子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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日本の昔話 4 秋 リンク
先頭の数字は記事の日時です。これに記事タイトルが続きます。

02-14 日本の昔話 4 より 『猿かに合戦』 日本人の心性をよく表す昔話
02-15 日本の昔話 4 より 『いたちの粟畑』 生き残ることを第一義と考えるねずみの物語
02-16 日本の昔話 4 より 『風の神と子ども』 気まぐれな神様と日本人の信仰観
03-28 日本の昔話 4 より 『大木の秘密』 人間の知恵対自然の力
04-01 日本の昔話 4 より 『松の木のお伊勢まいり』 ご利益を称える物語
04-08 日本の昔話 4 より 『なら梨取り』 末子成功譚の一類型
04-15 日本の昔話 4 より 『捨て子と鬼』 七リーグ靴ならぬ日本の一歩千里の靴
04-22 日本の昔話 4 より 『ひひ神退治』 日本特有の猿と犬の間柄を下敷きとする物語
04-29 日本の昔話 4 より 『やまんばの錦』 福と災の両方を司る存在
05-06 日本の昔話 4 より 『貸し椀淵さま』 淵の主という存在

05-12 日本の昔話 4 より 『朝日三郎の地獄めぐり』 約束を守れなかった主人公のお話の類型
05-20 日本の昔話 4 より 『海行こう、川行こう』 裂けるというフレーズを結末に持つ昔話
05-22 日本の昔話 4 より 『すねこたんぽこ』 形は『一寸法師』、印象は『かえるの王さま』
05-24 日本の昔話 4 より 『ていりゅうこぶし』 人間心理に根ざした化けものの正体
05-26 日本の昔話 4 より 『船荷のかけ』 世界的には珍しいたぬきの昔話
05-29 日本の昔話 4 より 『二度咲く野菊』 人の生理現象に対する優しい気づき
05-31 日本の昔話 4 より 『きのこの化け』 食に関する由来譚?
06-03 日本の昔話 4 より 『柿の大入道』 切実な願望を充足するファンタジー
06-05 日本の昔話 4 より 『酒の泉』 昔話の幸福は、天からの贈り物
06-07 日本の昔話 4 より 『若がえりの水』 良くも悪くも品格や外聞を大切にする日本文化

06-10 日本の昔話 4 より 『かちかち山』 非常によくできた勧善懲悪の物語
08-02 日本の昔話 4 より 『きつねと熊』 洋の東西を超えた共通のモチーフ
08-07 日本の昔話 4 より 『猿ときじの寄り合い田』 弔い合戦によく見られるモチーフ
08-09 日本の昔話 4 より 『猿の恩返し』 命に関わる、正義の中の正義
08-11 日本の昔話 4 より 『猿地蔵』 欲張り者ゆえに戒められるものの、同情を誘う物語
08-14 日本の昔話 4 より 『にぎりめしころころ』 確立された隣の欲張り者のお話
08-16 日本の昔話 4 より 『雁取りじい』 欲張り者に厳しい日本の昔話
08-18 日本の昔話 4 より 『天狗のうちわ』 おごりが戒められる物語
08-21 日本の昔話 4 より 『宝ふくべ』 信じれば夢は実現する
08-23 日本の昔話 4 より 『頭の大きな男の話』 落語調の昔話

08-25 日本の昔話 4 より 『ちゃっくりかきふ』 日本版ハンスの物語、落語調
08-28 日本の昔話 4 より 『旅学問』 続、日本版ハンスの物語、落語調
08-30 日本の昔話 4 より 『ぐつのお使い』 子どもの使いをモチーフとした笑い話
09-11 日本の昔話 4 より 『ほらふきくらべ』 ほらという人間関係の潤滑油01
09-04 日本の昔話 4 より 『絵猫とねずみ』 芸は身を助く、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ
09-06 日本の昔話 4 より 『とら猫と和尚さん』 猫の恩返し
09-08 日本の昔話 4 より 『へっぴり嫁ご』 長所と短所は紙一重
09-11 日本の昔話 4 より 『くさかった』 日本特有の屁を題材とした昔話たち
09-13 日本の昔話 4 より 『髪そりぎつね』 日本昔話でお馴染みの人を化かすきつねの話
09-15 日本の昔話 4 より 『みなごろし、半ごろし』 勘違いは往々にして避けられないもの

09-18 日本の昔話 4 より 『いわいめでたや、おもしろや』 名前に関する笑い話
09-20 日本の昔話 4 より 『あわふむな』 それとなく繋がっているかもしれないという世界観
09-22 日本の昔話 4 より 『にせ八卦』 思わずついた嘘がハッピーエンドをもたらす物語
09-25 日本の昔話 4 より 『太郎の欠け椀』 欠け椀も三年取っておけば役に立つ
09-27 日本の昔話 4 より 『重荷をわける』 吉四六さんという頓知者
09-29 日本の昔話 4 より 『山は火事』 機転の利かない頓知者、吉四六さん
10-09 日本の昔話 4 より 『熟し柿でけが』 親しみを込めて伝承される、吉四六さん
10-11 日本の昔話 4 より 『芝居見物』 吉四六さんのバックボーンにある信頼がなせる笑い話
10-16 日本の昔話 4 より 『日はどこから暮れる』 話が通じない男
10-18 日本の昔話 4 より 『まのいい猟師』 貧しい民によって伝承されてきた日本の昔話

10-20 日本の昔話 4 より 『おねがいもうしあげます』 知恵者、貧しい民を救う
10-23 日本の昔話 4 より 『とうふ問答』 誤解がうまく作用するお話
10-25 日本の昔話 4 より 『いうなの地蔵』 笑いはやがて身につまされる苦笑いに
10-30 日本の昔話 4 より 『話ずきな殿さま』 昔話のフォーマットを誇張した笑い話
11-06 日本の昔話 4 より 『蛇島』 民衆の切実な思いを乗せる昔話という媒体
11-14 日本の昔話 4 より 『猿の生きぎも』 インド起源の類話の多い昔話
11-18 日本の昔話 4 より 『古さくらべ』 昔話とファンタジー
11-21 日本の昔話 4 より 『海のはて』 時代をまたぐ人間のリアリティ
11-27 日本の昔話 4 より 『すずめの恩返し』 人と動物の共存共栄、アイヌの昔話
11-28 日本の昔話 4 より 『きつねのチャランケ』 続、アイヌの昔話

12-05 日本の昔話 4 より 『七人めの婿』 人に恋をした神さまの物語、続々、アイヌの昔話



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19:40 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『七人めの婿』 人に恋をした神さまの物語、続々、アイヌの昔話
わたしは、オタサムという村(コタン)で、兄と二人で暮らしている少年でした。兄はわたしを可愛がってくれて、山へいくにも川にいくにも、いつも一緒に連れ歩きました。やがてわたしも一人前に近い若者になりました。

ところが、ご飯を作るのはいつもわたしで、兄はただの一度も、ものの煮炊きをしたことがありません。わたしはどんなに疲れていても、ご飯を作らなければならないので、それだけは兄に対して不満でした。

そうこうするうちにわたしはすっかり大人になり、兄と同じか、兄よりも上手に、狩りができるようになりました。



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ある日のこと村にレプンクル(沖のほうからくる人々)の船が着きました。窓からのぞいてみると、男がふたり、わたしたちの家にやってくるのが見えました。

わたしは二人を家の中に招き、お互い礼拝(オンカミ)をすると、やってきたふたりの若者は、「わたしたちは兄弟で、父がいて、母がいて、わたしたちふたりのほかには、ふたりの妹がいる」といいました。

さらに、「下の妹はわたしたちが言うのも変ですが、またとなく美しい娘です。それであちこちから婿入りの話がありました。けれども妹と一緒に床をとると死んでしまうのです。次々と六人の若者が死んでしまいました。我々は気の毒で泣いてばかりいます。」といいました。

さらに、「陸のほうの人ヤウンクルは運が強いと聞いています。どうか魔除けに男の古いふんどしか、、ばあさんの古い肌着を分けてもらえないか。お礼に宝物もある」といいました。

すると兄は「ものを持たせるより弟を婿に行かせましょう」というのです。兄さんはわたしが物心ついてから飯炊きのように使ってきたあげく、果ては七人目の婿として死にに行けとは何事かとわたしは思いました。

兄はただ、「これから出発して、途中、船は、アショロというところに泊まるから、そこにある、昔アイヌがつくった古い祭壇(ヌササン)に、兄であるわたしの名を告げればすべてがわかる」といいました。



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ふたりの若者は舟をこぎだしました。やがてアショロにつくと、わたしは祭壇を訪ね、そこの神さまに身の安全をお願いしました。

そして、わたしは、その晩、夢を見ました。アショロの神が出てきます。そして「お前の兄は千里眼を持ち、知らないものはない」と告げるのです。

そしてアショロの神は「これからお前が行く家の娘は神さまのおとしだねで、竜神の息子が彼女に惚れており、彼が彼女の婿を次々に殺している。お前の兄はそのことを知っていたのでおまえを行かせることにした」といいました。

そして「しかし何も心配はない。わたしが武器を貸す」というと、わたしのかたわらに絹の袋を置きました。



再び船に乗ると、やがてレプンクルの村の浜につきました。わたしは村の一番大きな家に案内されました。若者らの父の家です。

夕ごはんの支度が整うと父親は姉娘に妹娘を呼ぶように言いました。姉娘も美しいけれど、妹は本当に美しい娘でした。

父親は妹娘に「おまえの兄二人をオタサムに行かせたなら、このように立派な若者が来てくれた。今夜は絶体に眠ってはならない。今までと同じことが起きては困るから。」といいました。

わたしが娘の家に行くと彼女はおいしい夕ごはんを食べさせてくれました。そして、やがて娘は、あんなに父親に言われたのに眠ってしまいました。わたしはこれまでの婿殿のように殺されてはたまらないからと寝床には入らず横になったまま起きていました。



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夜中過ぎたころ山のほうから強い風が吹いてきて、ふたりの寝ている家まで来たかと思うと、風はぴたりとやみました。わたしはじっと息を殺していると屋根裏の梁の上に何やら動くものが見えました。

よく見るとそれは太くて長い竜であることがわかりました。竜は妹娘のそばにだれか寝ていないかを確かめているようです。わたしはアショロの神に授かった絹の袋からそっと一本の針を取り出し竜の尾を突きました。

そのとたん頭の上で大爆発が起きたようなものすごい音がして、あとはわからなくなりました。



どのくらい時間がたったのでしょう。気づくとわたしは、妹娘の上の兄の腕に抱えられていました。妹娘は下の兄の腕に抱えられていました。父親は神々の名を呼び並べて、助けを求め、家を出たり入ったりしていました。

わたしはやっと正気を取り戻し、来る途中にアショロの神から夢を見せてもらったことや武器を授かったことを父親たちに聞かせました。



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次の夜わたしの夢の中に、天の竜神の息子が現れて「神の国では自分に似合いの娘が見つからないので、レプンクルの美しい妹娘に目をつけ、婿になるものを次々に殺してきた。そこにおまえが現れ一番恐ろしい針で突くので、わたしも一度は死んでしまったのだ」というではないですか。

そしてわたしに「いままでわたしが殺した若者を生き返らせよう。そして償い物もある。何とか私たちのことを、レプンクルの人々にとりなしてほしい。神の国でも人間の国でも若者の恋心は同じようにあるもの。神である私の願いを聞いてくれたなら、おまえたち兄弟を守るので助けてほしい」と竜神の息子は涙ながらに頼みました。

わたしは、「これからは神は神と、人は人と、と結婚するようにして、人間には迷惑をかけないように」と天の竜神の息子に厳しく注意しました。そしてすべては解決します。



弟はあの美しい妹娘を嫁に迎えました。姉娘は兄の嫁になりました。レプンクルの兄弟もオタサムの娘を嫁にもらい幸せに暮らしました。

というわけで兄が千里眼なのを知らず、恨んだこともありましたが、それは間違っていたのです。だからアショロの神や天の竜神を祭るのを忘れないようにと、語りながら一人の老人が世を去りました、と物語は結ばれます。



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アイヌの昔話続きます。これで三話目ですがいずれも一人称で語られているところに、その特徴があります。また、アイヌの言葉が散見され独特の空気をかもしています。しかし物語をわかりやすくするため、あらすじでは多く割愛させてもらいました。

また、今回は、昔話にしては割と長い物語なので、あらすじ自体もだいぶ端折りました。興味がある方はオリジナルをどうぞ。



神さまも人間と同じように恋をします。物語一般ではおなじみの展開です。親近感がわきますね。神さまが人間の娘に恋をして、越えられない垣根を越えてしまいます。

主人公の兄が、殺された六人の婿に続き、主人公を七人目の犠牲者に仕立てようとすると思いきや、千里眼を持つ兄は、すべてを見越して、主人公に知恵を与え、ことを解決に導いていきます。

神さまは、以後、主人公たちを守るという立場に落ち着きます。



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18:36 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『きつねのチャランケ』 続、アイヌの昔話
わたしは、支笏湖近くの、ウサクマイに住む、ひとりのアイヌでした。

村(コタン)の近くには高い山があり、そこには鹿や熊がたくさんいるので、肉を食べたいときは、いつでも弓矢をもって狩りに行けば、獲物をとることができました。

そんな時には、村の人々にも食べさせ、自分もどっさり干し肉をこしらえて、家族楽しく暮らしていました。

村の近くには、水のきれいな川が流れていて、秋になると、たくさんの鮭が卵を産むために登ってきました。

冬の食べ物にするため、近くの村ばかりでなく、遠くの村からも、鮭をとりにやってきました。

また鮭を食べるのはアイヌばかりではありません。熊やきつねはもちろん、いろいろな動物が鮭をとって食べ、お互いに邪魔をしないよう暮らしていました。

そうして暮らしているうちに、わたしもすっかり年をとり、老人といわれるほどになりました。いまは熊狩りに行くこともなく、毎日家で、彫り物などをしながら過ごしていました。



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ある夜のこと、いつものように遅くまで仕事をしてから寝床に入りうとうとしていると遠くのほうで人声がしました。

「こんな夜更けにだれだろう」と思って顔を上げ、耳を澄ませると、声は聞こえなくなりました。ところが頭を枕に置くとまた聞こえてきました。

わたしは不思議に思って、家族のものが目を覚まさないように、こっそりと寝床を抜けると、外に出てみました。

外は薄い月明かりで目を凝らすと、かなり遠くのものでも見ることができます。わたしは声のするほうに向かって歩き始めました。

だんだん近づいてみると、どうも人間の声ではないようです。しかも川の向こう岸から聞こえてきます。足音を忍ばせて近づき、じっと目を凝らしてみると、それは一匹のきつねでした。

きつねなのに、人間の言葉をしゃべっているように聞こえました。そこで耳を澄ませてよく聞いてみるときつねがアイヌに向かってチャランケ(談判)をしているのでした。



「こら、アイヌども、よく聞け。鮭というものはアイヌがつくったものでもないしきつねがつくったものでもない。

石狩川の河口をつかさどるピピりノエクルとピピりノエマッという神さま夫婦が、アイヌばかりか、すべての動物が食べられるように、この川をさかのぼる鮭の数を決めてくださっているのだ。

ところがきょう、アイヌがとった、たくさんの鮭の中から、一匹とって食べたところ、そのアイヌは、わたしに向かって、アイヌが言える、ありったけの悪口を浴びせかけてきた。悪口は黒い炎となって、わたしに襲い掛かってきた。

そのうえにそのアイヌは、アイヌが住んでいるこの国土から、我々きつねを追い出すよう、すべての神々に頼んだのだ、神様がアイヌの言い分だけ聞いたなら、大変なことになる。神でもアイヌでも、わたしの言い分を聞いてくれ」

一匹のきつねが三角の耳をぴたんと立てて、目をうるませ尻尾を振り振り悲しそうにいっているのでした。



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わたしはきつねのチャランケ(談判)を聞いて本当に驚きました。きつねの言い分は全部正しいのです。

鮭というものは、魚を食べることのできるすべての動物に、神さまが与えてくれた食糧なのです。それを知らない愚かなアイヌがいて、きつね神に悪口をいったに違いありません。

夜が明けるのを待って、わたしは村の人々を集め、そしてきのうきつね神に悪口をいったアイヌをうんとしかりつけ、つぐなわせました。

そして酒をたくさん醸し、イナウ(アイヌの祭具の一つ)をたくさん作って、きつね神に丁寧にあやまりました。そしてすべての神にアイヌの間違った頼みを聞かないように礼拝しました。



神々はこれを受け入れて、きつねは遠い国へ追放されることなく、安心してアイヌの国に住めるようになりました。

だから、これからのアイヌよ。すべての動物が、鮭でも鹿でも食べる権利を持っているのだから、決して人間だけのものと思ってはいけない、と一人の老人がいいながら、この世を去りました、と物語は結ばれます。



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前話に続きアイヌの昔話と思われます。語られるテーマもほぼ同じといっていいでしょう。人と動物の共存共栄の物語です。

大和民族の昔話にこの手のお話が少ないのは、基本的に農耕民族だからでしょう。アイヌ民族も酒を醸すなど農耕をしたのでしょうが基本的には狩猟民族です。

アイヌの特別な言葉が随所に出てきますが多くは端折ってます。興味のある方はオリジナルをどうぞ。



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18:41 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『すずめの恩返し』 人と動物の共存共栄、アイヌの昔話
わたしは、天の上にある神の国で、姉に育てられた一羽のすずめです。ほかのすずめの娘たちは、アイヌの国、十勝川のほとりにある村(コタン)へ、舞い降りて行っては、稗や粟を大きな袋に、二つも三つも持って帰ってきます。

それを見てわたしは姉に、「わたしもみんなと一緒にアイヌの国にいって、稗や粟を持ってきたい」といいました。

けれども姉は、「同じ神の国のすずめでも、わたしたちはアイヌの国へは行けない血筋なのよ。だから行ってはいけません」と許しをくれませんでした。

わたしは、いつの日かアイヌの国へ行ってみたいものだと、そればかり考えていました。



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ある日のこと、姉が、山菜取りに山へ行って留守のとき、ほかのすずめの娘たちが、アイヌの村へ行く相談をしていました。それを聞いたわたしは、「一緒につれていって」と頼みました。

するとみんなは「いいよ、いいよ。でもあとで、姉さんに叱られないようにね」と快く聞いてくれました。

天の上から見るアイヌの国、十勝川は、はるか下でしたが、わたしは仲間たちとともに、一気に飛び降りました。



十勝川のほとりの、村の村長の家の前では、大勢の娘たちが臼をいくつもならべて、手に手に小さな杵をもって、「ヘッサァオーホイ」と掛け声をかけながら、稗や粟をついていました。きっと何かお祝い事でもあるのでしょう。

わたしの仲間たちは臼の周りに群がり、つくたびに飛び散る稗粒や粟粒を、先を争って拾い集めました。

わたしも一緒になって拾っていると、ひとりの娘が「どこから来たの、この子鳥どもは。よくもまあ人間を怖がりもせずに、あしもとまでくるものねえ」といって、わたしたちを追い払いました。

それでもわたしたちは臼に群がって拾っていると、家の中から村長の娘が出てきて「こんなに小さな鳥が稗や粟を食べたって知れたものでしょう。あまり叱ってはいけません。さあさあたくさん食べなさい」といいました。そして、臼の中から稗や粟を両手で二、三度すくって箕の中にあけ、少し離れたところに持っていくとパッと蒔きました。

村長の娘は顔が美しいばかりでなく、なんと心の優しい人なのでしょう。わたしたちは心から感謝をし腹いっぱいに食べると、持ってきた袋に稗や粟をいっぱい詰め、仲間と一緒に神の国にある家へ帰ってきました。

夕方になると山菜取りに行っていた姉が帰ってきました。そして、稗や粟でいっぱいの三つの袋を見て、目を丸くして驚きました。わたしは姉に今日の出来事を話しました。

すると姉は「それはありがたいことです。あなたは神なのだからこれからはその心根の優しい娘さんを守ってあげなさい」といって喜んでくれました。



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それからどれくらいの年月がたったのでしょう。ある日のこと、わたしが、ふとあのアイヌの村の村長の家をのぞくと、村長の娘が急病で死んで、人々が嘆き悲しんでいるのが見えました。

そこでわたしは、神の力で娘の死んだわけを方々探ってみました。すると雲が大地に突き刺さるよりも遠いところにいる、トゥムンチカムイ・キムンアイヌという化け物が娘に惚れて、その魂をとっていったことがわかりました。

わたしは、あんなに美しく心の優しい娘を、化け物の妻にしてはならないと思いました。そこでわたしは、大急ぎで化け物の家に行きました。

化け物の家に着いたわたしは、大きな家の窓のところに立って歌をうたいながら、右へ左へ踊って見せました。しかし化け物は見向きもしませんでした。

そこでわたしは家の中へ入り、化け物の肩にとまり、右へ左へと動き回りながら歌を歌って踊りました。

すると化け物は大口を開けて笑いました。その拍子に口の中から娘の魂がポロリと落ちてころころっと転がりました。

わたしは娘の魂をさっと拾って口の中へ入れました。そして窓からぱっと外へ飛び出し後ろ足で家を踏みつぶしました。

そのとたん大地が二つに割れて化け物が家もろとも奈落の底へ落ちていく音が響き渡りました。

その音を聞きながら、わたしはあの村に急ぎ、村長の家の窓にとまりました。人々は「よくもこのように嘆き悲しんでいる家の窓に来てとまれるものだな」とわたしの悪口をいいました

しかし、村長は「ひょっとして何かの神様が、娘を案じてきてくれたのかもしれない。悪く行ってはいけません」と村の人々をいさめました。

わたしは家の中に入り囲炉裏の右座へ左座へと歌いながら踊り、死んでいる娘の体の上にさっと乗り移りました。村の人々はまたわたしに向かって悪口を浴びせました。村長は今度も同じように人々をいさめました

わたしは、村の人々に、娘の死に装束を脱がせるように神の力で仕向けました。そして歌をうたいながら、娘の頭から足の先まで、口から出した娘の魂を少しずつ擦りつけました。

しばらくすると娘の体に血の気がよみがえりすっかり魂を擦り付け終わると娘はすっかり生き返りました。

それからわたしは、村の人たちに、湯を沸かして娘に飲ませるように神の力で仕向けてから、さっと窓から飛びだして神の国へ帰っていきました。

わたしは今日の出来事を姉にも聞かせないでおきました。



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それから何日かたったある日のことです。神の国にあるわたしの家の窓のところに、大きな盃が乗せられていました。

盃の上にはキケウシバスイというお酒を神にささげるときに使うお箸が乗っています。この箸がアイヌの使者になって、「わたしは村の村長に頼まれて娘を助けてくださった神のところへ酒を届けに参りました」といいました。

何も知らない姉は「わたくしどもは人助けなどしたことがありません」と答えるのでわたしはすべての事情を姉に話しました。

すると姉は、「姉であるわたしがしらないうちに、妹がいろいろ良いことをしてくれるおかげです」といって丁寧に礼拝をしながら杯を受け取りました。



姉は、その大きな盃の酒を大きな酒桶に移し、たくさんのお酒を醸しました。そして神々を大勢招いて大宴会を開き、わたしがしたことを報告すると、神々は口々にほめそやし、みんな上機嫌で歌い踊りました。

このことがあってから、わたしたちは自由にアイヌの国へ出入りすることができるようになりました。また稗や粟などを食べてよいと神様から許されました。このようなわけでアイヌの国中にわたしたちの仲間が増えたのです。

村のあの美しく心優しい娘は、優しい若者と結婚して、今でもわたしたちのことを忘れずに、酒やイナウ(祭具の一つ)を削って送ってくれます。

というわけでわたしたちは、体は小さいけれど、時には死んだ人を生き返らせることもできるので、稗や粟を少し食べてもあまり怒らないでください、と一羽のすずめが語りました、と物語は結ばれます。



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アイヌの昔話と思われます。アイヌの独特な世界観が展開されていて興味深いです。タイトルはすずめの恩返しとなっていますが、すずめは神様でもあります。

人と動物(この物語では神様)の、共存共栄のテーマが垣間見れます。人と動物(神様)が同格なところに、この物語の特徴があります。

アイヌ文化については、童話やマンガなどから得たの知識しかないので、多くは語れませんが、わたしには、この物語、非常に魅力的に映りました。



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21:03 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『海のはて』 時代をまたぐ人間のリアリティ
短いお話しです。

むかし、むかしの、ずっとむかし、ある高い山の頂上に、ひと飛びで千里を行く、大きなおうむが住んでいました。

おうむはいつも高い木のてっぺんで、広い海を眺めながら、「海のはてがどうなっているのかを、いちど見てみたいものだ」と思っていました。



ある日のこと、おうむはどうしても海のはてが見たくなって、ばさばさと大空に飛びだしました。

ところが、いくら飛んでも飛んでも、海のはては見えません。おうむはすっかり疲れてしまいました。海を見渡すと、波の間に木の枝が突き出ているので、そこに舞い降りて休んでいました。

すると、「だれだ、おれのひげにとまったやつは」と怒鳴られたので、おうむはたまげて飛び上がりました。

よく見ると、おうむが木の枝と思っていたものは、ひと跳ねで二千里を行く、大えびのひげでした。

おうむは、大えびに海のはてを見に来たことを告げ、「飛んでも飛んでもはてがない。疲れたから少し休ませてくれ」と頼みました。

すると、大えびは、「海に住むおれでさえ、見たこともないのに、とんでもない話しだ。帰れ帰れ」といいました。

疲れ果てたおうむは、大えびのひげで一休みさせてもらうとあきらめて帰りました。



さて、今度は大えびが、「山に住むオウムでさえ、海のはてを見たくて飛んできたのだ。おれがひとつ海のはてがどんなところか、つきとめてやろう」と思い、すいすいと泳ぎ始めました。

ところが、いくら泳いでも泳いでも海のはては見えませんでした。大えびはすっかり疲れてしまいました。海の中を見渡すと向こうのほうに大きな洞穴があるので、そこへ入って休んでいました。

すると「だれだおれの鼻の穴へ入ったやつは」と怒鳴られたので、大えびはたまげてぴーんと飛びだしました。よく見ると洞穴と思っていたのは、ひと泳ぎで三千里を行くたらの鼻の穴でした。

大えびは、たらに、海のはてを見に来たことを告げると、「泳いでも泳いでも、はてがない。疲れたから少し休ませてくれ」と頼みました。

すると、たらは、「おまえより大きなこのおれでさえ、見たこともないのに、とんでもない話しだ。帰れ帰れ」といいました。

疲れ果てた大えびは、たらの鼻の穴で一休みさせてもらうと、あきらめて引き返していきました。



こうして、まだだれも、海のはてがどうなっているのか、見た者はいない、と物語は結ばれます。



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幸い、現代文明は、海のはてを特定することができます。このお話は、むかしの人にとってのリアリティが語られているのでしょう。現代人にとってのリアリティは現実をも超えて仮想の領域にまで拡大しています。

しかし、現代になっても、我々は、比喩として、とてつもなく大きなことを、「海のはて」と用います。あんがい、人間の感覚は、文明の進展とはあまり関係なく、連なっているのかもしれません。

よって、現代人にも、昔話の語らんとすることは、楽しく理解できますし、その物語の豊かさも、感じ取ることができます。



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19:22 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『古さくらべ』 昔話とファンタジー
短いお話です

むかし、のっぽの猿と、ふとっちょ猿と、ちび猿が三匹いっしょに旅にでることになりました。猿たちが歩いていくと、道の真ん中に栗の実がひとつ落ちていました。

三匹は、「この栗、おれが先に見つけたんだ」
「いや、おれが先に見つけたんだぞ」
「そうじゃない。おれがとっくに見つけていたんだ」
と、うばいあいを始めました。

そのうちにのっぽの猿が、「まあ待て。たった一つの栗だから、分けて食ったところで大したことはないし、ただ食っても面白くもない。どうだ、一番古いことを知っている者が食うことにしようじゃないか」ということで他の二匹も同意しました。



そこでまずのっぽの猿が「おれは富士山が米粒くらいの大きさだったころの覚えがある。おれが一番古いだろう」といいました。

すると太っちょ猿が「それもずいぶん古い話だが、おれは、琵琶湖がまだ硯の水くらいだったころの覚えがある。おれのほうが古いだろう」といいました。

ところが、ちび猿は何も言わないで、べそりべそりと涙をこぼして泣き始めました。これを見ると二匹の猿は、「ああ、おまえ、そんなに栗が食いたいのか。古いことは知らないけれど栗を食いたい一心で泣いているのだな。たった一つしかないけれど、おまえにこの栗をやろう」といいました。

するとちび猿は、「いやいや、おれは、栗が食いたくて泣いているんじゃない。富士山が米粒くらいの頃、琵琶湖が硯の水くらいの頃、八百六歳の孫をなくしたもんで、それを思い出して泣けてきたのだ」と涙声でいいました。

これを聞いて二匹の猿はびっくり。「うーん、こいつは古い。あの頃おまえにもう八百六歳の孫がいたなんて。この栗はお前が食うしかない」 こうして栗はちび猿のものになりました、と物語は結ばれます。



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旅の道中、道に落ちていた、たった一つの栗の実を賭けた、三匹の猿のほら吹き合戦が始まります。

この単なるお遊びに、ちび猿は、栗の実欲しさに、泣きだしてしまった、と思いきや、頓智のきいた作り話をして、賭けに勝ちます。

おそらく仲のいい、三匹の猿の、旅の道中での気晴らしの一場面ですね。のどかな情景が浮かびます。

と、普通に解釈してみましたが、昔話らしくもっと突飛な解釈もできそうです。そもそも、猿の話がほらとはどこにも語られません。三匹の猿を異界の存在とすることもできます。

するとにわかにお話は、聞き手に空想の余地を多分に許す、ファンタジーになりえます。



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18:16 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『猿の生きぎも』 インド起源の類話の多い昔話
むかし、海の底に、竜宮城がありました。あるとき、竜宮城の乙姫さまが病気になり、あちこちの医者に診てもらいましたが、いっこうに良くなりませんでした。

竜宮城ではみんな心配して、四方八方に使いを出し、良い医者を探しました。そして、やっとひとりえらいお医者さんを見つけて、みてもらいました。

このお医者さんは「乙姫様の病気は、どうやっても治らない。だが、たった一つ治る道がある。それは陸に住む猿の生きぎもを食べさせることだ」といいました。

竜宮城では猿を生け捕りにするために、誰を行かせたらいいだろうと相談しました。みなが考えあぐねていると、そこにちょうど戸の隙間からくらげの足が見えました。そしてみんなは、「こいつがいい」と、くらげの足を引っ張りました。そのころのくらげは骨太でがっしりとした体をしていました。

みんなはくらげにいいました。「くらげどんに頼みがある。乙姫様の病気を治すには、猿の生きぎもを食べさせるしかない。これから陸にあがって、猿をうまくだまして、ここに連れてきてほしい」こうして竜宮城では、くらげを使いに出しました。



くらげは陸に向かって泳いでいきました。浜につくと浜の松の木の上で猿が一匹遊んでいます。くらげは「おうい、猿どん、そんなところより、もっと面白いところがあるぞ。海の底の竜宮城に行ったことはあるかい」といいました。

猿は「そんなところ見たこともない」と答えました。くらげは「これから俺が連れて行ってやる。俺の背に乗れ」といいました。猿は早速くらげの背に乗って、海の中へ連れて行ってもらいました。



途中まで来るとくらげは、ここまでくればこっちのものと、つい口を滑らしてしまいます。「猿どんお気の毒。竜宮城の乙姫様が重い病気で猿の生きぎもを食べないと治らないお前はその生きぎもをとられるのさ」

さあ、これを聞いて猿は驚いたのなんの。何とかして陸に戻らないと命がありません。そこでいいました。

「なあんだ、そうかい。それならそうと早くいってくれればいいのに。だいたい、生きぎもというのは、いつも体につけているわけじゃないんだ。今日みたいに天気のいい日は虫干しすることになっている。今日は松の木の上に広げて虫干ししていたが、とんびにさらわれるといけないから、ああやって木に登って番をしていたのさ」

くらげは「ほう、そうか、そうだったのか。それなら、その生きぎもをとってきてくれないか」といいました。猿は「いいとも、いいとも。とってこよう」といいました。

くらげは猿の背に乗ったまま、また浜へ泳いでいきました。浜につくと猿はくらげの背から飛び降りて、松の木を駆け登りました。猿は逃げ帰ることに成功しました。



そして猿は「わっはは、生きぎもが松の木に干せるわけがあるまい。間抜けなくらげめ、これでもくらえ」と叫んで自分の尻をぱたぱたたたきました。猿の尻が赤いのはその時夢中で尻を叩いたからなんでそうです。

くらげは仕方なく竜宮城に戻って正直に事の顛末を話しました。それを聞いた竜宮城の魚たちは「この馬鹿者。お前は騙されたのだ。罰に骨を抜いてやる」といって寄ってたかってくらげの骨を抜いてしまいました。それでくらげというのは、今のような骨なしになったのだそうです、と物語は結ばれます。



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猿の尻が赤い由来と、くらげに骨がない由来が語られる由来譚ですね。またそれだけにとどまらず、類話が多いことで知られた昔話です。インド起源といわれます。

むかしくらげは骨太だったそうです。まず思い浮かんだのが、あの水族館で見られる美しい姿だったので、骨太のくらげはおかしみを誘いました。



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18:35 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『蛇島』 民衆の切実な思いを乗せる昔話という媒体
むかし、あるところに、仲のいい漁師が五人いました。ある日のこと五人は、天気がいいので魚がたくさん取れそうだといって、船に乗り海に出ました。

とてもいい日和で、波も静かでした。ところがどうしたことか魚は一匹も取れませんでした。そればかりか船はどんどん沖へ流されていくのです。五人は、かわるがわる、力いっぱい櫓をこぎましたが無駄でした。

五人は、妻にも子どもにも会えなくなると思って、おいおい泣き出しました。

ところが五人のうちの一人が、ふと頭を上げて叫びました。「おうい、みんな、島が見えるぞ」あるはずのない島が漁師たちの目の前に現れたのです。

漁師たちの船は、どんどん島のほうへ流されていき、ついには島に打ち上げられました。五人はとりあえず島にあがって、家に帰る機会をうかがうことにしました。



ところで島にあがってみると、美味しそうな実のなる木がたくさんありました。腹を減らしていた漁師たちは、その実を食べてみると、それは何ともいえないおいしいものでした。

漁師たちはだんだん島の奥へ入っていきました。島の奥に入れば入るほどおいしい木の実はたくさんなっていました。

漁師たちは、この島に人がいれば、この実を放っておくはずがない。ここは無人島だろうと話し合いました。しかし、そこにひとりの男が現れます。



男は、漁師たちをここに招いたのは自分だといい、おなかがすいているだろうからご飯を食べてくれといいます。

漁師たちは、木の実は食べたが、ご飯ならよばれたいというと、男は島の奥に向かって怒鳴りました。「おういご飯を持ってこい」

するとすぐに、ごはんやお酒が運ばれてきました。漁師たちは、食べたり飲んだり、たらふくごちそうになりました。

そのうちに男が頼みごとがある言いました。男は「実は、わしは人間ではない。この島の主の大蛇なのだ。向こうの島に大きなむかでがいて、わしの命を狙っている。これまでは海で戦ってきたが、今度は陸の上での戦いになるであろう。陸で戦ったら今度は負るかもしれない。その時は、あんたたちが代わりにむかでと戦ってほしい」といいました。

そして男は漁師たちを崖の上まで連れていき、大きな岩を砕いてたくさんの石を作り、「もしわしが負けそうになったら、合図をするから、これをむかでにぶつけてくれ」といいました。



そうしてるうちに、遠くの島から黒い山のようなむかでが海を渡ってきました。ようく見ると、頭はもうこっちの島にあがっているのに、尾はまだ遠くの島に続いていました。

島の主は大蛇の姿になって、大むかでと戦い始めました。大蛇は大むかでに攻め込まれて、ついに漁師たちに合図を送りました。

五人の漁師は、ここぞとばかりに大きな石を次々に投げつけ、とうとうむかでを退治してしまいました。



島の主は大喜びして「お礼に島をやる。田んぼも畑も全部お前たちのものだ」といいました。漁師たちは、「そんなことをいっても、畑を耕す鍬もなければまく種もない」というと島の主は「それなら今から村に帰って、連れ合いや子供を連れてきたらいい」といいました。

漁師たちが舟をこぎだすと、今度はたちまち元の港について、村に帰ることができました。五人の漁師は種や畑を耕す道具を船に積み込み、妻や子供を連れて島に戻りました。そして幸せに暮らしたということです。

その島が、どこにあるのか誰も知りませんが、「蛇島」という島があるそうです、と物語は結ばれます。



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昔話はハッピーエンディングを目指します。話始めこそ、主人公たちは、途方に暮れてしまうような展開を見せますが、実はファンタジーの入り口に立たされたのです。そして物語終盤は、幸せの島、蛇島は、どこにあるのか知れませんが、どこかに確かにあるという設定です。

昔話の語り部である民衆が、それを聞く民衆に、夢を与える話ですね。確かにある幸せの島を思い描くと、普段は苦しいであろう生活に、活力を見いだせたのではないでしょうか。昔話は、民衆の切実な思いを乗せています。



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19:01 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『話ずきな殿さま』 昔話のフォーマットを誇張した笑い話
むかし、あるところに、たいそう昔話の好きな殿さまがいました。殿さまは、毎晩、家来を呼んで、昔話を語らせました。

家来たちは、かわるがわる、たくさんの昔話を語りましたが、殿さまは、決して飽きるということがありませんでした。

そのうち、とうとう話の種が尽きてしまい、家来たちは困ってしまいました。そこで相談したあげく、あちこちに立札を立てました。

「殿さまに、『もうたくさんじゃ。昔話は飽きた』といわせた者には、望み通りの褒美を与える」

これを見た町の人々は我も我もと、大勢申し出ました。そして、殿さまの前で、昔話を語りました。

けれども、殿さまは、話がひとつ終わるとすぐ、「もっと別の話を聞かせろ」というので、誰も彼も、話の種が尽きてしまいました。

そのため、町の人々は、殿さまから、「なんだ、それでおしまいか」と、怒られて、すごすごと引き上げていきました。



ある日のこと、ひとりの娘がやってきて、「わたしに、昔話を語らせてください」と、申し出ました。

殿さまは「おまえ、本当にわたしを飽きさせるまで、昔話を語れるか」と、むっつりした顔で聞きました。

娘は「はい、大丈夫でございます」と、答えました。そして、昔話を始める前に殿さまにこう言いました。

「わたしが話を始めたら、一息入れるごとに、『おーやれや、ずんどへいへい』と、あいづちを打ってください。そうでないと話が先に進まないのです」

殿さまは、「ああ、よしよし。何べんでもあいづちを打ってやる」と、引き受けました。そこで娘は語り始めました。



「むかし、あるところに、大きな柳の木があったとさ」「うん、それからどうした」殿さまがそう答えると、娘は、「そうじゃありません。『おーやれや、ずんどへいへい』とあいづちを打ってください」といいました。

殿さまは仕方なく、「おーやれや、ずんどへいへい」といいました。そこで娘は話を続けました。

「その柳の木の根っこの洞穴に、ねずみが子っこを産んだとさ」
「おーやれや、ずんどへいへい」

殿さまがあいづちを打つと、娘は、「そうです、そうです」といって、また話を続けました。

「そのネズミの子っこが大きくなって前の橋を渡りだしたとさ」
「おーやれや、ずんどへいへい」

「まず、大きなねずみが、『ちゅうちゅう、ちゅうちゅう』と橋を渡って、『ちゅっちゅっ、ちゅっちゅっ』と、向こう側へ行ったとさ」
「おーやれや、ずんどへいへい」



「するとまた、次のねずみが、『ちゅうちゅう、ちゅうちゅう』と橋を渡って、『ちゅっちゅっ、ちゅっちゅっ』と、向こう側へ行ったとさ」
「おーやれや、ずんどへいへい」

「するとまた、次のねずみが、『ちゅうちゅう、ちゅうちゅう』と橋を渡って、『ちゅっちゅっ、ちゅっちゅっ』と、向こう側へ行ったとさ」
「おーやれや、ずんどへいへい」

「するとまた、次のねずみが、『ちゅうちゅう、ちゅうちゅう』と橋を渡って、『ちゅっちゅっ、ちゅっちゅっ』と、向こう側へ行ったとさ」

娘は、このくだりを百ぺん繰り返しました。殿さまはそのたびに「おーやれや、ずんどへいへい」とあいづちを打ちました。しかし、さすがの殿さまも飽きてきて、しまいには、あいづちを打つのをやめてしまいました。

そして、「もうたくさんじゃ。昔話は飽きた」といって、奥へ引っ込んでしまいました。そこで娘は、望み通りにほうびをたくさんもらって帰った、と物語は結ばれます。



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昔話のフォーマットとして同じ状況を繰り返し説明するというのがあります。しかし、それは、たいていは三回です。この昔話でも、それは守られています。

ところが、この昔話の中の昔話では、百ぺん繰り返されます。娘の口車に乗せられて、殿さまは嫌というほど、同じあいづちを打たなければならなくなります。昔話はいつの間にか拷問になっていました。

しかし昔話好きの殿さまを黙らすには、こうするしかありませんでした。まあ笑い話ですね。昔話好きとしては、殿さまへの同情の念がわきました。



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18:35 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『いうなの地蔵』 笑いはやがて身につまされる苦笑いに
短いお話です。

むかし、あるところに、ちょっぴり間抜けな男がいました。

ある日、男は、隣村に用たしに行って、帰り道、村はずれのお地蔵さんを横目に、急いで通り過ぎました。

ところが、ふと見ると、お地蔵さんの前には、うまそうな饅頭が山のようにお供えしてあります。男はそれを見て、急に腹が減っていることに気づきます。

男は「あたりに人がいるではなし、どうせお地蔵さんはまんじゅうを食うわけでもなし、まんじゅうのおさがりをいただいても罰が当たるわけでもあるまい」といって、まんじゅうに手を伸ばして、ぱくぱくと腹いっぱい食べてしまいました。

男は食べ終わると、すっかりいい気分になって、面白半分にお地蔵さんに手を合わせて、「お地蔵さん、お地蔵さん、まんじゅうをたくさんありがとうございました。でもこのことは、誰にもいわないでください」と拝みました。

すると石のお地蔵さんは「俺はいわぬが、我いうな」といいました。男はたまげて飛び上がり、暗い道を一目散に村へ駆け戻りました。

石のお地蔵さんがものを言うなんて聞いたことがない。男はお地蔵さんのことを誰かに話したくてたまらなくなりました。



ある日のこと、村人が集まっているところで男は、「村はずれのお地蔵さんはものをいうぞ」と話しましたが、誰も信じてはくれませんでした。

それで男はつい、「実はこの間、隣村からの帰り道、お地蔵さんのまんじゅうを盗んで食ったんだが『このことは誰にもいわないでください』とお願いしたら、おじぞうさんは『俺はいわぬが、我いうな』と確かにいったんだ」と口にしてしまいます。自分の悪事を自ら話してしまうのでした、と物語は結ばれます。



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興味深い出来事があると、人は、つい、他人に話したくなるのが人情です。主人公は間抜けな男ということで、聞くものの笑いを誘うお話なのでしょうが、他人ごとではありません。笑いはじわじわと苦笑いに代わります。



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18:21 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『とうふ問答』 誤解がうまく作用するお話
短いお話です。

むかしある寺に、あまり学問のない和尚さんがいました。あるとき本山の偉い坊さんが「これこれの日に、お前と禅問答をしに行く」との使いがきました。

和尚さんは、禅問答など難しくてできるわけがないと、心配で心配でなりませんでした。



さて、その日の朝、豆腐屋のじさまが、天秤棒を担いでやってきました。豆腐屋のじさまは和尚さんに、「今日はなんだか元気がないね」と声を掛けました。

和尚さんは、「実は偉い坊様から『禅問答に来る』という使いが来て困っているところだ」と答えました。

豆腐屋のじさまは、「心配はいらねえ。わしが和尚さんの衣を着て、なり済ますから、和尚さんはわしの着物を着て、その辺にいておくれ。なあに黙っていれば向こうもあきらめて帰るだろう」といいました。

和尚さんは、「それはありがたい」といって言われた通りにすることにしました。



やがて本山の偉い坊さんが寺に着きました。坊さんは、山門に入ってくるなり、何も言わずに、両手の指を、十本ぱっと開いて突き出しました。

それに対して、和尚さんになりすました豆腐屋のじさまは、片手の五本を広げて出しました。すると今度は、偉い坊さんが指を三本出しました。すると今度はにせの和尚さんがあかんべえをしました。すると偉い坊さんは何も言わないで山門を出て行ってしまいました。



はらはらしながら、その様子を見ていた、本物の和尚さんは、何がなんだかさっぱりわからなかったので、豆腐屋の姿のまま、偉い坊さんの後を追いかけて、「お坊様、御坊様、さっきの問答は、どういう意味でしたか」と聞きました。

偉い坊さんは、「わしもはるばる本山からやってきたが、ここの和尚さんには及ばない。『十方(仏教の、十方世界を指すのか?)は』と問えば、『五戒で保つ』と答えられたので、『三千世界(おそらく十方より広い世界をいいたいのか?)は』と問うと、『目の下にあり』と答えられた。いやはや、学問のある立派な和尚さんだ」といいました。そして偉い坊さんは、早々に帰っていきました。



和尚さんは寺に戻って、豆腐屋のじさまに、「いや、いや、じさま、ご苦労さん。ところでお前さん何を考えて答えたのだ」聞きました。

すると豆腐屋のじさまは、「あの坊主、けちだわい、十本の指を出して『とうふ、いくらだ』と聞くから、わしが『五文だ』と五本の指を出すと、『三文に負けろ』という。ばかばかしいから、あかんべえしてやったら、買わずに帰っていったんだ」、と物語は結ばれます。



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学問のない和尚さんを、本山の偉い坊さんが、禅問答をしに訪ねることとなります。和尚さんにとっては試練ですね。困った和尚さんは、懇意の豆腐屋のじさまに相談します。じさまは和尚さんと違って楽天的です。事の解決を何の気兼ねもなく引き受けました。

偉い坊さんと、にせの和尚さんであるじさまの身振りを使った会話は、お互い自分の都合で解釈され、和尚さんの心配事は何事もなく過ぎ去りました。

偉い坊さんと、豆腐屋のじさまの間には、一見、コミュニケーションが成り立ってはいないようで形を成します。

これは、われわれの現実にもたびたび起こっていることです。いわゆる誤解ですね。誤解は否定的に作用することが多いですが、ときにうまく作用することもあります。



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18:30 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『おねがいもうしあげます』 知恵者、貧しい民を救う
短いお話です。

むかし、ある村で、三年も米の不作が続きました。村の人たちは、食べる米がなく飢えに苦しみました。それでも殿様に年貢を納めねばなりません。たとえ自分達が食べるものがなくとも年貢を納めねば厳しく罰せられます。

しかし、とうとうたまりかねて、村の人たちは、村一番の知恵者であるばら八に、殿様へのお願いの手紙を書かせることにしました。

ばら八は、「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十」という手紙を書いて殿様に送りました。ばら八は文字をこれしか知らなかったのです。



一方、手紙を受け取った殿様は、手紙を見ても、何のことかさっぱりわかりませんでした。殿様はばら八を呼び出しました。

殿様は「お前の手紙は何のことやらさっぱりわからん。お前が呼んでみよ」とばら八に読み上げさせました。



ばら八は手紙を読み上げました。
「一、ひとつ願いあげまする。
 二、苦々しくも、
 三、三年続きの米不作、
 四、忍に忍べず、
 五、ご年貢も納めかね、
 六、ろくろく蓄えないものは、
 七、質入れしても間に合わず、
 八、八方ふさがり行き止まり、
 九、きゅうきゅう苦しい村人に、
 十、当分年貢のお許しを、お願い申し上げます」



これを聞いて殿様は十から一まで返し言葉で答えました。
「十、重々承知したぞ。
 九、暮らしてゆけぬ下々の、
 八、野暮な奴らと思えども、
 七、難儀を救うはお上のお慈悲、
 六、ろくろく食えぬ者どもよ、
 五、ご年貢だせぬ者どもは、
 四、思案できるはずもない。
 三、三年続きの不作ゆえ、
 二、二度はならぬが、
 一、一度は許す」



こうしてばら八は、この年の年貢を許してもらい、村の人たちを助けた、と物語は結ばれます。



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知恵者が、日本の昔話の主人公である民を救います。いつの時代も、民の生活は厳しいですね。そんなとき、むかしなら知恵者が活躍して、殿様のご慈悲を引き出していたのかもしれません。

このように、現代の知恵者も、人知れず、どこかで活躍しているのでしょう。



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18:22 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『まのいい猟師』 貧しい民によって伝承されてきた日本の昔話
むかし、ある大きなお百姓さんの家で、祝い事がありました。そこでおふるまいをすることになり、親戚中のものが呼ばれました。親戚の者たちはみないい暮らしをしていましたが、一人だけ貧しい男がいました。

その男は猟師でしたが、お祝いに招かれても、ご祝儀にもっていくお金がありません。土産を買うこともできませんでした。そこで祝い事のある家に行く途中、きじでもとって、それを土産にしようと得意な弓を持って出かけました。



男は沼のほとりに来ると、鴨が十二羽、鍋のつるのように丸く列を作って浮かんでいました。まっすぐ狙っても一羽しか取れないと思い、男は弓を引き、円を描くようにして矢を放ちました。

すると矢は見事に円を描くように飛んでいき、すべての鴨を射落としました。男は、これを土産にしようと思い、弓の両端にしばりつけました。

男はやがて川に出たので着物の裾を上げて尻っぱしょり(着物の裾をたくり上げて帯にはさみ、動きやすくする着付け)をして川を渡りました。

男は、向こう岸に上ろうとすると岸は高く、川岸に生えていた草の根をしっかりつかんで這い上がろうとします。すると、草の根と一緒にうさぎの後ろ足をつかんでいました。男はこのうさぎも土産にしました。

その時うさぎはびっくりして前足で土をひっかいたのですが、土の中からは山芋が十八本掘り出されていました。男はこれも土産にしました。

そして男は、尻っぱしょりにしていた着物を解くと、着物の中にはたくさんのふなが迷い込んでいて、ざっと足元に落ちました。男はこれも土産にしました。

こうして男はいつの間にかたくさんの土産を手に入れていました。男は上機嫌で祝い事のある家に急ぎました。百姓家にはすでに親戚の者が集まっていて、男の土産の量に感心しました。



おふるまいも無事に済んで、次の朝、男が帰ろうとすると、若い者たちが引き留めて、今日は山へ出かけて狩りをしようといいました。

そこで男は馬に乗ることになりました。しかしこれまで馬に乗ったことなどありません。男は怖がっていると、馬は勝手に走り出しました。男は泣き出してしまいます。しかし運が味方して、そのままいのししを狩ってしまうのでした。

若者たちは感心しました。いのししをかついで帰ると早速酒盛りです。男はあんまり酒を飲みすぎたので、その晩も泊まりました。

男は夜中に便所に起きました。すると戸口のわきに立派な弓が立てかけてあります。自分の使っている弓とは大違いです。試しの矢をつがえてみました。

しかし手元がすべって誤って矢を暗闇の中へ放ってしまいました。おとこはそのことを内緒にして、弓を元に戻して再び寝床に入りました。



翌朝なにやら騒ぎが起きていました。弓を射たのはだれかというのです。どうやら男が夜中に放った矢は泥棒を射ていたのです。

男は正直に名乗りを上げました。男は、さすが弓の名人とほめたたえられました。

その晩は、男が土蔵やぶりを防いだ、祝いの酒盛りとなりました。男は上座にすわらされて、皆に褒められました。

そして皆が寝静まった夜中です。男は上機嫌で飲んだり食べたりしすぎたので腹の具合が悪くなりました。便所に行こうと戸口を出ると我慢ができなくなり、そこで用を足してしまいました。

男は、用をたすと、すっかり気分がよくなり寝床に戻ってぐっすり眠りました。



さて、翌朝、また大騒ぎになりました。戸口にこんもりと置き土産をした者の詮議が始められていました。そこへ何も知らずに起きてきた若者が、なんだかわからないけれど、昨日のように誰かが褒められるのだろうと思い名乗りを上げます。

当然若者は怒鳴られました。おかげで、間のいい猟師のやったことは、ばれずに済みました、と物語は結ばれます。



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お金がなくて困っていた男に、どうゆうわけか幸運が巡ってきます。必要なものがそろいました。日本の昔話は、貧しい者にやさしいです。生活の貧しい民が伝承者なので当然といえば当然ですが…。

また、貧しい男は、普段から飲食していないであろう、酒やご馳走をふるまわれてご機嫌です。しかしこれは特別な時間です。神さまの采配といっていいのでしょう。けなげで貧しい民に祝福が与えられたのです。

物語終盤に下ネタがありますが、日本の昔話は下ネタをエピソードによく用います。これも貧しい民の趣向だったのでしょう。



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18:22 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『日はどこから暮れる』 話が通じない男
短いお話です。

むかし、山奥の村の男が、町へ買い物に出かけました。帰り道は夜になったので、たいまつをつけて戻ってきました。

近所の人が、「えらく遅かったけれど、日はどこから暮れてきたかね」と聞くと男は、「四方八方から暮れてきたので、どこから暮れてきたのかわからん」と答えました。

近所の人はあきれて、「そうか、それなら、たいまつはどのあたりからつけてきたんだ」と聞くと男は、「たいまつの先からつけた」と答えました、と物語は結ばれます。



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人の会話のすれ違いを描いた笑い話ですね。会話の主たちは、それぞれ、自分の前提をもとに話を進めるので、かみ合いません。

会話は、お互いに、その前提を少しずつくみ取りながら話を重ねることで成立します。そんな当たり前のことに、齟齬をきたすとどうなるかが描かれます。

近所の人は、その時の場所を聞いているのですが、村の男は、それを汲み取ることができず、そのものの場所を答えてしまうのでした。



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18:22 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『芝居見物』 吉四六さんのバックボーンにある信頼がなせる笑い話
短いお話です。吉四六(きっちょむ)さんの、お話、続きます。

むかし、九州の田舎町に、上方から大変評判の高い、芝居の一座がやってきました。町の人たちも、村の人たちも、一生に一度の上方芝居の見物をしようと、わんさ、わんさと、芝居小屋におしかけました。

吉四六さんも、この上方芝居を見に、仲間と一緒に、はるばる遠くの村からやってきました。ところが芝居小屋の木戸口に来て、初めて財布を忘れてきたことに気づきました。

「なんだ、せっかくここまで来たのに、芝居が見られないのか」

吉四六さんは、しばらくしょんぼりしていましたが、やがて、人々が押し寄せる、木戸口の真ん中に行きました。そして木戸口に背を向けて、尻を木戸口の中へ突き出して、腰をかがめ、杖を突いて、きょろきょろと周りを見まわし始めました。

呼び込みの男がこれに気づいて、「もしもしあんた、帰るのか入るのか、そんなところでうろうろされたんじゃ、みんなの邪魔になるじゃないか」といいました。

すると吉四六さんはすかさず、「そうか、今帰っちゃ、みんなの邪魔になるなあ。それじゃあ、もう少し見ていこうか」といって向き直り、さっさと芝居小屋の中へ入っていきました。

そして、まんまと芝居見物をすることができました、と物語は結ばれます。



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今回の吉四六さんは、ちょっとずるをします。しかし、吉四六さんを知っている読者には、彼に、何の不快な気持ちも、起こさないのではないでしょうか。

こんなこともあるよね。ご愛敬だね、と思わせてしまう、彼の人間性への信頼が、バックボーンにはあるのです。



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18:27 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『熟し柿でけが』 親しみを込めて伝承される、吉四六さん
短いお話です。吉四六(きっちょむ)さんのお話続きます。

ある日、吉四六さんが、家の裏の柿の木の下で、まきを割っていました。ところが、斧を打ち下ろした途端、熟した柿が、ぺたりと頭の上に落ちてきました。

吉四六さんは、てっきり、まきの片割れが、頭に飛んできたのだと思いました。そこで、その場で、どっさりと倒れて、頭を押さえ、「うわぁ、痛い、痛い。医者を呼んできてくれ!」とわめきました。

おかみさんは、びっくりして、駆けつけてみると、このありさまです。そして、「怪我じゃないよ、あんた。熟し柿が落ちてきただけだろ」といいました。

これを聞くと吉四六さんは、むっくり起き上がり、「そうだろうとも。痛くもかゆくもないわい」といって、ほこりをはたいて立ち上がりました。そしてまた柿の木の下で、まき割を始めました。

すると今度は、本当にまきの片割れが飛んできて頭に当たり、頭から血がたらたらと流れました。

ところが吉四六さんは、一向に平気な様子で、柿の木をにらみつけて、「熟し柿のやつめひとを馬鹿にしやがって、同じ手は食わんわい」といいました、と物語は結ばれます。



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なんとも、吉四六さんの、大物ぶりに端を発する、状況の取り違えに、心なごみます。吉四六さんというのは、頓智者ということですが、こうした親しみを感じさせるキャラクターが人気のようです。



吉四六さんとは、大分県中南部に、実在した人物をモデルとしているようですが、その親しみを感じさせるキャラクターは、そのモデルとなった人物の人柄から派生しているのでしょう。あることないこと、数々の民話に伝承されています。

それにしても、よほどの大人物でない限り、このように後世に語り継がれることはなかったでしょう。



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18:51 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『山は火事』 機転の利かない頓知者、吉四六さん
短いお話です。吉四六(きっちょむ)さんのお話続きます。

ある冬のこと、吉四六さんは町の親戚の家に行って泊まりました。次の朝、早く起きて、顔を洗い、縁側から外を眺めていると、隣の家の人が「おはようございます。今朝はことのほか寒いですね」と挨拶をしました。

ところが吉四六さんは、なんと挨拶を返したらいいのかわからず、黙って中へ入ってしまいました。

それを見て家の主人が「人に挨拶されて黙って引っ込むやつがいるか。『さようですな、このぶんでは山は雪でしょうな』くらいはお返しにいうものだ」といいました。

吉四六さんはなるほどそういうものか。いいことを覚えた。明日の朝はうまくやってやろうと思いました。



次の日の朝は大変暖かでした。吉四六さんは、顔を洗って縁側から外を眺めていると、隣の家の人が「おはようございます今日はたいへん暖かで結構ですね」と挨拶をしました。

すると吉四無さんは、昨日の挨拶と違うので、すっかりどぎまぎして、「さようですな。このぶんでは、山は、ええと、山は、火事でしょうな」と答えたということです、と物語は結ばれます。



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吉四六さんは頓知者ということなのですが少々おっちょこちょいな人のようです。この吉四六さんのお話群、頓知話というより、どちらかというと、気持ちの和む、笑い話のたぐいになるでしょうか。



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18:18 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『重荷をわける』 吉四六さんという頓知者
短いお話です。

むかし、九州豊後に、吉四六(きっちょむ)さんという男がいました。

ある日、 吉四六さんは馬をひいて、山へ薪を取りにいきました。薪を馬の背に山ほど積んだので、帰り道には、馬の背骨が曲がるほどです。馬は汗だくで山道を下ります。

吉四六さんはこれを見て、「これでは荷が重すぎる。馬がかわいそうだ」と思いました。そこで薪を半分おろして、自分で背負いました。

けれども、吉四六さんは、あんまり重くて、今度は自分が歩けませんでした。「さて困った。こんなに重くてはたまらない」彼はしばらく考え込みました。

吉四六さんは、「そうだ、いい考えがある。おまえもおれも楽になれる」と馬にいいました。そして、吉四六さんは、荷を背負ったまま、「よいしょ」と馬の背に乗っかると、のんびり鼻歌交じりに、馬を歩かせて家に帰り着きました。

馬から降りた吉四六さんは、ふうふういっている馬に向かって、「どうだ、おれが背負ってやったぶん少しは楽だったろう」と得意そうにいいました、と物語は結ばれます。



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飼い主の意表をついた頓知に、馬も文句がいえなかったのではないでしょうか。「まあ、そうかな」と馬は思っているかもしれません。

吉四六さんのお話、しばらく続きますが、吉四六さんとは、一休、彦一と並ぶ、著名な頓知者であるということです。



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18:02 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『太郎の欠け椀』 欠け椀も三年取っておけば役に立つ
むかし、あるところに、父親と三人の息子がいました。三人の息子は、上から、太郎、次郎、三郎といいました。

ある時、父親は、息子たちを呼んで、「おまえたちも、もうそろそろ、商いを習ってもいい年頃だ。何かひとつ、商売を覚えてこい」といいました。

そして三人に、僅かな金を渡し、旅に出しました。兄弟は、しばらく一緒に歩いていきましたが、三本道に別れたところで、三年経ったら、ここで落ち合い、一緒に家に帰ろうと約束し別れました。



太郎が歩いていった道は、山奥へとつながっていました。何処までも登っていくと、粗末な炭焼き小屋が一軒ありました。

太郎はひとまず、ここに置いてもらおうと思い、炭焼きの男に、「ここで三年ばかり、炭焼きを習わしてくれませんか」と頼みました。

炭焼きの男は、「よかろう。このももひきをはけ。これが擦り切れて、ぼろぼろになるまで働いてみろ」というと、太郎に木綿のももひきをくれました。

その日から太郎は、炭焼を習い、夢中で働いて、腕前も上がりました。しかし何しろ、ももひきが丈夫で、なかなか擦り切れず、家に帰してもらえませんでした。弟たちと約束した三年が過ぎても、ももひきは、ちっとも擦り切れませんでした。



ある日のこと、遠くの木にカラスがとまって、「太郎、太郎、岩に擦れ。太郎、太郎、岩に擦れ。かあかあ」と鳴きました。太郎は「ああそうか。岩にこすれば、ももひきが早く擦り切れるのだな」と思いました。

太郎は、それからというもの、炭焼の男に隠れて、一生懸命、岩で尻すべりをしました。やがてももひきは、ぼろぼろになりました。

そこで太郎は炭焼の男に、「ももひきが擦り切れたので、そろそろ家へ帰してほしい」というと、炭焼の男は、「もう擦り切れたのか、帰るがいい。よく働いてくれたから、これをやろう」といって、欠けた椀をひとつくれました。

太郎は、欠けた椀など何の役に立つのだろうと思いましたが、黙ってそれを懐に入れて、炭焼き小屋をあとにしました。

太郎は、山を下り、弟たちとの約束の場所につきましたが、三年はとっくに過ぎていたので、出会えるはずもなく、一人で家に帰りました。



太郎は家に着き、中をのぞくと、次郎も三郎も、それぞれ何か商売を身につけたらしく、立派な身なりをして父親と話しています。

太郎は、炭焼で真っ黒になった姿を恥ずかしく思い、家に入れないでいると、懐の欠け椀が「何でもない、何でもない。うちに入れ、うちに入れ」といいました。そこで太郎は「今、帰った」といって家に入っていきました。

すると父親は、太郎をにらめつけると、「今頃帰ってきたのか。おまえは何の商売を習ってきた」と聞きました。

太郎は、炭焼こそ習ったものの、何か商売らしきものを身に着けてこなかったので困っていると、懐の欠け椀が、「盗人を習ってきたといえ。盗人を習ってきたといえ」というので太郎は、「おれは盗人を習ってきた」と答えました。

父親は、「そんなもん習って何になる。盗人を跡取りにしておくつもりはない。今すぐ出ていけ」とかんかんになって怒りました。



そこにちょうど本家の主人がやってきて、この騒ぎを聞き、「まあまあ、若いもんがせっかく修行して帰ったのだ。そうわめくものではない。盗人だって? 本当に名人技を身に着けてきたのなら、わたしのところの五頭の馬のうち、一番いい馬を盗んでみろ。もしうまく盗めたら、わたしの財産の半分をやろう」といいました。

太郎はそんなこといわれても、どうやって盗んだらいいのかわかりません。困っているとまた、懐の欠け椀がこっそり、「やってみる、といえ。やってみる、といえ」といいました。そこで太郎は「やってみましょう」と答えました。



本家の主人は、すぐに屋敷へ帰りました。そして若い衆を集めると、屋敷の周りの堀にかかっている橋を全部はずさせ、屋敷の隅々に見張りを立てました。

そして厩の一番いい馬には、ふたりの見張りをつけて、ひとりには手綱をしっかり握らせ、ひとりには馬の尻尾をしっかりと握らせました。

太郎は、真夜中になるのをまって、欠け椀を懐に入れ、本家に出かけていきました。そしていきなり障害に出会います。太郎は、堀端で、はずされた橋に屋敷の中に入る手段を失って困っていると、欠け椀は「おれを、向こうに投げろ。おれを、向こうに投げろ」といいます。

その通りにすると、欠け椀は橋をかけてくれるのでした。こんなエピソードが続きます。そしてかけ椀の指図に従うと全てがうまくいきます。

そして太郎は、本家の主の一番いい馬を盗むことに成功し、本家の主人の財産の半分をもらい、大変な立身出世をしました。弟たちも、それぞれ立派な商売を身に着けてきたのですが、兄にはかないませんでした。

それで今でも「欠けたお椀も、三年経てば役に立つ」といわれるのです、と物語は結ばれます。



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あらすじで、馬を盗むくだりは割愛しました。ユニークなので、オリジナルを当たれる方はどうか読んでみてください。

欠け椀も三年取っておけば役に立つことの例え話になっています。欠け椀は、不思議な力を発揮しますが、これは物に霊力が宿ったのでしょうか。わたしはこのような欠け椀に関する話を聞いたことがありません。

おそらく、かけ椀を人に例え、一見役立たずの者も、待っていれば大成することをいいたいのかもしれません。物語の長子である太郎そのものが欠け椀ですね。太郎と欠け椀の出会いは必然的だったのではないでしょうか。

太郎と欠け椀の出会いを橋渡しをした炭焼の男は、その住処といい、太郎に不思議なももひきを履かせたりするくだりなど、おとぎ話によく登場する異界の存在なのではないでしょうか。

また、昔話でお馴染みの三兄弟の話ですが、多くは末子が成功します。末子成功譚ですね。しかし、この物語では、長子が成功しています。時々あるパターンです。



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18:17 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『にせ八卦』 思わずついた嘘がハッピーエンドをもたらす物語
むかし、あるところに、たいそうな分限者と、そのひぐらしの貧乏人が、隣どうしで住んでいました。

分限者は、貧乏人の男がやってくると、金の茶壺を自慢しました。貧乏人の男はいつも自慢されるものだから、だんだん癪に障ってきて、この茶壺を隠してやれと思いました。

そして、分限者が用を足しにいったすきに、台所にある、穴の空いた水瓶に、茶壺を隠して帰りました。



二、三日経つと、分限者の家では、宝物の茶壺がなくなったと大騒ぎになります。貧乏人の男は、これを聞くと悪いことをしたと思いましたが、隠し場所をすっかり忘れてしまっていました。

さて、何処へ隠したか。貧乏人の男はあんまり考え込んだので、腹が痛くなって寝込んでしまいました。女房は、亭主に腹の薬を煎じて飲ませようと水瓶をのぞいたところ、水がありません。

女房は「おまえさん、水瓶が空っぽだから水を汲みに行ってくるよ」といいいました。その声を聞いたとたん、貧乏人の男は分限者の宝を隠したところを思い出します。そう水瓶です。

貧乏人の男は、すぐに分限者の家にとんでいきました。けれども、今更自分が茶壺を隠したともいえません。

そこで貧乏人の男は、「八卦(はっけ、占いのひとつ)ができるから、それで茶壺のありかを占ってやろう」といって、自分が茶壺を隠したところをそらんじました。当然宝物は見つかります。



この騒ぎを大阪から来ていた商人が、じっと見ていました。商人は貧乏人の男を占いの名人と見込んで、病に伏せている問屋の娘を見てもらおうと、貧乏人の男に大阪行きを頼み込みました。

貧乏人の男は、驚いて断りますが、大阪の商人もあきらめません。貧乏人の男はやけくそになって、なるようになれと承知をしました。にせ八卦師の誕生です。



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ふたりは、途中の町にあった宿屋に、宿をとろうとしますが、宿の主人が、今日は取り込み中だから泊めることができないといいます。聞けば百両のお金が盗まれたといいます。

しかし商人は、「それなら心配はいらない。ここには日本一の八卦見がいるから力になる」といって、無理やり宿屋に泊まりました。

宿の主人は貧乏人の男に、さっそく占いを頼みました。貧乏人の男は、あわてて、「自分の八卦は、夜になって周りが静かにならないと当たらない」とごまかしました。

さて夜になりました。貧乏人の男は逃げ出すつもりでいます。宿のものには、「占いには、握り飯五個と、酒一升、それにわらじ二足が必要だ」といって揃えさせました。

また、「自分が手を打つまで、ひとりにしてくれ」といい、部屋にこもって逃げ出すすきをうかがいました。



そして貧乏人の男は、みんなもう寝たろうかと耳を澄ませていると、縁側の方から足音が聞こえてきます。貧乏人の男は、あわてて占いの真似事をしていると、障子がすっと開いて、十七、八の娘が入ってきました。

娘は「百両のお金は自分が盗んだ。盗んだお金は裏の明神さまのお宮の天井にある」といい出します。日本一の八卦見には自分の悪事が見抜かれてしまうのであろうと思い、白状しにきたのです。

そして娘は「病気の母のために、どうしてもお金が必要だったのです。どうか見逃してください」といいました。

貧乏人の男は、しめたと思い、さっそく手を打って宿のものを呼び、娘の仕業だとはいわず、盗まれたお金のありかだけを宿の主人に知らせてやりました。



翌朝、裏の明神さまのところへいってみると、当然ですが本当に百両は見つかりました。宿の主人はたいへん喜び、貧乏人の男に十両の礼をしました。

しかし貧乏人の男は、宿を立つときに、「明神さまのお宮を、新しく立て直してほしい」といって、お金をすべて置いていきました。



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ふたりはいよいよ大阪に着きました。問屋の娘は相変わらず重い病で、明日をもしれない様子です。商人は、さっそく貧乏人の男に問屋の娘を見させます。その晩、貧乏人の男は、問屋の主に大変なもてなしを受けます。

さて貧乏人の男は、今度も困ってしまいました。またしても、宿屋で使った手を用いて逃げ出そうとします。

そして夜が更けてそろそろ逃げ出そうとしました。するとその時、廊下をみしりみしりと近づいてくる足音が聞こえます。

貧乏人の男は、あわてて占いの真似事をしていると、白い髭の老人が、杖を突いて部屋に入ってきました。

その老人は自分を明神だといいます。そしてお宮を直してくれた礼をするといい、問屋の娘の病を治す方法を教えてくれました。

明神さまは「娘の病は、この家を立てるときに、大黒柱の下に観音様の絵があって、下敷きになっているから、そのせいで娘にたたっているのだ。その観音様を助け出せば、娘の病は治る。大黒柱の下を掘ってみよ」といいました。明神さまはそういうと消えてしまいました。

貧乏人の男は、これはありがたいと思って手を打ち、問屋の主を呼ぶと、明神さまにいわれたことをそのまま問屋の主に話しました。



翌日問屋の主は、大勢の職人を頼んで、大黒柱の下を掘らせると、本当に柱の下には、観音様の絵が押しつぶされていました。問屋の主はそれを取りだすとこんどは氏神さまとしてお祭りしました。

問屋の娘の病は、たちまち良くなりすっかり元気になりました。問屋の主は貧乏人の男をたいそうありがたがり「日本一の八卦見だ」といって百両の礼をしました。



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貧乏人の男はそれをもらって、さっそく国に変えると、女房は食べるものもなく困っていました。

けれども、百両のお金で、たちまち隣の分限者にも負けないほどの立派な長者になった、と物語は結ばれます。



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嘘というと、あるうしろめたさを伴うものです。「嘘つきは泥棒の始まり」など、嘘にまつわる否定的なことわざは多数あります。

しかし、この物語では、神様までもが、主人公の嘘に加担します。そして、うしろめたさとはうらはらに、ユーモラスに明るく物語は語られ、ハッピーエンドを迎えます。

主人公のは貧乏人の男は、基本的に善人であり、嘘は、あくまで悪気のないものととらえました。

それどころか、貧乏人の男による、にせ八卦は、出会う人々を救っていくのです。嘘の肯定的用法さえ示しているようにも思えました。

善い嘘があったとして、善い嘘のあり方の、昔話的な表現、あるいは、日本の昔話の語りべである日本の農民の明るさに、心うたれます。しかし、ある意味、子ども向けのお話ではありませんね…。



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18:31 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『あわふむな』 それとなく繋がっているかもしれないという世界観
むかし、貧しい母親が、子どもを三人残して亡くなりました。

あんまり貧しかったので、誰も葬式に来てくれる者もなく、お墓に送るときも、行列に加わって、泣いてくれる人もありませんでした。

子どもたちは仕方なく、ふたりが棺桶をかつぎ、ひとりが棺桶のあとから、「ああ、悲しいよう、悲しいよう」と鳴きながらついていきました。



畑の中の道を通っていくと、三味線ひきが、子どもたちの寂しい行列を見て、「かわいそうに。それじゃあ、わたしが三味線をひいて、野辺送り(遺骸を埋葬地または火葬場まで運び送ること)をしてあげよう」といいました。

三味線ひきは、「ああ悲しやのう、チリンコ、ツンテン」と三味線を弾きながら、一緒についていってくれました。



するとそこへ鼓打ちが加わり、三味線引きのあとから「ああ悲しやのう、チリンコ、ツンテン、チャポンポン」鼓を打ちながら、一緒についていってくれました。

さらには太鼓打ちが加わり、「ああ悲しいぞ、悲しいぞ、チリンコ、ツンテン、チャポンポン、ドロスコドンドン、スットントン」と太鼓を叩きながら、一緒についていってくれました。行列はこうして段々賑やかになりました。



棺桶を先頭に、みんなで調子を合わせて粟畑の道を通っていくと、粟畑の持ち主が飛び出してきて、「粟踏むな、粟踏むな」と大声を張り上げました。

けれども行列の人たちは、賑やかにやっているので、ちっとも聞こえません。粟畑の持ち主は、ますます大声をあげますが、いつの間にやら「あわふむなー、あわふむなー」と身振り手振りで踊りだしました。

そして粟畑の持ち主まで、終いには、踊りながら葬式の列のあとについていきました。「ああ悲しいよう、悲しいよう、チリンコ、ツンテン、チャポンポン、ドロスコドンドン、スットントン、あわふむなー、あわふむなー」

こうして、はじめは、誰も泣き悲しんでくれる人のなかった寂しい葬式の行列は、鳴り物入りの賑やかな行列に変わって、子どもたちは立派に母さんのお弔いができました、と物語は結ばれます。



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この物語では、赤の他人であった者たちが、三人兄弟を哀れんで情けをかけます。粟畑の持ち主に至っては、その場の空気に飲まれて、参加してしまいました。

現代の日常世界では、この物語のように、赤の他人に情けをかける場面は、少なくなったのかもしれません。皆、忙しく過ごしているので、そのようなことを行う方は、時間と心に余裕のある方に限られるでしょう。

しかし、少なくなったとはいえ、現代はインターネットの時代、諸々の障害が取っ払われて、広い範囲から、このような場面に参加できるようになりました。

すべての人と人は、どこかでそれとなく、繋がっているのかもしれません。



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18:40 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『いわいめでたや、おもしろや』 名前に関する笑い話
短いお話です。

むかし、あるところに、お百姓の夫婦がいました。初めての子が生まれると、夫婦はたいへん喜んで、その男の子に、よい名前をつけなければと思い、「いわいめでたや」と名付けました。

それから何年か経って、弟が生まれました。夫婦は兄はめでたい名をつけたから、弟には面白い名が良かろうと思い、「おもしろや」と名付けました。兄弟は大きくなって、父の手助けをして働くようになりました。



ある日、兄の、「いわいめでたや」が、山へ薪を取りにいきました。ところがその留守に、父親が急の病でなくなってしまいます。弟の「おもしろや」は、どうしていいかわかりません。すぐ山へ兄を呼びにいきました。

山へいくと弟は、「いわいめでたやあ、親父が死んだぞう」と叫びました。けれども兄からの返事がないので、山の奥へ奥へと歩きながら、何度も「いわいめでたやあ、親父が死んだぞう」と叫びました。

山で働いていた村の男たちは、これを聞くと、「親父が死んだのに『いわいめでたや』とはとんでもないやつだ」とあきれかえりました。



そのうち、ようやく、弟の叫び声を聞きつけた兄が「それは本当か、おもしろやあ」と返事をしながら山を降りてきました。

村の男たちは「親父が死んだのに、今度は『おもしろや』とはとんでもないやつだ」と怒りました。

そのため、「いわいめでたや」と「おもしろや」の兄弟は、村の男たちに捕まえられ、庄屋さまのところに連れて行かれて、さんざん叱られた、と物語は結ばれます。



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兄弟は、何も悪くはないのですが、両親が良かれと思ってつけた名があだとなり、村人から叱られるはめになります。気の毒ですが、笑い話ですね。



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18:27 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『みなごろし、半ごろし』 勘違いは往々にして避けられないもの
短いお話です。

むかし、むかしのこと、ひとりの旅人がとぼとぼ歩いているうちに日が暮れてきました。

どこかに泊めてもらおうと歩いていると、大きな家があったので、戸を叩き宿を頼みました。すると家の人は「どうぞ、どうぞ」と泊めてくれることになりました。

旅人は、晩御飯のあと、囲炉裏の火にあたりながら、家の人たちと楽しくよもやま話をしました。そして家の人が「お疲れでしょうから、そろそろ休んでください」というので床につきました。

さて、真夜中になって旅人は、ふと目を覚ますと、隣の部屋からこの家の女房が亭主に話している声が聞こえてきます。

「ねえあんた明日の朝はみなごろしにしようか、半ごろしにしようか」

旅人は、びっくりしていると、今度は亭主が女房に答えました。

「そうだなあ、みなごろしは面倒だから、はんごろしにしたらどうだ」

旅人は、あのふたりは、おれを殺す気でいるんだと思い、飛び起きて一目散に逃げ出しました。真っ暗な夜道を走りに走って一軒の家に飛び込むと、ついさっきの出来事を話しました。

すると、その家のばあさんが、大笑いして、「おまえさんは殺されるんじゃなかったんだよ。そこの衆は、おまえさんに、うんとごちそうをする気でいたんだよ」と教えてくれました。

そして「ここらじゃ『みなごろし』は、もち米をすっかり突いて餅にしてからおはぎを作ることだし、『半ごろし』ってのは、もち米を半分潰しておはぎを作ることなのさ」とばあさんはいいました。

旅人はそれを聞いて「なんだ、それじゃあおれは、おはぎをごちそうになりそこなったのか。心配して大損をしてしまったのだなあ」といった、と物語は結ばれます。



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意思疎通が交わされる両者の間で、行き違いがあると、このお話のように、妙な勘違いが生じてしまいます。

我々は、日々コミュニケーションをしているわけですが、それが、すみやかで円滑なものであれば、勘違いも生じないはずだと思いがちですが、現実には生じてしまいます。

そんなことが、昔から笑い話として語られているのだと思います。



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18:29 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『髪そりぎつね』 日本昔話でお馴染みの人を化かすきつねの話
むかしある村の男が、隣り村に用を足しに出かけました。日暮れになって山道に差し掛かると、行く手にきつねが一匹現れて先を歩いていました。

そして、きつねはぶるっと体をふるわせたかと思うと、きれいな女の人に化けていました。さらに、道に落ちている石を拾って揺すったと思うと、石は赤ん坊になりました。きれいな女は赤ん坊をだいて、すたすたと山道を歩いていきました。



男は後をつけると、女は大きな百姓家屋に入っていきました。男は外から百姓家の中の様子をうかがっていると、家の者たちは、「おおよく帰ってきた。かわいい赤ん坊だ」と、女と子どもを迎えています。

男は、家の者たちに、きつねに化かされているの知らせるため、家の中に入って、「騙されちゃいけない。その女は、おたくの娘さんではなく、きつねが化けているんだ。たった今、道で化けるところを見たんだから間違いない」と大声でいいました。

ところが家の者たちは、「何をいうこれは嫁にやったうちの娘だ。今日は孫を見せに里帰りしたところだ。おかしなことをいうな」と怒りました。

男は「いや本当のことなんだ。嘘だと思うなら囲炉裏の火であぶってみろ。尻尾を出すから」というと家の者たちはますます怒りましたが、男は「いやいや、ほんとうにきつねにだまされているのだ」というなり女を火にあぶりました。

女は尻尾など出さず、ぐったりしたかと思うと死んでしまいました。家の中は大騒ぎになりました。

家の者は、「よくもうちの娘を殺したな。どうしてくれる」とすごみます。男は、娘が死んでしまったので真っ青になり、あれはたしかにきつねで、娘のはずはないと思いながらも、おれは人殺しをしてしまったと思い込み、死んでお詫びをしようという気になっていました。



そこへ和尚さんが入ってきて、わけを聞くと、「どこの人か知らんが、死ぬほどの気持ちがあるなら、坊主になって娘さんの供養をしなさい。この家の人たちもそれで許してやってくれないか」といいました。

そこで男は、早速髪の毛を和尚さんに剃ってもらうことにしました。和尚さんは男の髪を剃り始めましたが、その痛いのなんの。髪の毛を一本一本引き抜かれているようでした。しかし男は女の供養のためと思い、涙をぼろぼろと流しながら我慢しました。

男は、もう我慢できないと思ったところ、背中をぽんと叩かれました。振り向くと、顔見知りの村の人が立ています。村の人は、「おまえそんなところで涙を流して何をしているんだ」と問いました。

男はこれまでのいきさつを話しました。すると村の人は、「しっかりしろ。おまえの後ろにいたのはきつねだ。きつねがおまえの髪をくわえちゃ引っ張っていたぞ」といいました。

男はそういわれてあたりを見回すと、そこには百姓家などなくただの林の中でした、と物語は結ばれます。



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それにしても昔話にはきつねという動物が好まれて登場しますね。日本と西洋のきつねは少しタイプが違います。

西洋の場合、動物寓話に登場して、ずる賢い存在を演じていますが、日本の場合、きつねが人をばかすものが多いですね。

日本の昔話には、似通った話も多いのですが、一番近いと思ったのは『穴のぞき』です。



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18:18 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『くさかった』 日本特有の屁を題材とした昔話たち
短いお話です。

むかし、むかしのそのむかし、あるところに、じいさんとばあさんがいました。

ある日のこと、じいさんは山へ芝刈りに、ばあさんは川へ洗濯にいきました。ばあさんが川でせっせと洗濯をしていると、川上から大きな大きないもが、ぶんつく、どんつく流れてきました。

ばあさんが、そのいもを拾って食べ始めると、お腹がぽんぽんに張ってきて、おならがぶんと飛び出しました。

すると、山で芝刈りをしていたはずのおじいさんは、芝を刈らずにくさかったと嘆いた、と物語は結ばれます。



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日本の昔話はおならの話が大好きです。『へこきじい』をはじめ、これまで語られたものをあげると、『豆っこの話』『くさった風』『二度咲く野菊』『へっぴり嫁ご』などがあげられます。

基本的に下ねたですが、カタルシスを伴う笑い話あり、どうしようもない人間の生理現象に対する言及があり、それぞれが、不思議な読後感を残します。

お話の始まりは『桃太郎』とほぼ同じです。桃がいもに変わり、自然とお話はご覧の通りに導かれます。



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18:21 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『へっぴり嫁ご』 長所と短所は紙一重
むかし、あるところに、母親と息子がいました。母親は息子が年頃になったので隣り村から娘を嫁にもらいました。

ところが、どうしたわけか、嫁の顔色が日増しに悪くなっていきます。母親は心配して、「どこかぐわいが悪いのか」と聞きますが、嫁は「なんともありません」と答えます。

それでも心配した母親は、嫁によくよく聞いてみると、嫁はうつむいて病持ちだと答えました。

母親は、「それならお医者さんにかかりなさい」といいますが、嫁は、「お医者さんに見てもらうような病ではない」と答えました。

母親は、「いったいどんな病なのか?」と聞きました。すると嫁は「屁が出る」というのです。母親は「何だそれくらいのこと遠慮せずにたれろたれろ」といいました。

母親がそういうと、嫁はほっとしたように、「それなら、土間に降りて臼にしっかり捕まっていてください」といい、安心して、ぼんがあー、と屁をたれました。

ところがそれはそれは大きな屁でした。母親は臼ごと天井に吹き飛ばされて、落ちてきたときには腰を打ってしまいました。あわてて嫁は母親を床に寝かせました。

夕方になって息子が帰ってくると、母親が床でうなり声をあげているので、どうしたのかと尋ねると母親は一部始終を話しました。

そして、嫁を女房として家に置くことはできないと判断した息子は、嫁を実家に返しに行きました。



嫁の村の入り口には大きな柿の木がありました。馬方のあらくれた男たちが、柿の実を落とそうと、下から木切れや石を投げています。ところが柿の実はひとつも落ちてきませんでした。

それを見た嫁は大きな声で笑いました。馬方たちは、「何がおかしい」と怒りますが、嫁は平気な顔で「わたしなら屁をたれて落としてみますけど」といいました。

馬方たちはますます怒って、それなら賭けをしようとすごみます。もし嫁が屁で柿を落とすことができたなら、馬方のすべての馬と馬につけた積み荷をやろうというのです。

ただしできなかったら、嫁は、馬方たちのものになるということに決まりました。まさかそんなことはできるまいと馬方たちは思ったのです。嫁は平気で承知しました。

息子はどうなることかとぶるぶる震えていると、嫁は柿の木の下へいって、ぱっと尻をまくりいきなり、ぼんがあー、と屁をたれました。

すると柿の木は、根っこからぐらぐら揺れて、柿の実が、ざざあっとみんな落ちてきました。馬方たちはあっけにとられます。嫁は賭けに勝ちました。

嫁は馬とその積み荷を手に入れます。息子は嫁を屁はたれるのが悪いくらいなもんで、宝嫁だと思い直し、実家に返すことをよしました。

息子は嫁を連れて家に帰り、嫁のために屁をたれてもいい屁屋を作りました。それが今の部屋の始まりです、と物語は結ばれます。



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何でも度を超してしまうと、病と判断してしまいがちです。はじめのうちは嫁自身も、自分を病と卑下しています。

ところが嫁は、離縁を切り出されて開き直ったのか、自身の悪癖と思ってきたことを解き放ちました。

するとひと財産稼いでしまうのです。なんと、悪癖だったものは、いつの間にか、アドバンテージに変わりました。離縁は解消されます。

お話の結びは、部屋という言葉の、由来端になっています。



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18:26 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『とら猫と和尚さん』 猫の恩返し
むかし、あるところに、ひどく貧乏なお寺がありました。お寺には檀家がおらず、和尚さんにお経を頼みに来る人もいませんでした。

和尚さんは、することもなし、お金もなし、囲炉裏にあたって、がくらー、がくらーと、居眠りばかりしていました。そこで村の人たちは、和尚さんのことを、「居眠り寺の和尚さま」と呼んでいました。

和尚さんは猫を一匹飼っていました。猫は「とら」という名のとら猫でした。和尚さんは粗末な夕ごはんが済むといつも「とら、とら、さあ寝よう。おいで、おいで」といいました。

するととらは、ひょいひょいひょいと、先に立って寝床に入り、和尚さんと一緒に、頭を並べて寝ました。



ある朝のこと、和尚さんは起きてみると、台所に、米だの味噌だの大根などがおいてあり、そのうえ魚まであるのです。

和尚さんは、おかしなこともあるものだ思いましたけれど、せっかくなので、それでごちそうを作り、とらと一緒に食べました。

ところが次の朝も、また次の朝も、起きてみると台所には、それらの食べ物がおいてあるのです。和尚さんはどうもおかしい、ひょっとすると、とらの仕業かもしれないと思い、ある日とうとう確かめてみることにしました。



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晩になって和尚さんはいつものようにとらと一緒に寝床に入りました。そしていびきをかいて寝たふりをしていると、案の定とらはこっそり寝床を抜け出して台所にいきます。

そしてとらは、手ぬぐいでほっかむりをすると、裏口の障子をそろそろっと開けて、外へ出ていきました。和尚さんはとらの後をつけました。

とらは、山のほうへ、ひぃひょいひょいと登っていきました。和尚さんも気づかれないように登っていくと、なんだかおかしな声がしてきます。



和尚さんは近づいてみると、大勢の猫が車座になって「とら殿御座ねば、とんと調子合わぬ。とら殿御座ねば、とんと調子合わぬ」と歌っているのでした。

和尚さんは木の陰からそっと見ていると、とらは、「やあやあやあ、遅くなって申し訳ない。今夜は和尚さまが、なかなか寝つかなくてな」と言い訳をして輪の中に入り、「さあさあ、踊ろう、踊ろう」と声をかけました。

とらが踊りだすと、他の猫たちも踊り始めました。とらは踊りの名人で集まった猫たちに踊りを教えていたのです。

踊りの稽古が終わると、猫たちは皆お礼に、米だの味噌だの大根だの魚だのを、とらの前に置きました。これらが、毎朝台所にある食べ物の正体だったのです。



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さてしばらくして、ある夜のこと和尚さんはとらの夢を見ました。とらは「和尚さま和尚さま。おれは今まで和尚さまに世話になってきたが、もう年取って長くは生きられない。でも生きているうちにもういっぺん、和尚さまに花を咲かせたい。おれの話をよく聞いてほしい」といって話し始めました。

「あと三、四日すると、長者のひとり娘が死んで葬式がある。お墓にお棺を埋める時、おれがお棺を宙吊りにして、誰にも降ろさせないようにするから、その時、和尚さまが、おれの名前を呼んでくれ。そうしたらお棺をお墓の中におろすから」といいました。

和尚さんはおかしな夢を見たものだと思いましたが、四日ほどすると、本当に長者のひとり娘が死にました。



長者の家では偉い和尚さまが大勢呼ばれ、立派なお葬式が行われました。ところがいざお棺をお墓に埋めようものの、お棺はスッスッスッスッと宙に浮いてしまい、どの偉い和尚さまがお経を上げてもお墓に納まりません。

誰かお棺をお墓に納めてくれる人がいないものかというときに、近所のばあさまが「もう一人頼んでねえ和尚さまがいる。ほれ居眠り寺の和尚さまだ」いいました。

偉い和尚さまができないことを、あの居眠りでらの和尚さまができるわけがないと皆はいいましたが、ものは試しと使いのものを呼びにやりました。



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使いのものが頼みに行ってみると、和尚さんは囲炉裏にあたって、がくらー、がくらーと居眠りをしていました。それでも使いの話を聞くと和尚さんはボロボロの衣を着てお墓に出かけていきました。

見ると本当にお棺が宙吊りになっていました。和尚さんは夢でとらがいっていた通りに「とらやー、とらや、なむとらや。なむとらやー、とらや、とらや」ととらの名を唱えました。するとお棺は、するするとおりてきて、お墓にぴたりと納まりました。

「なんともありがたい、ありがたい」長者は何編もお礼をいって、早速和尚さんを屋敷に招き、たいへんなごちそうを振る舞いました。それから朱塗りの籠で、居眠り寺まで送り届けてくれました。



そして長者は「こんなに立派な和尚さまを、あんなぶっ壊れた寺においておくのは申し訳がない」といって、間もなく立派なお寺に建て替えてくれました。

それからというもの村の人は、われもわれもと、この和尚さんのお寺の檀家になりました。こうして和尚さんは猫のおかげで一生楽に暮らしました、と物語は結ばれます。



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動物報恩譚のひとつに数えることができるでしょう。現実世界でも、猫に恩返しのようなことをされたというような話をよく聞くので、世界の民話にも、この手のお話が、もっとあって然るべきものではないかと思いました。

今のところ、猫が恩を返すお話、もしくわそれに類するお話は少数です。ありそうであまりないお話です。

和尚さんが、命を全うしたあとのことを思うと、和尚さんが、猫のとらと一緒に、天国でひっそりと慎ましく過ごしている様子が目に浮かびます。こんな人生もいいかもと感じています。



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18:18 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『絵猫とねずみ』 芸は身を助く、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ
短いお話です。

むかし、あるところに、読み書きそろばんもそっちのけで、猫の絵ばかり描いている男の子がいました。

お父さんは呆れ果てて、とうとう、「おまえのような子はもういらん。どこへなりとも出ていけ」といいました。

男の子は、今まで書き溜めた猫の絵を風呂敷で背負って家を出ていきました。



日も暮れてきたので、男の子はどこか泊まるところはないかと思いながら歩いていると、崩れかけた古いお寺があったので、そこで寝ることにしました。

寺の中に入ってみると、ねずみの糞が一面に散らばっていました。男の子はそれを見ると背負ってきた猫の絵を長押(なげし、柱から柱へ渡して壁に取り付ける横木)にぞろぞろはって寝ました。



真夜中に男の子はダダダダッという大きな音で目を覚ましました。起き上がってみるとピカリピカリと青光りする目が天井からこちらを睨んでいます。

男の子は、化けものが出たとガタガタ震えていると、長押に貼った猫の絵から猫がいっせいに抜け出して、天井に駆け上がりました。そしてドタンバタンとたいへんな騒ぎが始まります。

そのうちに「ぎゃあっ」という恐ろしい叫び声がしてあとはシーンと静かになりました。

次の朝、男の子は昨夜の化けものの正体を確かめてみようと、おっかなびっくり天井裏へ上がってみました。するとそこには犬ほどもある大きなねずみが死んでいました。



それから男の子は、このお寺の住職におさまって、好きな猫の絵を好きなだけ描いて楽しく暮らしたということです、と物語は結ばれます。



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男の子は、はじめ、好きなことを父親に止められます。しかしそれでも続けていると、やがて、そのことが、生きていくための糧になりました。

また、男の子の描いた絵は、名人の域に達していたのでしょう。絵に描いた猫は現実に生成して男の子を救います。まさに「芸は身を助く」ですね。

それにしても好きなことを好きなだけやれるということは幸せなことです。我々も、そういう状況を体験します。しかし失うものの大きさを恐れて、継続を諦めてしまうのではないでしょうか。

この物語で失うものとは父親の庇護です。しかし、男の子は、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」ということわざの通り、父親の庇護を捨てて、自分を貫き通しました。たいへん勇気づけられます。



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18:35 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『ほらふきくらべ』 ほらという人間関係の潤滑油
むかし、上方に、なんともはや、大きなほらを吹く男がいました。男は、ほらを吹くことに関して、誰にも負けない自信があったので、どこかへ行って誰かとホラ吹き比べをしてみたいと思っていました。

そこで、ある時、男は、ほら吹き比べの相手を探しに、はるばる陸奥の町までやってきました。そしてこの町に、大ほら吹きがいるとの噂を聞いて早速その家を訪ねてみました。



家には小さな女の子がいたので「親父さんはいるかね」と尋ねてみると「父ちゃんはいま岩手山が転びそうだといって、苧殻(おがら、麻の茎の皮をはいだもの)三本持って、山につっかい棒をしに出かけたよ」と答えました。

男は、こいつ子どものくせに、ほらを吹くとは生意気なと思いましたが、「それじゃあ、おふくろさんは、どこにいった」と尋ねました。

すると女の子は「母ちゃんかい。母ちゃんはね、いま、海の水があふれそうなので、鍋の蓋を持って海にいったよ」と答えました。

「このくされガキめ、生意気な。ようし、それならこっちだって、大きなほらを吹いてやるわい」と思いました。

そこで、男はとぼけて「このあいだの大風のときに奈良の大仏様の釣り鐘が飛ばされたんだが、どこへ飛んでいったか知らんかね」と聞きました。

すると女の子は、「ああ、あれかい、あれなら三日ばかり前に、うちの前の梨の木の蜘蛛の巣に引っかかって、しばらくカランカランと鳴っていたけど、またどこかへ飛んでっちゃったよ」と答えました。

上方のほら吹きはこれを聞いて「こりゃあたいへんだ。こんな小さな女の子でさえこんな大きなほらを吹く、こいつのおやじやおふくろにあったら、どんな大ほらを吹くかわかったもんじゃない」といって、そのまま上方へ帰ってしまったということです、と物語は結ばれます。



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洋の東西をとわずある、ほらを題材とした昔話です。人々はむかしから、ほらを娯楽として楽しんだのでしょう。人を傷つけるような嘘はいけませんが、楽しませるほらは人間関係の潤滑油となります。お笑いですね。

昔から、上方は、お笑いが盛んな土地柄だったのでしょうか。上方落語などの歴史をたどると、江戸時代にまでさかのぼれます。そこの猛者が東北の猛者に敗れてしまいます。



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18:30 : 日本の昔話 4 秋 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 4 より 『ぐつのお使い』 子どもの使いをモチーフとした笑い話
むかし、あるところに、ぐつという子どもが母親と一緒に暮らしていました。

ある日、母親はぐつに、「お寺へいって和尚さんに『きょうは父さんの命日だからお経をあげに来てください』と頼んでおいで」といいました。

ぐつは和尚さんは、どんな着物を着ているのかと訪ねました。母親は「赤い衣だ」といいました。ぐつはすぐに出かけます。

そしてお寺の門の前まで行くと、そこに赤い牛がつながれていたので、ぐつはそれを和尚さんだと思い、牛に話しかけました。

すると牛は「もうー」と一声泣きました。ぐつはそれを「もうー来ない」と言ったのだと思い、家に帰ると、そのことを母親に話しました。

母親はぐつによく聞いてみると、ぐつが相手にしていたのは、牛だということがわかりました。そして母親は、「和尚さんは寺の中にいて、きょうは黒い衣を着ているかもしれないと」いい、もう一度ぐつを使いに出しました。

ぐつはまた出かけていきました。するとお寺の門に入ったところで、屋根にカラスが止まっているのを見つけ、ぐつはそれを和尚さんと思いました。

ぐつはカラスに話しかけました。するとカラスは「かあー、かあー」と鳴き、飛んでいってしまいました。それをぐつは、父さんの命日なのに「母あー、母あー」と言ったと、わけのわからない報告を母親にし、またしても用を足せません。

母親は呆れてしまいました。そして自分で和尚さんを呼んでくるから、和尚さんにあげるご飯が炊けるのを見ておくように、ぐつにいいつけました。



母さんは出かけました。ぐつは言われた通りご飯が炊けるのを見ていました。やがて御飯が炊けてきて「ぐつ、ぐつ、ぐつ」と吹き始めました。

ところがぐつは、ご飯が自分を呼んでいると思いこんでしまいます。そしてご飯に対して「何だ」と話しかけたりするのですが、当然のごとくご飯は、「ぐつ、ぐつ、ぐつ」と吹き続けます。

しまいにぐつは、「おれを馬鹿にするな」といって、そばにあった灰をつかみ、釜の蓋をとると、ご飯の中に投げ込みました。それでもご飯は鳴り止まないので、ぐつはお釜のご飯を庭にぶちまけました。



そこへ母親が和尚さんを連れて帰ってきました。ところが庭にはご飯がぶちまけてあります。母親はがっかりしました。

母親は、和尚さんにあげるご飯をだめにしてしまったので、代わりに天井裏にある甘酒を下ろして、和尚さんにごちそうすることにしました。

母親が天井裏に上がって、ぐつが下で瓶のしりをささえて受け取ることになりました。母親が「そんなら下ろすよ。しっかりしりをおさえたか」と大声でいうと、ぐつは「おう、よくおさえたぞ」と返事をしました。

ところが母親が手を話すと瓶は床に落ちて割れてしまいました。ぐつは瓶のしりではなく自分の尻をおさえていたのです。母親は怒りました。



仕方がないので風呂でも沸かして和尚さんに入ってもらうことにしました。母親はぐつに火をたかせます。ぐつは、和尚さんに湯加減を聞くと、「ぬるい」というので、もっと火をたくことにしますが、もうたくものがありません。

ぐつは母親に「たくものがないか」と聞くと、母親は、そこいらのものを何でもいいからたいておけと言います。するとぐつは和尚さんの着物をたいてしまうのでした。

和尚さんは仕方なく、芋の葉っぱ一枚で前を隠し、走って帰りました、と物語は結ばれます。



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このお話の主人公ぐつも、言われたことを何も考えないで、言葉のとおりに実行することから、グリム童話第一巻の愚か者ハンスを思わせます。

グリム童話第一巻のハンスは、明らかに設定年齢が高く、ある意味狂気を感じる存在でした。ゆえにそれら登場する物語を、単純に笑い話とすることができませんでした。

しかし、このお話の主人公は設定年齢を低く見積もれるので、子どもの使いの笑い話として読むことができます。

また、同様な日本の昔話でも『だんだん教訓』は微妙ですが、『ちゃっくりかきふ』『旅学問』は、主人公の設定年齢が、たとえ少し高くとも、落語調で語られたりするので、グリム童話のハンスの物語とは違い、明らかに笑い話として読めるところが特徴です。

もっとも、ハンスの物語も、笑い話として読めるベースが、西洋人の中にはあるのかもしれません。



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