子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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宮沢賢治童話全集 8 セロひきのゴーシュ リンク
虔十公園林』 宮沢賢治童話全集 8 より - 報われた無償の善行、『雨ニモマケズ』への序章
セロひきのゴーシュ』 宮沢賢治童話全集 8 より - 賢治晩年の芸術に寄せる思い
革トランク』 宮沢賢治童話全集 8 より - 若さゆえの誰しももったことがあるであろう虚栄心
化物丁場』 宮沢賢治童話全集 8 より - 自然災害を、ふんだんな空想を交えて語る物語
毒もみのすきな署長さん』 宮沢賢治童話全集 8 より - 決まりを破る創造性の肯定
フランドン農学校のぶた』 宮沢賢治童話全集 8 より - 再び殺生の問題
ひかりの素足』 宮沢賢治童話全集 8 より - 文学化された法華経世界
インドラの網』 宮沢賢治童話全集 8 より - 続、文学化された法華経世界





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18:35 : 宮沢賢治童話全集 08 セロひきのゴーシュ : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『インドラの網』 宮沢賢治童話全集 8 より - 続、文学化された法華経世界
主人公のわたしは、草穂と風の中に横たわっていると、いつしか、暗いこけももの生えた、ツェラ高原を歩いています。鳥も獣もいない気圏の上空です。白い過冷却の湖岸は、いつか夜となり、また明け方となりました。

わたしはふと、天の空間へ紛れ込んだのだと思いました。そして、三人の天の子どもを見ます。それはガンダーラの于闐大寺(こうたんだいじ)の廃趾から発掘された壁画の子であると知りました。

わたしは三人に、自分が于闐大寺を沙の中から壁画を掘り出した青木晃だと紹介し、三人とともに太陽を拝みたいと希望を述べます。

まもなく地平線上に太陽が上り、空いっぱいにインドラの網が張られ、天鼓が鳴り、空いっぱいの大きな青いくじゃくが鳴いています。

そのくじゃくは確かに空におりました。けれども見えなかったのです。確かに鳴いておりました。けれども少しも聞こえなかったのです。

そしてわたしは、本当にもう三人の天の子どもらを見ませんでした。さて、かえってわたしは、草穂と風の中に、白く横たわっている自分のかたちを、ぼんやり思い出しました、と物語は結ばれます。



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賢治の得意とした、仏教や地学の専門知識を必要としているようで、一読では読み取れないのではないでしょうか。また物語自体も、時空を超越したような幻想的な世界が展開され、さらに読解を困難にしています。

インドラの網とは、仏教経典に出てくる宝の網のことのようです。この物語は『ひかりの素足』同様、法華経世界の文学化であると思います。いわゆる仏教でいう浄土が描かれます。

そして物語最後、主人公のわたしが白く横たわっているところは、『ひかりの素足』の大きな人が、白く光っているのと同一の現象を表しているのでしょう。

また、あらすじではいちいち追いませんでしたが、描写には、ところどころに鉱物(安山岩、リパライト、鋼玉、ダイヤモンド、サファイヤ、アマゾンストーンなど)が用いられ、清浄感をともなって、絵画的に表現されます。

賢治の宗教意識と、自然科学的感受性との結びつきに、この作品の特質が見られます。



生前未発表
現存草稿の執筆は大正12年頃





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18:05 : 宮沢賢治童話全集 08 セロひきのゴーシュ : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『ひかりの素足』 宮沢賢治童話全集 8 より - 文学化された法華経世界
一、山小屋

炭焼きの父が働く山小屋へ来た一郎と弟の楢夫は、夜が明けて目を覚まし、明るい日曜の朝を迎えます。しかし楢夫は昨夜の夢に出てきた風の又三郎に怯え泣きました。



二、峠

昼過ぎになって、小屋を訪れた馬方が、父と話し込んでいます。そしてそれが済むと馬方が帰る後をついて、兄弟は雪道を家へ向かいました。

しかし途中で馬方が、通りすがった別の馬方と話し込んでいるのを待ちきれず、兄弟は、峠に向けて先を歩いて行きました。峠のいただきが見え始めた頃、雪が降り始め、次第にひどくなります。

とうとう、兄弟は、前も後ろも分からなくなり道を失ないます。雪の中で一郎は、泣いている楢夫をマントでくるみ、抱いたまま岩の下へ座り込んでしまいました。



三、うすあかりの国

一郎は寝てしまったのでしょう。一郎の前に、まるで夢の中でのような世界が広がります。そこは黄色にぼやけて、夜だか昼だか夕方かもわかりません。今までよっぽど歩いてきたらしく、足は血だらけでした。一郎は怖くなって泣き出します。

一郎は、泣きながら楢夫を探し歩きました。そして楢夫を見つけます。彼の足も傷だらけでした。そして楢夫は、自分たちは死んだのだといって泣き出してしまいます。一郎はそんな楢夫を励ましました。ふたりはずっと向こうに見える明るいところに目指して走り出します。

しかし、そこは、決して良い所ではありませんでした。そこでは、赤鬼に鞭で追われて叫び声を上げながら歩く子どもたちが行列しています。皆、同じように足が傷ついていました。その列にふたりは加えられてしまいます。

楢夫はつまずいて倒れてしまいました。そこへ赤鬼が鞭をくれようとします。一郎は、なにも悪くない楢夫をかばい、自分を身代わりに打てと懇願しました。

しかし、赤鬼は、罪は今度ばかりではないといい、楢夫を再び歩かせます。赤い地面はめのうのかけらのようなもので出来ていて、歩くものを傷つけました。

しかし、そこで、一郎は、如来寿量品を繰り返しつぶやくと、どういうわけか様相がかわります。鞭の音も子どもたちの叫び声も止み、立派な大きな人が真っ直ぐにこっちへ歩いてきます。



四、ひかりの素足

その大きな人は白く光っています。また素足でした。その人は、お前たちの罪は、この世界を包む大きな徳の力に比べれば、微々たるものだと説きました。皆はその人の周りに集まり、鬼でさえ手を合わせています。

その大きな人が、少しかがんで地面に輪を書くと、めのうの棘の地面は明るく平らになりました。そして天人によって、子どもたちに花びらが落とされると、皆、立派になっていくのでした。

さて、楢夫はこの世界にとどまります。その大きな人は一郎に「お前はもう一度、もとの世界に帰るのだ。よく、あの、めのうの棘の野原で弟を捨てなかった。その心持ちを決して離れるな」といいました。



五、峠

一郎は目を覚ましました。雪の中から助けだされたのです。しかし楢夫は帰らぬ人となりました。

一郎は雪の中から起こされながら、もう一度楢夫の顔を見ました。その唇は光の国で一郎と別れた時のまま、かすかに笑っていたのです、と物語は結ばれます。



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水仙月の四日』とともに、雪あらしという、線が細かく色彩の寂しい自然を、見事に描いた作品として評価は高いです。賢治自身のメモによると、本作品に対して厳しい評価がくだされており、どのへんに不満であったのかが問題となっています。

この物語も如来寿量品という記述が見られ、法華経を下敷きにしていることが分かります。法華経では、現世での行いが重視されるので、この物語では、一郎は光の国から、もとの世界に戻されているのでしょう。このあたりの展開が『銀河鉄道の夜』を予告しています。

第三章から四章にかけては、薄明かりの国という、現世と他界の境界域が描かれていて、そこが、地獄世界から、如来寿量品(法華経)の光の国へと推移していく幻想場面になっており、本作品の魅力的な部分です。



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原稿用紙が何度か差し替えられており手入れの激しさを示します





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19:46 : 宮沢賢治童話全集 08 セロひきのゴーシュ : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『フランドン農学校のぶた』 宮沢賢治童話全集 8 より - 再び殺生の問題
フランドン農学校の一年生が、「豚というものは、水やスリッパやわらを食べて、それを一番上等な脂肪や肉をこしらえる、豚の体は生きた一つの触媒で、白金と同じだ」と話しているのを学校の豚は聞きます。

学校の豚は、白金一匁の値段から、自分の体重を加味して、自分の値打ちを勘定すると、その高値から自分を一流の紳士のように思い込みました。ところが豚の幸福はあまり長くは続きませんでした。



二、三日してドサリと落とされた食べ物の中から豚の毛を植えた歯磨楊枝を見て、彼は気分が悪くなるのでした。

また、畜産学の先生が毎日来ては鋭い目で豚の生体量を計算し、飼料のことなどを助手に指示します。彼らふたりの眼差しから豚は恐ろしさを直覚しました。



そんなある日、王さまから家畜撲殺同意調印法が発令されます。この法律にに基づき馬も牛も泣きながら死亡承諾書への捺印をさせられました。

そして農学校の校長は捺印をもとめて豚のところへもやって来ます。その時校長は、その話題をそらし、後日の捺印を迫りますが豚は拒否します。



しかし、とうとう、心労のために痩せた豚に、校長は強引に死亡承諾書に捺印をさせます。そして畜産学の先生は、肥畜器で豚を強制的に肥らせました。

八日後、豚は、体を洗われ、翌日朝、雪の庭に連れだされ殺されます。そして体は八つに分解され雪の中に漬けられました。

月は黙って過ぎていく。夜はいよいよ冴えたのだと物語は結ばれます。





家畜という殺されて食べられてしまう者の側の悲しみを描いた作品です。賢治に、終生、少しずつ形を変えながら追求されるテーマである、生き物であるがゆえの悲哀、つまり殺生の道に対する、賢治の答えがここにもあります。その意味で言えば、系列として『よだかの星』などに連なる作品です。

殺生の道に対する賢治の答えは、物語序盤から社会批判的でありますが、最後、詩情に富む結ばれ方をしているところなど、ある意味あいまいでもあります。

これは賢治が、仏教思想でつちかった、いつも善悪正邪のどちらかを、肯定したり否定したりすることはしない態度に通じています。安直な結論には導かれません。賢治の思考の奥深さがそのまま表現されています。



生前未発表
冒頭原稿数枚欠落
初稿の執筆は大正11年から12年晩夏





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18:18 : 宮沢賢治童話全集 08 セロひきのゴーシュ : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『毒もみのすきな署長さん』 宮沢賢治童話全集 8 より - 決まりを破る創造性の肯定
四つの冷たい谷川が、カラコン山の氷河から出て、プハラの町でひとつの大きな川になりました。その川は、普段は静かで、水も透き通り、雲や木の影を映し出します。

しかしいっぺん荒れだすと河原は水で一杯になり、それが引くと、ところどころに沼を作りました。その沼には沢山の魚がおりました。

沼には、海からあがった恐ろしいちょうざめがいる、などと言う者もおりました。床屋のリチキです。しかしそれがデマであることを知った町人に、リチキは大変軽蔑されました。



さてこの国の林野取締法第一条は、火薬で鳥を取ること、毒もみをして魚を取ることを禁じています。

毒もみとは、山椒の皮をむいて乾かし、臼で突いたものに、もみじを焼いた灰を混ぜ、それを水の中に手でもみ出す行為です、とリチキが話しました。

毒もみをすれば、魚は毒を飲んで死に、浮かび上がります。このことを、この国の言葉でエップカップと言いました。とにかく、この毒もみをする者を押さえることが、警察の一番の仕事でした。



ある夏、この町に新しい警察署長が赴任します。彼はどこかかわうそに似ています。赤ひげで銀の入れ歯をし、立派な金モールの付いた長い赤いマントを着て、毎日町を見まわりました。

署長は細かいことによく気のつく、優しい人でした。ところで、そのうちに毒もみをするものがあらわれます。子どもたちの間では、署長さんの夜の行動があやしいと問題になります。

沼の岸に署長が三、四人と隠れていたとか、山椒の皮のことで、署長が変な人と交渉していたとか諸々、ひまな床屋のリチキにまで署長が得るであろう利益を勘定される始末。

それらの噂に、町長はたまりかねて、警察署を訪ね署長を訪問します。するとなんと金色の目を輝かせた署長は、不敵にも自分が犯人だと名乗り、署長には死刑が宣告されます。

さて署長は死ぬまぎわ、「面白かった。今度は地獄で毒もみをやるかな」といい、皆がそれに感服し、物語は結ばれます。





物語は、その言葉使いから、エキゾチックな雰囲気もかもし出しています。

この警察署長さんが、かわうその化物なのか、かわうそに例えられた人間なのかはあいまいですが、そのほうが物語のユーモアは効果的に伝わるでしょう。

子供の目や、村で軽蔑されているリチキが署長さんの不審な行動を捉えるところが重要だと思います。

署長さんの行動に、三つ子の魂百まで、などのことわざが思い浮かびます。また、署長さんの金色に輝く瞳に、決まりを破る創造行為の肯定を見てみました。



生前未発表
現存草稿は冒頭二枚のみの草稿と、冒頭一枚を欠く清書手入れ稿の二つ、前者は大正10年後半、後者は大正13年頃の執筆





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18:25 : 宮沢賢治童話全集 08 セロひきのゴーシュ : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『化物丁場』 宮沢賢治童話全集 8 より - 自然災害を、ふんだんな空想を交えて語る物語
五、六日続いた雨がやっとあがった朝でした。晴れてはいましたが、まだ方角の決まらない雲がふらふらと飛び、なんだか本当に晴れたという気がしません。

西の仙人鉱山へ、用事を済ませに行くわたしは、黒沢尻から軽便鉄道に乗り換えました。すると、ひとりの鉄道工夫が、雫石、橋場間の路線工事現場の崩壊の話をしているので、わたしは「あの化物丁場ですか」と話しかけますと、工夫は、わたしを相手に、自分がそこで働いていた時の話をします。外の天候はにわかに嵐の様相を呈してきました。 

化物丁場と呼ばれる、そこの崩落状況、また、お金はもらえても、作っても作っても崩れる、その、やりがいのない工事の体験を、工夫はわたしに向かって語り、下車しようとします。わたしは別れ際に工夫に名刺をわたしました。

私が工夫を見送ると、彼は改札には向かわず、すぐ線路を来た方に戻りました。その線路の先は、青い稲の田の中に白く光っていました。空では風も鎮まり、大した嵐にもならずに済むだろう、と物語は結ばれます。





主人公のわたしは、なにも工事の心配をしているわけではなく、現代の技術をもってしても及ばない自然の働きに、知的な好奇心を寄せているのでしょう。

主人公には、自然に対する素朴な畏怖心も垣間見れます。背景に描かれる天候や、物語最後の鉄道工夫の謎の行動が効果的に働いています。

また、主人公は、成らぬ仕事は、たとえ賃金をもらっても虚しい、と語る工夫の思いも汲みます。そして、その工夫と分け隔て無く会話できたことに喜びも感じているようです。

全体として、童話というよりは、随想的な作品です。



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大正12年頃の作ですが、大正11年7月の雫川洪水を取材しており、少なくとも初稿は大正11年8月頃





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19:23 : 宮沢賢治童話全集 08 セロひきのゴーシュ : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『革トランク』 宮沢賢治童話全集 8 より - 若さゆえの誰しももったことがあるであろう虚栄心
斎藤平太は、楢岡の工学校に、まぐれあたりのように入学し、教師のなにかの間違えのおかげで、首尾よく卒業します。

そして彼は、父が村長をしている村へ帰り、家の敷地に建築屋の看板を掲げ開業します。早速来た仕事は、消防小屋と相談所を兼ねた二階屋と村の分教場でした。

平太は早速設計図を引いて、村の大工たちを呼び、仕事にかかりました。ところが大工たちはおかしな顔をして、下ばかり向いて働いているのです。

出来上がった建物は設計のミスで、前者は階段がなく、後者は廊下がありませんでした。失敗を恥じた平太は、そのまま東京に上京しました。



平太は旅費の余りのお金で豆腐を食べてから仕事を探します。しかし言葉がはっきりしないので、どこも追い返されてしまいます。そして、空腹で、とうとう倒れてしまいました。

平太は巡査に拾われて、それを区役所が引き取りました。区役所は、彼を散水夫として雇います。やがて平太は、そこをやめると、昔の専門に戻り工事の現場監督を始めます。

平太は、エレベーターとエスカレーターの研究で上京したなど、こちらで成功していると、嘘の手紙を書いて実家に送りますが、父は、家のものに返事を出させませんでした。



しかし、そのうち、平太の母親が少し病気になったので、父親は仕方なく、平太に、すぐ帰れと電報を打ちました。

平太はこの時、月給をとったばかりでしたので、30円の余裕があり、持ち物もろくにないのに、大きな革のトランクを20円で買ってしまいます。そして平太は帰郷しました。

村に帰ると、子どもたちや、船頭が、物珍しそうに大きな革のトランクを見て、興味をひかれています。平太は望郷の念と、自分の不甲斐なさから、危うく泣きそうになりました。

家に帰ると、下男はトランクを運ぶのに気を立て、父親は、その大トランクを見て思わず苦笑いしました、と物語は結ばれます。



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平太は運だけで学校を卒業し、親のすねをかじりながら事業を起こすものの失敗し、自分の置かれた状況を受け入れることができなかった彼は、上京し成功を夢見ます。

しかし、現実は厳しく、うまく運びません。しかし性懲りもなく出世を諦めることができない彼は、エレベーターとエスカレーターの研究で上京したなど、父親に嘘の手紙を書いてまで虚栄心を張り続けるのです。

そんなことを父親はお見通しでした。平太のことは無視し続けます。しかし彼の母親が病気になると、仕方なく平太を帰郷させます。

平太は、大きなトランクを買って帰郷しました。この大きな革のトランクが、指し示すメタファーは、平太の肥大した虚栄心そのものでしょう。中には何も入れるべきものがありません。

物語最後、その大トランクは村人に注目され下男の気を害し、父親に苦笑されて、平太自身も自分の不甲斐なさに泣きそうになり、物語は閉じられます。また、ここに至るまでの、平太の無計画で、その場しのぎの行動も、ことあるごとに描写されていきます。



賢治の評伝などを読んでいる人にとっては、大正10年の、賢治自身の、家出上京を重ねてしまう方も多いでしょう。つまりこの物語が語るところを賢治の微苦笑をともなった自虐とする読み方です。読み方としては、おおかたこれでいいみたいです。

細部を見るなら、前半では、賢治と平太の距離は十分保たれていて、ユーモラスな描写になっていますが、後半では、賢治自身の、生の感情が前面に出てきてしまっていて、少々センチメンタルです。実際、平太は、何度か泣きそうになっています。ユーモアを表現するつもりだったのなら、それはかなっていません。湿っぽい終わり方をしています。



また、賢治の事情を知らなくても、物語が示す方向性は、読者に届くでしょう。無鉄砲で気ばかり焦る何者でもない若者が、陥りがちな状況がよく描かれています。思い当たる方も多いのではないでしょうか。



生前未発表
内容からして、帰郷直後の作という説が多かったのですが、原稿用紙から察するに、大正12年の作と見られています
エスカレーターが日本に初めて設置されたのは大正12年、銀座松屋



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20:15 : 宮沢賢治童話全集 08 セロひきのゴーシュ : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『セロひきのゴーシュ』 宮沢賢治童話全集 8 より - 賢治晩年の芸術に寄せる思い
ゴーシュは町の活動写真館で、セロを弾く係りでした。しかし楽手の中では一番下手でしたので、いつも楽長から叱られていました。

十日後の、町の音楽会で演奏する、第六交響曲の練習中、ゴーシュは楽長に、「セロが遅れた」「セロの糸が合わない、ぼくは君にドレミファを教えている暇はない」「音楽の表情というものがまるでできていない、怒るも喜ぶも感情というものがさっぱり出ない」などと注意されます。

そして、楽長は、ゴーシュを前にして、君ひとりのために、我々音楽の専門家である金星音楽団が、素人の寄り合いの楽団に比べられて悪評をとるわけにはいかない、皆にも気の毒だからと、釘を差しました。



その晩ゴーシュは、町外れの川端にある壊れた水車小屋の自宅に帰ってセロ弾きの猛練習をしました。

そんなところに、深夜、三毛猫が訪れます。しかしゴーシュは、彼に向かって、とぼけた問答をする三毛猫に怒り、嵐のような勢いで「印度の虎狩」をセロで弾いて追い返してしまいます。

次の晩は、かっこうが訪れて、鳴き声を、正確にドレミファでやりたいから教えて欲しいというので、ゴーシュはセロで、延々ドレミファを弾かされます。しかしなんだか、かっこうの鳴き声のドレミファのほうが正しいような気がしてきて、馬鹿馬鹿しくなり、しまいにはかっこうを追い出してしまいました。

次の晩は小だぬきが小太鼓を持ってあらわれ、ゴッシュのセロと共演し、彼のセロの二番目の弦が、弾くときに遅れて音を出すのを発見します。

次の晩には、ねずみの親子が訪れて、病気の子ねずみを治してくださいと、母ねずみはいいました。ゴーシュは自分は医者ではないと断りますが、母ねずみと話していると、ゴーシュの演奏は、様々な動物の病を癒やしていたことが判明します。



それから六日目の晩です。演奏会は大成功を収め、アンコールに答えてゴーシュが舞台に押し出され、覚悟を決めた彼は「印度の虎狩」を弾きました。それは聴衆ばかりか楽団員の心にまで響きました。

楽長と仲間はゴーシュを祝福します。楽長はさらに、体が丈夫だからこんなこともできるといい普通の人なら死んでしまうだろうともいいました。

その晩自宅にかえったゴーシュは、いつかの晩追い返してしまったかっこうを思いながら、「ああ、かっこう。あのときはすまなかったなあ。おれはおこったんじゃなかったんだ」といって物語は結ばれます。



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ご承知のように、全編ユーモアとペーソスで彩られた、多くの読者に親しまれている作品です。また、読み込んでいくと、背景で、あたかもセロの演奏が聞こえてくるかのような錯覚を覚えます。

この物語は、冒頭での、楽長に注意されるゴーシュの演奏での問題点が、毎晩訪れる動物たちによって、次々に解決されていく作品構成になっています。

そしてその実、芸術とはどういうことなのかということを、この物語はテーマにしていたりもします。



三毛猫が訪れた第一夜では、芸術には優しい気持ちだけではなく、力強さが必要なことが述べられます。かっこうが訪れた第二夜では、個性的であるためには、激しい努力を要することが述べられます。小だぬきが訪れた第三夜では、ユーモアの効能が述べられます。ねずみの親子が訪れた第四夜では、苦痛を抜き去る、芸術そのものの効能についてが述べられます。

これらすべてを会得した時、芸術は完全なものになるという結論に達します。賢治晩年の作品の一つとして芸術に寄せる思いが端的に表現されています。



作品の成り立ちは、賢治の私塾であった、羅須地人協会(らすちじんきょうかい)での音楽活動が背景にあります。また賢治童話の本流である人獣交歓譚の集大成とも言える作品です。

羅須地人協会での夢想をゴーシュの住む水車小屋に残しつつも、農民による楽団結成を断念したかのように、プロの金星音楽団を登場させているところに賢治の心の痛みを感じます。



生前未発表
昭和6〜8年頃の執筆



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19:03 : 宮沢賢治童話全集 08 セロひきのゴーシュ : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『虔十公園林』 宮沢賢治童話全集 8 より - 報われた無償の善行、『雨ニモマケズ』への序章
虔十(けんじゅう)は、いつも縄の帯をしめ、笑って、森の中や畑の間を、ゆっくりと歩いているのでした。青い藪、青空をかける鷹など、どれを見ても虔十は嬉しくなります。

しかし、子どもらが、そんな虔十を馬鹿にして笑うものですから、彼は次第に笑わないふりをするようになりました。でも虔十が笑っているのは周知のことで、やはり子どもらは、皆、彼を馬鹿にして笑いました。実際、虔十はどこか足りない人と、皆に思われていました。



そんな彼が、突然母親に頼みごとをします。杉の苗を七百本買ってくれというのです。母親はどこへ植えるのかと聞くと、虔十は、家のうしろの野原だといいます。

父親は、これまで一度も頼みごとなどせずにきた彼に(結果としては生涯ただひとつの頼みごとになります)、それを与えることにしました。虔十は兄の助けをかりて、家のうしろの野原に杉の苗を植えました。

しかし、北に畑を持っている、百姓もするが、他に、人に嫌がれる仕事をしていた平二が、虔十を馬鹿にしました。しかし平二ばかりではなく、誰もがあんなところには杉は育たないというのです。

そして八年の時が経ちましたが、杉は、案の定、背丈九尺(約2.7メートル)で成長が止まります。



そんな時、ある百姓に、杉の枝打ちはまだかと言われ、虔十は、上の、三、四本ぐらいを残して払い落とすと、次の日からそこは子どもたちの遊び場となります。

虔十は喜んで毎日それを見ていました。子どもたちが来ない雨の日も、虔十はそこに一人立って笑っています。



ある霧が深い朝、平二から、杉の木が自分の畑を日陰にするから切れと脅されます。しかし、実際は、日陰は五寸(約15センチ)ほどしかかかっていないし、それどころか杉の木は、平二の畑を、南からの強い風から守ってやっているのでした。

虔十は、平二の言い分を断りました。結果として、生涯でただ一度の人への逆らいをします。そして虔十は平二に殴られました。その秋、平二と虔十はチブスで死にました。ところでそんなことはいっこうにかまわず林には毎日子どもが集まりました。



次の年、村には鉄道が通り、田畑はつぶれ、家が立ちました。しかし虔十の林だけは彼の父親が虔十のかたみとして手放さず、そこに残ります。

虔十の死後二十年近い頃、この村の出身で、アメリカの大学で教授をしている人が帰郷し、変わらず残っている虔十の林を見て感激し、虔十在命の当時のことを思い出しながら、誰が賢くて誰がそうでないとわかったものではないと言い、虔十公園林と名付けて保存することを提案しました。提案は実現し立派な碑が立ちます。

虔十の家の者たちは喜びました。林は虔十のいた時の通り、雨が降っては透き通る冷たいしずくを短い草に落とし、おひさまが輝いては、新しいきれいな空気をさわやかに吐き出すのでした、と物語は結ばれます。





この作品の虔十は、『気のいい火山弾』のベゴ石などとともに、『雨ニモマケズ』へつながるものです。

ただ、虔十の行為は、虔十にしてみれば、いっさいが無意識の、無償の、せずにはいられなかった行為であって、明晰な判断力を持ちながら、少しも動かないベゴ石とは、やや語られるものの質が違います。

虔十を家族の一員とした、この家族の暖かみもよく表現されています。



生前未発表
大正12年後半の清書、初稿か否かは不明





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19:13 : 宮沢賢治童話全集 08 セロひきのゴーシュ : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
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