き出しをいくつもあけて見せてくれました。

でもその時、おもちゃの兵隊は、「戦争に行きたい! 戦争に行きたい!」と出せる限りの大声で泣き叫び、棚の上から床板に落ちてしまいました。

おもちゃの兵隊を「おやどこに行ったんだろう?」と老人が探し、男の子も探しましたが見当たりません。老人は「今に見つかるよ」といいましたが、どうしても見つかりませんでした。

その床板には穴がたくさん開いていたのです。おもちゃの兵隊は床板の裂け目に落ちて、まるで蓋のないお墓のようなところに横たわっていたのでした。日が暮れて男の子は自分の家に帰りました。



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そして、それから何週間も経ちました。冬になり窓がすっかり凍り付いてしまったので、仕方なく小さな男の子は窓に息を吹きかけ古い家を覗き見るための穴をあけました。

古い家には雪が吹き込んでいて、まるでだれも住んでいないかのようでした。いや本当に、誰もいなかったのです。老人は死んでしまっていたのでした。

その晩、葬儀馬車が古い家の前に止まり、老人は棺の中に寝かされ馬車に乗せられました。遺体は田舎につれていかれ、お墓に埋葬されることになりました。

こうして人々は老人を運び去りました。そのあとをついていく者は一人もいませんでした。男の子は棺に向かって手でキスを送りました。



数日後、古い家で競売が行われ調度品などが運び出されるのを、男の子はいつもの窓から眺めていました。

やがて春になると家は取り壊されました。皆はその家を大きながらくたと呼んで、役に立たないものと決めつけていたからです。

通りからは部屋の解体の様子がすっかり見えました。こうしてとうとう古い家は跡形もなくなりました。「ああよかったね、すっきりした」と近所の家々は言いました。

まもなく通りから少し離れたところに新築のきれいな家が建てられました。もともと古い家が建っていた場所には小さな庭がつくられました。



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さて、あれから何年たったのでしょう。男の子は今では立派な青年になっていました。青年は、この間、結婚したばかりで、若い妻とともに、この庭のある新しい家に住むようになりました。

若い妻は庭に一輪の花を植えているところでした。指で、回りの土を固めたとき、何かがその指に当たったので「まあこれは何でしょう?」といいました。何かが柔らかい土から突き出ていたのです。

これはどうしたことでしょう。それはあのおもちゃの錫の兵隊でした。老人の家からいなくなったその兵隊は、長い間、材木と土の中に隠されて、何年間も地中に埋まったままであったに違いありませんでした。

そこで若い妻はまず緑の草で、次に香水のいい匂いのするきれいなハンカチで、兵隊をふきました。するとそのおもちゃの兵隊は深い眠りから覚めました。

「わたしに見せてくれないか」と青年はいい、それから微笑み、頭を横に振りました。「同じものとは思いませんが、まだ、子供だった頃に持っていたおもちゃの兵隊を思い出すよ」と青年はいいました。



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そして青年は、古い家と老人のこと、それと老人の孤独を心配して送ったおもちゃの兵隊の話を妻にしました。彼がまるで目の前に見えるかのように話したので若い妻は古い家と老人のことを思って目に涙を浮かべました。

「やはり、これが、その時の鈴の兵隊じゃないかしら」と彼女は言いました。そして、「わたしがこれをちゃんとしまっておいて、あなたが私に話してくださったことを思い出す、よすがにするわ」といいました

そして彼女は「わたしにおじいさんのお墓の場所を教えてくだる」といいました。「ああ、でもそれがどこかにあるか知らないんだ」と青年は答えました。

そして、「だれもしらないんだよ。おじいさんの知り合いはみんな死んでしまってね。誰もお墓の面倒を見なかったんだ。わたしだって小さな子供だったからね」と青年はいいました。

「おじいさんはほんとに寂しかったのでしょうね」と妻は答えました。するとおもちゃの兵隊が「ええ本当に」と叫びました。

「しかし忘れないでいてくれてうれしいのであります」とおもちゃの兵隊は答えました、と物語は結ばれます。

-1847年-



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アンデルセンの孤独が、この物語の老人の孤独とオーバーラップします。執筆当時のアンデルセンは、最後の恋愛の相手として知られるジェニー・リンドとの決別により生涯独身を半ば悟ったころでした。

執筆の動機はそんなところにあったのではないでしょうか。



ひとりの男の子と、向かいの古い家に住む孤独な老人の物語ですが、ふたりの関係を取り結ぶ媒介として、おもちゃの錫の兵隊が効果的に描かれます。

物語最後、行方不明になっていたおもちゃの錫の兵隊が、成長した男の子と再会し、まだ小さかった頃の思い出がよみがえります。これが老人のいっていた、昔の思い出が孤独をいやすということなのでしょう。



物語の男の子と、孤独な老人の関係は、いやし、いやされる関係であったように思います。

これは、そのままアンデルセンの読者である子どもと、アンデルセン自身のことを重ね合わせることもできるでしょう。

人と人の間柄はこうであってほしいと思いました。



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18:54 : アンデルセン童話集〈下〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『妖精の丘』 H.C.アンデルセン 異色の小品
数匹の大きなトカゲが老木の裂け目で素早く走り回っていました。

「妖精の丘がガタガタ、ガラガラうるさいけれど、何をしているのだろう」と一匹のトカゲが言いました。

「うるさくてさこっちは二晩も眠れなかったよ。あそこで何かあるらしいんだよ」ともう一匹のトカゲも言いました。

「そのことなら、おれは知り合いのミミズと話したよ」と三匹目のトカゲが言いました。

「そのミミズはあの妖精の丘から来たんだが、そこでは昼も夜もなく土を掘っていたんだって。ミミズにいろいろ聞いたんだけど、かわいそうにあいつは目が見えない。だけどあいつは様子を感じとったり、耳を澄ませて聞き取ることができるんだ」

「よそからの客や、身分の高い客を待っているんじゃないかてことだったよ。でもそれがだれなのかってことをミミズは言おうとしないんだ。もしかしたら本当に知らないのかもしれないね。鬼火たちは、みんな、松明行列するように言いつけられている」

「よそからの客っていうのは誰だろうね?」とトカゲたちはいっせいに言いあいました。



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その時、妖精の丘がぱかりと開き、ひとりのの年老いた小さな女の妖精が出てきました。彼女は年老いた妖精王の召使いでした。王族とは遠縁にあたり額にはハート形の琥珀をつけていました。

それにしても、彼女の足のなんと速いこと、ちょこちょことまっすぐ沼地のおばけガラスのところへおりていきました。

そしておばけガラスに「ねえ、今晩あなた方を妖精の丘に招待しましょう」と年老いた女の妖精は言いました。

「そのまえに親切だと思って、ちょっとだけ骨を折ってちょうだい。お客の案内を引き受けてほしいの。とってもえらい魔物の方々をお招きするの」

「だれが招待されることになっているのですか?」とおばけガラスは尋ねました。「だれだって大舞踏会には参加できるの。ただし祝宴については身分の高い方々だけにしたいのよ」と年老いた女の妖精は言いました。

おばけガラスは招待状をもって飛び立ちました。



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「ねえお父さま。高貴な生まれのお客様がどなたなのか教えてくださる?」 と妖精王の一番若い娘が尋ねました。

「そうだな、おまえにも言っておかなければなるまい」と妖精王は答えました。

「結婚式が行われるのさ。おまえたちのうち、少なくともふたりが嫁入りの準備をしなきゃならん。ドウレ(ノルウェー中部の高原地方)という古い山に住む年取ったゴブリンが、二人の息子を連れてくることになっておる」

「その息子がふたりとも妻を探しているのだ。その老ゴブリンは義兄弟の杯を交わした昔からの知り合いなのだ。かつてはここにもやってきて自分の妻をめとったのだ。しかしその細君はもう死んでしまったなあ。あやつに再会するのが楽しみだ」

「聞けば、息子たちを、ちゃんとしつけているわけではないようだ。無作法で生意気な若者といわれているが、年取っていくとともに少しずつ良くなるさ。おまえたちがしつけて、わしに見せておくれ」

「それでいつやってくるのですか?」と娘は尋ねました。「それはお天道様次第だな。彼らは旅行に金を賭けないんだよ。船で来るだろう。彼らは時間を気にしない。そこが気に食わないのだが」と妖精王は答えました。



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二つの鬼火が跳ねながらやってきました。「お客様がやってきました!」「お客様がいらっしゃいました!」と叫びました。

「王冠をとっておくれ」と妖精王は言いました。娘たちは、お客に、ショールを持ち上げて丁寧にお辞儀をしました。

ドウレ山から来た老ゴブリンは、王冠をかぶり、熊の毛皮とあたたかいブーツを履いていました。しかし、息子たちは、のども肩も丸出しで、自分が強い男であることを誇示するようにしていました。「あれが丘か。ノルウェーじゃ穴ぼこっていうんだぞ」と弟は言いました。

そして彼らは妖精の丘に入っていきました。そこには選び抜かれた偉いお客様が集まっていました。北からやってきた若いゴブリン二人を除けば、すべての人がマナーを守っていました。

ふたりは、足をテーブルの上に乗っけていましたが、それをマナーの上で少しも問題がないものと思っていました。「テーブルクロスから足をどけなさい」と年老いたゴブリンは言いました。



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それから七人の妖精の娘たちの、とても上手な踊りが始まりました。続いてそれぞれ芸を披露しました。

老ゴブリンはそれにいちいち感想を述べましたが、ふたりの息子は飽きて丘を出ていきました。

そして、なんと、老ゴブリンは、息子たちをさておいて、末の娘を嫁にもらうことにしました。そして二人の息子におまえたちも残りの娘から嫁を貰うようすすめます。

しかし、ふたりの息子たちは、結婚したいとはちっとも思っていませんでした。そして、自分の家にいるように、無作法にふるまいました。

その時、老ゴブリンは、若い花嫁と部屋中を踊りまわっていました。それから花嫁と長靴の交換をしました。指輪の交換よりおしゃれといえましょうか。



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「ニワトリが鳴いているわ」と老いた妖精の召使いが言いました。「さあ雨戸を閉めなくちゃ。お日さまに焦がされないようにね」 そして丘は閉ざされてしまいました。

しかし丘の外では相変わらず大きなトカゲが木の割れ目を上へ下へと走り回っていました。

そして一匹のトカゲがもう片方のトカゲに、「ああ、おれは年寄りのゴブリンが気に入った」といいました。

その時、「おいらは息子のほうが好きだがね」とミミズが言いたしました。しかしミミズは目が見えませんでしたが、と物語は結ばれます。

-1845年-



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アンデルセン童話にしては異色です。物語初めから結末まで含みを持たせた作品で、結論は読者に任されています。

大筋をいってしまうと妖精の丘に老ゴブリンとそのふたりの息子が訪れます。老ゴブリンは妖精の丘の妖精王の娘を、自分の息子たちの嫁にするつもりでした。

しかし、息子たちは、結婚に興味がなく、なんと老ゴブリン自身が、息子たちをさしおいて、結婚相手に妖精王の末娘をもらいます。

それを端から見ていた数匹のトカゲとミミズが、老ゴブリンと息子たちの優劣をつけるという構図です。

しかし、おそらく、ゴブリンの親子のどちらともに、読者にはにわかには優劣をつけられません。よくとれば人間的、悪くとればその無作法な在り方には、胸を悪くする方もいると思います。



何か大きなテーマを描くものではなく、異色ですが、小品という印象です。



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18:22 : アンデルセン童話集〈下〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『マッチ売りの少女』 H.C.アンデルセン 優れた空想がもたらすもの
おなじみの物語です。

雪がこんこんと降って、ひどく寒い日でした。あたりは次第に暗くなり、夜になりかけていました。それは一年の一番おしまいの日、おおみそかの晩のことです。

その寒い夜の中、貧しい身なりの小さな女の子が、たった一人で歩いていました。その子ははだしで、帽子もかぶっていません。どこへ行くというあてもありませんでした。

少女は、家を出るときには、一足の木靴を履いていました。それは、ついこの間まで、お母さんが履いていた木靴で、サイズが大きすぎてぶかぶかでした。

さて、その木靴はどうしたのか。少女が急いで道を渡ろうとしたときに、二台の馬車が、とんでもない速さで走ってきたため、よけようとした弾みに、すっぽり脱げてしまったのです。

片方は見つからず、もう片方はといえば、通りかかった若者が素早く拾い上げ、「ぼくに子供ができたら赤ん坊のゆりかごの代わりになるぞ」といいながら持ち去ってしまいました。

だから少女はその小さな足に、今は何もはいていませんでした。両足は、寒さのために、赤くはれ、ところどころ青ざめてさえいました。



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女の子の古びたエプロンの中にはたくさんのマッチを持っており、手の中にも一束抱えていました。一日中売り歩いても買ってくれる人はおろか、一枚の銅貨を恵んでくれる人さえいません。

少女はおなかをすかせ、骨の髄まで凍えそうな寒さに、ぶるぶる震えながら、おずおずした足取りで歩いていました。その姿は、みすぼらしさを通り越して、哀れな様子に見えました。

肩のあたりできれいにカールしている長い金色の髪に雪が降りかかりました。でも少女はそんなことを気にする心の余裕さえありませんでした。

あたりの窓という窓には、あかあかと明かりがついて、ガチョウの丸焼きのにおいが通りまでにおってきます。そう今日は大みそかなんだと少女は思い立ちました。



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少女は、一軒の家の陰で、ぐったりと座り込んで、身を縮め丸くなっていました。小さな足をぐっと引き寄せましたが、寒さをしのぐことはできません。

それでも少女には家に帰る勇気はありませんでした。マッチはひとつも売れず、銅貨一枚さえ持っていなかったからです。そんな時はお父さんに必ずぶたれるのです。

それに、この場所も家の中も、寒いことには変わりがなかったのです。家の屋根には、大きな穴が開き、藁とぼろ布でふさいであるだけで、風が容赦なく吹き込んでくるのです。



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少女の小さな手は、今にも凍えそうになっていました。「そうだ! こんな時は、小さいマッチの火、一本でも、役に立つかもしれない。思い切ってマッチの束から一本取り出し、壁でこすって火をつければ少しは指が温まるかもしれない…」と思いました。

少女は一本のマッチを取り出して「シュッ!」とこすると、火花が飛んで、マッチが燃え出しました!

その周りを手で囲うと、あたたかくて、明るくて、小さなロウソクのようです。本当に不思議な明かりでした。

いま少女は、あたかも大きな鉄製のストーブの前にいるみたいなのです。少女はもっとあたたまろうとストーブのほうへ足をのばしました。

とその時、マッチの火は消え、ストーブもぱっと消えてしまいました。手の中に残ったのはマッチの燃えかすだけでした。



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少女は新しいマッチを壁でこすりました。すると火は勢い良く燃え上がり輝きます。光がとてもまぶしくて、傍らの家の壁がヴェールのように透き通ったかと思うと、いつの間にか少女はその家の部屋の中にいました。

テーブルには輝くように真っ白なテーブルクロスがかけてあり、上には見事なガチョウの丸焼きが乗っています。湯気が立っていてとてもおいしそうでした。

もっと素晴らしいことには、そのガチョウの丸焼きが、ナイフとホークとともに、皿から飛び降りて、床をよちよち歩きして、こちらに向かってきたのです。

けれども、そのごちそうは、少女の目の前に来た時にマッチの火とともに消えてしまいました。



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少女は、もう一本マッチをすりました。今度はあっという間もなく、少女はきれいなクリスマスツリーの下に座っていました。

それは、これまで少女が窓越しに目にしてきた、どんなクリスマスツリーよりも大きく素敵に飾り付けてありました。

頭上にあるクリスマスツリーには何千本ものロウソクがキラキラと輝いています。しかし手を高く伸ばすと、マッチの火は消え、ろうそくの火はぐんぐん空高く昇っていき夜空にちりばめた星と見分けがつかなくなりました。

その時少女は、一筋の流れ星に気づきました。「今だれか死んだわ」と思いました。なぜなら少女の母方のおばあさんが、「流れ星がひとつ落ちるとその時ひとつの魂が神さまのところへ登っていくんだよ」といつもこういったからです。

でもそのおばあさんももういません。この世でたった一人、少女にやさしくしてくれたおばあさんはもう死んでしまったのです。



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少女はもう一度マッチを壁にこすりつけました。すると少女の周りを光が包み込んでいきました。

見るとその光の中にあのおばあさんが立っていました。その姿は明るく光り輝き、本当にそこにいるみたいでした。おばあさんは穏やかにやさしく笑っていました。

「おばあちゃん!」と少女は大声を上げました。「ねぇ、私を一緒につれていって! でも…マッチが消えたらおばあちゃんもどこかへ行ってしまうのでしょう。あったかいストーブやガチョウの丸焼きや、大きくてきれいなクリスマスツリーみたいにぱっと消えてしまうのね…」

少女はマッチの束を全部出して残らず火をつけました。そうしないとおばあさんがすぐに消えてしまうからです。マッチの光は真昼よりずっと明るくなりました。

おばあさんは前には見たことがないくらい美しく大きくなりました。そして少女を腕に抱きあげるとふわっと浮かび上がって空の向こうのずっと遠いところにある光の中へ高く高く昇っていきました。そこには寒さもひもじさも痛みもありませんでした。神様のおそばに行ったのだから!



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寒いあくる朝のこと、みすぼらしい服を着た少女が、家のわきの隅っこの壁に、うずくまったまま動かなくなっていました。頬は青ざめていました。しかし、口元には微笑を浮かべていました。

前の年の最後の晩に少女は寒さのために凍え死んだのです。今年初めての太陽が、小さな亡骸を照らしていました。少女は手の中にマッチの燃えかすの束を握りしめていました。

「この子は自分を温めようとしたんだ…」と人々はいいあいました。でも少女がこのマッチで、どんなにきれいなものを見たかということ、それにおばあさんと一緒に新しい年をお祝いしに行ったことまでは、誰も知りませんでした、と物語は結ばれます。

-1845年-



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たいへん美しい物語です。その完成度において、アンデルセン童話の中でも、一、二を争う作品と思われます。

この物語の少女のモデルは、アンデルセン自身の母親だとされています。彼女の一生は貧困との戦いでした。

また、アンデルセンは母親に愛されて育ったようですが、その母親の愛情は、この物語によって十分報われたのではないでしょうか。童話になって世界中の人々の心に永久に焼き付けられたのです。



さて、少女は、マッチの炎によって顕現する、幻想の世界に浸ります。わたしはこの幻想をトールキンが述べていた妖精物語特有の、宿命にあらがう優れた空想ととらえました。

なぜなら、命の現場においては、ある種の苦痛や究極的には自らの死を、生命あるものの宿命として乗り越えることは不可避としても、精神的にはそれらを回避していて、少女は、見事に天国と思われる世界に旅立っているからです。

そう、この物語、わたしは、優れた妖精物語(ファンタジー)としてとらえました。



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18:30 : アンデルセン童話集〈下〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『夜なきうぐいす』 H.C.アンデルセン 最後の恋人への思いがつづられる物語
ここ、中国の皇帝の宮殿は、世界に比べるもののない見事な建物でした。庭のほうにも珍しい花が咲きにおい、またその広さも、たいへんなものでした。

庭の奥へ入っていくと、この世のものと思えぬほどの美しい森があって、そこには、いくつかの深い湖があり、湖岸には、木が枝を伸ばしていました。

この物語はそんな枝の一つに巣を張った一羽の夜なきうぐいす(ナイチンゲール)のお話しです。

この鳥はとても美しい声で鳴くもので、あくせくと働く貧しい漁師でも、夜中に網を打とうと船を出した折などに、この鳥の歌声を聞くと、思わず手を休めて聞きほれるほどでした。



この国へは世界中から旅人がやってきました。みな宮殿や庭を見て感嘆のため息をついたものでしたが、こと、あの夜なきうぐいすの歌声をほめそやしました。

学者は学者でこぞって中国の本を出しました。その中にも夜なきうぐいすのことはちゃんと書かれていました。詩を読む人々は夜鳴きうぐいすに寄せて美しい詩を書きました。その中の一冊が皇帝の手に渡っても何の不思議でもないでしょう。

しかし皇帝は夜なきうぐいすのことを知りませんでした。皇帝はそのような鳥がこの宮殿にいるとはと捨ててはおけず、早速、侍従をお召しになりました。



しかし侍従に聞いても、そんな鳥は知らないというのです。当然、居場所さえわかりません。

皇帝はどうあっても夜なきうぐいすの歌声を聞きたくて、ここへ連れてくればなんでも望みをかなえるが、もし連れてこれなければ<腹打ち>罰を与えるといいました。

おなかをぶたれるとあっては大変だと、侍従と、官吏は走り回りました。こうして世界中の人が知っているのに、本国の役人は誰も知らない夜なきうぐいすの捜索が始まります。



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やがて調理場で働く貧しい娘が知っているというので、役人たちは娘に同行しました。そしてとうとう夜なきうぐいすを見つけます。それは灰色のどこにでもいるような小鳥でした。しかしその歌声の素晴らしいことといったらありません。皆は夜なきうぐいすに宮中への誘い文句を並べます。

しかし、夜なきうぐいすは「わたしの鳴き声は森の中で聞くのが一番」といいました。ですが、たっての希望ならと御殿に出向くことに同意しました。



御殿は美しく飾られ宴の始まりを待つばかりです。さて、金でつっくったとまり木が、皇帝のおられる大きな広間の真ん中に用意されました。もちろんそこに、夜なきうぐいすがとまることになるのです。

夜なきうぐいすは、心の底まで染み通るような声で鳴き始めました。皇帝陛下は、聞いているうちに涙ぐんできて、幾筋もの涙で頬を濡らしました。

夜なきうぐいすは、皇帝陛下の涙が見られたのが何よりの褒美と、お礼を受け取ろうとはしませんでした。みな夜なきうぐいすのいじらしさに感心し、その心映えを見習うようになりました。

これが縁となって夜なきうぐいすは宮廷住まいとなりました。鳥かごに入り、昼に二度、夜に一度、森への散歩に出かける許しも得ました。

町の人々の間でも、夜なきうぐいすのうわさでもちきりでした。



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そんなある日のこと、皇帝陛下のもとに大きな包みが送られてきました。皇帝陛下はまたこの素晴らしい小鳥のことを書いた本が届いたのかと思いましたがそれは残念ながら本ではありませんでした。

箱の中には、小さな夜なきうぐいすの置物が入っていました。その体にはダイヤやルビーがちりばめられ、ねじを回すと尾を上下に振りながら、本物の夜なきうぐいすのように歌をうたうのです。

首にかかったリボンを見ると

日本の夜なきうぐいすの天子は、
中国の夜なきうぐいすの皇帝に
とても及びませぬ

と書いてあります。

皇帝陛下は早速本物の夜なきうぐいすと、作り物の夜なきうぐいすを歌い合わそうとしました。

しかしうまくいきません。本物は好きなように歌うし、作り物のほうはワルツしかうたいません。そこで作り物のほうを一羽だけうたわせました。

すると作り物は本物に負けず劣らず見事に歌いあげました。見た目にもきらびやかで美しく思えました。しかも作り物は、三十三回も歌わせられましたが、一度もしくじることがありませんでした。

そこで今度は本物に歌わせようとしますが、ふと気づくと、肝心の小鳥はどこかへ逃げ出していました。森へ帰ってしまったのでしょうか。皇帝陛下も宮中の人も、なんと恩知らずな鳥だと夜なきうぐいすをなじりました。



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しかし、宮中には作り物の夜なきうぐいすがいます。そこでこの鳥はまた歌をうたわせられることになりました。

三十四回目の歌は相変わらず同じワルツでしたが、その歌はおいそれと覚えられるほどやさしい節回しなのではありませんでした。

そこで楽長はこの鳥の歌をほめちぎって、ダイヤモンドをはじめ宝石がちりばめられている、その姿もかんがみて、本物よりも優れているといい添えました。

「なぜと申しまして本物の夜なきうぐいすは何をうたうのやら、その場にならないとわかりませんが、こちらのほうは、いつも決まった歌をうたいます。しかも決まりの通り、少しの狂いもありません。

さてその正確さについてですが、実はこれには訳がございます。体の中を開けますとどういうからくりになっているのか誰にでもうなずけるようになっております」

すると宮中の人々は楽長の言葉に賛同しました。そんなわけで本物の夜なきうぐいすはお払い箱となりました。



楽長は、作り物の鳥のことを二十五冊の本に書きました。どの本もたいへん難しく、しかも長いうえに読みずらい漢字で書かれていました。

けれども、誰もそれがわからないという人はいませんでした。なぜなら馬鹿者と思われた上に、お腹をぶたれる罰を受けることになっていたのです。

そうこうするうちに一年が経ち今では誰もがこの鳥の歌う歌を一節残らず覚えてしまいました。そして誰もが同じ歌をうたえました。



さて、ある晩のこと作り物の夜なきうぐいすが、「プツンッ」と音を立てて壊れてしまいます。皇帝は時計屋を呼んでいろいろ尋ねました。

そして、なんという悲劇でしょう。作り物の鳥は、心棒がすっかりすり減ってしまっていたのです。これを限りに一年に一度しか鳴なかせることがくことができなくなりました。それでさえ多いとさえ言われました。

楽長はそれでも小鳥の声は以前と変わらず結構なものでございますと言い添えました。



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そうして五年の歳月が過ぎました。でも今度は本当に大きな悲劇が国中を包みました。皇帝陛下は国民にしたわれていましたが、重い病を得られて噂ではもうすぐおかくれになるだろうとのことです。

やがて人々は、皇帝陛下がてっきりお亡くなりになったと早合点して、新しい皇帝にあいさつするために、寝所から出て行ってしまいました。女官たちも、別の部屋に移って、にぎやかにお茶飲み話を始める始末です。

皇帝陛下は広々とした美しい寝床に横になられ、青ざめ、やつれ、おやすみになっていました。その時、皇帝陛下は、胸の上に何かが降りてきた気がして目を見開くと、そこには死神が乗っていました

皇帝はうなされます。皇帝は作り物の鳥に「さあ、歌を! 歌ってくれ!」と叫びました。しかし鳥は歌いませんでした。誰もねじを巻く者がいなかったのです。



その時でした。窓のそばで、たとえようのない美しい歌が聞こえてきました。そうですあの本物の夜なきうぐいすでした。

小鳥は、皇帝陛下が重い病にかかられたと聞いて、何とか歌声をお聞かせして、元気を取り戻していただこうと飛んできたのです。

そして小鳥は歌うと、弱り切っていた皇帝の体の中に、再び血が力強くめぐり始めます。死神までもが歌に聞きほれました。夜なきうぐいすは歌い続けました。死神は心打たれ消えていきました。

「おまえはまるで天使のようじゃ忘れもせぬ。お前は、わたしが国から追い出したあの夜なきうぐいすじゃろ。わたしの仕打ちにもかかわらず、悪い死神どもを寝床から追い返してくれた。なんとお礼を言っていいのか」

「いえ、もうお礼は十分にいただきました」と夜なきうぐいすはいいました。「初めてわたしが歌を歌った時、陛下は泣いてくださいました。あのことは決して忘れません。歌を歌うものにとってはそれで十分報われるのですから。元気になるまで歌って差し上げましょう」

皇帝陛下はぐっすりとおやすみになりすっかりと元気になりました。



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召使は一人も戻ってきていませんでした。皇帝陛下はおかくれになったと信じていたのです。それなのにあの夜鳴きうぐいすだけは、ずっとそばにいて歌い続けていたのです。

「ああ、かわいい小鳥や、これから先は、どうか私のそばにいておくれ、そして歌いたいときにだけ歌ってくれればいい、作り物の鳥は壊してしまおう」

すると夜なきうぐいすはいいました。「それはおやめください。あの鳥だって精いっぱいお勤めしたのですから。それにわたくしは御殿の中に巣を作って暮らすことができません。

でも時々ここにきて、歌をうたわせていただきとうございます。陛下のお心をあ慰めできるよう。そして陛下のご叡智にますます磨きがかかりますよう歌ってお聞かせいたしましょう

わたくしのような歌鳥は貧しい漁師やお百姓の屋根の上にもまいります。それにわたくしは、陛下の優しいお心をしたうものであって、その神々しい冠にひかれたのではありません。

しかし、一つだけお願いがあるのです。陛下にどんなことも包み隠さず申し上げる小鳥がいることを、人に話さないでください。そのほうが万事うまくいきますから」といって夜なきうぐいすは飛んで行ってしまいました。

召使たちが、おかくれになった皇帝を見に来ました。皇帝陛下はいいました。「おはよう!」、と物語は結ばれます。

-1843年-



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アンデルセンの最後の恋人である、スウェーデンのナイチンゲールこと、ジェニー・リンドへの思いがつづられているとされています。彼女が作りものではない本物の夜なきうぐいすというわけですね。

この物語以前『豚飼い王子』(1841年)にもアンデルセンは夜なきうぐいすを登場させています。この物語と、執筆がほぼ同時期なので正確なことはわかりませんが、『豚飼い王子』の執筆当時に、夜なきうぐいす(ナイチンゲール)のことが強くイメージされ、そのイメージをジェニー・リンドと重ねたと考えています。

ジェニー・リンドのことについては『アンデルセン―夢をさがしあてた詩人』の記事に少し書きました。



アンデルセンの本物と偽物にまつわる価値観のテーマが『豚飼い王子』同様、主旋律で語られます。



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