子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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『古事記』 [上の巻] リンク
『古事記』 [上の巻] 01 天地のはじめ
『古事記』 [上の巻] 02 国生み
『古事記』 [上の巻] 03 神生み
『古事記』 [上の巻] 04 黄泉の国

『古事記』 [上の巻] 05 天照大御神、月詠命、須佐之男之命の誕生
『古事記』 [上の巻] 06 天照大御神、須佐之男之命による誓約(うけい)生み
『古事記』 [上の巻] 07 天の岩戸
『古事記』 [上の巻] 08 五穀の種の起源
『古事記』 [上の巻] 09 八俣遠呂知(ヤマタノオロチ)
『古事記』 [上の巻] 10 須佐之男命の系譜

『古事記』 [上の巻] 11 因幡の白兎
『古事記』 [上の巻] 12 婚姻をめぐって迫害される大国主神
『古事記』 [上の巻] 13 大国主神による国造りの再開
『古事記』 [上の巻] 14 大国主神の妻問い物語
『古事記』 [上の巻] 15 葦原中国の完成−我々の八百万的なものの中での共生の起源を思う

『古事記』 [上の巻] 16 国譲り
『古事記』 [上の巻] 17 天孫降臨
『古事記』 [上の巻] 18 天つ神に寿命が設定された瞬間
『古事記』 [上の巻] 19 海幸山幸
『古事記』 [上の巻] 20 神倭伊波礼毘古命(神武天皇)の誕生





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18:44 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 20 神倭伊波礼毘古命(神武天皇)の誕生
ある日、海神である豊玉比売命(トヨタマビメノミコト、前節で登場)が葦原中国(あしはらのなかつくに)に戻った山幸彦(やまさちびこ)を訪ねてきます。

それは彼女が山幸彦の子を身ごもって産む時期が来たため、天つ神の御子を海原で生むのは良くないと思ってのことでした。



そして海辺の波打ち際に、鵜の羽を葦に見立てて屋根を葺き産屋を作りました。ところがその産屋がまだ屋根を葺き終わらぬうちに、お腹の子が生まれそうになったので、トヨタマビメノミコトこらえきれず、その産屋に入りました。

そして夫の山幸彦にこう告げました。「すべての異郷のものは出産の時になると、自分の本国の時の姿になって産むものです。それで私も本来の姿になって子を生みますから、どうか産屋を覗かないでください」



ところがその言葉を奇妙に思った山幸彦は、そのお産が始まるところを密かに覗き見してしまいます。

するとなんとトヨタマビメノミコトは、八尋もある大鰐に化して這いまわり身をくねらせています。この光景に山幸彦は驚き、恐ろしさのあまり逃げ去ってしまいます。



それを知ったトヨタマビメノミコトは、子のために、いつまでも海の道を通って、行き来しようと思っていたのだけれど、たいそう恥ずかしい思いをしたので、生んだ御子をそのまま残して、海の果ての境を塞いで海神の国へ帰ってしまいました。

このようにこの御子は、渚で鵜の葺草が葺き終える前に生まれたことからその名を、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(アマツヒコヒコナギサタケウカヤフキアエズノミコト、鵜葺草葺不合命(ウカヤフキアエズノミコト))と申しました。



しかしその後トヨタマビメノミコトは、覗かれたことを恨んだものの、夫を慕う恋しい思いに耐え切れず、御子を養育するためというゆかりを頼りに、妹の玉依比売命(タマヨリビメノミコト)託して次の御歌を献上します。

■赤玉は 緒さえ光れど 白玉の 君が装し 貴くありけり
(赤い玉は 通す紐さえ キラキラと光って美しいもの けれど それにもまして 白い玉のように輝く あなたの気高い姿が 思い出されてなりません)

夫の山幸彦もこれに答えて歌を送ります。

■沖つ鳥 鴨著く島に 我が率寝し 妹は忘れじ 世のことごとに
(沖にいる鴨が 寄り付く島のような あの綿津見宮殿で 共に眠った愛しい妻を どうして忘れることができようか わたしの命のある限り)

愛しあいながらも離れて暮らす二人は、歌をおくりあって心を通わすのでした。

さて山幸彦こと火遠理命(ホオリノミコト)はその後、高千穂の宮殿に五百八十年住まいます。そしてその御墓は高千穂の山の西にあります。



山幸彦の子であるウカヤフキアエズノミコトは、叔母にあたるタマヨリビメノミコト娶って子を生みます。子の名は五瀬命(イツセノミコト)、次に稲氷命(イナヒノミコト)、次に御毛沼命(ミケヌノミコト)、次に若御毛沼命(ワカミケヌノミコト)、またの名を神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコノミコト)といいます。

ミケヌノミコトは波の穂を超えて常世国に渡り、またイナヒノミコトは、母の国である海原に入ってゆきました。カムヤマトイワレビコノミコトは、初代天皇の神武天皇です。



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この節のお話の系譜は、禁室型説話形式と呼ばれます。俗にいう、見るなのタブーと呼ばれるモチーフを持つものです。

民話にも異類の女性と結婚した男が女の本来の国の姿を見て驚き夫婦関係が断絶するというお話は「魚女房」、「鶴女房」、「蛤女房」などあります。

根源は南方未開社会のトーテミズムや異族結婚制に由来する物語といわれます。



これで上の巻終わります。次の巻ではカムヤマトイワレビコノミコト、初代天皇の神武天皇のお話から始まります。





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21:20 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 19 海幸山幸
邇邇義命(ニニギノミコト)と木之花佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)との間に生まれた子のうち、火照命(ホデリノミコト)は「海の獲物をとる男」という意味の海佐知毘古(うみさちびこ、海幸彦)として、海の大小の魚を捕っていました。また、火遠理命(ホオリノミコト)は「山の獲物をとる男」という意味の山佐知毘古(やまさちびこ、山幸彦)として、山のいろいろな獣を捕っていました。



ある日、山幸彦は、兄の海幸彦に、お互いの使っている狩りの道具を交換してみようと提案しますが、兄はそしらぬ顔です。しかし、その後も弟は、あまりにしつこく求めるので、ついに二人は少しの間だけ道具を交換して使ってみることになりました。

ところが弟の山幸彦は、釣り針を使って魚を釣ろうにも、結局一匹の魚も釣ることができません。そのうえ兄の大切にしていた釣り針を海になくしてしまいました。

するとそこへ自分も獲物がとれないでいた兄の海幸彦が現れ、そろそろお互いの道具を元に戻そう言い出します。山幸彦は困りました。しかし、山幸彦は、兄さんに借りた釣り針を海になくしてしまいましたと正直に打ち明けました。

しかし、兄の海幸彦は、どうしても釣り針を返せということを聞きません。海でなくした釣り針を探しだすことは容易ではなさそうです。

山幸彦は、兄の許しを請うために、自分の十拳剣(とつかのつるぎ)を打ち砕いて、五百本の釣り針を作り、償おうとしますが、兄は受け取ろうとしません。千本の釣り針を作ろうものの結果は同じで、元の釣り針を返してくれとの一点張りです。



山幸彦は、どうすることもできず、ただ涙を浮かべ海辺に座り込んでいると、そこへ、潮の流れを司る塩椎神(シオツチノカミ)が現れて、どういうわけで泣いているのかと山幸彦に尋ねると、彼はこれまでの経緯を話すのでした。

それを聞いて気の毒に思ったシオツチノカミは、山幸彦の力になることを約束します。目の堅く詰まった竹籠の小舟を作り、山幸彦をそれに乗せ、次のように教えました。

「私がこの船を押し流すので、そのまま進みなさい。そのさきに良い潮路があるので、その道に乗って行けば、魚の鱗のように屋根をふいた宮殿、大綿津見神(オオワタツミノカミ、海神、[上の巻] 03 神生みを参照)の宮殿がある。その神の御門に着いたなら、その傍らの井戸の端に桂の木がある。その木の上に座っていれば海神の娘が何かと取り計ってくれるでしょう。」



山幸彦が、シオツチノカミに教えられた通りにすると、すべては言われた通りになります。そして桂の木の上で座って待っていると、海神の娘の豊玉比売命(トヨタマビメノミコト)の侍女が現れたのです。

侍女は玉器(神聖な器)で水を汲もうとした時、井戸に人影が写っていたので、ふと見上げると、麗しい男神がいるのが分かり、どうしたのだろうと思いました。

山幸彦は侍女に水を求めると、彼女は玉器に水を汲み入れて差し出しました。すると山幸彦は水を飲まず、自らの首飾りを解いて、玉を口に含み、その玉器に玉を吐き出しました。首飾りの玉は山幸彦の唾液の呪力によって玉器にくっついて取れなくなってしまいます。

これによって、玉が侍女の主人のもとに届けられ、自分が来たことを知らせることがができると考えたのでしょう。そして結果はその通りになります。侍女の主人であるトヨタマビメノミコトは、どういうことかと思い、門のところへ出てゆきました。そして山幸彦を見た彼女は、たちまち一目惚れしてしまいます。

トヨタマビメノミコトは、早速父であるオオワタツミノカミに知らせると、オオワタツミノカミは、門の所に自ら出向いて山幸彦を見ると、早々に彼が天つ神の御子であることを見抜いてしまいます。

オオワタツミノカミは、早速宮殿でアシカの革の敷物を幾重にも敷き、またその上に絹の敷物を幾重にも敷き、その上に山幸彦を座らせご馳走しました。そしてついには、山幸彦と娘のトヨタマビメノミコトを結婚させます。山幸彦は、それから三年間この国に住むことになります。



やがて三年がたち、山幸彦は大切なことを思い出します。自分は兄である海幸彦から借りて失くしてしまった釣り針を、探してここまで来たのです。ため息をついて嘆きました。

そんな山幸彦の様子を見てトヨタマビメノミコトは心配します。そして父親に相談しました。そこで父親であるオオワタツミノカミは娘の婿に、これまでお嘆きになることは一度もなかったのにどうしたのか、また、どうしてここにやってこられたのかと尋ねました。



山幸彦はオオワタツミノカミに兄との間で起きた経緯をつぶさに話しました。それを聞いたオオワタツミノカミは、小さな魚から大きな魚まで、海の魚という魚を呼び集めて、釣り針の行方を探ります。

すると一匹の鯛の喉に釣り針を引かっけていることがわかりました。そこでオオワタツミノカミは、早速取り出して洗い清め、山幸彦に差し出します。そして次のように教えました。

「この釣り針をあなたのお兄さんに渡す時『この釣り針は心ふさがる釣り針、心のたけり狂う釣り針、貧乏な釣り針、愚かな釣り針』といって後手で渡しなさい。そして兄が高い所に田を作るなら、あなたは低い所に、もし兄が低い所に田を作るなら、あなたは高い所に田を作りなさい。そうすれば私は水を支配しているから、三年の間に必ず兄は凶作で貧しくなるでしょう。もしそのようなことを恨んで兄が攻めてきたら、潮満珠(しおみつたま)で潮水に溺れさせ、もし苦しんで許しをこえば潮乾珠(しおふるたま)を出して命を助け、彼を悩ませ苦しめなさい。」そういって、オオワタツミノカミは、山幸彦に潮満珠と潮干珠を授けました。



そしてオオワタツミノカミは、ことごとく海の和邇(わに、サメのこと)を集めて、今、ニニギノミコトの御子である山幸彦が葦原中国にお出かけになる、誰が幾日で送り出して戻ってくるかと皆に問いました。

各々が身の丈に従って日数を述べる中、一尋和邇(ひとひろわに)が一日で行って帰ってこれると答えます。

そこでオオワタツミノカミは一尋和邇を選び、海を渡るときには怖い思いをさせないようにと言いつけて、山幸彦を和邇の首に乗せて送り出しました。

そして和邇は約束通り一日で用をこなします。和邇が帰り際に、山幸彦が腰に帯びていた紐少刀(ひもかたな)を解いて和邇の首につけて返したため、一尋和邇は今では、佐比持神(サヒモチノカミ)といいます。佐比とは鋭い刀のことです。



山幸彦は帰り着くと、オオワタツミノカミの言う通りに、海幸彦に釣り針を後手で返しました。すると兄は徐々に貧しくなってゆきます。さらには予想された通り、荒々しい心を起こして攻めてきたのです。

山幸彦は兄が攻めてきた時には潮満珠を用いて溺れさせ、苦しんで助けを求めてきた時には潮干珠を用いて救い、このように悩ませ苦しめると、兄はついには頭を下げて、これから後は、あなたさまの守護人となって仕えると誓いました。

それで今日まで海幸彦の子孫である隼人は海に溺れた時の様々な仕草を絶えることなく伝えて宮廷に使えているのです。



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海幸彦と山幸彦の対立は、物語一般によく見られる、弟が兄に勝つ兄弟げんかの類型です。

山幸彦が海幸彦に釣り針を返すときに、オオワタツミノカミが後手に渡せと教えますが、これは呪いをかける仕草です。このように普段とは逆に行う作法は呪いを込める意味があります。

こういった作法は、古事記に散見されます。(イザナキノカミが、イザナミノカミから逃れて、黄泉の国から帰還するときに剣を後手に振るなど。[上の巻] 04 黄泉の国を参照)



それにしても、だんだんと統治者の血統が整えられてゆくのが感じられます。ニニギノミコトと山の神オオヤマツミノカミ(03 神生みを参照)の娘であるコノハナノサクヤビメとの結婚で生まれた山幸彦は山の神の霊力を持っています。

彼がここで海の神オオワタツミノカミの娘であるトヨタマヒメノミコトとの結婚をすることによって、海の霊力も次世代に手に入れることになるのです。そして山幸彦の孫は、初代天皇の神武天皇となるのです。



海幸彦と山幸彦の物語は、古事記の神話の中でも、もっとも美しい文学的で詩情豊かな物語のひとつです。

これらの神話はインドネシアやメラネシアの説話を源流として隼人族を介し九州南部に伝えられたものと思われます。また、浦島説話の先駆と考えることもできます。





追記

「常陸風土記」には、倭健天皇(古事記では倭建命(やまとたけるのみこと))が巡幸の折りに、天皇と皇后がそれぞれ、野と海に別れて、山と海のさち(獲物)の多少を競争したとき、野の狩りでは一つの獲物も取れなかったが、海の漁では豊富な獲物がとれて、これを御膳に進めた、と記されています。これも同系の説話でしょう。





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18:30 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 18 天つ神に寿命が設定された瞬間
ある日、邇邇芸命(ニニギノミコト)は笠沙之岬(かささのみさき、鹿児島県南さつま市笠沙町の野間岬)で麗しい乙女に出会います。彼はひと目で恋に落ちてしまいました。

ニニギノミコトは娘の名を尋ねます。すると娘は大山津見神(オオヤマツミノカミ、[上の巻] 03 神生みを参照)の娘で名を木花之佐久夜比売(コノハナノサクヤビメ)と申しました。

ニニギノミコトは続けて兄弟について尋ねると娘は、姉に石長比売(イシナガヒメ)がおりますと答えます。

ここでニニギノミコトは娘に結婚を申し込みます。娘は、それについては父が申し上げることでしょうと答えました。早速ニニギノミコトはオオヤマツミノカミに使いを出して尋ねさせます。



するとオオヤマツミノカミはたいへん喜んで、コノハナサクヤビメばかりか姉のイシナガヒメを添えて、たくさんの嫁入り道具を持たせ、ニニギノミコトのもとに送り出します。

古代では、結婚は家同士の結びつきをあらわし、一人の男性に姉妹が同時に嫁ぐことはよく行われることでした。

ところが、容姿端麗なコノハナサクヤビメに対して姉のイシナガヒメはひどく醜い娘でした。ニニギノミコトはその醜さに驚き恐れ、会ったその日に彼女を実家に返してしまいます。そしてコノハナサクヤビメだけを自分のもとに留めて交わります。

オオヤマツミノカミは、イシナガヒメが送り返されてきたのを恥じ、次のように予言されます。

「私が二人の娘を並べて差し出したのは、イシナガヒメを側において頂けたのなら、天つ神の命は、雪が降り風が吹いたとしても、常に石のように変わらず動きませぬようにとの思いで、また、コノハナサクヤビメを側において頂けたのなら、天つ神が木の花が咲くように栄えますようにと、願をかけて送り出したのであって、イシナガヒメだけを返されたのであれば、今後天つ神の命は、桜の花のようにもろくはかないものになるでしょう」

これ以来、今に至るまで、天皇の命には寿命が与えられ、限りあるものとなりました。



その後しばらくすると、コノハナサクヤビメがニニギノミコトの元へやってきて、天つ神の御子の妊娠を告げます。しかしニニギノミコトはまだ時を置かない、たった一夜の交わりで妊娠をするのはおかしいと、それは私の子ではなく国つ神に子であろうとの疑いを持ちました。

それに対してコノハナサクヤヒメは、「もし私が生む子が国つ神の子であれば無事に出産することはないでしょう」との予言を吐き、そして彼女は八尋殿(やひろどの、神聖な建物)を作り、中に入ると内側から土で出入口を塗り塞ぎ、出産が近づくと御殿に自ら火を放ち、燃え盛る炎の中で子を生みました。彼女は体を張って生まれた子がニニギノミコトの子であることを証明してみせたのです。

火の中で生まれた子は三神。火照命(ホテリノミコト、海幸彦)。これは隼人(はやと)の阿多君(あたのきみ、薩摩国阿多郡、鹿児島県南さつま市を本拠とした豪族)の祖です。次に火須勢理命(ホスセリノミコト)。その次に火遠理命(ホオリノミコト、山幸彦)またの名を天津日高日子穂穂出見命(アマツヒコヒコホホデミノミコト)といいます。



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人間に寿命が与えられたのはイザナミノカミの呪いであることはすでに述べました([上の巻] 04 黄泉の国を参照)。一方神には寿命というものがありませんでした。ところがこの節の出来事によって天つ神(天つ神は高天原にいる神々、または高天原から天降った神々の総称、それに対して国つ神は地に現れた神々の総称)に寿命が設定されるのです。

前述の通り、ニニギノミコトが、イシナガヒメをその醜さゆえに結婚相手として迎えず、送り返したことがその原因です。娘の父親であるオオヤマツミノカミは、イシナガヒメに永遠の命の願をかけて送り出していたのですが、ニニギノミコトは、これを送り返してしまったのです。

これ以降、天つ神の子孫には寿命が設定されます。子孫である天皇にも寿命が設定された瞬間です。オオヤマツミノカミの呪いといってもよいでしょう。ニニギノミコト自身にも寿命が与えられました。実際、日本書紀には、ニニギノミコトの崩御と埋葬地の記録があります。

しかし、寿命が与えられたからといって、神の霊力が失われたことにはなりません。実際、山の神であるオオヤマツミノカミの霊力は、次節で述べる孫であるホオリノミコト(山幸彦)に受け継がれています。



天孫降臨以降、神話の舞台は、出雲から九州南部に移ります。コノハナサクヤビメとイシナガヒメの説話の源流はセレベスのバナナ型説話ではないかといわれています。その説話では次のように語られています。

『最初の人間は創造神が天から下ろしてくれるバナナを食べて命を保っていました。ある日神が石を下ろしたので、人間が他の食べ物を求めると、神はバナナを下ろして「お前たちはバナナを選んだから、人間の生命はバナナのようにはかなくなるだろう。石を選んでおけば、人間の生命は石のように不変であったろう」といいました。』

この説話はインドネシア系種族とされる隼人族が伝えていたもので、神話の舞台背景とちょうど合致します。バナナはコノハナサクヤビメを、石はイシナガヒメを連想させます。





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18:28 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 17 天孫降臨
国譲りが済んで、天照大御神(アマテラスオオミカミ)と高御産巣日神(タカミムスヒノカミ、[上の巻] 01 天地のはじめを参照)は、皇太子である天忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト、[上の巻] 06 天照大御神、須佐之男之命による誓約(うけい)生み[上の巻] 16 国譲りを参照)に葦原中国に降って国を治めるよう命じました。

しかし、アメノオシホミミノミコトは葦原中国に降る準備をしている間、子が生まれます。名を邇邇芸命(ニニギノミコト)といいました。

この子はタカミムスヒノカミの娘との間に生まれた子です。そのようなことがあったのでアマテラスオオミカミとタカミムスヒノカミは、改めてニニギノミコトに葦原中国に天降るよう命じました。



ニニギノミコトが高天原から地上に天降ろうとすると、天と地との分かれ道に、上は高天原を、下は葦原中国を照らす神がありました。

そこでアマテラスオオミカミとタカミムスヒノカミは、女神であるけれど、どの神に対しても気後れのしない天宇受売命(アマウズメノミコト、[上の巻] 07 天の岩戸を参照)を向かわせ、誰なのかを尋ねさせます。

その神は国つ神の猿田毘古神(サルタビコノカミ)と名のり、天降りを先導したいとの申し出をしました。



そこで、天児屋命(アメノコヤネノミコト、[上の巻] 07 天の岩戸を参照)、布刀玉命(フトダマノミコト、[上の巻] 07 天の岩戸を参照)、天宇受売命(アマウズメノミコト、[上の巻] 07 天の岩戸を参照)、伊斯許理度売命(イシコリドメのミコト、[上の巻] 07 天の岩戸を参照)、玉祖命(タマノオヤノミコト、[上の巻] 07 天の岩戸を参照)の、合わせて五つに分かれた職業集団の首長(五伴辧覆い弔箸發里))を加えて天降りをします。

そのときアマテラスオオミカミは、三種の神器(八尺の鏡、八尺の勾玉([上の巻] 07 天の岩戸を参照)、草薙の剣([上の巻] 09 八俣遠呂知を参照))をニニギノミコトに授け、思金神(オモイカネノカミ、07 天の岩戸を参照)、天手力男神(アマノタヂカラオノカミ、[上の巻] 07 天の岩戸を参照)、天石門別神(アマノイワトワケノカミ)を同伴させて、ニニギノミコトに、アマテラスオオミカミの御霊が宿る八尺の鏡(三種の神器の中で別格)を統治者の分身として葦原中国に祭らせ、オモイカネノカミには政事を任せました。



ニニギノミコトとオモイカネノカミは八尺の鏡を五十鈴宮(いすずのみや、伊勢神宮内宮(三重県伊勢市))に祭りました。

豊宇気毘売神(トヨウケビメノカミ、[上の巻] 03 神生みを参照)は度会(わたらい、伊勢神宮外宮(三重県伊勢市))に鎮座します。

アマノイワトワケノカミは、宮門を守護しています。アマノタヂカラオノカミは佐那那県(さなながた、三重県多気町)に鎮座します。



ところでアメノコヤノミコトは中臣連(なかとみのむらじ)らの祖です。中臣連は大和朝廷の祭祀を行った氏族で後に子孫とされる中臣鎌足が藤原の姓を与えられ藤原氏となります。

フトダマノミコトは忌部首(いんべのおびと)らの祖です。忌部首も大和朝廷の祭祀を行った氏族で、特に際しにあたって物資を頁納する職業集団でした。

アマウズメノミコトは、猿女君(さるめのきみ)らの祖です。 猿女君とは朝廷の鎮魂祭儀で舞楽を演じる巫女を出す氏族です。また古事記のの編纂者の一人である稗田阿礼(ひえだのあれ)はこの一族から別れた稗田氏の出身です。

イシコリドメのミコトは作鏡連(かがみつくりのむらじ)らの祖です。作鏡連は鏡作りを業とした鏡作部(かがみつくりべ)を統率した氏族のことで、後に衰退し文献には現れなくなります。

タマノオヤノミコトは、玉祖連(たまのおやのむらじ)らの祖です。玉祖連は玉作りを業とした玉作部(たまつくりべ)を統率した氏族で、後に姓「宿禰(すくね)」を与えられます。宿禰は真人(まひと)、朝臣(あそん)に次ぐ姓の一つです。



さて、ニニギノミコトは、高天原の神座を離れ、天空に幾重にもたなびく雲を押し分け神威をもって道をかき分けて、途中、天の浮橋([上の巻] 02 国生みを参照)から浮島に立って、筑紫の日向の高千穂の霊峰に天降リました。

そのとき天忍日命(アメノオシヒノミコト)と、天津久米命(アマツクメノミコト)の二神は立派な靫(矢を入れる道具)を背負い、頭椎の太刀(くぶつちのたち、柄の頭がコブのような形をした剣)を帯び、天之櫨弓(はじゆみ、櫨(はぜ)の木で作った弓)を持ち、真鹿児矢(まかこや)を手に挟み持って、ニニギノミコトの前に立って仕えました。

アメノオシヒノミコトは、大伴連(おおとものむらじ、軍事集団を統率する氏族)らの祖です。アマツクメノミコトは、久米直(くめのあたい、軍事集団を統率する氏族)らの祖です。



そこでニニギノミコトは、この地は朝鮮に相対しており、笠沙之岬(鹿児島県南さつま市笠沙町の野間岬)に道が通じていて朝日がまっすぐに射す国、夕日の明るく照る国であるといいました。

よってここは誠に良い土地であるといって、地の底にある岩盤に届くほど深く穴を掘って太い宮の柱を立てて、天空に千木を高くそびえさせ住まいました。こうしてアマテラスオオミカミの孫が芦原中国を収めるために高天原から降り立ったのが天孫降臨です。



そして、ニニギノミコトは、天孫降臨の先導役を果たした猿田毘古神(サルタビコノカミ)を送るのに、その正体を尋ねて迎えたアマウズメノミコトに任せます。これによりアマウズメノミコトの子孫の女性は猿女君(さるめのきみ)と呼ばれることとなったのです。

なお、このサルタビコノカミは阿坂(三重県松坂市西方に大阿坂町・小阿坂町があり、サルタビコノカミを祭る阿射加神社がある)で漁をしている時、比良夫貝にその手を挟まれて海に沈み溺れてしまいました。

これによりその底に沈んだ時の名を「底どく御魂」といい、その海水が泡粒となって上がる時の名を「つぶたつ御魂」といい、その泡が避ける時の名を「あわさく御魂」といいます。

さて、アマウズメノミコトがサルタビコノカミを送り戻るとヒレの大きな魚から、小さな魚までことごとく集めて、お前たちは天つ神の御子に仕えるかと聞くと、お仕えしますと申しますが、その中で海鼠だけがそのようには答えませんでした。

そこでアマウズメノミコトは海鼠の口を小刀で裂いてしまいます。それで今では、海鼠の口は避けているのです。とその由来が語られます。

こういうわけで代々、志摩国から初物の魚介類を宮廷に献上する時には、祭祀を預かっている猿女君たちにも、それらを分配にあずかります。



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サルタビコノカミは国つ神であり伊勢の海人系氏族の信仰していた太陽神であったということです。上は高天原を下は葦原中国を照らしていたと本文にもあります。

ニニギノミコトの天降りを先導してアマテラスオオミカミを伊勢神宮に祭ったのも、これと無関係ではないでしょう。



天孫降臨の神話は、天の岩戸の神話と共に、記紀神話の頂点をなす最も重要な物語です。ニニギノミコトは高千穂に天降ったわけですが、これはニニギノミコトが穀霊であり、高千穂が収穫祭の祭場に積み上げた稲穂のことであって、その上に穀霊が天降るという信仰を表しているとのことです。

この信仰は朝鮮満州方面の北方大陸系の文化にも同じモチーフがあってそちらの影響を受けて発達したものであるようです。他にも諸説あります。



最後の方でサルタビコノカミが海に溺れる話がありますが、猿に関する面白い動物説話になっています。貝に挟まれて難儀を負う話は外国にもあるようです。

サルタビコノカミはその状態によって三つの御霊に化成したわけですが、これは[上の巻] 05 天照大御神、月詠命、須佐之男之命の誕生で述べたイザナキノカミが禊(みそぎ)の最中に神を化成してゆく神話と同型のお話です。



また最後は、猿女君と伊勢の海人集団との関係性がほのめかされているように思います。





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『古事記』 [上の巻] 16 国譲り
天照大御神(アマテラスオオミカミ)は、葦原中国(あしはらのなかつくに)を我が子である天忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト、[上の巻] 06 天照大御神、須佐之男之命による誓約(うけい)生みを参照)に治めさせるべく高天原(たかまのはら)から天降りさせました。ところが葦原中国の荒ぶる神々に手を焼いて、帰ってきてしまいます。

アマテラスオオミカミと高御産巣日神(タカミムスヒノカミ、[上の巻] 01 天地のはじめを参照)は、この葦原中国の荒ぶる神々を説得するために、知恵の神である思金神(オモイカネノカミ)を中心とした八百万の神に思案させます(このような神の合議による意思決定は、神の意思決定のルールとも言えます。いちいち書きませんが神の意志決定はすべてこのように行われていると思ってください。(初出は[上の巻] 07 天の岩戸を参照))。

そして、同じくアマテラスオオミカミの息子の天菩比神(アメノホヒノカミ、[上の巻] 06 天照大御神、須佐之男之命による誓約(うけい)生みを参照)を葦原中国に遣わします。しかし彼は大国主神(オオクニヌシノカミ)に媚びへつらい三年経っても戻ってきません。

そこで天若日子(アメノワカヒコ)に特別な弓と矢を持たせ遣わせることになりました。ところがこの神はオオクニヌシノカミの娘の下照比売(シタデルヒメ、初出、[上の巻] 15 葦原中国の完成−我々の八百万的なものの中での共生の起源を思う)と結婚し、自分が葦原中国を治めようと企む始末です。そして八年の時が過ぎました。



なんの音沙汰もない使者に、いよいよ困ったアマテラスオオミカミとタカミムスヒノカミは、今度は鳴女(なきめ、雉)を遣わせます。

鳴女はアメノワカヒコに事の真相を問いました。しかし自分の企てを知らせるわけにも行かず、高天原から天下った時に持たされた特別な弓矢で、鳴女を射殺してしまいます。鳴女の胸を貫通した矢は空高く上り、高天原のアマテラスオオミカミとタカミムスヒノカミのもとに飛んでゆきました。

タカミムスヒノカミは驚きます。血のついた矢はアメノワカヒコに持たせた特別な矢でした。そこで、この矢が善行に使われたのならアメノワカヒコに当たらず、邪心のために使われたのならアメノワカヒコに当たって死ねと仰せになって、タカミムスヒノカミは再び葦原中国に矢を投げ返します。結果その矢はアメノワカヒコに当たって彼は死ぬこととなりました。

アメノワカヒコの妻のシタデルヒメの嘆き悲しむ声が高天原まで届きます。高天原からは彼の父や昔の嫁や子供が降ってゆきます。そして死んだアメノワカヒコの魂を慰めるため、八日八晩、歌舞いが続きます。

そこへお悔やみを言いに、阿遅志貴高日子根神(アジシキタカヒコネノカミ)がやってくるのですが、彼が死人と瓜二つなことから、生き返ったとの勘違いが起きて、アジシキタカヒコネノカミはカンカンに怒ってしまいます。実は彼、シタデルヒメの兄なのですが、兄の名が広く知られないのが残念で、歌を歌って知らしめています。



それはそうと、高天原の葦原中国統治へ向けての神の派遣は続きます。今度は建御雷神(タケミカヅチノカミ、イザナキノカミがイザナミノカミが死んだ原因として切り捨てた火之迦具土神(ヒノカグツチカミ)の血から生まれた神)と、天鳥船神(アマノトリフネノカミ)の二神を遣わします。どちらの神も剣の神霊です。今度は武力を背景に派遣が行われたものと見ていいでしょう。

それをオオクニヌシノカミが迎えるのですが、高天原の二神が統治の交代の話をすると、すでに彼は国の実権を子に譲っていたので、子に返答をさせようとします。国の実権を握っているのは、子の八重言代主神(ヤエコトシロヌシノカミ)と建御名方神(タケミナカタノカミ)のようです。

ヤエコトシロヌシノカミとは、話し合いで国譲りを了承にこぎつけますが、タケミナカタノカミとは力勝負となります。しかし今度の派遣はこうしたことを見越したものであったため、高天原のタケミカヅチノオノカミが勝負に勝ちます。

そしてオオクニヌシノカミは、壮大な宮殿(出雲大社)を建て、自分が祭られることを条件に、葦原中国の国譲りは実現しました。





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18:37 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 15 葦原中国の完成−我々の八百万的なものの中での共生の起源を思う
大国主神(オオクニヌシノカミ)は、その後領土を広げながら、新たに三人の妻を迎えて子孫を繁栄させました。その新たなオオクニヌシノカミの妻子と子孫の名が書き連ねられます。

ここでは、須佐之男命(スサノオノミコト)の帯びていた十拳剣(とつかのけん)から誓約([上の巻] 06 天照大御神、須佐之男之命による誓約(うけい)生みを参照)で成った多紀理比売命(タキリビメノミコト)をめとって生まれた子である下照比売命(シタデルヒメノミコト)だけ記しておきます。次節で登場します。

そしてオオクニヌシノカミが八十神に襲われて死んだ時に彼を生き返らせた、天地初発([上の巻] 01 天地のはじめを参照)で三番目にこの世に成った神である神産巣日神(カムムスヒノカミ)の子である少名毘古那神(スクナビコナノカミ)や、大和(奈良)の神である、御諸山の神(ミモロヤマノカミ、後に正体が知れる大物主神(オオモノヌシノカミ))の助け借りて国作りを固めてゆく様子が描かれます。

また、須佐之男命(スサノオノミコト)の子に当たる大年神(オオトシノカミ)の妻子とその子孫も、それに書き連ねられます。オオトシノカミの系譜は、スサノオノミコトから先の国つ神(くにつかみ)にいたる重要な系譜です。

そしてついに、オオクニヌシノカミは葦原中国(あしはらなかつくに)を完成させ、国作りを終えました。葦原中国は大変なにぎわいを見せて、その様子は高天原(たかまのはら)にも伝わります。



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伊耶那岐神(イザナキノカミ)と伊耶那美神(イザナミノカミ)によって始められた国作りは、ついに大国主神(オオクニヌシノカミ)によって完成します。完成した国は、一体誰が統治することになるのでしょう。

これまでの経緯をたどってゆくと、時代時代で中心となって働きかけている神はいても、様々な神の協力のもとで、国作りは成し遂げられたことは明らかです。

この節だけでも、少名毘古那神(スクナビコナノカミ)が協力したことは、天つ神(あまつかみ、高天原の神)が関わっていることを示しているし、御諸山の神(ミモロヤマノカミ)が協力していることも、大和(奈良)の神が関わったことを示しています。(大和の神が国作りに加わったということはこれまで出雲を中心に書かれていた葦原中国が、後に日の御子が統治することになる、大和を中心とする世界への伏線となっています)

しかし、まもなく葦原中国(あしはらのなかつくに)は、次章の国譲りによって、天照大御神(アマテラスオオミカミ)らの天つ神に統治権を譲られることになります。



理屈から言えば、これはもっともなことです。アマテラスオオミカミは高天原の統治者ですし、[上の巻] 07 天の岩戸で明らかにされた通り、葦原中国の領域は高天原に含まれているのです。しかし、実際、アマテラスオオミカミは名目上の統治者とでも言って間違いないのではとも思っています。

繰り返しますが、たくさんの神々が集まって国造りは完成しました。もちろん有力な神はいますが、どの神が治めるべきかというのは、実質曖昧な状況なのだと思います。

そう、それぞれの神は、お互いに持ちつ持たれつの関係性や、駆け引きにおけるような関係性を永遠に保ってしまっているのではないでしょうか。

まさに、八百万の神のもとでの特異性だと思います。一神教のようなものの下ではこうはならないでしょう。相手を否定する、あるいは倒すというような考え方が、どこを基準とするかにもよりますが希薄なのです。日本の歴史は例外もありますが、概ねこんなかんじでした。

この曖昧で、ある意味ゆるい関係性が、我が国の文化の根底にはあって、我々日本人が、様々な対立する文化さえも、受け入れてしまえる前提になっているのではないか、とさえ思ってしまいました。





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18:17 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 14 大国主神の妻問い物語
ところで大国主神(オオクニヌシノカミ)は、すでに八上比売(ヤガミヒメ)という妻がいましたが、前節の通り須佐之男命(スサノオノミコト)の娘である須勢理比売(スセリビメ)という新しい妻を正妻として連れて帰ったのでした。

ヤガミヒメはスセリビメに遠慮して、子を残し因幡の実家へ帰ってしまいました。一族の繁栄のためには沢山の子を儲けなくてはならないとはいえ、それにしてもオオクニヌシノカミは恋多き神でした。



あるときオオクニヌシノカミは越国(こしのくに、北陸地方)に沼河比売(ヌナカワヒメ)という美しい姫がいると聞き、求婚するためにその家を訪ねて歌を詠みます。オオクニヌシノカミとヌナカワヒメは愛の歌を詠み交わし、二人は結ばれます。

このようにしてオオクニヌシノカミは国を広げるたびに、各地の女性と交わり、多くの子供を授かってゆきます。



このようなありさまで、国許で悲しい思いをしていたのは正妻のスセリビメでした。オオクニヌシノカミは、出雲から大和国(奈良)へ出陣しようとした時、あまりに寂しそうにしていたスセリビメに歌を読んでいます。そしてスセリビメも歌を返しました。

そして二人は盃を交わし、愛する心の変わらないことを固く誓い合います。



この節では、登場者の心情が長い歌によって語られます。そこにスポットを当てたいのなら必須ですが、古事記全体のお話の流れとは関係が薄いので、このブログでは割愛します。興味がある方は青空文庫などを参照してください。





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18:20 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 13 大国主神による国造りの再開
大国主神(オオクニヌシノカミ、この節ではまだ大穴牟遅神(オオナムヂノカミ)と呼ばれています)は言われた通り、須佐之男命(スサノオノミコト)のいる根之堅州国(ねのかたすくに)にゆくと、スサノオノミコトの娘である須勢理比売(スセリビメ)が出迎えます。二神はひかれ合ってすぐに結婚します。

そしてスセリビメは父親に彼を会わせました。するとスサノオノミコトはまるで彼を知っているかのようにその男は葦原色許男(アシハラシコオ、オオクニヌシノカミの二番目の名)というのだと言いました。



そしてスサノオノミコトはオオクニヌシノカミを、夜、蛇のいる室で寝かせます。この時すでにスサノオノミコトはオオクニヌシノカミが葦原中国を担う力のある男であると見抜いていたのではないでしょうか。オオクニヌシノカミを蛇のいる室で眠らせたのは、その力を見定めようとする一つの試練のようです。

スセリビメはオオクニヌシノカミに蛇から身を守るためのすべをこっそり教えます。比礼(ひれ)という古代の女性が使ったスカーフのような布を授け、蛇に襲われそうになったら、それを三回打ち振ってくださいと言いました。

比礼は振ることによって呪力を発揮するとされていたものです。おかげでオオクニヌシノカミはぐっすりと眠ることができました。

ところがスサノオノミコトが与える試練はこれに終わりません。次の日の夜には百足と蜂のいる室に寝かされます。けれども、またしてもスセリビメが百足と蜂の比礼を夫に渡したので難を逃れます。



更に、スサノオノミコトの与える試練は度を増してゆきます。今度は鳴鏑(なりかぶら)という鏑のついた矢を野原に射込み、それをオオクニヌシノカミに拾わせようというのです。

オオクニヌシノカミが野原に入ると、なんとスサノオノミコトは野に火を放ちます。火に囲まれて途方に暮れているオオクニヌシノカミを一匹の鼠が救います。

オオクニヌシノカミは、地中の鼠の巣に誘われて入り、火が治まるのを待ちました。しかも鼠の助けはそれに終わりません。鼠は鳴鏑の矢をくわえてきてオオクニヌシノカミに差し出すのでした。

焼け跡にスセリビメを連れてやってきたスサノオノミコトですが、なんと、死んだものと思っていたオオクニヌシノカミと再会します。



ところで、これでスサノオノミコトの与える試練はこれで終わりかと思いきや、さらに続くのです。スサノオノミコトはオオクニヌシノカミを家に連れてゆき自分の頭のシラミを取らせます。

ところがそれはシラミなどではなく百足なのでした。ここでも妻のスセリビメが助け舟を出します。椋の木の実と赤土を夫に差し出し、次のように指示しました。

「椋の木をかんで、プチプチと音をたてて、赤土を口に含んでから、つばと一緒に吐き出せば、父親はきっと、あなたが百足をかみ殺していると勘違いするはずです」

オオクニヌシノカミは言われたとおりにするとスサノオノミコトは案の定勘違いして、安心したのか眠ってしまいます。これを絶好の機会と思ったオオクニヌシノカミは、スサノオノミコトの髪を束ねて部屋の太い柱に縛り付け、さらには五百人で引くほどの大岩で部屋の入口を塞ぎ、スセリビメを背負って逃げ出しました。

家を出るときオオクニヌシノカミは、スサノオノミコトの生太刀(いくたち)と、生弓矢(いくゆみや)と、天の沼琴(あまのぬこと)を持って出ようと考えました。

生太刀と生弓矢は生き生きとした生命あふれる太刀と弓矢のことで、スサノオノミコトの武力を象徴するものです。また天の沼琴はお告げをするときに使う琴で、スサノオノミコトの宗教的権威を象徴するものです。

しかしオオクニヌシノカミは、うっかり天の沼琴を木の枝に引っ掛けて大きな音を立ててしましました。スサノオノミコトは驚いて目を覚まします。

しかしオオクニヌシノミコトがしておいた細工のおかげで、スサノオノミコトはすぐには走りだすことができません。二人はその間に遠くへ逃げ去っていきました。



やっとスサノオノミコトが地上世界との境である黄泉比良坂(よもつひらさか)まで来た時は、もうすでに二人は遠くに逃げおおせた後でした。スサノオノミコトはオオクニヌシノカミに向かって大声で叫びます。

「その生太刀と生弓矢で八十神を倒せ。大国主神またを宇都志国玉神(ウツシクニタマノカミ、オオクニヌシノカミの三番目の名前)と名のり我が娘、須勢理比めを正妻として出雲の山に地底の石を土台にして太い柱を立て、天空に千木を高く上げて壮大な宮殿を建てるのだ」といいました。

これはスサノオノミコトが試練を乗り越えたオオクニヌシノカミへの、はなむけの言葉でした。ちなみにここに来て、初めてオオクニヌシノカミの名を授かります。

オオクニヌシノカミは言われたとおりに八十神を倒し葦原中国に始めて国を作ります。これが長い間中断されていた葦原中国での国づくりの再開です。



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スサノオノミコトとオオクニヌシノカミは極めて対照的です。これまで語られてきたことからスサノオノミコトは、想像するに体は大きく有り余る力があり頭脳明晰です。([上の巻] 09 八俣遠呂知(ヤマタノオロチ)を参照)全体的にはやんちゃな印象です。

これと対照的にオオクニヌシノカミは体が小さく能力もぱっとしない印象でした。(二度も殺されています)しかし彼は、周りから助けてもらえる優しさと生真面目さを、人いち倍持っているのです。([上の巻] 11 因幡の白兎を参照、この章では子鼠にさえ助けられています)

それに足りていなかった能力にしても、試練をくぐり抜けてゆくうちにどんどん身につけてしまいました。国作りにふさわしい神となります。





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『古事記』 [上の巻] 12 婚姻をめぐって迫害される大国主神
八十神(ヤソガミ)たちは、当初の目的を果たすべく、八上比売(ヤガミヒメ)に求婚します。ところがヤガミヒメは、大国主神(オオクニヌシノカミ、この節での表記はオオナムヂノカミ)との結婚を望みました。



八十神たちはこれに怒り、オオクニヌシノカミを殺そうと計画します。伯耆国(ほうきのくに、鳥取県西部)、手間山(てまのやま、鳥取県と島根県の間にある山)の麓を訪れると、まず、ここに赤い猪が出るから、それを捕らえよと、八十神たちはオオクニヌシノカミに命令しました。

八十神たちの計画はこうです。猪の形に似た大石を火で真っ赤に焼いて山の上から転がし、それに飛びつくであろうオオクニヌシノカミを、焼き潰してしまおうというものでした。そして、八十神たちの目論見通りにことは進み、オオクニヌシノカミは焼け死んでしまいました。



これを知った母神である刺国若比売(サシクニワカヒメ)はたいそう悲しみ、天に昇り神産巣日神(カンムスヒノカミ、天地初発で成った高天原三神のうちの一神、[上の巻] 01 天地のはじめを参照)に助けを求めます。

カンムスヒノカミは地上にキサカイヒメ(赤貝を擬人化した神)とウムキヒメ(蛤を擬人化した神)をただちに送りオオクニヌシノカミを生き返らせようとします。

キサカイヒメが削り落とした赤貝の粉を集めて、ウムキヒメの蛤の汁に溶いて薬ができます。この薬は、火傷の治療に用いる古代の療法の一つです。これをオオクニヌシノカミ体に塗ると、たちまち立派な男となり、すっかり元気になりました。



ところが、これを知った八十神たちは、再びはかりごとに考えを巡らせます。今度は八十神は、オオクニヌシノカミを山に連れていき、木に切れ込みを入れて、オオクニヌシノカミを挟んで殺してしまいます。

またしても、悲しみにくれる母神であるサシクニワカヒメは、木の間から息子であるオオクニヌシノカミを助け出し、今度は自らの力によって生き返らせました。(古事記には方法等の記述はありません)



そして母神であるサシクニワカヒメは、息子であるオオクニヌシノカミに、ここにいたら八十神に滅ぼされてしまうからと、木国(紀伊国、和歌山)の大屋毘古神(オオヤビコノカミ、神生みで生まれた神、[上の巻] 03 神生みを参照)の元へ人目を避けに向かわせます。

ところが今度も八十神は、オオクニヌシノカミを見つけ出し、弓に矢をつがえて、オオヤビコノカミに、オオクニヌシノカミの引き渡しを迫ります。

しかしオオヤビコノカミはオオクニヌシノカミをこっそり逃し、スサノオノミコトのいる根之堅州国(ねのかたすくに、[上の巻] 05 天照大御神、月詠命、須佐之男之命の誕生を参照)へ向かわせるのでした。





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『古事記』 [上の巻] 11 因幡の白兎
大主国神(オオクニヌシノカミ)には八十神(ヤソガミ)と呼ばれる大勢の兄弟神がいました。オオクニヌシノカミは、その一番末の身分と思われます。

なぜなら、その頃、八十神たちは、稲羽(因幡、鳥取東部)に住む八上比売(ヤガミヒメ)に惚れ込み自分の妻にしたいと考えていました。

彼らが求婚のため稲羽に出かけた際、オオクニヌシノカミは従者として同行し、荷物背負わされて行列の一番最後を歩いていたからです。「袋担ぎ」は、かつて一番身分の低い者の仕事とされていました。



ところで、八十神一行が稲羽に向かい、気多の岬(けたのみさき)のあたりに至ると、毛をむしられて皮膚が真っ赤になった一匹の兎が横たわっているのに出会います。

その哀れな兎に対して八十神たちは、海水を浴び、風に当たってから山の峰の上でうつ伏せになりなさいと言いました。

そんなことをすれば兎の皮膚はますます酷いことに成るのは分かりきっています。しかし兎は真に受けてその通りにしてしまうのでした。

案の定、兎は、浴びた海水が乾くとその身は風に吹き裂かれ皮膚はヒビだらけになってしまいます。

そして兎が痛みに苦しんで泣いているところに、行列の最後のオオクニヌシノカミが通りかかるのです。



オオクニヌシノカミが兎に泣いている理由を聞くと兎は答えました。

「わたしは隠岐の島にいてこの地に渡ろうとしましたが、そのすべがありませんでした。そこで海に住む一匹の鮫に、わたしとあなたを比べて、どちらの一族の数が多いか数えてあげようと言い、鮫の一族を率いさせて、隠岐の島から気多の岬まで伏して並べさせ、その上を踏んで走りながら数を数えるふりをしてまんまと渡ってきたのです」

「ところが、渡り終えようとしたその時に、うっかり君たちはわたしに騙されたのだと言ってしまったため、一番端に伏していた鮫に捕らえられて、毛をことごとく剥ぎ取られてしまったのです。そこを先に通り過ぎた八十神たちにひどい嘘をつかれて、わたしはこのような姿になりました」と言います。



オオクニヌシノカミは痛みに苦しむ兎に次のように答えます。

「今すぐ河口に行き淡水で身を洗い河口に生えるカマの穂の花粉を取って敷き散らしその上に寝返りを打って転がればあなたの肌は元通り癒えるでしょう」と言いました。

古くからガマの花粉は、治血、治痛作用があるとされて用いられてきました。オオクニヌシノカミの教えは適切なものでした。この逸話によってオオクニヌシノカミは医療神としても祀られています。

そして助けられた兎はオオクニヌシノカミに八十神はヤガミヒメを得られず、ヤガミヒメは必ずやオオクニヌシノカミと結ばれるでしょうと予言します。そして後にそのとおりになります。兎は神通力の持ち主でした。



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ここで古事記によく使われる八という数字について述べます。ご存じの方が多いかと思われますが、実際の数を表すのではなく数が多いことを表しています。また日本では偶数が重んじられ偶数の最大値である八が縁起の良い数字とされています。

このお話でも、八十神、八上比売、が登場します。これまでも八百万、大八島国、八尺鏡、八尺勾玉などがあり、神名にも多用されています。



この物語で出てくる和邇(ワニ)ですが、日本にはワニが生息しないため、たいていの現代語訳では鮫としているのを断っておきます。

またこのお話のように知恵のある陸の動物が、愚かな水中のワニをだまして川を渡るというお話はインドネシアや、東インド諸島にもあるそうです。そちらのお話が伝わって用いられているのかも知れません。



また、オオクニヌシノカミの名はこの時点では大穴牟遅神(オオナムヂノカミ)となっています。神としてのポジションが変わるに連れ、名が変わります。このブログでは分かりやすく大国主神(オオクニヌシノカミ)として要約します。登場時の大穴牟遅神(オオナムヂノカミ)に始まり、葦原色許男神(アシハラシコオノカミ)、八千矛神(ヤチホコノカミ)、宇志国玉神(ウツシクニタマノカミ)の呼び名があります。

その オオクニヌシノカミことオオナムヂノカミですが、ここでは医療神としての姿が描かれています。古代から医療神というものは大変尊敬を集めていました。

後の物語で国作りをしていく重要な神様としての器が描かれているのだと思います。反対に、八十神の兎に対する仕打ちは、とてもひどく、冷たいものでした。





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『古事記』 [上の巻] 10 須佐之男命の系譜
須佐之男命(スサノオノミコト)の系譜が語られます。スサノオノミコトと妻クシナダヒメが、化成ではなく床で交わって生まれた神が、八島士奴美神(ヤシマジヌミノカミ)です。ここから六世の孫までたどって大国主神(オオクニヌシノカミ)までが列挙されるのですが、詳細はここでは省きます。

要はオオクニヌシノカミがスサノオノミコトを祖神とする直系の出雲系の神格であることと同時に、皇位継承権を持たず(皇位継承権は皇子の五世孫までとされている)最終的には高天原ないし葦原中国の統治権を持たないことが述べられればいいのです。(最終的に弟のスサノオノミコトの系譜ではなく、姉のアマテラスオオミカミの系譜が、葦原中国の統治を行う)それに、中間に現れる神々には名義未詳のものも多く、あとから書き加えられた可能性があります。

ただしオオクニヌシノカミの母神、刺国若比売(サシクニワカヒメ、後にオオクニヌシノカミが命を狙われていた時に彼を助ける)だけを記しておきます。この章は、ふたつのエピソードを挟んで続く章からの、オオクニヌシノカミによる、イザナミノミコトの死で中断されていた([上の巻] 03 神生みを参照)、葦原中国(あしはらのなかつくに)での、国造りの続きへの序章と言ってもいいでしょう。



一方、スサノオノミコトは大山津見神(オオヤマツミノカミ、神生みの時に生まれた山の神([上の巻] 03.神生みを参照))の娘である神大市比売(カミオオイチヒメ)をめとって、その間にも子を生んでいます。大年神(オオトシノカミ)と宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)がそれです。この二神は穀神です。

これはスサノオノミコトが、農耕に関係の深い水の神として信仰されたことと関係があるのでしょう。特にウカノミタマノカミは、白い狐の神使(神の使いをする動物)を従えたお稲荷さんとして現在の我々にも親しまれ、その存在は、一般的には女神であるとされています。





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『古事記』 [上の巻] 09 八俣遠呂知(ヤマタノオロチ)
高天原を追放された須佐之男命(スサノオノミコト)は、出雲国(島根)斐伊川(ひいがわ)上流の鳥髪(とりかみ)という場所に降りたちました。

スサノオノミコトは、鬱蒼としげる森の中でお腹を空かしていると、そのとき川の上流から箸が流れてきます。スサノオノミコトは上流に誰か住んでいると考えて川を上りました。

するとやはり川上には家がありました。しかし、どうしたことか老人夫婦が娘を挟んで泣いていたのです。



スサノオノミコトは名を尋ねると、老夫は大山津見神(オオヤマツミノカミ、神生み([上の巻] 03 神生み、参照)の時に生まれた山の神)の子で、国つ神(葦原中国の神、高天原の天つ神に対してへりくだって用いる表現)の名を足名椎(アシナヅチ)と名乗り、そして、妻の名は手名椎(テナヅチ)、娘の名は櫛名田比売(クシナダヒメ)だといいました。

続けてスサノオノミコトは泣いている訳を聞くと、八俣遠呂知(ヤマタノオロチ)によって、毎年一人ずつ娘が食べられているとのことでした。元は八人の娘がいたのですが、クシナダヒメが最後の一人だというのです。そして今年も今頃が、ヤマタノオロチがやってくる時期なのだそうです。

さらにスサノオノミコトはヤマタノオロチの姿形を聞くと、目はほおずきのように赤く、頭は八つ、尾が八つ、その身には苔、檜、杉などが生え、体の大きさは、八つの谷、八つの峰にも渡り、その腹は血がにじんだように赤いと言います。

そしてスサノオノミコトは自分は天照大御神(アマテラスオオミカミ)の弟だと身分を明かし、老夫婦の娘のクシナダヒメを妻に貰い受け、その姿を櫛に変えてしまうと、ヤマタノオロチ退治の準備を老夫婦にとりかからせます。

その準備とは、八度繰り返し醸造した強い酒を用意し、家の周りに垣根を巡らせて、八方に穴を開けて、そこに酒船(さかぶね、酒を入れる器)を置き、強い酒で満たして待ちなさいというものでした。



はたしてヤマタノオロチはやって来ました。ヤマタノオロチは、八つの酒船にそれぞれ頭を突っ込み、がぶがぶと強い酒を飲んでいます。しばらくすると酒が回ったのでしょう、その場でぐっすり眠ってしまいました。スサノオノミコトの目論見通りでした。

スサノオノミコトは腰に差していた十拳剣(とつかのけん)を抜いて寝ているヤマタノオロチをズタズタに切ります。血がほとばしり、斐伊川は朱に染まります。

ところで、スサノオノミコトはヤマタノオロチの尾を切った時に、なにか固いものにあたって、剣の歯をこぼしてしまうのですが、調べてみると尾の中には、なんと草薙の剣があったのです。スサノオノミコトは高天原のアマテラスオオミカミに報告し、この剣を、献上しました。

この草薙の剣は、やがて皇位の印である三種の神器の一つになります。これで三つ全部出揃いました。(あとの二つは、[上の巻] 07 天の岩戸を参照)これは後の天孫降臨の伏線になっています。



戦いを終えるとスサノオノミコトは、新婚のための宮を作るための場所探しに、出雲のとある土地(島根県雲南市大東町須賀)を訪れます。そして「ここに来て、自分の心はすがすがしい」言って宮を作りました。そのようなことがあったのでその地を須賀と呼んだのですと語られます。

古事記には、このように駄洒落のような言葉遊びによる地名の由来の説明が、いくつもあります。地名ではありませんがこのお話の、クシナダヒメの姿を櫛に変えてしまうエピソードも、その一連の語られ方の一つかも知れません。

スサノオノミコトが須賀に宮を作った時、その地から雲が立ち上がりました。そこで彼は歌を詠みます。

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
(八重の雲がわきおこる出雲に、八重の垣根を、妻を籠らせるために、八重の垣根を作る。その八重垣よ。)

新婚の気分を盛り上げるのにふさわしい歌となっています。古事記には数々の和歌が収録されていますが、この和歌が一番初めとなります。古事記は日本最古の書です。つまり記録されたもので一番初めの和歌ということになります。

そして、スサノオノミコトはこの宮の首長の役目をクシナダヒメの父親に命じました。



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典型的なアンドロメダ型(ギリシャ神話のアンドロメダ)の神話として著名です。つまり、英雄が、強力な怪物と戦って女性を救い出すという神話の定型の一つになっているのです。その他、和歌も述べられることから、古事記の中では、特に文学的に語られるお話と言ってもいいと思います。



それから、ヤマタノオロチは斐伊川そのものではないかという説があります。そう考えるとこの物語のエピソードは事実を反映させたものではないかと思われるのです。

毎年一人の娘が死ぬさまは、曲がりくねった支流の多いこの川の、氾濫に飲み込まれてしまった人を指しているのではないか。そして、ヤマタノオロチ退治は、この川の治水のことであり、それをスサノオノミコトがなしたとするのです。スサノオノミコトが農耕に関係の深い水の神として信仰されたこととの関係が思い浮かびます。

また、この川は鉄を産し、草薙の剣の鍛造との関わりが指摘されています。また鉄分を多く含んだ水は赤く濁り、ヤマタノオロチの血が流れるさまを想像させます。



それから、スサノオノミコトのこのヤマタノオロチ退治を、酒を飲ませて相手が動けないところを討つという、ある意味、卑怯な作戦と見ることもできますが、古事記では、このような場面がこれからもいくつも登場するようです。

世界の民話を読んでいる時にも多々感じていたことですが、賢い主人公というのは、考えようによっては、ちょっと汚い手を使う、ずる賢さという属性の持ち主という側面を、この物語にも見ることができます。





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18:19 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 08 五穀の種の起源
追放された須佐之男命(スサノオノミコト)は、自らの罪を贖うため神々に供えるための食べ物を、神生み([上の巻] 03 神生み、参照)の時に生まれた、食物神である、大気都比売神(オオゲツヒメノカミ)に求めます。

そこで、オオゲツヒメノカミは鼻、口、尻から美味しそうな食べ物を取り出して料理し、スサノオノミコトに差し出します。しかしこれがスサノオノミコトの目には食べ物を穢したことのように映ります。そしてスサノオノミコトはオオゲツヒメノカミを殺してしまいました。

するとオオゲツヒメの神の体から次々と大事なものが生まれます。頭からは蚕、二つの目からは稲の種、二つの耳からは粟、鼻からは小豆、陰部からは麦、尻からは大豆が生まれます。

これらを天地初発で成った高天原三神のうちの一神、神産巣日神(カムムスヒノカミ、[上の巻] 01 天地のはじめ、参照)はこれらを種として地上に授けたとされます。これが、五穀の種の起源です。



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このお話は一つの遊離神話です。物語の流れには直接的なつながりがありません。スサノオノミコトのいちエピソードとして挟まれています。

それにしても食物神であるオオゲツヒメノカミは、なぜ殺されてしまわなければならないのでしょう。これは食物神が刈り取りの際に死んで、種を植えることによって復活するという、古代信仰に基づくものと考えられます。

スサノヲノミコトは、オオゲツヒメノカミを殺したとされる一方、出雲神話(国引き神話、次章で扱う八俣遠呂知(ヤマタノオロチ)など、出雲地方を舞台とする神話の総称)では農耕や穀物に関係の深い神とされています。





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18:35 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 07 天の岩戸
天照大御神(アマテラスオオミカミ)が天の岩戸に引きこもってしまって、高天原、葦原中国(あしはらのなかつくに)から太陽が失われて暗闇に包まれたため、万の神々は困り果て、集まって色々と考えを巡らせますが、良い考えは生まれません。

結局知恵の神である思金神(オモイカネノカミ、これから先々でも神々の合議の中心)に問題は一任されます。思金神は天地初発([上の巻] 01.天地のはじめ、参照)で成った高天原三神のうちの一神である高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)の子です。そしてオモイカネノカミの示した解決策は祭りでした。



まずは、ニワトリを集め、一斉に鳴かせます。ニワトリを鳴かせることは、太陽を出現させる呪術でした。次に伊斯許理度売命(イシコリドメのミコト、後に天孫降臨の際の五伴辧覆い弔箸發里)のひとりとして、邇邇芸命(ニニギノミコト)に職業集団の長として随行)に八尺鏡(やかたのかがみ、大きな鏡)を作らせます。

また、玉祖命(タマノオヤノミコト、同じく後に天孫降臨の際の五伴劼里劼箸蝓鉾尺勾玉の五百箇の御すまるの珠(やさかのまがたまのいおつのみすまるのたま、多くの玉を緒に通した飾り)を作らせます。

これで必要な神器が揃います。ちなみに、この鏡と玉は、後に天孫降臨(てんそんこうりん)によって高天原から地上にもたらされ、やがて天皇の皇位の印である三種の神器のうちの二つになります。



賑やかな神々による祭りが始まります。天児屋命(アメノコヤネノミコト、同じく後に天孫降臨の際の五伴劼里劼箸蝓砲神器を持ち、布刀玉命(フトダマノミコト、同じく後に天孫降臨の際の五伴劼里劼箸蝓砲祝詞を上げます。

天の岩屋戸のすぐ脇には、腕力の神様である天手力男神(アマノタヂカラオノカミ、天孫降臨で再登場)が隠れ立ち、戸が緩むのを待ちました。



そして神楽が始まりました。踊り手は天宇受売命(アマノウズメノミコト、同じく後に天孫降臨の際の五伴劼里劼箸蝓砲任后9眦係兇貌やかな神々の笑いが起こると、アマテラスオオミカミは不審に思い、天の岩戸の戸を少し開きます。

そこへアメノコヤネノミコトとフトダマノミコトが戸の隙間に八尺鏡を差し入れアマテラスオオミカミに自身の姿を写してみせます。すると彼女は自分と同じ太陽の神が別にいると勘違いしてびっくりしゆっくりと戸から少し出て外を覗きます。

そこを戸の脇に隠れていたアマノタヂカラオノカミがアマテラスオオミカミの手をひいて引き出し、すかさずフトダマノミコトが後方にしめ縄を張って戸の中へは戻れないようにしてしまいます。こうして高天原と葦原中国に再び光が戻ったのでした。



そこで八百万の神は相談して、須佐之男命(スサノオノミコト)にたくさんの贖罪の品物を負わせ、髭と手足の爪を抜いて祓えをし、高天原から追放してしまいました。ここからスサノオノミコトの新しい物語が展開します。



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光が失われたのは、高天原は当然のこととして、同時にそれは葦原中国にも及びました。三貴子の分治で葦原中国が言及されないのは、葦原中国が高天原の一部であるという認識だと思われます。

この天の岩戸の神話は、天孫降臨の神話と共に日本神話の頂点となっている重要な物語です。





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18:17 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 06 天照大御神、須佐之男之命による誓約(うけい)生み
イザナキノカミに国からの追放を言い渡された須佐之男命(スサノオノミコト)は、母親と思いこんでいるイザナミノカミのもとへ行こうとする前に、姉であるアマテラスオオミカミを尋ねます。

追放の件でスサノオノミコトは心が荒ぶっています。アマテラスオオミカミのいる天上界である高天原に舞い上がる途中、地上を轟かせていきました。その異様な事態にアマテラスオオミカミは、弟が国を奪うつもりなのかも知れないと思い、完全武装をして備え対峙します。

弟のスサノオノミコトは何も邪心はないと言いはりますが、姉のアマテラスオオミカミは納得しません。そこで弟のスサノオノミコトはお互いに誓約(うけい)をして子を生むことで白黒をつけましょうと提案します。

誓約(うけい)とは、予め決めた通りの結果が現れるかどうかで吉凶を判断する占いの一種です。姉はそれを受け入れます。



姉であるアマテラスオオミカミは、弟のスサノオノミコトの十拳之剣(とつかのつるぎ)から三神の女神の子を成らせます(一神だけ記しておきます。後に大国主神に娶られた多紀理比売命(タキリビメノミコト))。

一方弟のスサノオノミコトは、姉であるアマテラスオオミカミの髪飾りから五神の男神の子を成らせました(二神だけ記しておきます。後にアマテラスオオミカミが、葦原中国の統治のため、高天原(たかまのはら)から天降りさせようとした天忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)、実際に天下りした天菩比神(アメノホヒノカミ))。

するとスサノオノミコトは、自分の心が明るく清いから、たおやかな女の子が生まれたのだと自分の勝ちを主張します。そして姉の治める高天原で大暴れします。



いっときは弟の品行をかばい許していた姉のアマテラスオオミカミでしたが、弟のスサノオノミコトの悪行はひどくなるばかりです。

ついに姉のアマテラスオオミカミは天の岩戸(高天原にある洞窟の入り口を塞いでいる岩)を開いて洞窟に引きこもってしまいます。

すると高天原はもちろん葦原中国まで暗闇に包まれてしまい、昼がこない夜だけの世界になってしまいます。するとよろずの神が騒ぎ出して、災いがあふれかえるようになりました。



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誓約(うけい)の目的は、父親であるイザナキノカミに追放を言い渡されたスサノオノミコトに邪心がないことを証明することにありますが、邪心の有無を明確にするための基準が、古事記にははっきりと示されません。よって曖昧に語られています。

例えば、相手の持ち物から子をなすなど、どっちがどちらの神を生んだことになるのかも、物語の読み方ひとつにかかっています。そして文章上では、女神を生んだことになっているスサノオノミコトを勝ちとしているのでした。



それはともかく、この誓約によって、アマテラスオオミカミの後継者が生まれたことは大きいですね。

そして、スサノオノミコトは誓約に勝ったことで、高天原の収穫祭と思われる場面の妨害に至りますが、これによって彼の追放は間もなく遂行されることとなります。

この二点は物語の流れで重要な局面となります。



それと個人的には暗闇に包まれてしまった世界を、夜の国を治めているツクヨミノミコトが、何とか出きなかったのかと少し疑問に思いました。

しかし、ツクヨミノミコトは夜の国を治めているというより、名前が示す通り月の神であり、自身の輝きでさえ太陽のおかげであり、太陽の世界にはまったく力が及ぼせない、ということなのでしょう。

ちなみにツクヨミノミコトは一般的な解釈としては男神です。世界的な太陽神と月神の性別の対称性に合致しています。



そして、女神と男神の扱いについて、ここに日本の文化の特質を読み取ってもいいのではないでしょうか。

日本神話では太陽神に女神であるアマテラスオオカミを置いていますが、世界の著名な神話では、ギリシア神話やエジプト神話など、太陽神を務めるのはたいてい男神です。

しかし、女神を置く神話も、北欧神話、バルト神話などありますので、その土地の文化を影から規定するものなのだと思います。





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18:33 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 05 天照大御神、月詠命、須佐之男之命の誕生
黄泉の国から帰ったイザナキノカミは、汚れた国に行ったことを後悔して、身を清めるために禊(みそぎ)を行います。

まずは、身につけていたものを次々と投げ捨てます。すると外したものからたくさんの神が成りました。すべてを外し終えると、禊をはじめます。上流は流れが早く、下流は流れが弱いので、中流で身をすすぎます。するとまた多くの神が成りました。

ここでは、墨江の三社の大神(大阪の住吉大社)として祭られている住吉大神だけを上げておきます。後に十四代仲哀天皇に信託を与え、これに従わなかった天皇の命を奪い、そして神功皇后の新羅遠征を守護した神として後に再び語られます。

さてイザナキノカミは、最後に自分の顔をすすぎます。すると左の目からは、太陽を神格化した神である天岩戸の神隠れで有名な、天照大御神(アマテラスオオミカミ、皇室の祖神で、日本国民の総氏神。巫女神の性質も有する女神であり、伊勢神宮に祭られている)が成ります。そして右目からは月の神である月詠命(ツクヨミノミコト)が成り、鼻からは嵐の神である建速須佐之男之命(スサノオノミコト)が成りました。



イザナキノカミはこれまでもたくさんの神を生んできたけれど、これにはたいへん喜んで、アマテラスオオミカミには高天原を、ツクヨミノミコトには夜の世界を、スサノオノミコトには海原をそれぞれ治めるよう命じます。

ところがスサノオノミコトだけは母イザナミノミコトに会いたい(イザナミノミコトのことを母と思っているようです。スサノオノミコトは二神の婚姻によって生まれたのではなくイザナキノカミ単身から成った神であるはずです)という一心で、泣いてばかりいて国を治めようとしません。そのせいで地上には災いが満ちあふれます。

ここではイザナミノミコトの居所を根之堅州国(ねのかたすくに)としていますが、イザナミノミコトの居所は黄泉国(よみのくに)のはずですから、間違いではないのかとの疑問があり諸説あります。古事記の中でも最も難しい問題の一つとされています。

この後も根之堅州国はスサノオノミコトの居所として登場しますが、黄泉の国とは違った印象で描かれ同じ国とは思えません。しかし地上世界とは違った場所のようです。

それはともかく、怒ったイザナキノカミは、スサノオノミコトに追放を言い渡します。それによってスサノオノミコトは、いっとき逃れて滋賀県多賀町の多賀神社に鎮座しました。

これからは、アマテラスオオミカミとスサノオノミコトを中心とする新しい物語が展開していきます。



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古くから日本人は水に浄化作用があると信じられてきました。心身の罪や穢れを水で祓い清めることを禊(みそぎ)と言います。西洋人がたまにしかお風呂に入らないのに対し日本人はほぼ毎日入浴します。これは禊の文化の名残でしょう。

アマテラスオオミカミが、天上界である高天原を治めることとなりましたが、地上界である葦原中国(あしはらなかつくに)は未完成のまま放置されていて国作りは中断されたままです。

葦原中国(あしはらのなかつくに)は、イザナキノカミの手を離れて、スサノオノミコトの驚異的な生命力の影響を受けた神々によって、幾代もの長い時を経て形成されてゆくことになるようです。





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18:25 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 04 黄泉の国
一人遺されたイザナキノカミは、黄泉の国(よみのくに)へと、妻であったイザナミノカミを訪ねます。古事記には黄泉の国とは何かについての明確な説明がなされていません。よって学問的には諸説あります。

いずれにしても、死者の赴く場所であることには変わりがないのですが、ここでは天上界の高天原(たかまのはら)、地上界の葦原中国(あしはらのなかつくに)、下界の黄泉の国として深く掘り下げないことにします。



イザナキノカミは、黄泉の国のイザナミノカミが住まう御殿の扉が開くと、彼女に葦原中国に戻って国造りを再開しようと語りかけます。しかし、すでに、イザナミノカミは黄泉の国の食べ物を食べていて、もう戻ることはかないません。

しかし彼女は、何とか帰ることができるように、黄泉の国の神々と話をつけるからと、そのあいだ、自分の姿を見ないことを、イザナキノカミに約束させます。

しかし、イザナキノカミが待てども待てどもイザナミノカミは現れません。ついにイザナキノカミは、御殿の扉を開き、その暗闇の中を自分の髪の左に差していたくしの歯を一本折って火を灯し、約束を破ってイザナミノカミの姿を見てしまいます。

そこにあったのは腐敗して蛆の湧いた妻の変わり果てた姿でした。そしてイザナミノカミの体には恐ろしい雷神(いかずちのかみ)が成り出ています。



イザナミキカミはびっくりして逃げ出します。イザナミノカミは、自分に恥をかかせた仕返しにと、黄泉の国の恐ろしい予母都志許売(よもつしこめ)というひとりの醜女を向かわせて、イザナキノカミの後を追わせます。イザナキノカミは必死で逃げます。

そしてイザナキノカミは、その醜女に追いつかれそうになると、髪に巻きつけてあった蔓草を投げつけました。

すると蔓は勢い良く茂り葡萄を実らせます。醜女は葡萄にむしゃぶりつきました。しかし時間稼ぎにはなりましたが、醜女は葡萄を食べ尽くすと再び追ってきます。

イザナキノカミは次に自分の髪の右側に指していたくしを投げつけます。すると今度はたくさんのたけのこが生えてきました。そして醜女がたけのこに食らいついている間にイザナキノカミは逃げおおせました。



しかし追っ手は、その醜女だけではありません。たくさんの悪霊たちがイザナキノカミを追い詰めて来ます。イザナキノカミは腰に差していた十拳剣(とつかのけん)を抜いて後手に振りながら走ります。うしろ手に何かをすることは相手を呪う行為です。

やっと黄泉の国の出口に差し掛かるとイザナキノカミはそこに一本の桃の木を見つけ、桃の実を三個もいで投げつけると、どういうわけか悪霊たちは勢いを失い逃げ帰るのでした。

そしてイザナキノカミは桃の木に対して、「わたしを助けてくれたように、日本国の人間(人間に対するはじめての言及)が苦しみ悩むときも同じように助けなさい」というのでした。



ところが最後にイザナミノカミ自身が、イザナキノカミを追ってきます。イザナキノカミは黄泉の国の出入口であるイフヤ坂(出雲)を巨大な岩で塞いでしまいました。ちなみに昔から岩石は悪霊邪気の侵入を防ぐものと信じられていました。

二神は岩を隔てて向き合います。そしてイザナミノカミは、「愛しい夫がそのようなことをするのなら、あなたの国の人間を一日千人殺しましょう」と恐ろしい声を上げました。

それに対してイザナキノカミは、「愛しき妻がそのようなことをするなら、一日千五百の産屋を建てよう」と仰せになります。これが二神の永遠の決別です。イザナミノカミは死の神として、イザナキノカミは生の神として別々の道を歩むこととなります。



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イザナキノカミが、暗闇の中のイザナミノカミを照らした火の明かりは一つ火と言って、後に、あの世のものが見えてくるなど、縁起が悪いこととして忌み嫌われるようになりました。

確かに現在でも神棚や仏壇には原則として二つの火をともします。ちなみにコックリさんをするときは一つ火ですよね。



続く、イザナキノカミの物を投げながらの逃走劇は、世界に広く類話が存在するもので、呪的逃走説話と呼ぶようです。

確かに世界の民話を読んでみると、そのようなお話をちょくちょく目にします。このお話での桃の実を投げて悪霊を追い払う行為は、桃の木が邪気を払うという中国思想からとったものでしょう。



最後に人間の死はイザナミノカミの霊力によるものであり、逆に人間が生はイザナキノカミの霊力によるもの、というお話になっていて、そのせめぎ合いが、人間の寿命の長さの起源に関する言及になっています。

しかし古事記には、旧約聖書などの世界と違って、宇宙の誕生であるとか、人間の起源など、この世の根本原理を説明するお話にまでは立ち入る意図はないようです。

古事記の本旨はあくまで、高天原に現れた神による日本という国の形成と、八百万の神の子孫である皇族による統治の正統性を説明することにあります。





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18:18 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 03 神生み
国生みが終わったイザナキノカミと、イザナミノカミは、国造りのため国に住むべき神々を生みます。神生みです。そして生まれた神からもまた神が生まれます。

また、ここで注意したいのは「生む」という表現と「成る」という表現の違いです。前者は母胎からの出生を意味し、後者は化成(体の一部や排泄物、あるいは身につけていたものから神が成る)を意味します。イザナキノカミと、イザナミノカミ以前の神は全て化成でした。



ところでイザナミノカミは、十七神目の火の神、火之可具土神(ヒノカグツチノカミ)を生む時に深刻な火傷を負っています。ところが病床の身にも関わらず、イザナミノカミの身から出た嘔吐物、大便、尿が化成して、さらに神が成ります。

その中には天照大御神(アマテラスオオミカミ、皇室の祖神で、日本国民の総氏神)の食事を司る伊勢神宮外宮に祭られる重要な神である穀物の神、豊宇気毘売神(トヨウケビメノカミ)を生んだ生成の神、和久産巣日神も含まれます。



イザナミノカミですが、イザナキノカミの懸命な看病の甲斐もなく、ついに亡くなってしまいます。

このことにより、国造りは、半ばで一旦中止になってしまいました。これで、二神の間には、合計は三十五神が出来たと記されていますが、出生した十七神(化成した神と、孫に当たる神は含みません)に、神格化されている十八神を加えての数なのでしょう。細かく数えると実際はもう少し多いです。

そして、国造りが再開されるのは、大国主神(オオクニヌシノカミ)の国造りを待たなければなりません。



出生した十七神の中から、後にも登場する重要な神だけまとめておきます。

●住居に関わる神
大屋毘古神(オオヤビコノカミ-家屋の神。後に大国主神を助ける)

●水に関わる神
大綿津見神(オオワタツミノカミ-海の神)
速秋津日子神(ハヤアキツヒコノカミ-水戸神。河口の神)
速秋津比売神(ハヤアキツヒメノカミ-水戸神。河口の女神)

●大地に関わる神
大山津見神(オオヤマツミノカミ-山の神)

●生産に関わる神
大宣津比売神(オオゲツヒメノカミ-穀物の神)



イザナキノカミは愛しいイザナミノカミを、子である火之可具土神一人の命と変えることとなるとは思いもよらず、涙にくれていると、その涙からまた神が成ります。

イザナキノカミはイザナミノカミの亡骸を比婆之山(ひばのやま、島根と鳥取の間)に葬りますが、悲しみは募るばかり。ついには妻の死の原因となった子である火之可具土神を、十拳之剣(とつかのつるぎ)を抜いて切りつけました。

あたりは血で染まります。その血から、またたくさんの神が成ります。ここでは、後にも登場する剣の神霊である建御雷神(タケミカヅチノカミ)だけ記しておきます。さらに殺された火之可具土神の体からも、たくさんの神が成ります。

序盤にしてもうすでに神様がたくさんです。





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18:34 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 02 国生み
前章で、高天原(たかまのはら)に現れた神の総意は、最後に現れたイザナキノカミ(男神)と、イザナミノカミ(女神)に、「下界の海に日本の国土を整え作り固めよ」と命じ、彼らに神聖な矛を授けて委任します。

そこで二神は、天空に浮いている天の浮橋(あめのうきはし)に立って海に矛を下ろします。それを引き上げると矛の先から海水が滴り落ち、塩が固まって、島ができました。これがオノゴロ島です。(実際に日本のどこかは不明です)



二神はこのオノゴロ島で、まず高天原の神々と心を通じ合わせるために、天之御柱(あまのみばしら)という神聖な柱を立てます。続けて八尋殿(やひろどの)という大きな神殿を建てました。そして、この島を拠点に次々と島を生んでゆきます。

そして、その様子が描かれるのですが、それが二神による国生みです。これは日本で最初の結婚と性交の記録になっています。

それはいくつかの手順を踏みます。イザナキノカミは左から、イザナミノカミは右から、聖な柱である天之御柱の周りを回り、出会ったところでイザナミノカミが「あなにやし」(相手を称える言葉)と先に仰い、あとからイザナキノカミが、それに答えて「あなにやし」と仰いました。そして神殿(八尋殿)の寝室で交わります。



しかし、どうやらそのひとつが、禁忌に触れていたため、初めは不完全な島しか生まれませんでした。

二神は、その不正を高天原の神々に占ってもらい明らかにします。その禁忌とは男女のことに関して女性から声をかけてはならないというものでした。

二神は「あなにやし」という儀礼的な言葉が交わしていますが、儀礼的な言葉には言霊と言う霊力が宿っています。そのため、重要な場面では、言葉の使い方を間違えると、つまりここでは、女性から声をかけると、悪い結果が生じてしまうのです。

これが二神が犯した禁忌の正体です。日本では古来から結婚は男から申し込みをし、女がそれを承諾することで成立していました。このことが物語に反映されているのでしょう。それを正すと立派な島が次々と生まれます。



まず二神は先に八つの島を生みます。我が国のことを大八島国(おおやしまくに)と呼ぶのはそのことによります。八つの島を生んだ帰りに、さらに六つの島を生み、国生みは終わります。これで日本の国土が完成します。

なお神話の時代には、大八島国に、東北と北海道は含まれていないようです。





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18:25 : 『古事記』 [上の巻] : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『古事記』 [上の巻] 01 天地のはじめ
古事記と日本書紀は、どちらも八世紀初頭に編纂され、共に日本神話が描かれます。記紀で表現が異なるのは、古事記は国内向けの書という性質がもたされており、日本人の素直な世界観が綴られているのに対し、日本書紀は当時多大な影響を受けていた中国風に編まれたものだからでしょう。



おびただしい数の神様が登場しますが、これが読解を困難にしている元凶です。しかしこれは、ほとんど無視していいそうです。二度以上登場する神様は、全体の一割に満たないそうです。繰り返し登場する重要な神様は、自然と覚えてしまうでしょう。

初めに天上界である高天原(たかまのはら)に、天之御中主神(アマノミナカヌシノカミ)、続く高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)、神産巣日神(カムムスヒノカミ)の天地初発で成った高天原三神に始まり、日本列島を生む重要な神様、伊邪那岐神(イザナキノカミ)、伊邪那美神(イザナミノカミ)までをこの章では扱います。ここで、もうすでに十七神も登場します。



あまり重要な神様として、取り上げられてはいませんが、天之御中主神(アマノミナカヌシノカミ)は、古事記に初めに登場する神様として覚えておいていいかも知れません。

ここのみの登場で、その後はありませんが、見えないところから神々の世界に影響を与えることで、その名が示すように宇宙を統合する特別な神と言っていいと思います。

生活に直結する神様ではないために、遠い過去には祭られてはきませんでしたが、近世になって妙見信仰に合わさり信仰されるようになります。

現在では、明治以降の神仏分離によって、神社では天之御中主神(アマノミナカヌシノカミ)として祭られ、該当する神社は福島県南相馬市の大田神社、埼玉県秩父市の秩父神社、長野県松本市の四柱神社、北海道釧路町の釧路神社が挙げられます。寺院では妙見菩薩として祭られています。



また古事記には、旧約聖書の冒頭のような、はじめに神様が天地を創造するような記述はありません。天地(高天原(たかまのはら)と下界)は初めから存在していて、そこに神様が現れたということなのでしょう。いずれにしても、神様を唯一絶対の存在とする聖書的世界観と、八百万の神の古事記的世界観の違いは歴然としています。





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