子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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宮沢賢治童話全集 7 オツベルと象 リンク
オツベルと象』 宮沢賢治童話全集 7 より - いろいろな読み方ができる説話
ねこの事務所』 宮沢賢治童話全集 7 より - 仏教思想に裏打ちされた諷刺
台川』 宮沢賢治童話全集 7 より - 農学校もの、得意とする地学、発見の喜びを伝える物語
楢ノ木大学士の野宿』 宮沢賢治童話全集 7 より - 賢治のスケールの大きな自然観
十力の金剛石』 宮沢賢治童話全集 7 より - 石好き賢治による仏教説話





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18:27 : 宮沢賢治童話全集 07 オツベルと象 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『十力の金剛石』 宮沢賢治童話全集 7 より - 石好き賢治による仏教説話
霧の朝、王子は、家来の者達の心配をよそ目に、同い年の大臣の子とふたり、自分が持っている以上の、さらなる宝石を求めて、虹の足元にあるというルビーの絵の具皿を探しに出かけます。

霧が晴れて出た虹を追って、ふたりは森に入ります。ところが森に入ると再び霧が出てきてあたりは暗くなり、ふたりの行く手を阻みます。

ふたりは途方に暮れていると、どこからか歌が聞こえてきてます。やがて霧は雨にかわりました。

その歌の主は、二羽のはちすずめでした。ふたりがかぶっていた帽子に飾ってあったものが化身したです。



ふたりは、はちすずめに誘われて後をついていくと、にわかにあたりは明るくなり、はちすずめが再び歌い出すと、雨はあられに変わり、ふたりは、周りを森に囲まれた、綺麗な草花の丘の頂上に立っていました。

ところがふたりはびっくりしてしまいます。あられと思っていたのは、実はダイヤをはじめ、宝石の粒だったのです。よく見ると草花までもがみな宝石でした。

王子はそれらの宝石をハンカチに包んで持って帰ろうとしますが、一面の宝石の山に馬鹿らしくなりました。そして草花は、十力の金剛石が来ない寂しさを歌っています。



すると、とうとう、十力の金剛石が丘いっぱいに降り、ありとあらゆるものを潤します。草花は宝石ではなく本物の草花にかわります。十力の金剛石とは露であり、万象を輝かしめるものでした。

王子は、自身を探している家来のものに迎えられ、物語は結ばれます。



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前記事の『楢ノ木大学士の野宿』同様、賢治の石好きを反映するように、宝石がたくさん登場します。

また、この物語は、賢治の仏教説話の一つにもなっていて、仏の御力が讃えられています。十力とは、仏だけが持っている十種の心力です。これらの力を使って、仏(仏陀)は人を救うのです。法華経がベースになっているのでしょう。



賢治の空想力によって、幻想的な宝石の雨が降りますが、草花たちの悲しみは収まりません。

そこに、宝石などまるで意味もないものであるかのように、賢治はさらにそれを上回る幻想の十力の金剛石という万象を輝かせる露を丘に降らせています。



賢治はメモでこの作品に対する、至らなさを書き残していますが、それはどのあたりなのか考えてみるのもいいでしょう。

わたしはこの物語での救いが、他力であることに注目してみました。賢治は法華経信仰者です。よって、もっと積極的な救いを描きたかったのだと思いました。

つまり、この世の存在は仏に助けられるだけではなく、自ら慈悲の心を持って、他に働きかけるようなあり方を、賢治は描きたかったのではないでしょうか。



生前未発表
現存草稿は大正10年か11年
別タイトルとして『虹の絵具皿』を考えた様子





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19:44 : 宮沢賢治童話全集 07 オツベルと象 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『楢ノ木大学士の野宿』 宮沢賢治童話全集 7 より - スケールの大きな自然観、空想の楽しみ
宝石学を専門とする、楢ノ木大学士(ならのきだいがくし)は貝の火兄弟商会(かいのひけいていしょうかい)の赤鼻の支配人に頼まれて、旅費をを前払いに蛋白石(たんぱくせき=オパール)を探す約束で上野を発ちます。



一、野宿第一夜

学士は、この川筋があやしいぞ、とつぶやくと、葛丸川(くずまるがわ)西岸を登り、日が暮れると野宿しました。学士は横になると、夢のなかで、山がのっきのっきと立ち上がります。

学士は、その四つ続いた岩頸(がんけい)の山を眺めその四つの岩頸を、ラクシャン四人兄弟と分かり喜びます。

噴火だと怒鳴っている第一子。それをなだめる第三子。ヒームカさんという恋人の山が雲に隠れているのを嘆く第四子。ぐうぐう寝ている第二子。

第四子に驚かされて学士は目を覚ますと、夢の中の四つの岩頸は、正しく元の形になり、じっと並んで立っていました。



二、野宿第二夜

学士は熊手街道を歩いていると、ちょうどいい具合に、火成岩の石切り場の笹子屋を見つけ、そこに泊まることにしました。

大学士がまどろむと、夢の中で、二人の小さな言い合いが聞こえてきます。どうやら夢の中の笹子屋での出来事のようです。なにやら千五百年前のことまで持ちだして、争っています。

学士はそのはなしを聞くと、そのひとりをホンブレンド(角閃石)と知ります。学士は、何やらひとり悦に入って、これだから野宿はやめられないと喜びました。

そして、ホンブレンドの喧嘩の相手が、バイオタイト(黒雲母)と知ります。それに加えて様々な鉱物たちが会話に加わります。これらの鉱物は、みな、火成岩を形作る要素です。

それらの会話は、全て鉱物たちの生成から風化(風病)に至る話でした。ついには、医者のブラジョ(斜長石)を含む、鉱物全員が風病となったところで、学士は目を覚まします。



三、野宿第三夜

学士は、未だ見つからない流紋玻璃(蛋白石)探しの約束を、少し軽率だったと悔いながら、野宿も二晩ぐらいはいいが、三晩となるとうんざりすると思いながらも、仕方なく、ビスケットのあるうちは、歩いて野宿し、面白い夢でも見るのが得と割りきりました。

学士は、頁岩(けつがん)の海岸を歩いていると暗くなり、いよいよ今日もだめだと観念して、崖の下に、多分、波で削られたであろう小さな洞に野宿します。宿が決まれば野宿も悪くないと思いながら、たばこを一服してから眠りに入りました。

学士は夢の中で夢から目覚め頁岩の海岸を歩いていました。しかし自分が何をしに来たのか目的を忘れています。そしてふと白亜期の恐竜の骨格を探しに来たのではないかという想念にとらわれます。

そして恐竜の足跡を見つけ、そこをたどっていくと雷竜(らいりゅう)がいます。学士は困惑します。自分は中世期に来ているのでしょうか。学士はそっと逃げようとすると、あたりは雷竜だらけ。

とうとう食われるのかと思いきや、危機一髪のところで学士は本当に夢から目覚めます。洞窟は真っ暗で、まだ夜中の十二時にもなっていないようです。



帰還した大学士は、貝の火兄弟商会の赤鼻の支配人に、目的のものを調達することができなかったことを、これでも難儀したのだと言い訳しました。支配人がそれでは困るとなんぐせをつけると、大学士は怒ってもらった旅費を叩きつけて、支配人を追い返します。

大学士は、葉巻を横にくわえ、雲母紙を貼った天井を見ながら、にやっと笑った、と物語は結ばれます。





賢治の自然観を表現した長編童話で、そのスケールの大きさも最大でしょう。物語の背景には、地球創生以来の、大自然に起こり得た、悠久の歴史が描かれます。主人公の学士は、それらの背景と、野宿の夢の中で交感しあうのです。

前記事の『台川』同様、地学の専門用語が多く使われ、わたしの読んでいる宮沢賢治童話全集では、多くの注釈がつけられています。

物語最後、大学士にとって、野宿での夢の楽しみは、金などでは買えないと言わんばかりで、彼にとってかけがえのないものとして、描写されています。空想のかけがえのなさ。楽しみ。



物語一般では、ファンタジック(空想的)な場面で用いられる仕掛けとして、西洋では多くの場合、魔法が用いられるのに対して、日本では、夢が多用されます。この物語ではまさにそのように用いられています。

この日本での夢という仕掛けは、西洋で用いられる場合とニュアンスを違え、夢に過ぎないという扱われ方ではなく、もっと現実に近い出来事として描写されます。



生前未発表
大正10年か11年の作と見られる『青木大学士の野宿』を初期形とし、大正12年ころ書き直したのが本作です
地の文は全て韻文体で叙事詩形





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19:06 : 宮沢賢治童話全集 07 オツベルと象 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『台川』 宮沢賢治童話全集 7 より - 農学校もの、得意とする地学、発見の喜びを伝える物語
ブログでは、これより三話、賢治の鉱物ものと呼べるような作品を扱います。また、この物語では、賢治が農学校の先生をしていた時の、実在した生徒が多数登場します。その意味で農学校ものとしても位置づけることもできます。そして物語の中のわたしと称する人物は、賢治その人を指しているのでしょう。わたしと生徒のやり取りの様子がいきいきと描かれます。



わたしは校長とともに、農学校の生徒を引率し、地学の校外学習に出かけます。途中、校長は待つこととしました。わたしは希望する者を募って、花巻温泉街の北にある釜淵滝まで、足を延ばします。

釜淵滝は、タイトルになっている台川にありました。木の青、空の雲は、きょうも甘酸っぱく、足並みの揺れと光の波。

途中、わたしは、生徒に岩脈を教え、流紋凝灰岩(りゅうもんぎょうかいがん)でできている山は、地味が悪いことを説明しました。

さて、それからわたしは、皆の先頭にたち、北の小桜山を見ながら、釜淵へと崖を下りていきました。



少し崖を降り過ぎました。河原へ出たので、水を渉って滝まで行くことにし、ゴム靴を脱ぎ、生徒たちに飛び石を作ってやり、そこを生徒たちは、渉って歩いていきました。わたしは裸足にゴム靴で水の中を歩いて行きました。生徒に尋ねられ浮岩質(軽石)の凝灰岩を教えます。

そして滝に着くと皆はずんずん登り、途中、わたしは、壺穴(川底や川岸の固い岩石の面にできるまるい穴)のいい標本が見当たらないことに軽い失望をします。

滝の上の平らなところへ出ると、わたしは岩石の裂け目の赤い色の説明をしました。そして、悪い標本しかありませんが、壺穴の説明もします。そして校長の待つところへ戻ることにしました。



途中、岩の裂け目を温泉が通った証拠として、玻璃蛋白石(はりたんぱくせき)の岩脈などの説明をし、その標本を採ったりします。

そこへひとりの生徒が、遅ればせながら、崖をこわごわと下りてきます。わたしは、苔に足を滑らせないように、しきりに水の流れているところを歩くように指示しました。

わたしには、ふと、足をさらわれて踏み込んだ、空想の時の暗い谷の想念がよぎりますが、それを遮るように自分に言い聞かせました。水の流れを歩くのだ。そうだそうだ、いい気持ちだ、と物語は結ばれます。





賢治の農学校ものの一つです。随筆風の心象スケッチと言った印象です。わたしが読んでいる宮沢賢治童話全集には、やたらと注釈がしてあって、(たくさんの農学校の生徒、地学に関する用語の説明など)あらすじに細部を加えようものなら、大変長いものとなってしまったでしょう。かいつまんで書きました。

要約すると、教えること、発見することの喜びが、まばゆい光と、水を渉る気持ちよさとともに、はずんだ調子で物語れます。物語の素材は賢治の得意とした地学の知識で埋められます。

物語最後、空想の時の暗い谷の想念がよぎりますが、これは何を意味しているのでしょう。賢治は、巧みに空想を駆使して物語る作家です。しきりと水の流れているところを歩もうとしていますが、見逃せません。



生前未発表
作中の実在の登場人物の歴から初稿の執筆は大正11年夏頃と推定されます





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18:43 : 宮沢賢治童話全集 07 オツベルと象 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『ねこの事務所』 宮沢賢治童話全集 7 より - 仏教思想に裏打ちされた諷刺
ある小さな役所に関する幻想として物語は始められます。



軽便鉄道の停車場の近くに、ねこの第六事務所がありました。ここは主に、ねこの歴史と地理を調べるところでした。例えばベーリングへ旅行するねこにその予備知識を与えたりすることを仕事としていました。

事務長は、少しもうろくした黒猫、一番書記を白ねこ、二番書記を虎ねこ、三番書記を三毛ねこ、四番書記を釜ねこがつとめます。

書記という仕事は、皆から尊敬される憧れの職です。しかし、これらのポストの数は不変でした。そして何かの都合で書記をやめるものが出ると、若い猫たちは皆、こぞってこの職に就きたがります。



夏の土用に生まれた釜ねこは、皮膚が薄いため、寒さを凌ぐのに、釜の中で寝ることを常としていたので、体がすすで汚れ真っ黒です。そのため、釜ねこは、三匹の他の書記からは嫌われて意地悪をされていました。釜ねこはみんなによく思われようとして、いろいろ工夫をしますが、かえっていけませんでした。

釜ねこがこの職につけたのは、ひとえに事務長が黒猫だったからです。黒猫は、すすで汚れているわけではありませんが、自分が黒猫ゆえに真っ黒だったため、すすで汚れた真っ黒の釜ねこを選んだのです。そしてしばらく黒猫は、釜ねこをかばってやっていました。

それに、釜ねこは、憧れの職にいる自分が、釜ねこ仲間の名誉なのだから、どんなにつらくてもやめないことを心に誓います。



そんなある日、釜ねこが風邪で一日欠勤したのをいいことに、三匹の書記は、釜ねこの欠勤の理由についてありもしないことを吹聴します。

しまいには、釜ねこが自ら事務長のポストを狙っている、などと言い出すものですから、黒猫はそれを本気にしてしまい、怒ってしまいました。これで味方はいなくなります。



翌日釜ねこは出勤すると、彼の仕事は取り上げられていました。釜ねこは孤立してしまい、一日中、泣いてはこらえ、泣いてはこらえしています。

それにもかかわらず釜ねこは、誰からも無視されて、救いの手を差し伸べるものはありませんでした。皆、楽しそうに、仕事をしています。

その時です。事務長の後ろの窓に、ししの金色のたてがみが見えました。そして、ししは、しばらく中をのぞくと、いきなり事務所に入ってきました。

そしてお前たち何をしているのだ。やめてしまえ、と大きな声で叫び、解散を命じます。こうして事務所は廃止になりました。そして最後に話者が、僕も半分は、ししに同感です、と述べられて物語は結ばれます。





目次と本文題名上とに寓話とあります。まさに動物寓話ですね。この物語に例えられる出来事が、人間の世界にも存在し、それがユーモアとともに諷されているのです。ことに役人根性が楓されるわけですが、現代に至っては役人ばかりが対象とは限りません。

しかし、物語最後に話者が、半分同感ですと述べるように、賢治は、いつも善悪正邪のどちらかを、肯定したり否定したりすることはしません。おそらく、賢治には、仏教でつちかったであろう思想があるためでしょう。

例えば登場者、それぞれに、仏教思想の業のようなものが、割り当てられていてるのを感じます。

また作品中の素材として、『氷河ねずみの毛皮』と共通するところがあります。



初出「月曜」大正15年3月
本編発表に用いられた原稿は現存せず





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19:04 : 宮沢賢治童話全集 07 オツベルと象 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『オツベルと象』 宮沢賢治童話全集 7 より - いろいろな読み方ができる説話
第一日曜

オツベルは、六台の稲こき器械と、十六人の百姓を使い景気よくやって、贅沢に暮らしていました。

そこへ、森から白象がやってきて、稲こきを面白そうに見ていました。オツベルは、象をはじめこそ恐れていたものの、何もしてこないのを知ると、意を決して、象に面白いかと話しかけました。

象は面白いと答えました。そしてオツベルは、象にずっとここにいたらいいと言いました。そんなわけで象は、ここに留まることになります。オツベルは、象をサーカスに売るにせよ、働かせるにしても、万円以上のの儲けができたとほくそ笑みます。



第二日曜

ずるいオツベルは、象を騙して、鎖と重い分銅をつけて自分の財産にすると、次の日から早速、象に水汲みをやらせたり、薪運びをやらせたりしてこき使います。

気のいい象は、はじめのうちは嬉しそうに働きましたが、次第に食も細くなりました。そして、夜、月に向かって、疲れたと告白します。オツベルはそんなことはつゆ知らず、少ない食事で、よくもあんな力が出るものだ、象は経済だよと喜んでいました。



第五日曜

とうとう象から笑みが失われます。ある晩、象は、月に向かって、さようならといいました。月は、なりだけ大きくて意気地の無い象に、仲間に手紙を書いて助けてもらえばいいと言ってやりました。

しかし、象は、紙も筆もないと言うと、赤い着物を着た童子が現れて、それらを象にわたしました。象は手紙を書きます。童子はそれを持って森に向かいました。

森の象たちは、その手紙を読むと、真っ黒になって吠え出すと、ものすごい勢いで白象の元へ押し寄せ、オツベルを潰してしましました。

すっかり痩せて助けられた白象は、淋しく笑ってみんなに礼をいいました、と物語は結ばれます。



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わかりやすい捉え方をするなら、オツベルと白象に、無自覚な古い型の起業家と、無知で従順な労働者をなぞらえることができます。

しかし、こうして読んだ場合、物語最後、象の集団にオツベルが潰されてしまうのは、わかりやすくとも、度を超えてしまっています。

それに、本作品をいささか傾向文学臭くしてしまいます。果たして賢治はこのような読まれ方を望んだでしょうか。



もっと違う読み方がないでしょうか。賢治の物語らしく、この物語を、賢治の語った仏教説話として捉える方向性もありだと思っています。

白象の生き方に慈悲を見るのです。すると、多くの賢治の童話に見られる、面立ったテーマともつながっていきます。オツベルの死も天の配剤として読むのです。

また、まだまだ違う読み方もできるようです。読み方の違いで物語最後の白象の淋しい笑みの意味が変わります。



初出「月曜」創刊号大正15年1月



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