子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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アンデルセン童話集〈上〉 リンク
『ほくち箱』 H.C.アンデルセン 童話という名の魔法
『大クラウスと小クラウス』 H.C.アンデルセン グリム『小百姓』を下敷きとした物語?
『おやゆび姫』 H.C.アンデルセン アンデルセンの恋愛譚
『旅の道連れ』 H.C.アンデルセン 善良な主人公が呼び寄せた幸運の道連れ
『皇帝の新しい服』 H.C.アンデルセン これ以上見かけない表現された鋭い子どもの視点

『幸福の長靴』 H.C.アンデルセン 魔法を持て余してしまう人間という存在
『丈夫なすずの兵隊』 H.C.アンデルセン 無機物に命を吹き込む童話作家という魔法使い
『父さんのすることに間違い無し』 H.C.アンデルセン 愛情に育まれる信頼
『コウノトリ』 H.C.アンデルセン 西洋のコウノトリの伝承をベースとした物語
『みにくいアヒルの子』 H.C.アンデルセン 困難な辛苦も幸福になるための大切な糧

『ひつじ飼いの娘と煙突そうじ人』 H.C.アンデルセン アンデルセン存命当時の結婚観
『モミの木』 H.C.アンデルセン アンデルセンに潜む深いペシミスム
『豚飼い王子』 H.C.アンデルセン アンデルセンの価値観、美意識に貫かれた物語
『雪の女王』 H.C.アンデルセン 絆の物語、愛の力



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18:33 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『雪の女王』 H.C.アンデルセン 絆の物語、愛の力
さあこれから話を始めましょう。その小鬼は、仲間うちでも一番の悪者の一人でした。本物の悪魔です。話の終わりが来たら、その小鬼がいかにたいへんな悪さをしたかということがわかるでしょう。

ある日、その小鬼は、とても浮かれていました。良いものや、きれいなものを映すと、それがどんどん縮んで、ほとんど何も見えなくなってしまう奇妙な鏡をこしらえたからです。

では、悪いものや醜いものを映すとどうなるか、というと、これはくっきり映って、そのひどさが嫌というほどよく見えるという仕掛けなのでした。

この小鬼は「悪魔学校」を開いていましたが、みなはその鏡を見て、奇跡が起こったよ! と騒ぎだしました。これでいよいよ世の中の人間たちの本当の姿が見られるぞ、と口をそろえていいました。

そのうち小鬼たちは、ひとつこの鏡をもって天に昇り、天使やら、「われらが主」やらを映して、いたずらしてやろうと、よからぬ考えを起こしました。

そして小鬼たちはみんなして、鏡を持って天高く上りました。ところが鏡は小鬼たちの手から滑り落ちてしまい、地に落ちて何百万、何十億、いやその何千倍という細かなかけらに砕けてしまいました。

でもそのおかげで鏡は以前よりももっとひどい害を世の中にもたらすことになります。

というのも、もしこの小さなかけらが人間の目に入ってしまったなら、なかなか取り出すのは困難だからです。

そうなったら、その人は、何を見るにもあべこべに見えたり、悪いところや醜いところばかり目に付くことになってしまうでしょう。

なぜなら、小さなガラスのかけらは、依然として元の鏡の持っていた力を発揮しているからです。

この小さなかけらが心臓に入ってしまうとどうなるか。その人の心臓は一塊の氷みたいに冷えてしまうことでしょう。


その小鬼はこうした地上のありさまを見ておなかの皮がよじれるほど大笑いしました。しかし笑い事ではありません。鏡のかけらは、まだ世界の上をぷかぷかと浮いているのです。

このお話は、そのかけらがどんな事態を招いたかというお話です。



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ふたりの貧しい子どもたちが、おばあさんと、それぞれの両親とともに、隣り合って暮らしていました。


このふたりは、兄妹ではなかったけれど、どこからみても本当の兄妹のように仲良しでした。男の子はカイといい、女の子はガーダといいました。

この夏のバラは、たとえようもないほどきれいに咲き誇りました。ガーダは、バラの花をうたった讃美歌をひとつ覚えました。

そして歌の中でバラという言葉が出てくれば自分の家に植わったバラのことを思い浮かべました。ガーダはその歌をカイに歌って聞かせると、ふたりは声をそろえて歌い始めました。

バラかおる 花の谷間に
われら仰ぎまつる みどりの子イエス!



ある日、カイとガーダは絵本を読んでいるとカイはこんなことをいいました。「あれ、何かが胸を刺した。目の中もごろごろする」カイはその原因がわかりませんでした。

けれどもそれは一大事でした。みなさん覚えているでしょうか。それは小鬼が作った悪魔の鏡が割れて飛び散ったガラスのかけらのせいだったのです。痛さはなくなりますが、かけらは確かにカイの目と心臓に入り込んでしまいました。

カイは急に大声を出して乱暴になりました。そして、絵本を指して、そんな本は、長い産着にくるまれた赤ん坊の見るもんだよ、といいました。そして彼は、なんだかとても理屈っぽくなっていました。



雪の降る冬のある日、カイは、広場でみなと同じようにそりを滑らせて遊んでいました。

そこへ一台の大きなそりが現れると、カイは手際よく自分の小さなそりを、大きなそりに結びつけました。

すると途端にそりは速くなって、あっという間に町の門を走り抜けてしまいました。そしてやがてそりが止まると大きなそりに乗っていた貴婦人がカイに声をかけました。彼女は雪の女王でした。

雪の女王はカイに白熊の毛皮の外套を羽織らせました。しかしカイは雪だまりに沈み込むような気分でした。

そして雪の女王は「まだ寒いの?」とカイに尋ねると、額に口づけをしました。ああ! 氷よりも冷たい口づけ。それはもう半分以上氷になっている彼の心臓にまで届き、まるで死んでいくような気持になりました。

でもそれもほんの一瞬のことで、すぐに気分はよくなりました。もう寒くはありません。そして再び雪の女王はカイに口づけをすると、その途端カイは小さなガーダのこともおばあさんのこともすっかりと忘れてしまいました。

雪の女王は「もうこれ以上口づけをすることはできない。さもないと次の口づけがお前を死なせることになるからね!」といいました。

カイの目には雪の女王は完ぺきな貴婦人に映りました。だから少しも怖くはありませんでした。



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ところで、ある春の日のことガーダはカイが生きているものと信じて赤い靴を履いてカイを探しに出かけました。まずは川に行ってカイのことを訪ねてみました。

どうかカイを返してくださいと、大切にしていた赤い靴を川に投げ込んでみました。しかしカイの行方など知らないというように赤い靴は戻ってきてしまいます。

もっと赤い靴を遠くに投げなければならないと思ったガーダは、それを実行するため船に乗りました。しかし船は流されてしまいます。赤い靴ももう取り戻せません。ガーダの素足の冒険が始まります。



これより数章、ガーダの冒険談が語られますが、テーマとの関連が薄いので割愛します。



ガーダはとうとうラップランド(北極圏 スカンジナビア半島北部一帯)まできました。ガーダを乗せたトナカイは小さな家まで来て止まりました。家の中には年をとったラップ人の女がたった一人で住んでいました。この年寄りの女にトナカイがガーダのことを話して聞かせました。

「おや、まあ! 気の毒なことだね!」と、話を聞き終わったラップ人の女はいいました。そして「でもね、そういうことなら旅はまだまだ、これからだよ。ここからまだ百マイル以上も北にある、ノルウェーの北の端にあるフィンマルクまでいかなくちゃ。だって雪の女王はそこにいらっしゃるのだから。わしがひとつ手紙を書いてやるから、それをもってわしがよく知っているフィン人の女のところへお行き。その女がもっと詳しいことを話してくれるはずじゃ」といいました。

ガーダはラップ人の女に手紙をもらい、トナカイに乗ってフィンマルクに向かいました。フィン人の女は手紙を受け取りトナカイからも話を聞きました。

そしてトナカイは「どうかこの女の子に飲み物を一杯上げてくださいといいました。一杯飲めば男十二人分の力がつくというあの飲み物をです。これから雪の女王をやっつけに行くのですから」といいました。

フィン人の女は話始めました。「カイという男の子は確かに雪の女王のところにいる。しかし、その子はすっかり喜んでいる。なぜなら彼が心臓にガラスのかけらをおび、目にもガラスの粉を受けているのだから。それを取り除いてやるのが先決だ。そうしないと、その子は本当の人間になれないし、いつまでも雪の女王の言いなりになっていなければならないのだよ」といいました。

トナカイは「だったらそういうものに勝てるような力をガーダにあげてください」といいました。

するとフィン人の女は「ガーダが持っている以上の力を与えることはできない。ガーダの力がどんなに大きいかお前にはわからないのかね。

どんな動物だって、人間だって、みんなガーダに手を貸してやりたくなるだろう。だからこそあの子は、はだしのままで広い世界の果てまで来られたんじゃないか。

あの子はね、私たちが何か教えなくたって大きな力を持っているんだ。しかもその力は、あの子の内にある。あの子の優しくて汚れのない気持ちこそがその力自身なんだ。

雪の女王のところへ行ってカイの体からガラスのかけらを取り出すことができるのはあの子の力だけなんだよ」フィン人の女はそういってガーダをトナカイに乗せ、雪の女王の宮殿に向かわせました。



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雪の女王はこの宮殿にいるときは「理性の鏡」の上に座っていました。そしてカイは「理性の氷パズル」に取り組んでいました。氷のかけらを、ある特別な言葉に並べなくてはなりません。その答えは「永遠」でした。このパズルが解けたとき彼は自由になれるのです。そして今、雪の女王は温かい国へ行くといい残して出かけました。



一方、ガーダは雪の女王の宮殿の中でカイを見つけ首に抱きつきました。そして、彼女の流した涙は凍っていたカイの心臓にしみわたり、その中にあった小さな鏡のかけらも消し去ります。ガーダは歌いました。

バラかおる 花の谷間に
われら仰ぎまつる みどりの子イエス!

カイはその歌を聞いたとたんに泣き崩れました。しかも泣き出したはずみでガラスのかけらが目の中から落ちました。カイはガーダが目の前にいるのを知って喜びます。

ふたりの幸福そうな様子を見て氷のかけらまで踊りだしました。するとパズルの言葉が正しいつづりに並びます。彼は自由を得たのです。ふたりは氷の宮殿をそろって出ました。



ガーダはこの旅で世話になった人たちを順に尋ねました。そして町に帰るとふたりは大人になっていることに思い当たります。

おばあさんが聖書を読んでいました。「なんじ、みどりの子のごとくならずば、神の国にはいるあたわず」 ふたりは、あの讃美歌の意味がにわかにわかりました。

バラかおる 花の谷間に
われら仰ぎまつる みどりの子イエス!

こうして、大人になってもなお幼い子でいる、子どもの心を持つふたりは、そこにすわり続けていました。もう夏でした暖かく美しい夏なのでした、と物語は結ばれます。

-1844年-



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童話にしては長い作品です。物語中盤のあらすじ、端折ってます。興味のある方はオリジナルを当ってみることをお勧めします。



物語序盤では、小鬼こそ悪者であることはわかりますが、雪の女王をどういう存在ととらえていいのか判断に迷います。ですが物語終盤に向けてどうやら、主人公に試練を与える物語の俯瞰者であることが明らかになってきます。

小鬼の作り出した鏡ですが、わたしは、『白雪姫』の、真実を写しだす鏡との類似を思い浮かべてみました。この物語でも小鬼が、人間たちの本当の姿が見られると語っています。いずれにしても、どちらも人間の認知を狂わしてしまうものです。真実って何なのでしょうね。

そして物語終盤、大団円に向けての筆の運びに、無駄のない、的確な表現が用いられていて、読後感が非常に優れています。それに伴い、物語は読者の現実に生成して、喜びの感情があふれてくるのです。

また個人的には、大人になっても子どもの心を忘れずに、というような、アンデルセンの哲学が盛り込まれているところも好きです。



この物語は他の媒体にも広く移植されていて、その人気のほどがうかがえます。

最近のものなら、ディズニー映画の『アナと雪の女王』のエンドロールに翻案としてこの物語がクレジットされています。

しかし、両物語のストーリー展開は、ほぼ違うものです。ただし、主人公二人のきずなの物語であり、愛の力がテーマになっているところは共通です。



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18:31 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『豚飼い王子』 H.C.アンデルセン アンデルセンの価値観、美意識に貫かれた物語
むかし、ひとりの貧しい王子がいました。持っている領土はとても小ささかったけれど、それでも妃をめとって暮らしていけるだけの広さはあり、また妃をめとることが王子の望みでもありました。

さて、その王子が、皇帝の娘に向かって、「姫さま。わたしの妃になっていただけないでしょうか?」と問いかけるのは、いささか勇気のいることでした。

ところが彼は、自分の名が広く知れ渡っていることを頼りに、思い切って姫君に結婚の申し込みをしてみました。

こういう問いかけに、「はい」と答える姫君は、ほかに何百人とおりましたが、果たして皇帝の姫君も同じ返事をしたでしょうか? では、それをお話しすることにいたしましょう。



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その王子の父君が眠る墓には、バラの茂みがひとつありました。とてもきれいなバラの茂みでした。しかし花が咲くのは四年に一度、おまけに、その時咲くのはたったの一輪だけでした。

でもそのバラのすばらしさといったらありません! 花はとても甘い香りを放ち、それを嗅いだ人は、ひとり残らず、この世の悲しみや憂いをすべて忘れてしまうほどだったのです。

ついでにお話しすると、王子はほかに、一羽の夜鳴きうぐいす(ナイチンゲール)を住まわせていました。その鳥は、この世にありそうなメロディすべてを、その小さなのどに集めたように、良い声でさえずることができました。

このバラと夜鳴きうぐいすが、王子の持ち物すべてでした。よって、この二つの品物は、大きな銀色の箱にそれぞれ詰め込まれ、皇帝の姫のもとへ送り届けられました。



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皇帝は、その贈りものを家来に持たせ、そのあとから大広間に入っていきました。大広間には王女がいて、お付きの女官を相手に<お客様ごっこ>をしていました(お付きの女官とは、ほかに何もしません)。王女は贈りものの入った銀の箱を見て嬉しそうに手を叩きました。

王女は「かわいい子猫だといいわ!」といいました。しかし箱を開けてみると中にはバラが入っていました。

女官たちは声をそろえて「なんと見事な造花ですこと!」といいました。皇帝は「『見事』などという生易しいものではない。これは魔法のようじゃ」といいました。

ところが王女は花に触ってみて泣き出しそうになりました。「わぁっ、父さま。これは造花ではなく本物の花ですわ!」

女官たちも「あらあら、ただの切り花ですことね!」と声をそろえていいました。皇帝は、「まあ待ちなさい。腹を立てる前に、もう一つの箱を開けてみなさい」といいました。

すると今度は、夜鳴きうぐいすが、箱から飛び出しました。鳥はとてもきれいな声で歌ったので、人々は、どういう風に感想を述べていいのか、すぐには言葉が見つかりませんでした。

やがて老いた騎士が、「あの鳥の声を聴くと、亡きお妃さまご愛用の、オルゴール付きのにおい箱が思い出されます」といいました。皇帝も「その通りじゃ」といって子どものように涙ぐみました。

王女は「あの鳥が生き物でなければ本当にいいのだけれど」といいました。そして「鳥を逃がしておしまいなさい」ときっぱりといって、王子の訪問を決して許しませんでした。



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それでも王子は、途方に暮れるようなことはありませんでした。すぐに顔を黒く汚し、帽子を目深にかぶり、皇帝の宮殿の扉をたたきました。

王子は宮殿の豚飼い役に収まります。王子には、豚小屋のそばにあるみ、すぼらしい小部屋があてがわれました。早速、豚飼いである王子は日がな一日そこに座りこみ、熱心に何かをこしらえ始めました。

できたのは、周りに鈴をたくさんつけた手ごろな小鍋でした。その鍋は中身が煮えるとかわいい音を響かせて、次のような古い調べを奏でるのです。

ああ わたしのいとしいオーガスチン
みんな失くしました、みんな失くしました。

でも、この仕掛けの中で一番手の込んでいるところは、なべから出てくる蒸気の中に指を入れると、町中の炉端でどんな料理が作られているのかがわかることでした。

さて、王女は女官を引き連れて、豚小屋の前を通りかかると、ふと足を止めて、たいそう嬉しがりました。なぜなら王女も、唯一この『わたしのいとしいオーガスチン』が弾けたからでした。王女はその曲をピアノで一本指で弾くのでした。



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王女は「あの者はきっと教養のある豚飼い役に違いありません」といいました。そこで女官の一人が、豚小屋を訪ねなければならなくなりました。

女官は豚飼いに、「どうすればこのお鍋を譲ってもらえるのかしら?」と尋ねました。豚飼いは「姫さまの口づけ十回、いただきとうございます」と答えました。

女官は「とんでもないことを!」と大声を上げました。豚飼いは、「それ以下ではお譲りできません」といいました。

王女は、「ねえ、どうしたの?」と女官に尋ねると、女官は、「わたしの口からはとても申し上げられませんわ。とにかく身分をわきまえない言い分でございます」と答えました。

ならば耳打ちでと、それを王女が聞くと、王女は「なんと無礼な」と声を上げ、立ち去りました。けれどもしばらく歩いた時、うっとりするような鈴の音が響きました。

ああ わたしのいとしいオーガスチン
みんな失くしました、みんな失くしました。

姫さまは、なべが奏でる音の誘惑に勝てず、ついに女官たちを人垣にして、人から見えないようにし、豚飼いに口づけをしました。こうして豚飼いは十回の口づけをもらい、王女はなべを手に入れました。

それから宮殿では、夜となく昼となくなべは煮立ち続けます。それは素敵なことでした。町中のかまどでどんな料理が作られているのか、どこでおいしいものを出すのかが知れるのです。



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次に豚飼いである王子は、一日たりとも無駄にはせず、また何かを作り始めました。それはがらがらでした。

このがらがらを振れば、この世ができて以来、生み出されたすべてのワルツ、ホップ、ポルカ(いずれも舞踏曲)を奏でることが、だれにでもできるようになるのです。

また王女はそばを通りかかり、豚飼いの作った、新しい品を欲しがりました。しかし豚飼いは今度は王女に百度の口づけ要求しました。

王女は飽きれて立ち去ろうとしますが、しばらく行ったところで心が折れてしまい、もっともらしい理由を見つけて、またしても女官たちを人垣にして、人から見えないようにし、豚飼いに口づけを始めました。今度は百回です。

さてその時、バルコニーに出てきた皇帝は、豚小屋に集まっている女官たちを見て、自分も下にいかなければといって下りていきました。

一方女官たちのほうは、姫さまのするキスの数をかぞえて、約束が守れているかどうかに執心しており、皇帝が来たことには、誰も注意をはらいませんでした。

皇帝は、背伸びして中をのぞきました。そして「なんということじゃ」と思わず口を開き、はいていた靴で口づけをする二人の頭をたたき、怒って「出ていきなさい!」といいました。

こうして王女と豚飼いは、二人そろって皇帝の領地から追い出されました。



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王女はあの見目麗しい王子を宮殿に招いていればよかったと後悔しました。すると豚飼いは木の後ろに隠れて顔の汚れを洗い落とし、みすぼらしい衣を脱ぎ捨てると、王子のいでたちで姿を現しました。王女はそのりりしい姿を見て、彼こそ王女が訪問を許さなかった王子と知りました。

そして王子は、「わたしはあなたをさげすむためにここに来ました」といいました。そして、「あなたは正直な王子に嫁ごうとしませんでした。バラや夜鳴きうぐいすには目もくれず、ただのおもちゃを手に入れるために豚飼いに口づけをなさいました。ですからこうしてあなたはその報いを受けてたのです」

そして王子は、自分の領地に入ると、王女の鼻先でぴしゃりと戸を閉め、かんぬきを下しました。だからいまでも王女は、領地のはずれに立って歌をうたっているはずなのだ……。

ああ わたしのいとしいオーガスチン
みんな失くしました、みんな失くしました。

……と、物語は結ばれます。

-1841年-



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皇帝の王女は、その高貴な位とは裏腹に軽薄な俗物でした。王女は、豚飼い王子によって、その正体を暴かれ、すべてを失うのです。豚飼い王子は少し意地悪ですね。

王女は、豚飼い王子の所有する、王女への贈り物とされた、何よりも価値のあるものをぞんざいに扱い、豚飼い王子が作った、それはそれで素晴らしいものですが、まがいものに目が眩んでしまうのでした。

あらすじには詳しく書きませんでしたが、王女が、まがい物を手に入れる手段にしても、自らの手を汚さず、女官に遂行させようとする場面など、位の高い者のする所業とは思えません。そんなところも皮肉られていました。

アンデルセンの、高みにある価値観、美意識が、この物語には貫かれているように思えます。



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18:26 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『モミの木』 H.C.アンデルセン アンデルセンに潜む深いペシミスム
町の外にある森に、たいへんかわいいモミの木が一本立っていました。そこは、とてもいい場所で、日の光がよく当たり、空気も新鮮でした。そのあたりには、同じモミの木や松の木といった、多くの背の高い仲間も立っていました。

小さなモミの木は、早く大きくなりたいと、いささかあせっていました。暖かい日光や、すがすがしい空気のことは気にもかけませんでした。

お百姓の子どもたちは、小さなモミの木の傍らに座ってこういうのでした。「森の赤ちゃんだね」 小さなモミの木は、子どもたちのそんな意見など聞きたくもありませんでした。

小さなモミの木は「ぼくもみんなのように、早く大人の木になりたいな」とため息を漏らしました。そして「てっぺんから世界が見下ろしたら、どんなだろう」と考えました。

「ああ大きくなる、大きくなるんだ! もっと年をとるんだ、もっと高くなるんだ。それが、この世で、一番、素敵なことなんだ」と小さなモミの木は思っていました。



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秋になるころ木こりがやってきて、とりわけ大きな木を何本か切り倒しました。これは毎年のことです。あの堂々とした木々は枝をはらわれ、裸同然にされて、なんとも貧弱に見えました。木たちはどこに行くのか? この先一体どうなるのか?

春になって、ツバメやコウノトリがやってくると、モミの木は尋ねました。「あの木たちはどこに行ったの? きみたちは知らないかい」

ツバメは何も知らない様子でしたが、コウノトリは、「会ったと思うがね」といいました。そして「エジプトから飛んでくる途中、たくさんの新しい船に出会ったんだが、その帆柱が、その木たちだったんだと思う」といいました。モミの木は「ああ、ぼくも航海できるくらい、大きかったらなあ」と思いました。

すると「きみは若さを楽しみなさい」とお日さまはいいました。そして風がモミの木にキスをして露が涙をこぼしました。けれどもモミの木は、それがどんなことを意味するのか分かりませんでした。



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クリスマスが近づいてくると、若い木がたくさん切り倒されました。彼らの中には、モミの木より若いものや、大きくないものも含まれました。モミの木は、早く自分も旅に出たいと、じれったく思いました。

切られた若い木は、とりわけ美しい木で、枝をはらわれることはなく、そのままでした。「あの木たちはどこに行くんだろう?」

スズメたちが知ってるよ、と鳴きました。「町にいたとき、窓越しに覗いたら、部屋の中で想像もできないくらいに、きらびやかに飾られていたんだ」というのです。しかしスズメたちは、「若い木たちが、そのあとどうなったかは知らない」といいました。

モミの木は「ぼくにもそんな素晴らしい未来がやってくるんだ」と夢見ました。そして、「海を渡っていくより、クリスマスのほうがいいな。そのあとも、すごくいいことが起こるに決まっている」といいました。

「ねえ、わたしたちがここにいることを楽しんでよ!」と暖かい日光や、すがすがしい空気はいいました。そして「この世界で青春を謳歌しなさい!」ともいいました。しかしモミの木は、少しも楽しくはありませんでした。



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そして、再びクリスマスがやってくると、モミの木はとうとう切り倒されました。斧が体の芯まで深く食い込み、モミの木は地面に倒されると、ため息をつきました。痛くてめまいがしました。

思い描いていた幸福とは違い、大人になって、故郷を離れていくのは悲しいことでした。そして、愛すべき木々たちや鳥たちの仲間とは、二度と会えないことを知りました。旅立ちは少しも楽しくはありませんでした。

モミの木は、クリスマスツリーとして装飾されて飾られました。モミの木のてっぺんには金箔を張った大きな星がつけられました。

そしてモミの木は、クリスマスの日に子供たちにぞんざいに扱われ、クリスマスが済むと屋根裏にお払い箱になりました。寂しい日々が続きます。



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そんなある日、ハツカネズミが現れて、モミの木は彼を相手に、幼かったころの話をすると、自分がいかに幸せな日々を送ってきたかを知らされます。今度またここを出してもらえたら、今度こそ幸福な日々を謳歌しようと決心します

そして、ある日、モミの木は、屋根裏部屋から出され、中庭に放り出されました。新鮮な空気に触れて暖かい日の光にも触れました。「さあこれから、ぼくの人生が始まるんだ」とモミの木は思いました。しかし、時すでに遅し。モミの木の枝は、しなびて茶色に変色し、ボロボロになっていました。

その中庭では、クリスマスの日に、モミの木のまわりで踊り、喜んでいた数人の子どもたちが遊んでいました。「見てよ汚い古ぼけたクリスマスツリーに、まだこんなものがついているよ」と天辺についた金の星を引きちぎり、さらには靴底で木の枝を踏みつけて折ってしまいました。

哀れなモミの木は「ぼくはもうおしまいだ……おしまいだ!」といいました。そして「ぼくは、なぜ楽しめた時に楽しんでおかなかったのか」と後悔します

召使がやってきて、モミの木を小さな木切れにしてしまいました。そしてモミの木の木切れは、酒を造るための大きな鍋の下で、赤々と燃え上がりました。と物語は結ばれます

-1844年-



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物語後半のあらすじは、だいぶ端折りました。しかし、物語の軸だけは外さなかったつもりです。

端折った部分の中で、マザー・グース(英語の童謡)の一節である「ハンプティ・ダンプティ」のエピソードは、突き詰めれば面白い考察になる予感があります。しかし、今は、そこまで手を伸ばすことができませんでした。



モミの木の一生が語られます。まだ小さなモミの木は、明るい未来を夢見て空想にふけり、早く大きくなりたいと願います。

そして明るい未来は到来するのですが、モミの木に起こっていたことは、残酷な運命にたどり着く過程だったのです。スズメたちによって語られなかったクリスマスツリーの宿命を、モミの木は自分の身をもって知ります



モミの木は、ついに、とうとう、どうあがいても、明るい未来を描けなくなった最後に、自分の一生を振り返り、今という幸せな時間を生きてこなかったことを後悔します。

物語でも、しきりに、「若さを楽しみなさい」、「青春を謳歌しなさい」など、温かい日光や、すがすがしい空気が、モミの木に助言しています。しかしモミの木は耳を傾けませんでした。そして残酷な運命が待ち受けているのです。なんとも悲しい物語です。



童話にしては悲観的な結末を迎えます。ウィキにも、アンデルセンが、その深いペシミスムを表現した初めの物語と記されています。

アンデルセンが、生きて死ぬことを、どう思っていたかは知れませんが、ここで知る限り、その過程をつかさどる運命とよべるものを、残酷なものと、とらえているようです。

訳者の荒俣宏さんは、アンデルセン童話を、けっして「児童文学」ではなく、子供のままで大人の心を知る「成人文学」だとおっしゃっていました。

少しは世の中を知った子どもになら、ある意味、たいへん示唆に富んだ物語になると思いました。

‐1844年-


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18:30 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『ひつじ飼いの娘と煙突そうじ人』 H.C.アンデルセン アンデルセン存命当時の結婚観
もうすっかり黒ずんでいて、とても古めかしい木製の飾り棚が客間に置いてありました。それはひいおばあさんの形見で、飾り棚の真ん中には、一人の男の姿が彫刻されていました。その男はみるも奇妙な風体をしていました。

というのも、彼は歯をむき出しにして、何かをあざ笑っていました。いや、それは、とても笑っているなどといえる笑い方ではありませんでした。おまけに山羊の足を持ち、頭には小さな角があり、長い顎ひげを蓄えていました。

部屋に来る子供たちは、いつもこの人を、<ヤギ脚将校・大将・司令長官>と呼んでいました。なかなかいいづらい名前でしたが、こんな肩書を持っている人は、めったにいるものではありません。けれどもこうして彫刻されたのだから、それだけのことはあったのでしょう。

<ヤギ脚将校・大将・司令長官>は、いつも姿見の下にあるテーブルを見つめていました。というのも、そこには陶器で作られた、とても愛らしい、ひつじ飼いの娘の小さな置物があったからです。

その置物のすぐそばに、やはり陶器で作られた、小さな煙突そうじ人が立っていました。墨みたいに真っ黒でした。しかし人に負けないくらい清潔できちんとした少年でした。彼は梯子をもって、とてもさっぱりした格好で立っていました。

ひつじ飼いの娘と煙突そうじ人の少年は、そうやって並んでいるうちに、結婚の約束を交わすまでになっていました。どちらも若いし、同じように陶器でできていて、ともに欠けやすい置物同士だったからです。

近くにはその大きさが二人の三倍はあろうかという、年老いた中国人の陶器の置物がありました。彼はうなずくことができ、確かな証拠もありませんでしたが、ひつじ飼いの娘のおじいさんだと公言していました。

年老いた中国人の置物は、ひつじ飼いの娘の後見人だと言い張っていたので、ひつじ飼いの娘を、ぜひお嫁にと申し入れてきた、<ヤギ脚将校・大将・司令長官>にその許しを与えていました。

年老いた中国人の置物は、ひつじ飼いの娘に、あの人なら、お前を、<ヤギ脚将校・大将・司令長官夫人>にしてくれる。飾り棚の中にはたくさんの宝物を蓄えているだろうといいました。

しかしひつじ飼いの娘は拒みました。人のうわさでは、<ヤギ脚将校・大将・司令長官>は、飾り棚の中に十一人の陶器の奥様を住まわせているということでした。

年老いた中国人の置物は、今夜あの古い飾り棚がギイと音を立てたら、<ヤギ脚将校・大将・司令長官>とのの婚礼は始まるとひつじ飼いの娘に告げました。そして彼は眠りに落ちました。



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ひつじ飼いの娘は泣きながら、恋をしている煙突そうじ人の少年に、「わたしをどうか広い世界に連れて行ってください。広い世界に出ない限り私は幸せにはなれませんわ」といいました。そして、二人の逃避行が始まります。

煙突そうじ人の少年は、ひつじ飼いの娘を助けて、テーブルを降りました。しかし、<ヤギ脚将校・大将・司令長官>に気づかれてしまいます。<ヤギ脚将校・大将・司令長官>は年老いた中国人の置物を眠りから起こしました。

煙突そうじ人の少年は、ひつじ飼いの娘に、「外がどんなに広いところか、想像したことがあるのですか? もう二度とここへは帰ってこれないのですよ」と、もう一度、外の広い世界へ出ていく勇気を尋ねました。娘は「覚悟の上ですわ」と答えました。

ストーブの扉をくぐって、煙突そうじ人の少年は、ひつじ飼いの娘を助けて、煙突を登っていきました。煙突を抜けると頭上にはきれいな星が輝いていました。また下のほうには町の屋根という屋根が見渡せました。

しかし不幸なひつじ飼いの娘は、外の世界がこんなにも広いところだとは思ってもいませんでした。彼女は、その大きすぎる世界に耐えられなくなって、激しく泣きじゃくりました。

そしてひつじ飼いの娘は、煙突そうじ人の少年に、「わたしたちは、姿見の下にあるテーブルに帰らない限り幸せになれません。もう一度下に戻ってくださいいますわね、わたしを愛しているなら」といいました。

煙突そうじ人の少年は、年老いた中国人の置物のことや、<ヤギ脚将校・大将・司令長官>のことを思って恐ろしいことと思いながらも、ひつじ飼いの娘が口づけをするので彼女の希望を叶えてやらなければなりませんでした。



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そして煙突そうじ人の少年と、ひつじ飼いの娘は、また煙突を下っていきました。二人はストーブの扉に隠れて部屋の様子をうかがいました。

すると、なんと、年老いた中国人の置物が、テーブルから落ちて、三つに割れて、床に転がっていました。背中と首がは外れてしまっていました。<ヤギ脚将校・大将・司令長官>は何か思案している様子です。

ひつじ飼いの娘は、「わたしのせいでおじいさんが割れてしまった。もうわたしなど生きてはいられません!」と後悔しました。「大丈夫、直せます! 直せます!」と煙突そうじ人の少年はいいました。



年老いた中国人の置物は、その家の人に、背中は糊で張り合わせ、首は大きなびょうを打ち込まれ、修理されました。ただしうなずくことはできなくなりました。

<ヤギ脚将校・大将・司令長官>は年老いた中国人の置物に「あんたは割れてからというものの、すっかり横柄になったじゃないか、さあ孫娘をもらえるのかもらえないのか」と尋ねました。

煙突そうじ人の少年と、ひつじ飼いの娘は、今にも泣きそうな顔で年老いた中国人の置物を見つめました。彼がうなずいてしまうんではないかと思ったのです。

しかし年老いた中国人の置物の頭は、びょうでしっかり止められていたのでうなずけませんでした。そして彼は、そのことを人に説明するのも面倒なので黙っていました。

陶器の恋人たちは一緒に暮らし続けました。おじいさんの首に打ち込まれたびょうに感謝しながら、ふたりはともに壊れてしまうまで、仲睦まじく暮らしました、と物語は結ばれます。

‐1845年−

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陶器の人形になぞらえた、アンデルセンの結婚観が述べられているように思います。

アンデルセン存命当時の一般社会では、肉親との関係は、この物語で繰り広げられる、ひつじ飼いの娘とおじいさんのような関係も、あったのかもしれません。そう、ひつじ飼いの娘は望まぬ結婚を強いられます。

ひつじ飼いの娘は、はじめこそ肉親であるおじいさんの言いなりにはならず、恋人の煙突そうじ人の少年と結婚の約束をし、独立しようとしますが、いざ行動を起こしてみると怖気ずいて、また、おじいさんの元に戻ってしまうのでした。

しかも、戻ってみると、その自分のした行動のせいで、陶器のおじいさんは壊れてしまっていました。彼女は死ぬほど後悔します。



結局、肉親である陶器のおじいさんが、笑い話のおちのように、ひつじ飼いの娘に都合のいいように直ります。

そして、ひつじ飼いの娘は、おじいさんを裏切ることなく、恋人の煙突そうじ人の少年と一緒に暮らすことができるようになるというハッピーエンディングを迎えます。あくまで、近代的な結婚観である独立という意識が薄いのがこの物語の特徴です。

そう世間というものの力は強いものです。それにもかかわらず思い通りの結婚を成し遂げようとするなら、陶器のおじいさんは壊れてしまわなければならなかったのでしょう。



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18:22 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『みにくいアヒルの子』 H.C.アンデルセン 困難な辛苦も幸福になるための大切な糧
おなじみの物語です。

いなかの夏はとても素敵でした。黄金色のトウモロコシ、それに緑色のカラス麦はとてもきれいで、干し草の山はいくつも草地に高く積み上げられていました。その周りには大きな森が広がり、深い池もいくつかありました。

そのあたりで、特に日当たりのいいところに、古い農家が一軒建っていました。この秘密の隠れ家では様々な家禽に混じって、雌のアヒルが卵をしっかり抱いて巣に座っていました。

卵は一つかえり二つかえり、雛は頭を上げて、「世界はなんて大きいのだろう」と口々に言いました。卵はひときわ大きなものを除いて、すべてがかえりました。

訪ねてきた一羽の身分の高いおばあさんアヒルはいいました。なかなかかえらない大きな卵は、七面鳥のもので、育てても泳ぐことはできないし苦労するから、放っておきなさいと。

しかし母親のアヒルは、もうずいぶん温めたのだから、もう数日など、ものの数じゃないといって、おばあさんアヒルの忠告を無視しました。



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そして、ついに大きな卵はかえりました。しかし雛は、とても大きく、みにくい子でした。母アヒルは雛たちを池に連れて行きました。そして泳がせました。

みにくいアヒルの子も上手に泳ぎました。母アヒルはみにくいアヒルの子を七面鳥などではなく自分の子どもと認めました。

母アヒルは、雛たちに、「壮大な世界に連れて行ってあげる。そして庭にいるみんなに紹介してあげようと思うけれど、猫には気をつけなさい」といいました。

そうこうするうちに庭につくと、二つの家族が、ウナギの取り合いをしていました。しかし結局そのウナギは猫に取られていました。母アヒルは「これが世の中ってものよ」と雛たちに教えました。



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アヒルの雛たちは母アヒルについて訓練をしました。しかしみにくいアヒルの子はうまくできませんでした。母アヒルはみにくいアヒルの子をかばいましたが、ほかの雛はみにくいアヒルの子をいじめました。身分の高いおばあさんアヒルも、みにくいアヒルの子に苦言を呈しました。

みにくいアヒルの子は、ほかのアヒルばかりではなく、すべての家禽にいじめられました。みにくいアヒルの子は、皆に馬鹿にされ、とても惨めな思いを抱き、自身の身の置き方さえわからなくなりました。それも自身のみにくさゆえに。

皆は、みにくいアヒルの子に、「猫につかまっちゃえばいいのに」といいました。そしてとうとう母親にまで「生まれてこなければよかったのに」といわれてしまうありさまです。メンドリにはぶたれ、家禽に餌をやりに来る少女にはけられました。



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みにくいアヒルの子はとうとう逃げ出す決心をしました。遠くに飛び立ちます。すると野鴨がいる大きな沼にたどり着きました。ひどい疲労と悲しみが、みにくいアヒルの子をおそいました。

野鴨は僕らの仲間と結婚するのでないならと受け入れました。みにくいアヒルの子は、結婚のことなど夢にも望まず、求めていたのはイグサに横たわり沼の水を飲む許可だけでした。

沼に二羽のガチョウがやってきて、やはりみにくいアヒルの子を馬鹿にしました。そこへ銃声がすると二羽のガチョウは血を流して倒れました。ハンターが狙っていたのです。

あとから猟犬がやってきましたが、みにくいアヒルの子には、そのみにくさゆえに目もくれませんでした。みにくいアヒルの子は、自分のみにくさに感謝せねばならないのでしょうか。やがてみにくいアヒルの子は沼を発ちました。



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みにくいアヒルの子は泳いだりもぐったりできる水場をすぐに見つけました。しかしその外見ゆえに、ここでも疎まれました。そのうち秋がやってきて冬が訪れようとしています。

ある夕方、低い木の茂みから美しく大きく白い鳥の群れが飛び立ちました。それは白鳥でした。寒い土地から暖かい国を目指して飛び立ったのです。

みにくいアヒルの子は白鳥に対して、どんな鳥にも抱いたことのない思いを感じていました。しかしそれは決して妬みではなく、ただ仲間に入れてくれればうれしいなといった無邪気なものでした。

冬はどんどん厳しくなり、みにくいアヒルの子は、水面が凍らないように、休まず泳ぎまわらなければならなくなりました。

しかし一晩ごとに泳ぐことのできるスペースは小さくなり、とうとうみにくいアヒルの子は疲れ果て動けなくなり、氷の中に横たわり凍り付いてしまいました。



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あくる朝早く、ひとりの農民が通りかかって何が起きているのかを悟りました。農民は木靴でばらばらに氷を砕きアヒルの子を救い出すと妻の待つ家まで運びました。その家の温かさがこのかわいそうな小さな生き物を蘇えらせました。

しかしその家の子供らはアヒルの子と遊びたかっただけでしたが、みにくいアヒルの子は、またいじめられると思って、この家を逃げ出してしまいました。

みにくいアヒルの子が、厳冬の間に耐えた、災いと困窮をのすべてをお話したら、この物語がどんなに悲しいものとなってしまったでしょう…。



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その冬が過ぎ去ったとき、イグサの生えた沼地でじっと横になっていたアヒルの子は、ある朝、温かい太陽が光り輝いているのに気づきました。

ひばりたちも鳴き出していました。世の中は素晴らしい春になっていました。アヒルの子はいつしか若鳥になっていて、翼も以前より力強くなっており、翼をばたつかせると体は空気中を高く上昇していきました。

そしてふと気づくと、どのようにしてそこに来たのかわからないけれど、自分が生まれたあの庭に来ていました。すべてのものが早春のみずみずしさにあふれ、たまらなく美しく見えました。



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茂みのすきまからは、水の流れの中を羽でさらさらと音を立てて泳ぎながら、三羽の美しい白鳥が現れました。

アヒルの子は「あの鳥の王様のところへ飛んでいこう。そしたら、ぼくがあまりにみにくいので、殺されてしまうかもしれない。でも構わない」と決意しました。

アヒルの子は「ほかのアヒルにつつかれたり、メンドリにぶたれたり、家禽に餌をやる少女にこき使われたり、あるいは冬に飢餓で死ぬよりも、あの鳥に殺されたほうがずっといい」と思っていたのです。

アヒルの子は美しい白鳥に向かって泳いでいきました。そして白鳥に向かって「さあぼくを殺してください」と頭を水面にたらし、自らの死を待ちました。



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ところがその瞬間アヒルの子は透明な水面に何を見たか? 水鏡に映ったのは自分の姿でした。でも暗いグレーの羽毛に覆われた不格好で見るもおぞましい鳥の姿ではありませんでした。優雅で美しい白鳥の姿だったのです。

様々な困難な辛苦がアヒルの子をおそったものだけれど、それさえも、今はよかったのではないかと彼はつくづく感じていました。

なぜなら、そのほうが今の自分がどんなに幸せかということを、より生き生きと感じ取れるからです。そして大きなハクチョウたちは、この新しい仲間の周りをぐるりと泳ぎ、くちばしで首を撫で歓迎してくれました。



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やがて庭には何人かの小さな子供がやってきて新しい白鳥を歓迎しました。でもアヒルの子と思っていたこの若い白鳥は、かなり気が引けて翼の下に頭を隠しました。こんなときどうふるまっていいかわからなかったのです。

この若い白鳥は幸せでしたが、少しも威張ったりしませんでした。ただこれまで自分が、いかにみにくさのために迫害され、軽蔑されてきたかを思い出していました。

ところが今では、すべての鳥の中で最も美しい、と皆が言うのを聞く立場にいるのです。そして心の奥底から「このような幸福な日が来るなんて夢にも思わなかった。みにくいアヒルの子であった時には!」そう叫んだのです、と物語は結ばれます。

-1846年-



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アンデルセンの生涯を縁取ったような作品です。少年期はいじめられていましたが、成人してからは、苦労もしますが成功を積み上げていきます。



みにくい鳥が主人公ということで、同じ童話作家の宮沢賢治の『よだかの星』と比べてみました。ともに主人公の鳥は、その醜さゆえに、追い詰められます。そして、ともにハッピーエンドを迎えています。しかし、物語で扱うテーマが違うので、当然、そのハッピーエンドの迎え方には、根本的な差異があります。

アンデルセンの場合は、主人公のこれまでのの生涯の辛苦が、報われる形をとって意味を成し、みにくいアヒルの子は、彼をいじめていたもろもろの鳥たちのメンタリティーを超えて救われます。

また、アンデルセン童話に特徴的な、季節に連動して、主人公の境遇が移り、春を幸福の頂点とする展開もみられます。

それに対して、賢治の場合、主人公は優勝劣敗の世の中を捨てて、新しく作った観念の世界に逃走しようとします。よだかは星になってしまいました。天体世界での救済です。

ざっくりと、どちらの物語が、読者に親しまれるかといえば、わたしはアンデルセンのほうに、手を上げたいと思います。賢治のテーマは、あまりにも深く困難なのです。ただし、日本人として、物語の美しさを問うならば賢治の作品にかなうものはなかなかありません。



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18:15 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『コウノトリ』 H.C.アンデルセン 西洋のコウノトリの伝承をベースとした物語
ある小さな村の、いちばん隅っこの家の屋根の上に、コウノトリの巣がありました。コウノトリのお母さんは、四羽のひなのそばに座っていました。

コウノトリのひなたちは、小さな黒いくちばしのついている頭を、巣から突き出していました。くちばしはまだ親鳥のようにのように赤くはありませんでした。

少し離れた屋根の上では、お父さんがいつも一人で、片足を折り曲げて一本足で、動かずぴんと立っていました。その様子は何とも壮大でした。



さて大勢の人間の男の子たちが通りに集まって遊んでいます。その子どもたちはコウノトリを目にすると、その中の一番大胆な少年が、うろ覚えのコウノトリの古い歌を歌い始めました。

それに他の少年たちが続きました。とはいっても初めの子が思い出せた通りに、くっついて歌っただけなので、いい加減です。

コウノトリ、コウノトリ、飛んでいけ
一本足で立つのはおやめ
奥さんあんたを待っている
巣でひなたちと一緒にね
一羽目はつるされて
二羽目はフライにされて
三和目は鉄砲に打たれ
四羽目は丸焼きになる

小さなコウノトリのひなたちは、「ちょっと、あの少年たちの歌を聞いてよ! あの子たちは僕らがつるされたり、火傷させられるって言ってるよ!」と泣きながらいいました。

コウノトリのお母さんは「あんなこと気にするんじゃないの。あの子たちには何もできやしないんだから」と答えました。

しかし男の子たちは歌い続け、あざけるようにコウノトリを指差しました。でも、ペーターという名前の少年だけが鳥をからかうのは悪いことだといって、他の子どもたちと一緒には、歌おうとはしませんでした。

コウノトリのお母さんはひなたちを慰めようと、「お父さんをごらん、あんなに静かに立っているのよ。それも一本足で!」といいました。

小さなコウノトリのひなたちは「でもとっても怖いよ!」と言って巣の奥深くまで頭を引っ込めてしまいました。



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次の日もまた男の子たちはコウノトリを見ると、また、例の歌をうたい始めました。コウノトリのひなたちは、「ぼくたち本当につるされたり丸焼きにされたりするの?」と心配しました。

しかし、そんなことをよそに、コウノトリのお母さんは、「そろそろ飛ぶことを覚えましょう! わたしが教えてあげるから。それができたら草原に行ってカエルを食べましょう。それは楽しいものよ!」といいました。

それからコウノトリのお母さんは秋の大演習の話をしました。「その時までにうまく飛べなかったら、司令官がくちばしで、あなたたちを突き殺してしまうでしょう」といいました。

コウノトリのひなたちは「じゃあやっぱり、あの男の子たちの言う通りに殺されるんだね! ほら聞いてよ。あの子たち、またあれを歌っているよ!」といいました。

コウノトリのお母さんは「ほら、また! あの子たちの言うことを気にするんじゃないの。大演習の後に、私たちは暖かい国へ旅立つのよ。そこではカエルをいくらでも食べることができるのよ! すてきでしょ」といいました。

さらにコウノトリのお母さんは、「その間、今いるこの国は、木には緑の葉がなくなり、それはそれは寒くなって、凍った雲が小さな白い綿くずになって落ちてくるのよ」といいました。

コウノトリのお母さんが説明したのはもちろん雪のことでしたが、これ以上わかりやすくひなたちに説明することはできませんでした。

コウノトリのひなたちは「それじゃあ、あの意地悪な男の子たちは、凍って粉々になってしまうの?」とお母さんに聞きました。

それに対してコウノトリのお母さんは「あの人間の子たちは凍ってしまったも同然、暗い部屋で塞ぎ込みながら、じっとしていなければならないの。それなのにあなたたちは花が咲いておひさまの光に包まれたよその国を飛び回ることができるのよ」といいました。

さて、何日か経つとコウノトリのひなたちは大きくなり、巣から立ちあがって、周りの広大な世界を見ることができるようになりました。

コウノトリのお父さんは、毎日、おいしいかえるや、その他いろいろなごちそうを運んでくれました。そしてユニークな芸当を見せてくれたり、いつしか訪れる、暖かい国の沼地の話をしてくれました。

-1861年-



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ある日、ついに、コウノトリのお母さんは、子どもたちに飛び方を教えました。しかし、なかなかうまくはできませんでした。

一番小さな子どもは、「飛びたくないよ」といって巣に引きこもってしまいました。

コウノトリのお母さんは「それじゃあ冬が来たら、あなたはここで凍え死ぬつもりなのね? あの人間の子どもたちにつるされて、ぶたれて、火あぶりにされたいのでしょう。いいわ、あの子どもたちを呼んできましょうか!」といいました。

コウノトリのその一番小さな子どもは、「とんでもない!」といって、また他の子どもたちと一緒飛ぶ練習をしました。

三日もするとちいさなコウノトリたちは少しは飛べるようになりました。彼らは高く昇って、翼を動かさず浮かんでみようとします。しかしうまくいきませんでした。大空に浮かぶには、翼を動かさなければならないことを知りました。

その時、男の子たちがやってきて、またしても、あの古いコウノトリの歌をうたいました。

小さなコウノトリたちは「飛び降りて行って、あの子たちの目玉をくりぬいちゃおうか?」といいました。

コウノトリのお母さんは、「そんなことをしてはダメよ。いうことをよくお聞き。そんなことより飛ぶけいこをなさい。そのほうがずっと大事よ」

小さなこうのとりたちは、「でもそれじゃ、意地悪な悪い子たちに、仕返しをしちゃいけないの?」 と尋ねました。

コウノトリのお母さんは「好きなように言わせておきなさい。あなたたちが暖かい国へ飛んでいくときあの子たちは凍えているのだから」と答えました。

小さなコウノトリたちは、「でもぼくたち、いつか仕返しするんだ!」とひそひそ声で話し合い、そして飛ぶ練習を続けました。

そして、通りの男の子たちの中で一番悪い子は、あの悪口の歌を真っ先に歌い始めた一番小さい少年で、小さなコウノトリたちは、その子に仕返しをする決心しました。

こうして、コウノトリのお母さんは子どもたちをなだめるために、仕返しをかまわないと約束せざるを得ませんでした。しかし国を飛び立つ最後の日まで、そんなことをさせたくないと思っていました。

そこでコウノトリのお母さんは、まず、子どもたちが大演習の時に、いかに素晴らしく飛ぶ様子を見せなければならないのかを説きました。そして「もしうまく飛べなければ、司令官は、あなたたちをついて殺してしまうでしょう。そしたら人間の男の子たちの言っていたことが正しいことになってしまうのよ。まずは練習しなさい」といいました。



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やがて秋がきました。そして近ずく冬から逃げて、暖かい国へ飛び立つために、国中のコウノトリが集合を始めました。それは大した演習でした。そして、あの小さなコウノトリたちは、なんと優等賞をもらいました。

ちいさなコウノトリたちは「さあ仕返しするぞ!」とお母さんに言いました。お母さんは「そうね」といいながらもある思い付きを話しました。

コウノトリのお母さんは、「生まれる前の人間の赤ん坊が眠っている池があるのよ。コウノトリは、そこから赤ん坊を欲しがる人間の親や弟や妹を欲しがる子どもたちに、赤ん坊を運んでいくの」といいました。

コウノトリのお母さんは続けます。「けれども、その池には死んでしまった赤ん坊もいるの。悪い歌をうたったり、わたしたちをからかったりする子たちには、死んでしまった赤ん坊を届けてやりましょう。きっとその子らは、泣くに違いないわ」といいました。

しかしコウノトリのお母さんは注意をしました。「でもわたしたちをからかったりしてはいけないといった、感じの良い男の子のことを忘れちゃだめよ。あの子には元気な弟と妹の両方を連れて行ってあげましょう」

コウノトリのお母さんはさらに続けました。「そして、そのいい子の名前はペーターだから、あなたたちみんなのことも、ペーターと呼ぶことにしましょう」といいました。

そして、まさしく何もかもコウノトリのお母さんのいう通りになりました。それでコウノトリはペーターと名づけられ、今でもそう呼ばれています、と物語は結ばれます。

-1839年-




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コウノトリが赤ん坊を運んでくる、といわれる、西洋の伝承をベースとした物語でしょうか。

コウノトリは、今でこそ絶滅危惧種ですが、伝承になるほどなので、昔は、身近な存在であったのかもしれません。それに、アンデルセン童話では、よく身近な鳥がモチーフとして用いられます。

物語の内容は、子どもに対する機知に富んだ助言に満ちています。そして子どもにとって、いつかは通り越さなければならない、自身の生き物としての殺生の問題に、さりげなく触れられています。

残酷な現実を、砂糖にまぶさず、かといって大仰にすることもなく、自然に伝えようとしているのが良く伝わってきます。

童話作家にとって、ないがしろにできないテーマですね。アンデルセンもご多分に漏れず、これらのテーマを扱います。

そして読者である子どもたちは、アンデルセン童話によって、大人へと一歩成長するのです。

コウノトリを、ペーターと呼ぶ、というのはよくわかりませんでした。


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18:39 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『父さんのすることに間違い無し』 H.C.アンデルセン 愛情に育まれる信頼
さあ、小さい頃に聞いたことのある、わたしの大好きなお話をしましょう。このお話は、聞くたびに前に聞いたときよりも面白味を増します。

それというのも、お話というものは、読み手が時を經るごとに、より面白く感じられていくものだからです。大抵の人が、年齢を重ねるごとに面白い人間になっていくのと同じことです。



さて、ある田舎外れに、まさしく田舎の農家があり、そこには百姓の父さんと、母さんが住んでいました。ふたりの持ち物は少ししかありませんでしたが、唯一、余分なものがありました。それは馬です。

百姓の父さんは、馬を売るか、夫婦にもっと役に立つものに、取り替えたほうがいいと思いつきました。

母さんは父さんに「今日は町に市が立つ日だわ。そこに行って馬を売ってお金にするか、それとも何かいいものと取り替えてきなさいな。あなたのすることならいつだってなんだって間違いないもの。さあ市に行ってらっしゃい」といい、父さんにキスをしました。

そして父さんは、売るか交換するか思案のしどころの馬に乗って市に出かけていきました。



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父さんは、市につく前に、雌牛を引くひとりの男に出会いました。そしてこの雌牛なら、たくさんの牛乳を出してくれると思い、その男に掛け合って、馬と雌牛を交換しました。

さあ、これで父さんは仕事を終えたことになります。しかし、見るだけでもいいからと雌牛を連れて市に向かいました。

父さんは、これから先、市で、出会った様々な動物に感心し、交換に交換を重ねます。雌牛は羊になり羊はガチョウになり、ガチョウはメンドリになります。

父さんは、市についてからもうたくさんの仕事をしました。くたくたです。そこで一杯引っ掛けようと思い、居酒屋に入ろうとすると、豚の餌に、たくさんの腐ったりんごを運んでいる男に出会いました。

すると父さんは、去年、うちの泥炭小屋のそばの林檎の木に、実がひとつしかならなかったことを思い出します。

そのりんごを母さんは、取って置かなければと思い、タンスの上に腐るまで置かれました。母さんは「これが豊かさというもんだ」といっていたもんです。

このたくさんのりんごを持って帰れば、母さんが喜ぶと思った父さんは、そのりんごとメンドリと交換してしまいました。そして居酒屋に入ります。



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居酒屋に入ると父さんは、ストーブに火が入っているのも知らず、ストーブの上に腐ったりんごを置いてしまいます。りんごは「ジューッ、ジューッ、ジューッ」と音を立て始めました。

ところで、この居酒屋には、馬の仲買人、家畜売買人、ポケットが金貨ではちきれそうなふたりのイギリス人など金持ちがたくさんいました。

居酒屋の皆が、りんごの焼ける音に、あの音は何だと声を上げます。すぐにその正体は知れました。そう父さんの腐ったりんごです。

そして、居酒屋の皆は、父さんの馬が腐ったりんごに変わるまでのいきさつを聞くはめになります。

イギリス人は父さんに「おまえさんはおかみさんにこっぴどく叱られて傷だらけになるよ」といいました。しかし父さんは「傷じゃなくキスがもらえるよ」と断言しました。そして父さんは、母さんが「父さんがすることに間違い無し」というだろうことを皆に話しました。

するとイギリス人は賭けをしようといい出します。

イギリス人は、金貨百ポンドかけるといいますが、父さんは金貨ひと升分でいいといいました。それに対して父さんは、賭けしろが、りんごしかないので、それに合わせて、自身と母さんをつけるといいました。それならお釣りが来るだろうと思ってのことです。賭けは成立しました。



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こうして宿屋の主人の馬車が持ち出されて、ふたりのイギリス人と父さんは、母さんの待つ家に向かいました。

父さんは、家につくと、母さんに取り替えてきたよといいました。すると、母さんは「あんたのすることは間違いないからね!」といって強く父さんを抱きしめました。

それから父さんは、馬が腐ったりんごに変わるまでのいきさつを母さんに話しました。それぞれの交換に母さんは感心して、すべてを話し終えると母さんは、父さんにキスをしました。

ふたりのイギリス人は「これは素敵だ! ずっと底の見えない下り坂の人生なのに、いつも幸福だよ。これは相当の値打ちものだ」と叫びました。彼らは賭けに負けたのです。ふたりのイギリス人は大升いっぱいの金貨を夫婦に払いました、

この人がする事なら、何でも正しいと信じて認めていれば、いつだって、それ相応のお返しがあるもんだ、あなたも、今この物語を聞いたのだからよくわかったことと思う、と物語は結ばれます。

-1861年-



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父さんと母さんの立場が逆転しても、物語の語ることは変わらないでしょう。そして、タイトルが、「母さんのすることに間違い無し」でもいいのです。

アンデルセンは、極貧の幼少期、少年期を送っています。しかし、たくさんの両親の愛情を注がれて育ちました。彼の童話は、両親の愛情に対する、感謝にあふれています。

この物語にしても、アンデルセンが両親を偲んで書いたものでしょう。金銭の貧しさは、それを味わった者の心をも貧しくしてしまいがちですが、アンデルセンのように、心からの愛情が注がれて成長したなら、後でいくらでも挽回ができるのではないでしょうか。

そう、心からの愛情を与えられた者は、ぶれることなく、世の中を、あるいは自分の人生を、肯定的にとらえることが、当たり前のふるまいとなるものです。どんなに裏切られても、周りや自分への信頼を常とします。アンデルセン自身がそうでした。

そして、そのふるまいは、当たり前のことですが、決して自分勝手なものとはなりません。それゆえに、本人自体、期待もしていないでしょうが、ある意味ふさわしい見返りを得ることとなるのではないでしょうか。



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18:38 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『丈夫なすずの兵隊』 H.C.アンデルセン 無機物に命を吹き込む童話作家という魔法使い
むかし、二十五人のすずの兵隊がいました。彼らは皆兄弟でした。というのも、皆は、一本の古いすずのさじを溶かして作られていたからです。

兵隊は、マスケット銃をかつぎ、まっすぐ前を向いていました。おそろいの軍服は、赤と青、それは大変見事なものでした。

その兵隊たちは、箱の中で寝ていましたが、ふたを急に開けられた時、この世で初めて、「すずの兵隊さんだ!」という言葉を聞きました。小さな男の子がそう叫んだのです。

その子は、嬉しくて嬉しくて手を叩きました。すずの兵隊は、誕生祝いとして、その子のものになったのです。

男の子はすぐに、兵隊をテーブルの上に並べてみました。どの兵隊も、皆よく似ていたので、見分けがつきませんでした。

しかし、たったひとり、ほかの兄弟とはちょっと違った兵隊がいました。気の毒なことに、この兵隊には片足がありませんでした。

何しろこの兵隊は、一番最後に作られたので、あいにくすずが足りなくなってしまっったのです。けれどもその兵隊はたった一本お足で、ほかの兵隊と同じようにしゃんと立ちました。



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テーブルの上には、ほかにもいろいろなおもちゃが置いてありました。中でも紙で作られたリっぱなお城が目立っていました。

そして、空いた城門のそばに立っている、小さな女の子ほど可愛らしいものは、ほかにありませんでした。

この女の子も、やっぱり紙で作られていて、スカートは見事なリンネル製で、小さくて細い青色のリボンが、まるで肩掛けみたいにふんわりと女の子の肩にかかっていました。

そのリボンの中に、女の子の顔ほどの大きさがある金モールの飾り金具が、キラキラ光っています。女の子はふたつの腕を上の方に伸ばしています。

この女の子は踊り子でした。片方の足をずいぶん高く後ろの方にあげていたので、足先の方は一本足の兵隊には見えませんでした。

そのせいで兵隊は、あの女の子もきっと自分と同じように一本足なのだと思いこんでしまいました。

「あの人ならぼくのお嫁さんにぴったりだ。でも少し身分釣り合わないかもしれない。あの人はお城住まいだし、ぼくの方は、こんな箱に入れられているのだから。あの人がこんなところに住めるものか。ああ、せめて友達になれればなあ!」と一本足の兵隊は思いました。

一本足の兵隊は、テーブルの上にある嗅ぎたばこの後ろに横になりました。その位置からは、小さな美しい娘がよく見えるのです。娘は相変わらず見事な釣り合いを保ちながら片足で立っていました。

やがて夜も更け、ほかのすずの兵隊たちは皆、箱に戻っていきました。その家の人たちもベッドに入りました。



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その後は、おもちゃの遊ぶ時間になりました。みんな思い思いに遊んでいます。しかし、楽しい遊びの時間だというのに、相変わらずじっとしているものがふたりだけいました。

一本足の兵隊と、小さな踊り子でした。つま先でピンと立ち、ふたつの腕を高くあげている娘と、これまた一本足で立っているすずの兵隊です。一本足の兵隊は、踊り子の方を一心に見つめていました。

やがて時計が十二時を打ちました。その時ふいに嗅ぎタバコのふたがポンと空きました。中にはタバコではなく小鬼が入っていました。この箱は本当は仕掛けのあるびっくり箱でした。子鬼は、「おいすずの兵隊、何をそんなに見つめているんだ。いい加減にしろ」といいました。

一本足の兵隊は、わざと聞こえないふりをして相手をしませんでした。子鬼は「そうやって朝までいるといいや」といいました。

ちょうどその時です。子鬼の仕業かすきま風の仕業かしれませんが、急に窓がパタンと開き、一本足の兵隊は、そのはずみで四階から下の道へ真っ逆さまに落ちてしまいました。すごい速さで落ちた兵隊は、一本足を上に向け、敷石の間に銃剣を突き刺して止まりました。

すぐにその家のさっきの男の子が、メイドを連れて道へ出て来て、一本足の兵隊を一生懸命探し始めましたが見つかりませんでした。もし一本足の兵隊が「ここです」と声を出せば見つかったことでしょう。しかし一本足の兵隊は軍服を来ていたので、大声で助けを呼ぶのは、はしたないことと思っていました。



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そうこうするうちに、しとしとと雨が降ってきました。それがいつの間にかざあざあ降りになり、やっと雨が上がった時のことです。いたずらっ子がふたり、一本足の兵隊のそばにやってきて、兵隊を見つけると、新聞紙で折ったボートに乗せて溝に流してしまいました。

ボートはどぶ板の下に入っていくと、中はとても暗く、ちょうど、箱の中に入ったときと同じ思いをしました。一本足の兵隊は、「ああ、あの小さな踊り子が一緒にボートに乗っていたなら、この倍暗くても平気なのに」と思いました。

ふと見るとドブネズミがあらわれました。ドブネズミは「おいこのトンネルを通る切符はあるのか? さあ出せ」といいました。けれども一本足の兵隊は、返事もせず黙って鉄砲を握りしめていました。ボートは流れていきます。ドブネズミは怒って後を追ってきました。

しかし流れはさらに早くなり、あっという間にどぶ板の先のお日様の光が見えてきます。しかし安心はできませんでした。ボートの先には大きな掘割りがあります。このままでは人間でいえば滝に落ちていくようなものです。

ボートはどぶ板の外に出て、堀割りのそばまで流されました。一本足の兵隊は恐ろしくて体をこわばらせるばかりです。しかしまばたき一つしませんでした。

ボートは、三、四回まわったかと思うと、水がボートの縁に押し寄せます。一本足の兵隊は、もう二度と会えないあの可愛らしい小さな踊り子を思うと、何やら歌のようなものが聞こえてきます。

さようなら、さようなら、兵隊さん。あなたは死ぬ運命だったのです。

そしてボートは、紙が裂けて、一本足の兵隊は水の中へ放り出されました。そして泳いできた大きな魚に、ぱくりと飲み込まれてしまいました。ああ魚のお腹の中はなんて暗いのだろう。どぶ板の下とは比べ物にならない。それに、ここは、狭苦しいところでした。けれども一本足の兵隊は身じろぎもせず鉄砲をかついだまま横になっていました。



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どれくらい経ったことでしょう。魚は長いこと泳ぎ回っていました。しかし、急に暴れだしたかと思うと動かなくなりました。そしてしばらくすると、出し抜けに明るい光が差し込んできます。そして誰かが「あら、すずの兵隊さんが!」と大きな声で叫びました。

やっとわけが分かりました。この魚は漁師さんにとらえられ、市場に運び込まれたあと、そこでお客に買われ、はるばるこのもと居たうちの台所までもってこられたのです。そして、たった今、メイドが、大きな包丁で魚のお腹を切り開いたのでした。

メイドは、魚のお腹に入っていた兵隊を、二本指でつまみ上げ、別の部屋に持っていきました。みんなはこの不思議な体験をした人形を見たがりました。全く世の中には、不思議なめぐり合わせがあるではないですか。一本足の兵隊は、もとのあの部屋にちゃんと戻ったのです。

小さな踊り子の娘も、前の通り頑張って立っているのを見ると、一本足の兵隊はすっかり心を動かされて涙をこぼしそうになりました。でも兵隊が涙をこぼすなんてみっともないことだと思っていました。

一本足の兵隊はじっと小さな踊り子の娘を見つめました。踊り子の娘も一本足の兵隊を見つめました。二人とも一言もいいませんでした。



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すると小さな男の子が急に一本足のすずの兵隊をつかんで、いきなりストーブの中へ投げ込みました。いったい何という仕打ちでしょう。これはきっと、嗅ぎタバコの箱の中の、子鬼の仕業としか思えませんでした。

一本足のすずの兵隊は、炎にあかあかと照らされて恐ろしい熱さを味わいました。けれどもその熱さが果たして火のためなのか、それとも心に燃え上がった愛のためなのか、はっきりとわかりませんでした。

美しかった兵隊の色は、今ではすっかり落ちていました。旅の途中で色あせたのか、それとも悲しみのあまり色あせてしまったのか、誰にもわかりませんでした。

一本足のすずの兵隊は、まだ小さな踊り子の娘を見つめていました。娘も兵隊を見つめていました。そして一本足のすずの兵隊は、自分の体が解けていくのに気づきました。それでも、鉄砲をかついで、しっかりと立つ姿は崩しませんでした。

その時でした。突然扉がバタンと開いて、風がすっと吹き込んできました。小さな踊り子の娘は、まるで空気の精のように、はらりと風にひるがえされて、ストーブの中にいる一本足のすずの兵隊のところに飛んでいきました。

そしてあっという間に炎にまかれ、めらめらと燃え上がって消えてしまいました。そして、そのときには、すずの兵隊もやはり溶けて、そこにすずの塊を作っていました。

あくる朝になってメイドがストーブの灰を掻い出してみると、あの一本足の兵隊は、小さなハート形のすずの塊になっていました。それから、小さな踊り子の娘は、金モールの飾りだけが残っていました。しかし、もちろん、それだって黒焦げでした、と物語は結ばれます

-1838年-



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アンデルセン童話の中で一番好きな物語です。

タイトルは”丈夫な”とありますが、最後、炎の中で燃え尽き溶けてしまいます。溶けても尚、ハート型の塊となって志を遂げる心の強さを、”丈夫な”と言い表しているのでしょうか。



童話作家という方たちは、無機物に命を吹き込むという魔法を使います。この物語では、一本足のすずの兵隊に、人間という存在の儚さ、切なさを見事に宿しました。

これは論理的には形をなさず、曖昧かもしれませんが、子どもの持つ視点と同じです。例えば、子どもは人形が好きです。

しかし、この物語では、子どものもつ残酷さも、同時に表現されています。人形はぞんざいに扱われます。

子どもたちは、この物語を読んで、自分の中にある、相対する情動を、どう処理するのでしょうか。子どもが大人へ成長する段階で、非常に有意義な葛藤を、この物語はモチーフとして提供しています。



わたしの大好きな作家で、アンデルセンの伝記、『アンデルセン―夢をさがしあてた詩人』を書いたルーマー・ゴッデンの著作である『人形の家』は、この物語にインスピレーションを受けたのではないかと思っています。

共に、人形という無機物に命を注ぎ込み、終盤、クライマックスで、主人公か、主人公に準する登場者が、炎の中で燃え尽きて消えてしまいます。



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18:25 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『幸福の長靴』 H.C.アンデルセン 魔法を持て余してしまう人間という存在
アンデルセン童話の中では比較的長編です。あらすじはだいぶ端折ってます。

一、始まり

コペンハーゲンの中心街からそう遠くない場所の、ある家で、盛大なパーティーが開かれました。パーティーというものはどうしても開かねばならないようにできています。一度客を招待すると次は必ず先方がこちらを招待するからです。

客の半分はトランプ台にかじりつき、もう半分は女主人の会話に加わりました。その会話の中では、中世の出来事も話題になりました。法律顧問官は中世という時代の素晴らしさを熱弁しました。女主人もそれに賛成しました。法律顧問官はことのほかハンス王の時代を褒め称えました。



さて議論が進む間、私たちは控えの間をのぞいてみましょう。ここにはふたりのメイドさんがいました。しかしよくよくふたりを見てみると彼女らは妖精でした。

若い方は「幸福」の女神といいたいところですが、女神の侍女に使える召使でした。しかし彼女とて、少しばかりの幸福の贈り物を持ち歩いていました。

年老いた方は「心配」と呼ばれる妖精で、かなり暗い様子です。彼女は常々、自分ひとりで仕事を全うしようと心がけていました。なぜならそうした方がうまくいくと知っていたからです。

「幸福」の召使は、誕生日の祝いに一足の長靴をもらったので、それを人間たちの世界に持っていくところでした。この長靴は履いた者は、誰であろうと行きたい場所に行けるし、どんな時代にも行けるし、どんな願いでも叶う幸福の長靴だといいます。そしてこれで人間も幸せになれるといいました。

年老いた「心配」は「幸福」の召使がなんと言おうがその長靴を履いたら人間は不幸になり、それを脱いだ瞬間ありがたく思うようになると反対しました。

しかし「幸福」の召使は、その幸福の長靴を、家の出入り口の扉のそばに置きました。誰かがきっと、履いていくに違いないと思っていました。





ニ、法律顧問官に起こったこと

夜も更け、ハンス王の時代に思いを寄せていた法律顧問官は。パーティーから家に帰ろうとして、運命に命じられたかのように自分の靴ではなく幸福の長靴履くと、東通りに向かいました。

すると法律顧問官はなんと300年前のハンス王の時代に入り込んでいたのです。景色はがらりと変わり、整備された舗道もなければ街灯もありません。しかし彼は自分がどんな時代にいるともしれません。

町で出会う人々は奇妙な服装をしています。彼らとの会話も、どこか噛み合いません。家に帰ろうものの目的は果たせませんでした。法律顧問官は、パーティーで酒に酔ったものと思い込みました。

法律顧問官は助けを得るべく、一軒の居酒屋に入りますが、そこでも話は噛み合わず、しまいには、この時代の人々の間で広まる歓待を受けるのですが、彼はそれを粗野で下品なものと受け取ります。

彼はこんなひどい目に合うのは初めてだと思い、這うように店をあとにしようとすると、出口に着くまでに、皆に足をつかまれ、運良く幸福の長靴が脱げ、魔法は解けました。

法律顧問官は明るい街灯に照らされた現代の東通りに這いつくばっていました。彼には、すべてが懐かしく、美しく見えました。彼は夢でも見ていたのかとつぶやきました。

そして、自分の体験した恐怖と不安を思い出して、心の底から、ハンス王朝を崇拝する自分が間違っていたことを思い、今の時代にいきていることの幸せを噛み締めていました。





三、夜警の冒険

通りに落ちていた長靴を拾った夜警は、その長靴を、きっと二階に住む中尉のものだと思いながら、その温かそうな長靴に足を通しました。

そして夜警は、幸せな男とは、温かい寝床を持ちながら、そこでは眠らず夜中部屋を行ったり来たり。女房、子どもがおらず、毎晩、宴会三昧の、中尉のような人のことをいうのだと考えました。そして自分にもそのような生活を望みました。

その瞬間、夜警の履いていた長靴は力を発揮しました。夜警はたちまち中尉になってしまったのです。

すると夜警は中尉の悲しみを知ります。中尉は夜警をうらやんでいました。夜警には、妻も子どももあり、子どもは父の悲しみに涙し、父の喜びに笑うのです。人生には、ささやかな期待と願望があれば、それでいいのです。そう思った瞬間に夜警は、再び夜警に戻りました。彼がそう望んだからです。



夜警はおかしな夢を見たもんだと思いました。そしてそれらの夢を追い払うことができないでいました。夜警は、長靴を履きながら、うとうとしていると流れ星を見ました。

俺達は死んじまうと別の星に飛んでいくというけれど、それを確かめるために、夜警は、ふと星が見たいものだと思い、ことのほか月が見たいものだと思いました。

するとなんと彼は月まで行ってしまうのです。そして月の人と話などしています。夜警に起こったことを説明しましょう。魂にとって、星間距離の移動などわけのないことなのです。しかし肉体は死んで地上に残されました。死体は病院に運ばれました。

もしも夜警の魂が、その時たまたま東通りに戻ってきて、体を見つけることができなかったなら、さぞかしおかしなことになっていたでしょう。しかし魂は賢く、ヘマをしません。ヘマをするのは肉体に宿ったときだけです。

死体は病院の死体洗いの部屋に置かれ、長靴は当然脱がされました。すると魂は一直線に肉体に戻りました。夜警は息を吹き返します。夜警にとってこんな恐ろしい経験はありませんでした。





四、波乱万丈の瞬間─もっとも珍しい旅行

夜警が長靴を忘れていった病院でのことです。若いボランティアの男がいて病院の宿直を任されていました。しかし彼は町に出かけたくて仕方ありませんでした。

ほんの十五分ほどで用は済むので、もし簡単に鉄の柵の格子の間を通り抜けることができれば、門番の了解を得る必要はないと思っていました。しかし彼の頭は大きく柵の格子の間を通り抜けることは困難が予想されました。また外は土砂降りです。

ボランティアの男は、ふと長靴を見つけ、土砂降りにはもってこいだと思い、それを履いて外へ出ました。そしてどうか柵の格子を頭が通りますようにと願ってくぐると、わけなく頭は通り抜けました。

そして今度は体を通そうとします。しかし、どういうわけか体を抜くことができませんでした。男はしかたなく戻ろうとしますが今度は頭が引っかかって戻りません。彼は柵に囚われてしまいました。

このままでは町の者の。笑いものです。なんとか抜け出ることができればいいのにと口にすると、わけなく頭は柵の格子から抜けました。はじめから長靴に願えばよかったのでしょうが、そんなことは彼には思いつきませんでした。



ある晩、ボランティアの男は、まだぬかるむ通りの状態に重宝したので長靴を履いたまま、素人劇団の公演を見ました。そしてそれに感激し、劇に出てくる、他人の心を見る眼鏡を持つことができたなら、さぞかし楽しいだろうと思いました。

するとそれに長靴が反応して、ボランティアの男の体は縮んで消え、人々の心の中を通るという世にも奇妙な旅が始まりました。ボランティアの男は人々の心を次々と通過し、彼はこれらを馬鹿げた空想のなせる技だと思いふらふらになりました。

ボランティアの男は自分が狂人の素質があると思い込み、なんとかしなければと思い、まずはサウナに入ることを思いつきます。すると彼は、昨晩の服装のまま長靴を履いて本当にサウナの中に入っているのでした。風呂番は驚きました。





五、書記の変身

みなさんも、まだ、あの夜警のことを忘れていないでしょう。彼はしばらく経って長靴のことを思い出し、病院にいってそれを取り戻りました。しかし、あの通りに住む中尉も、その他の人々も、長靴を自分のものだと言わなかったので、夜警は長靴を警察に届けました。

さて、未解決の記録を調べていた書記のひとりが、この落とし物の長靴をを自分のものと並べて見比べ、そっくりだと思い、誤って幸福の長靴を自分の長靴と間違えてしまいます。警察の書記だからといって間違いを侵さないとは限りません。

彼は幸福の長靴を履いて、公園に散歩に出かけました。我々は彼の散歩をうらやんではなりません。物静かで勤勉な彼にとっての息抜きはこの散歩ぐらいなのですから。

彼は知人の若い詩人に出会います。書記は詩人が夏の旅行にいくと聞いて、彼の自由のうらやみました。詩人は書記の生活の糧になるであろう老後の年金をうらやみました。どちらが不幸かをお互いに譲りません。

さて、書記は詩人になってみたいものだと思いました。すると彼は詩人になっていました。書記は今自分の感覚がいつもとはまるで違い何もかもがはっきりと見えました。まるでスッキリと目覚めたあとのような感覚を持ちました。しかしこれは夢の中の出来事であろうとも思いました。



そして飛ぶ鳥を眺め、何かに変わることができるなら小さなヒバリになろうといったとたん書記はヒバリになりました。彼はヒバリになって飛び回り、また別の夢を見ているようでした。

しかし見習い水夫の少年に捕まえられ、また別のふたりの少年に数シリングのお金で買われ、彼らの家に連れて行かれ鳥かごに入れられました。

彼らの家には先住の鳥がいました。「さあ、人間になりましょう!」を口癖とするオウムと、あくまで自然の中での自由な暮らしに憧れるカナリヤです。

ある時書記は鳥かごの扉が閉め忘れられていたので逃げ出しました。その時、猫が忍び寄り飛びついてきたのですが、必死に窓から飛び出し通りを越して逃げ、偶然にも書記は自分の住んでいた部屋に飛び込みました。

そして心ならずもオウムに習って「さあ、人間になりましょう!」というと、書記は人間の姿に戻りました。それにしてもひどい夢を見たものだと書記は思いました。





六、長靴のした最善のこと

明くる日の早朝、書記が寝ているうちから若い神学生が書記の部屋のドアを叩きました。彼は同じ階の住人でした。神学生は長靴を貸してくれないかといいました。庭がかなりぬかるんでいるけれど太陽が明るく輝いている。外でタバコを一服するために必要だとのことでした。長靴を履くとすぐに彼は庭に降りていきました。

神学生は小道を行ったり来たりしました。そして旅にまさる幸福はない、旅こそ自分の最高の目標だといいました。この国から遠くに旅に出ることができたなら、この落ち着かない気持ちも静まるのにといい、美しいスイスそれからイタリア、それからさらにさらにといいました。この言葉に長靴は即座に反応しました。神学生はスイスにいました。

やがて雪が降り始め冷たい風が噴き始めました。すると学生はアルプスの反対側にいれば夏なのにというと、彼はイタリアにいるのでした。彼は旅に疲れると、この体さえなければ魂は飛び回れるのにそして一番の幸福を手に入れたいんだといいました。

すると即座に彼は自分の家に帰っていました。床の中央には棺が置かれ、そこには今や静かに眠りについた学生が横たわっていました。願望が実現し肉体は静止し、魂は旅立ったのです。ソロンの言葉にこんなものがあります「墓に入るまでは何人も幸福とはいえない」



ふたつの人影が部屋を動き回っていました。私達はそのふたりを知っています。ひとりは「心配」という妖精であり、もうひとりが「幸福」の召使でした。ふたりは死者の上に身をかがめました。

「心配」の妖精は「幸福」の召使にいいました。「あなたの幸せの長靴はいったいどんな幸福を人間にもたらしたというの?」幸福の召使は「少なくともここに眠っている人には永遠の幸福をもたらしたは」と答えました。

「それは違うわ。彼は自分で死んだのであって召されたのではないのですもの」と「心配」の妖精が言い返しました。そして「心配」の妖精は「この人は自分に運命づけられた宝物を見つけられるほど賢くなかったのね。ではわたしが彼に恵みをほどこしてあげましょう」と彼の足から長靴を脱がせました。

死の眠りから覚め、元気になった神学生が起き上がりました。「心配」の妖精は姿を消し同時に長靴も姿を消しました。きっと「心配」は幸福の長靴を自分のものとしてしまったのでしょう、と物語は結ばれます。

-1838年-



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「幸福」の召使と、「心配」の妖精が、対立しながら物語を俯瞰しています。そして「幸福」の召使のもたらした、どんな願いでも叶えてくれる幸福の長靴は、用い方を知らされなかったとはいえ、人間にはその効力は持て余す代物であり、人々に幸福をもたらしませんでした。そんな様子がユーモラスに語られます。



幸福の長靴とは、魔法の長靴と行ってもいいでしょう。魔法は素晴らしい力ですが、普通の人間には御しきれないのだと思います。なぜなら、魔法以前にそれを実現させようとする人間の願いとは、どこかとらえどころがなく、現実に即して具現化することが難しいからです。

よって魔法による、それらの実現が行われても、我々一般人は、戸惑うばかりなのではないでしょうか。こんなはずではなかったと思うのです。



結びで、その幸福の長靴ががもたらした最善のことは、「心配」の妖精が、幸福の長靴もろとも消滅したことをあげていますが、含みがあり、いろいろな解釈ができます。



幸福の長靴に類似するアイテムは、民話にも散見されます。



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18:22 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『皇帝の新しい服』 H.C.アンデルセン これ以上見かけない表現された鋭い子どもの視点
おなじみのお話です。別タイトルは『はだかの王様』です。

ずいぶん昔のこと、新しい服がことのほか好きで、服のためなら全財産を費やしても惜しくないという皇帝陛下がいました。何をするにも、新しい服を着て、みんなに見せびらかすという目的がなければちっとも気が進みません。

どこの国でも王様か皇帝陛下の様子話し合うのに、「陛下は、ただ今、閣議の最中でございます」とかいうのが通例でしたが、この皇帝に限っては、日中一時間ごとに服を着替えたので、「陛下は、ただ今、着替えの最中でございます」というのが決まり文句になっていました。



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皇帝が住む大きな町は、とてもにぎやかなで、毎日たくさんの異邦人が訪れていました。ある日そんな人々の中に、ふたりの詐欺師がまぎれこみます。

詐欺師たちは「俺達は仕立て屋で、この世の中で一番美しい服を仕立てる腕を持っている」と嘘を言いふらしました。

また、詐欺師たちは、「服地の方は、とびきり不思議なもので、就いている地位にふさわしくない者や、どうしようもなく頭の悪い者には、まるで見えない布地で織られている」とほらを吹きました。

皇帝は、彼らの作る服を、この上なく素晴らしいものに違いない思い、そしてその服を着て、誰が就いている仕事にふさわしくないか、賢者と愚者を選り分けてやろうと、彼らに多額の手付金を渡し、服を作る仕事に取り掛からせました。

ふたりの詐欺師はさっそく二台の旗を用意して布を織る真似を始めました。更にふたりは、最高級の絹と、混じりけのない金糸を要供しました。それらは皆、ふたりの詐欺師の懐に入りました。ふたりは夜遅くまで作業を続けました。



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あの仕立て屋どもが、どうやって布をおるのか見てみたいと思った皇帝は、ふと、彼らが織る布地は、「今の仕事にふさわしくないか、どうしようもなく頭が悪い者には見えない」という話を思い出しました。

皇帝は、もし自分に布地が見えなかったらという心配に襲われます。そこでまず別の者に布地の様子を見に向かわせることにしました。

その頃、不思議な布地の噂は、町中に広まっていました。人々は、誰が愚か者なのかを、知りたいと願っていました。

皇帝はまず、大臣に布地の様子を見に行かせました。あの賢い大臣なら立派に用を果たしてくれるだろうと思ったのです。



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そういうわけで善良な老大臣は布地の様子を見に行きました。しかし老大臣は唖然とします。彼には布地が見えませんでした。当たり前です。機にはもともと何もかかっていないのだから。しかしそれを正直にいうことははばかられました。

彼が大臣にふさわしくないということになってしまいます。このことは誰にも知られるわけにはいきませんでした。機をおる真似事をしている詐欺師に向かって「おお美しいぞ! ことのほか見事な!」といいました。

それから詐欺師たちは布地の様子を事細かく大臣に説明しました。大臣は彼らの言葉を一言一句聞き漏らすまいと気を使い、皇帝陛下に詐欺師から聞いたことをそのまま伝えました。

詐欺師たちは、さらに絹と金糸を要求し、機には少しもかけず、皆、自分たちの懐にしまい込みました。彼らは空の機を動かして仕事を続けました。

また、皇帝は、布地の完成の進捗状況を知るために、また別の役人を向かわせました。しかし彼を襲った状況も大臣と同じです。町ではこの素晴らしい服の噂でもちきりでした。



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さて、皇帝は、まだ布地が機にかかっているところを見ようと、選りすぐりの側近たちと、もうすでに見てきた大臣と役人を連れて、ふたりの詐欺師のもとを訪れました。

すでに布地を見ていた大臣と役人は布地を褒めそやします。ふたりは皆には布地が見えているものと信じていたからです。

「なんじゃと!」と皇帝は心の中で叫びました。彼には布地が見えなかったからです。「予は馬鹿者なのか? 皇帝にふさわしくない人間なのか? これほどの屈辱は初めてじゃ!」

しかしあわてて「いや実に美しい!」と声に出しました。見えないなどとは口が裂けてもいえません。

側近たちも、この服が出来上がったら、大行進に召されてはどうかと、口々に褒めそやしました。皇帝は、ふたりの詐欺師に「仕立て屋神士」の称号まで与えてしまいます。

大行進の前日、詐欺師たちは、夜なべ仕事をしました。精魂を傾けて服を仕上げていると、町の人たちに思い込ませるためでした。そして、いよいよ、服は完成します。



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大行進の日、皇帝は、一番位の高い側近を連れて詐欺師のもとに向かい、ありもしない見えない服を、蜘蛛の巣より軽い服だといわれ、詐欺師の手真似で着せられました。それを見て、また皆は、褒めそやしました。

皇帝は大鏡の前で一回りしました。その素晴らしい服を、しげしげと見るには、そうした方がいいだろうと思ったのです。

側近たちは、皇帝の服の裾を、地面からつまみ上げるふりをしました。自分には布地が見えないなどと間違っても気取られてはなりません。

さて大行進です。町の人々は、皆、皇帝の新しい服を褒めそやしました。誰も自分には見えないことを、おくびにも出しませんでした。

なぜなら、誰しも、自分が、地位ふさわしくないだの、馬鹿者とは思われたくなかったからです。結果、これだけの賛美を得た服は今までになく、皇帝陛下は大変満足しました。



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ところが、やがて、ひとりの幼子が「でもあのひと何も着てないよ」と、大声で言ってしまいました。子どもの言ったことは人々の間に耳打ちで伝わりました。そして「あのひとは何も着ていないよ!」と、集まった人々はいっせいに大声をあげました。

皇帝だって、その言葉が正しいことを知っていたので、息苦しくはなったけれど、「今は行進を続けなければ」と思い直し、前よりももっと胸を張りました。そして側近たちも見えない裾を持ち続けました、と物語は結ばれます。

-1837年-



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原作は、スペインの王族の、フアン・マヌエルが1335年に発表した寓話集「ルカノール伯爵」に収録された第32話「ある王といかさま機織り師たちに起こったこと」で、これをアンデルセンが翻案したものがこの物語です。アンデルセン童話の代表作にもなっています。

なんとも物語が表現する状況を想像すると笑みがこぼれてしまいます。子どもから見た大人の世界とは、こういうものなのではないでしょうか。

子供の頃の、かすかな記憶をたどると、思い当たる節があります。子どもの視点から表現されたであろうもので、これ以上のものは、あまり見かけません。

子どもの視点から描かれるので、真実を見抜くだけで、批判は有るか無いかであり、その結果、非常なユーモアがかもし出されます。

我々大人とは、どうしようもなく、毎日こうしたことをしているのではないでしょうか。子どもには、温かい視線で見守られているのです。



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18:39 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『旅の道連れ』 H.C.アンデルセン 善良な主人公が呼び寄せた幸運の道連れ
哀れなジョンはたいへん悲しんでいました。父親が重い病気を患い、全く助かる見込みがなかったのです。

そして父親は、「おまえは良い息子だジョン。世の中に出ても、きっと神様が助けてくれるだろう」といい、その瞬間息を引き取りました。

ジョンはさめざめと泣きました。この広大な世界にもう誰も身寄りがありません。ジョンはベッドのかたわらにひざまずき、死んだ父親の手にキスをし悲しみの涙を流していると、やがてまぶたをゆっくり閉じて寝入ってしまいました。

するとジョンは奇妙な夢を見ます。太陽と月がお辞儀をするのです。そして元気に生きている父親が出てきて、うれしいときの笑い声を聞いたように思いました。

そして頭に金色の冠を乗せた、輝くような長い髪の美女が、ジョンに手を差し伸べました。すると父親は「おや、きれいな花嫁さんをもらったなあ。世界で一番美しい人だよ」といいました。

ちょうどそこでジョンは夢から目を覚めました。相変わらず父親はベッドの上で冷たく横たわったままです。哀れなジョン!



次の週、父親は埋葬されました。心から愛した父親のすがたはもう二度と見ることができません。ジョンは「いつも良い人でいよう。そしてやがて、父さんのいる天国に行くんだ」と思いました。

ジョンはその時の様子を細かく思い描き、涙が頬を伝っているにもかかわらず、微笑むことができました。

「チュチュッ、チュチュッ」栗の木にとまった小鳥たちがさえずります。彼らは死んだ父親が地上で善い行いをしたおかげで、今は天国にいて、幸せに暮らしていることを喜んでいるかのようです。

ジョンは小鳥たちが緑の森から広大な空に飛び立つのを見て、鳥たちと共に飛び立ちたいと思いました。けれどのその前に、墓に立てる木の十字架を作らねばなりませんでした。

その日の夕方、作った十字架を持っていったジョンは、墓に花がたむけられているのを知ります。誰とも知らぬ人がしてくれたのだろう。善良な父親は皆から愛されていたから。



次の日の早朝、ジョンは小さな包をこしらえ、全財産50ドルと数シリングを帯にしまい、いちかばちか世の中に出る決心をしました。そして父親の墓にさよならをいいました。

それからジョンはもう一度振り返り古い教会を眺めました。幼い頃に洗礼を受け、毎週日曜日に、父親が連れて行ってくれた教会でした。説教を聞いたり賛美歌を歌ったりしたものです。

教会の頂上を見あげると、そこにある小窓のひとつに妖精が立っているのに気づきます。ジョンは頭を下げると、妖精は旅の無事を願っっていると知らせてくれました。ジョンは未知の国へ旅立ちました。



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やがて時は経ちました。きょうは日曜日でした。ジョンは未知の国の教会を訪ねました。教会の墓地にはたくさんの墓があり、そのうちのいくつかは草が鬱蒼と覆い茂っていました。

自分の父親の墓も、こんな様子だろうとしみじみと思い、墓地にかがみ込んで長く伸びた草を引き抜き、倒れた十字架を起し、花輪を取り替えました。

そして「父親のお墓もこうして誰かが世話をしてくれているだろう」と思いました。墓地の門を出ると年老いた乞食がいたのでジョンは「どうぞ」といって銀貨を与えました。旅は続きます。



夕方にはひどい嵐に襲われ、人里離れてぽつんと建っている教会に着く頃には、随分と暗くなっていました。教会に入るとジョンは祈りを捧げ、いつしか疲れて眠り込んでしまいました。

目が覚めると真夜中でした。ふと見ると蓋のあいた棺が教会の中央に置かれていました。その中には死んだ男が横たわり、埋葬されるのを待っていました。

そこへふたりの男が、立っていました。そして死人を棺から出し、教会の外へ投げ出そうとしています。ジョンはふたりの男に尋ねました。

「あなた方はなぜそんなことをするのですか。悪いことですよ。キリストの名において安らかに眠らせてあげましょう」

するとふたりの男は答えました。「馬鹿らしい。こいつは俺達に金を返さなかった。だからこうして仕返しをしているのさ」

ジョンは「ここにわたしの全財産の50ドルがある。あなた方がその人をそっとしておいてくれるなら、これを差し上げましょう。わたしはお金がなくなっても健康な体に手足ががあり、神様がいつだって助けてくれますから」

ふたりの男は「おまえがこいつの借金を返してくれるなら上等だ。約束しよう」といって、ジョンのお人好しを嘲けりながら立ち去りました。

ジョンは死体を棺に戻し、両手を折り重ねてやり、別れを告げました。そして晴れやかな気分で教会をあとにしました。



美しい森を抜けていくと、木から月の光が差し込んできます。月光の下、ジョンの周りでは小さくてかわいい妖精が踊り回っています。

ジョンは人間にしては善良で、悪事をはたらかないことを知っていた妖精たちは、姿を隠そうとはしませんでした。

そう悪人には一瞬たんとも妖精を見ることができないのです。妖精たちは遊びに興じています。しかし日の出になると花の蕾にこっそりと潜り込みました。



ジョンが森を出ると見知らぬ男が、「おーい旅の人、どこへ行くんだい」と彼を呼び止めました。

ジョンは「この広い世の中へ!」と答えました。すると見知らぬ男は「おれもなんだ」と答え「道連れにならないか?」尋ねました。ジョンは「もちろん」と答えました。

ふたりは善良だったのですぐに仲良くなりました。しかしジョンは、この道連れの男が、自分より遥かに賢いことにも気づきました。

この道連れの男は、不思議な力を発揮する軟膏を使って、鞭やサーベルを手に入れ、最終的に白鳥の翼を手に入れます。



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ふたりはやがて大きな街へやってきました。ここの王様はとてもいい方でした。しかし、王様の娘であるお姫様は、誰よりも美しくありましたが、悪い魔女のようにとても残酷でした。

たとえ乞食でもお姫様に求婚できましたが、その際、お姫様が何を考えているか、三つのなぞに答えることができなければ、絞首刑にされるか首をはねられました。

お姫様に求婚するものは、引きも切りませんでしたが、これまでなぞに挑んだもので成功したものはおりません。皆殺されました。年老いた王様はお姫様の悪行を止めることができず、たいそう悲しんでいました。

ジョンはその話を聞くと「なんてひどいお姫様なんだろう」と憤慨しました。しかしお姫様の姿を見ると、皆と同じように、その美しさに邪悪なことも忘れてしまうのです。

いつしか父親が死んでしまったときに夢に出できた金の冠をかぶった美しい女性にそっくりだったので、ジョンはお姫様を愛さずにはおれませんでした。

そしてジョンは周りや道連れの男が止めるのも聞かず、きっとうまくいくと、お姫様に求婚することにしました。



ジョンは王様に謁見しました。そして王様は、ジョンが姫の求婚者だと知ると、こらえきれず涙を流して「あの子をどうかそっとしておいておくれ」といいました。

そして姫が愛でる、これまで処刑してきたものの骸骨が散乱する庭を見せました。「これを見ればわかるだろう?」年老いた王様はいいました。

「君の運命はここにいる人たちと同じだ。おやめなさい。予はとてもつらいのだ。彼らのことが心に刻まれているからね」と王様はいました。しかしジョンは、王様の手にキスをして、きっとうまくいきますと答えました

その時、お姫様がお付のものを従えて馬に乗って庭に入ってきました。お姫様はより一層美しく可愛らしく見えたので、ジョンはますます好きになってしまいました。「こんな美しいい姫が悪い魔女のはずがない!」と思いました。

いよいよジョンは城に行くお召しを受け、お姫様のなぞかけが始まりました。しかしジョンは少しも心配していませんでした。

先の心配などせず、美しい姫のことばかり考え、神様が何らかの方法で助けてくれるだろうと信じていました。しかし街中は大きな悲しみに包まれました。



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道連れの男は、それから、あの不思議な軟膏を使って得たアイテムを用いて、お姫様の身辺を探り、真実を知りました。お姫様はある悪い魔術師と通じていて、彼がお姫様が出すなぞを何にするのかも指示していることも突き止めます。

その後も道連れの男は、お姫様と魔術師の様子を探り、なぞの答えを知ることができたました。そしてそれをジョンに教えました。ジョンは見事にお姫様のなぞに答えていきます。

そしてとうとう最後の三つ目の謎を魔術師は、「予の頭のことを考えなさい」と姫にささやきました。道連れの男は、それをちゃんと聞いていました。

姫は城に戻り、魔術師が山に飛んで帰ろうとした時、道連れの男は、魔術師の頭をサーベルで切り落とし、体は海に投げ捨て魚たちにやって、頭の方を絹のハンカチで包み宿屋に持ち帰りました。

翌朝、道連れの男はジョンに絹のハンカチで包んだ例のものを差し出し、姫に三つ目のなぞを出されたときにその包を開けなさいと指示しました。



さて、お姫様は、公開の場で「わたしは何を考えているのでしょう」と三つ目のなぞを出しました。するとジョンは、すぐに道連れの男に指示されたようにハンカチを解くと、醜い魔術師の頭が転げ落ちました。

ジョンは誰よりもはじめに仰天しましたが、人々も皆、震えました。姫は石のように座ったまま一言も発することができません。三つ目のなぞを、正しく当てられてしまったからです。

姫は立ち上がるとジョンに手を差し出し、深いため息を着くと、「これであなたはわたしの旦那さんです。今晩わたくしたちの結婚式をあげましょう」といいました。

「こんな嬉しいことはない」と王様はいい、そこにいた皆は万歳を叫びました。楽隊が通りで音楽を演奏しながら行進し、そして教会の鐘が鳴り響き、菓子家のおばさんたちは砂糖菓子から黒い喪章を取り外しました。

人々は踊ったり飲んだり食べたりして祝福しました。しかし姫は魔女のままだったので、まだジョンを好きになることはできませんでした。



道連れの男はそのことに気づき、白鳥の羽から抜き取った三本の羽と、数滴の水薬の入った小瓶をジョンに渡し、「姫のベッドの横に水をはったバスタブをおいて、それに白鳥の羽と水薬を入れるように」と指示しました。

そして「姫がベッドで眠りについたら彼女を押して水の中に落としなさい。姫が水に落ちたら、三度、姫を水に浸しなさい」といいました。

ジョンは道連れの男に言われた通りにしました。一度水に浸すと姫は真っ黒な鳥になり、二度水に浸すと首に黒い輪のある白鳥になり、最後、三度水に浸すと、世にも美しいお姫様に変わりました。



翌朝王様は、すべての宮中の家来を連れて、ふたりにお祝いをいいに来ました。その行列は遅くまで引きも切りませんでした。最後に道連れの男が旅の様相でやってきました。

ジョンは、自分を救ってくれた彼に、この地に残ってくれないかと頼みましたが、彼は、「わたしの役目は終わったんだよ。わたしはただ借りをかえしただけだ。悪い男たちが棺から放り出そうとしていた、あの死んだ男を覚えているかい? 君は死んだ男が墓で安らかに眠れるように、全財産を投げ出した。実はわたしがその男なんだよ」そういった瞬間、道連れの男は消え失せました。

婚礼の祝いは丸ひと月続きました。ジョンとお姫様は心から互いに愛し合いました。年老いた王様は楽しい日々を送り、小さな孫達を膝に乗せました。そして後にジョンは、この国すべてを統べる王となりました、と物語は結ばれます。

-1835年-


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物語全体から感じられるテーマは、誠意や、それに伴う、人としての志を、最期まで捨ててはいけないということです。



序盤は、アンデルセンの実際の父親に対する愛情が吐露されているように思います。伝記を読めばわかる通り、アンデルセンは両親をたいへん愛していました。彼が一か八かコペンハーゲンに旅立つくだりも自身の経験が描写されているものと思います。

後半は、謎解きをテーマとした、グリム童話を始めとする、世界の民話、昔話のアレンジです。残酷なお姫様の出すなぞに、主人公ジョンが旅の道連れの助けを得て挑みます。善良なものには必ず助言者が現れます。



それにしても、この物語のテーマに絡む、主人公ジョンを助ける、死者という存在を、どうとらえるべきでしょう。魔力とは違う、霊界に通じる力を司る存在として描かれます。魔力にとらえられてしまったお姫様の対抗勢力です。

死者は、神の助けを信じていた主人公ジョンにとって、実際にそれを遂行する存在です。そしてジョンは最後まであきらめず、お姫様を邪悪な魔力から開放しました。

死者という存在は、現代なら、童話という媒体に、忌避されがちな存在です。しかしアンデルセンは、民話に習って、あえて取り上げているのだと思います。アンデルセン童話には、ある意味、子どもに配慮を欠いた描写が多々あります。



また、妖精は善良なものにしか見えないという設定は、よくあるものですが、アンデルセンの物語の文脈の中では、より説得力を持ちます。



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18:31 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『おやゆび姫』 H.C.アンデルセン アンデルセンの恋愛譚
おなじみの物語です。

むかし、あるところに、ひとりの女のひとがいました。そして、かわいい子どもをひとり、どうしても授かりたいと思っていました。女のひとは、いてもたってもいられなくなり、魔法使いのおばあさんを訪ねました。そして自分の願いを話しました。

すると魔法使いのおばあさんは、大麦をひと粒取り出して、「これを植木鉢に植えなさい。何かが起こるだろう」といいました。女のひとはさっそく大麦を植木鉢に植えると、たちまち美しいチューリップの花がと咲きました。よく見ると、緑色の雌しべの上には、とても小さな女の子が可愛らしく座っています。

女の子は親指ほどの大きさしかなかったので、「おやゆび姫」と呼ばれることになりました。おやゆび姫は、女のひとに、くるみの殻でできたすてきなベッドをもらい、夜はそこで眠り、昼間はテーブルの上で遊びました。おやゆび姫は歌が得意でした。



ある夜のこと、おやゆび姫が、ベッドの上でぐっすり眠っていると、大きなヒキガエルが一匹、割れた窓ガラスから部屋に忍び込んできました。

この醜いヒキガエルは、おやゆび姫を見ると、「かわいい子だねえ、うちの息子の嫁さんにぴったりだ」といって、親指姫が寝ていたくるみの殻のベッドごと持ち上げて、ヒキガエルが住まう、川のほとりの泥沼にさらっていきました。

母ガエルは、息子の結婚生活を送るための部屋を準備するため、いったんおやゆび姫を、小川の睡蓮の葉の上に載せておきました。ここなら逃げられないだろうと思ったのです。おやゆび姫はシクシクと泣きました。



これら一部始終を、水の中で泳ぎながら聞いていたのが、小さな魚たちです。そこで小さな魚たちは、おやゆび姫をひと目見ようと、水面から顔を出すと、その美しさに心打たれました。

小さな魚たちは、こんなかわいい子が、醜いヒキガエル親子と暮らすなんてあんまりだと思い、みんなで一斉に睡蓮の茎にかじりつき、葉を茎から切り離してしまいました。

睡蓮の葉は流されていきます。おやゆび姫は、ついに他所の国へと流れていきます。



そこへ小さくて白い蝶が一匹現れて、おやゆび姫の周りを舞いました。そして睡蓮の葉にとまります。蝶はおやゆび姫のことが好きになりました。

もうヒキガエルに捕まる心配もありませんし、見えてくるのは美しい景色ばかり、おやゆび姫はだんだん楽しくなりました。

おやゆび姫は腰のリボンを外して、一方を蝶に巻きつけ、他方を睡蓮の葉にしっかりと結びつけました。すると睡蓮の葉は、今までとは比べものにならないくらい速く、水面を滑っていきます。



やがて、大きなコフキコガネ飛んできて、おやゆび姫を見つけるやいなや、森へ連れ去っていきました。おやゆび姫は、とても怖かったけれど、なによりも、謝りたい気持ちでいっぱいでした。睡蓮の葉に結びつけてしまった白い蝶は、自分でリボンを外せなければ死んでしまうでしょう。

コフキコガネは、そんなおやゆび姫の気持ちなどお構いなしに、彼女を大きな木の葉に乗せて、いろいろな花の蜜を食べさせました。コフキコガネは彼女をたいそう気に入りました。

しかし、この木に住むコフキコガネたちが集まってきて、彼らは口々にこういうのです。「まるで人間みたい、なんて醜い!」あまりにみんなが醜いというので、このコフキコガネは、おやゆび姫を連れて、木から飛び降りると、ヒナギクの上に彼女を捨てて帰ってしまいました。



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かわいそうにおやゆび姫は、夏のあいだじゅう、ずっと広い森の中でひとりぼっちでした。大きな木の葉の下に、草で作ったベッドを置いて、雨露をしのぎました。そして花の蜜を食べて暮らしました。

夏も秋も過ぎ、長い冬がやってきました。外は寒く、おやゆび姫は凍え死にそうでした。おやゆび姫は森を出て、もうとっくに刈り取られた麦畑の切り株の中を歩きました。



やがておやゆび姫は、野ネズミの家の入り口を見つけます。切り株の下にある小さな穴が野ネズミの家でした。おやゆび姫は、貧しい乞食さながら、麦をひと粒くれませんかといいました。なぜならもう二日は食べていなかったのです。

野ネズミは気のいいおばさんネズミでした。「暖かい部屋にお上がりよ。ご飯を一緒に食べましょう」といってくれました。

野ネズミはおやゆび姫をとても気に入り、「よかったら、この冬が終わるまで、ここにいなさいな」といってくれました。おやゆび姫は恩返しに、頼まれたことを何でもしました。そして楽しい日々を送ることとなります。



ある日、野ネズミは、お金持ちのお隣さんが訪ねてくるといいました。そして「あんたにあのひとみたいな夫がいれば、何不自由なく暮らせるでしょうね」といいました。

しかしおやゆび姫には、そのお隣さんの奥さんになるつもりはありませんでした。なぜならモグラだったからです。

モグラは、つやつやした毛皮でめかしこんでやってきました。モグラは口を開けば、お日様ときれいな花の悪口ばかりいっていました。目の見えないモグラは、おやゆび姫に歌をうたわせました。するとモグラはいっぺんにおやゆび姫のことを好きになりました。



つい最近、モグラは、野ネズミの家と自分の家をつなぐ通路を掘り終えていました。モグラはおやゆび姫に、この通路を自由に使ってもいいといいました。ただし途中、鳥の死骸があるけれど怖がらないでくれといいました。

モグラはふたりを連れて、その通路を進みました。そして死んだ鳥が横たわっている地点に着くと、モグラは頭の上の土を鼻で押して穴をこしらえました。

お日様の光が通路に差し込んで、道の真ん中にツバメが倒れているのが見えました。ツバメは凍え死んでしまったに違いありません。



「あいつらピーピー鳴くしか能がないんだよ。そのあげく冬には飢えと寒さで死んでしまうのさ」とモグラはいいました。野ネズミも相槌を入れました。

おやゆび姫は何もいいませんでした。しかしふたりが引き返していくと、ひとり残って、「あなたは夏の間、わたしにあんなにすてきな歌を歌ってくれた鳥さんじゃありませんか? この愛しい鳥さんはわたしをどんなに楽しませてくれたでしょう!」といいました。

さてモグラは天井の穴を塞ぎ、ふたりを野ネズミの家に送りました。



その夜おやゆび姫は眠れませんでした。彼女はベッドから降りて、大きくてきれいな干し草の毛布を編みました。それを運んでいってツバメを覆いました。

そして「さようなら、かわいい小鳥さん」といって、おやゆび姫は自分の頭をツバメの胸の上にピッタリと寄せました。すると鼓動が聞こえます。ツバメは生きていたのです。

翌朝おやゆび姫はまたツバメを見ようと、こっそり抜け出しました。ツバメは生きてはいるものの、たいへん弱っていました。それからというもの、おやゆび姫は、一生懸命ツバメの世話をしました。そしてやがてツバメが大好きになりました。



あっという間に春が来て、ツバメは回復しました。おやゆび姫は前にモグラがそうしたように天井に穴を開けました。お日様の光は、さんさんと差し込んできます。

ツバメはおやゆび姫に「僕といっしょに行きませんか。君の大きさならぼくの背中に乗れますよ。僕といっしょに遠くの緑の森に行きましょう」といいました。しかしおやゆび姫は、野ネズミが悲しむのを知っていたので、断りました。お別れです。おやゆび姫は涙を浮かべました。ツバメは緑の森の方角に飛んでいきました。

一方、おやゆび姫は、モグラに求婚されました。野ネズミの後ろ盾で嫁入り道具の準備が始まります。しかしおやゆび姫はちっとも嬉しくはありませんでした。身も心も醜いモグラなど、ちっとも好きにはなれなかったのです。



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秋がやってきて、おやゆび姫の嫁入り道具はすべて整いました。しかしおやゆび姫は野ネズミに逆らい、モグラとの結婚を拒みました。しかし有無を言わさず結婚式の日取りは決められてしまいます。その当日モグラは地下深くに、おやゆび姫を連れていくつもりです。もうお日様ともお別れです。

するとそこにあのツバメがやってきました。そしておやゆび姫に、「もう、ぼくは南の国に旅立たなければならない。今度こそ一緒に行きましょう。さあ背中に乗ってください」といいました。

おやゆび姫は決意しました。ツバメの背中に座り、空いっぱいに広げた翼に両足を乗せ、一番丈夫な羽の一本に腰のリボンを結びつけました。ツバメは大空高く舞い上がりました。空気は冷たく凍えそうでした。おやゆび姫はツバメの温かな羽毛に潜り込んで小さな頭だけを外に出しました。



こうしてふたりは、やっと温かい国にたどり着いたのです。そこでは明るいお日様がずっと輝いて、空は透き通って見えました。道端には様々な果実が実っています。

ツバメがますます遠くに飛んでいくに連れ、どの場所もどんどんすてきに見えてきました。ようやくふたりは青い湖のほとりにやって来ました。青々とした木々が茂り、白い宮殿がたっていました。

宮殿の柱のてっぺんには、たくさんのツバメの巣がありました。その中におやゆび姫を載せてきたツバメの家があリます。



ツバメは「これがぼくの家だよ。でも、もし、君があそこに咲いているすてきな花を住まいにしたいなら、その中からひとつ選んでください。そこにおろしてあげますよ。君は自分の好きなように暮せばいいんだ」といいました。

おやゆび姫はこの上なく美しい大きな白い花を選びました。ツバメはおやゆび姫をそっとおろしました。

するとおやゆび姫は驚きました。その花の真ん中に小さな人がいたのです。



そのひとは水晶みたいに白く透き通っていました。頭には金の冠をかぶって両肩には輝くような翼がついています。親指姫と同じくらいの背の高さです。

実は、その人は、花の天使でした。その中でも王子様のようです。王子様は、これまでおやゆび姫のように、こんなに美しい少女を見たことがありませんでした。

王子様はおやゆび姫に求婚します。「あなたは花の女王になるのです」おやゆび姫は「はい」と答えました。



するとすべての花は開き、中から立派な女の人や男の人が出てきました。みんなはおやゆび姫に一つずつ贈り物を持ってきました。中でも素敵だったのは一対の羽で、おやゆび姫の背につけると花から花へ飛び移ることができました。

ツバメがお祝いの歌をうたいます。でもツバメはとても悲しかったのです。なぜならおやゆび姫を愛していたからです。別れたくはありませんでした。

「これからは、おやゆび姫と呼んではいけない」と花の天使はいいました。これからはマイアと呼びましょう。

「さようなら、さようなら」とあのツバメはいいました。彼は、その温かい南の国を飛び立って、デンマークへ戻りました。ある家の窓の上に彼の巣はあって、その家には童話作家が住んでいました。ツバメは「ピーチク、ピーチク」と歌ったのだけれども、実はその歌こそが、このお話というわけなのです、と物語は結ばれます。

-1835年-



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アンデルセンの伝記を読むと、彼がどんな気持ちで書いたのかよくわかります。伝記のひとつに過ぎませんが、ブログ記事にしてあるので、よろしければ読んでみてください。(『 アンデルセン―夢をさがしあてた詩人』

結びに、この物語は童話作家の家の軒に暮らす、ツバメの歌だという告白がありますが、アンデルセンが共感を寄せているのは明らかにこのツバメです。そして、物語後半はほぼ、おやゆび姫とツバメの恋愛譚になっています。

物語では、ツバメはおやゆび姫との別れを迎えなくてはなりません。アンデルセンの数々の失恋が、この物語の背景になっているのではないでしょうか。

アンデルセンが、恋愛において、ロマンチストであったことも感じられます。優れた作家は、皆、優れた空想家です。

空想というと、妄想のことをおっしゃられる方がいらっしぃますが。空想と妄想は全くの別物です。優れた空想は、魔法がかけられたように、ちゃんと現実に生成します。



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18:26 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『大クラウスと小クラウス』 H.C.アンデルセン グリム『小百姓』を下敷きとした物語?
ある村に、同じ名前のふたりの男が住んでいました。ふたりとも、名をクラウスといいました。

片方のクラウスは四頭の馬を持っていましたが、もう片方は一頭だけしか持っていませんでした。そこで村人は、それぞれを大クラウス、小クラウスと呼んでいました。これから、このふたりがどうなったかをお話しましょう。



平日、小クラウスは、自分の持つ一頭の馬に、鋤をつけて、大クラウスのために畑を耕しました。その代わりに大クラウスは日曜日にだけ四頭の馬を小クラウスに貸し出し、耕作を手伝いました。

毎週日曜日、小クラウスは、この日だけは自分のものとばかりに、五頭の馬に向かって、さも誇らしげに鞭をくれるのでした。



ある日曜日、村人は皆、牧師のお説教を聞くために教会に出かけました。村人の目には五頭の馬を従えて畑を耕す、小クラウスの姿がよく見えました。小クラウスは、大声で怒鳴ります「おいらの馬ども、そら頑張れ!」

大クラウスはいいました「馬ども、だと。そんなことを言うと許さんぞ。おまえの馬は一頭だけだ。今度言ったら、おまえの馬の鼻面を殴って殺してやる」小クラウスは「もう言わないよ」と約束しました。

しかし小クラウスは、教会に行く村のひとが、通りがかりに挨拶するとつい得意になって、また同じように言ってはいけないことを言ってしまうのした。

大クラウスは怒って槌をつかむなり、小クラウスの大切にしていた、たった一頭の馬を思い切り殴りつけて、本当に殺してしまいました。小クラウスは、さめざめと泣きました。



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やがて小クラウスは気を取り直して、死んだ馬の皮をむいて乾かし、袋に入れ、町へ売りに行きました。町までは、長い道のりです。しかも突然の暴風雨に襲われ、道に迷い、日が暮れてしまいました。

ふと見ると、道のすぐ脇に大きな百姓屋があり、鎧戸は閉じられていますが、戸の上の方から室内の明かりが漏れてきます。きっとここなら泊めてくれるだろうと小クラウスは戸を叩きました。

その家の奥さんが戸を開けてくれましたが、「夫が留守をしているから、見知らぬ男など泊めることはできない。よそへ言ってくれ」とけんもほろろに宿泊を断られ、追い出されました。



小クラウスは、その百姓屋のそばに、茅葺き屋根の納屋を見つけ、その納屋の屋根なら素晴らしいベッドになるだろうと思い、屋根の上に登り、やれやれと横になってくつろいでいると、母屋の窓の鎧戸の上にある隙間から、部屋の中が見ることができました。

ワインやローストビーフ、美味しそうな魚料理、ケーキまでもががテーブルに並べてありました。大したごちそうです。奥さんと役僧(教会の事務を執り行う僧侶)がテーブルに座っていました。小クラウスはちょっとでもいいから分けてもらいたいなと思っていました。



その時、誰かが、馬に乗って家の方にやてくる音が、街道の方から聞こえました。この百姓屋の主人です。ここのご主人はふたりといない好人物でしたが、唯一役僧だけを嫌っていました。だからこそ役僧はこっそり奥さんに会いにきているのでした。

この時、亭主がやってくる足音を聞いたふたりは、びっくり仰天。奥さんは慌てて役僧に、部屋の隅にある大きな箱に隠れるように命じました。役僧は言われたとおりにしました。ここの亭主は、役僧が嫌いなことを知っていたからです。

奥さんは慌ててワインをオーブンの脇におき、オーブンの中にごちそうを隠しました。夫がこの祝宴をみたら激怒するのが知れていましたから。隠されたごちそうを茅葺き屋根の上から見ていた小クラウスは「あーあと大きくため息をつきました」



それを聞いた亭主は、屋根の上にいる少クラウスを見上げ、「なぜそんなところにいる。一緒に入りなさい」と迎えてくれました。

小クラウスは道に迷い、日が暮れてしまったことを正直に話すと、亭主は彼を家に泊めてやることにしました。奥さんはふたりをいそいそと迎え入れ、テーブルについたふたりにお粥を出しました。

しかし小クラウスは、先程隠された、オーブンの中のごちそうのことばかり考えていました。



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小クラウスはテーブルの下の足元に馬の皮の入った袋を置いていました。彼はこの袋を思いっきり踏みつけました。するとギュウというやかましい音がしました。小クラウスは「しっ!」と袋に話しかけました。

亭主は「その袋に何を入れているのかね」と尋ねました。すると小クラウスは「これは魔法使いなんでさあ」と答えました。

そして「こいつがおいらたちのために、ごちそうをオーブンの中に、ワインをオーブンの隅おいてあると言ってまさあ」と付け加えました。どれも奥さんが隠したものです。亭主はそれを見つけると、魔法使いによって呼び出されたものと思いました。

ふたりは喜んでごちそうを食べました。ワインを飲み、気の大きくなった亭主は、少クラウスに、「その魔法使い、悪魔も呼びだすことができるかね?」と尋ねました。



小クラウスは再び袋を踏みつけて鳴らすと、「はいと言ってまさあ。しかし悪魔というのはとても嫌な顔をしているから気分が悪くなるかもしれないよ」といいました。

亭主は「悪魔はどんな顔をしているのか」と尋ねました。すると小クラウスは「役僧のような顔をしている」と答えました。役僧の嫌いな亭主はひとりがってんします。しかし亭主は「こうなったら乗りかかった船だ。悪魔を呼べ」といいました。

小クラウスは「魔法使いに聞いてみる」というと再び袋を踏みつけ、前かがみになって袋に聞き耳を立てるふりをしました。そして「部屋の隅の大きな箱をあけよ」といいました。奥さんの言うとおりに隠れていた役僧は、箱の中でブルブルと震えました。



亭主は大きな箱の蓋を少し持ち上げ中を覗いてみます。すると「ひゃあ!」と飛び退いて、「悪魔をみたぞ! まさしく役僧そっくりだ。こうなったらお酒を飲まずにはいられない」といって夜遅くまで飲み続けました。

やがて亭主は「その魔法使いを売ってくれ、大枡一杯の金を払う」といい出します。魔法使いが欲しくてたまらなくなったのです。交渉は成立します。ただしあの悪魔の入った大きな箱は気味が悪いから引き取ってくれといいました。小クラウスは大桝いっぱいのお金を得ました。

こうして今度はこの役僧の入った箱で大桝いっぱいの金を得るエピソードが続きます。小クラウスの一頭の馬は、とんだ大金になリました。これを知った大クラウスはさぞかし悔しがるだろうと、小クラウスはひとりほくそ笑みました。



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そして小クラウスは、この出来事を、大クラウスにそれとなく知らせました。大クラウスは「いつの間に馬の皮の相場が跳ね上がったのだろう」と思い、彼は慌てて家に変えると、持ち馬四頭全てを殺して、皮を売りに行きました。

大クラウスは馬の皮一枚を大桝いっぱいの金に変えようとしますが、町の人は誰も相手にしません。そして大クラウスがあんまりしつこいので、町の人は怒って大クラウスを打ちました。彼は小クラウスに騙されたことを知って殺してやると復讐を誓います。

ところが抜け目のない小クラウスへの復讐を大クラウスは果たすことができません。そればかりか間抜けな大クラウスは、復讐しようとするたびに騙されて自分の大切なものを失い、人殺しにまで身を落としていきます。

また、小クラウスは、そのたびに財を築いていくのでした。終いには、大クラウスは少クラウスに騙されて、自ら死んでしまいました。

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グリム童話の『小百姓』を下敷きにした物語と思われます。細かいエピソードは当然異なりますが、展開もテーマもそっくりです。



ひとりの貧しく良心的な主人公、小クラウスは、人生の小さな幸せに満足して、暮らしていました。

しかし、それを、愚かな富める者、大クラウスががぶち壊してしまいました。主人公、小クラウスが大切にしていた馬を殺してしまったのです。

堰がきれたように、自らの悔しい思いを晴らすため、主人公、小クラウスは抜け目のなさを発揮し、愚かな富める者、大クラウスをおとしいれていきます。



伝記を読めばわかる通り、明らかにアンデルセンは、小クラウスに心情を寄せています。貧乏で弱かった彼の幼少期が忍ばれます。



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18:24 : アンデルセン童話集〈上〉 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『ほくち箱』 H.C.アンデルセン 童話という名の魔法
イチ・ニー、イチ・ニー。広い通りに沿ってひとりの兵隊が行進してきました。兵隊は、もううんざりするほど戦争をしてきたので、今は故郷に帰りたいと思っていました。

そして兵隊は道中、魔法使いのおばあさんに出会いました。魔法使いは、兵隊にそばにある木を指差していいました。「あの木の中はがらんどうになっていて、てっぺんの穴から下に降りることができる。あんたの体に綱を巻くから、いつでも引き上げることができる。だから仕事をしてくれ」と。



話によると、木のてっぺんから下に降りれば、そこは大広間になっていて、3つの扉があり中にはそれぞれ部屋がある。一番の部屋には銅貨、二番の部屋には銀貨、三番の部屋には金貨の入った大きな長持ちがあって、それぞれの長持ちの上には、大きな犬が乗っていいるというのです。

またその犬は、硬貨の値打ちの順に大きくなり、金貨の長持ちの上の犬は、コペンハーゲンの円筒(直径約15m)ほどの大きさの目をした大きな犬が乗っているというのです(銅貨、銀貨の長持ちの上に座っている犬も、その大きさは、目の大きさが何かに比喩されて表現されます)。

しかし犬は、魔法使いの差し出したエプロンの上に移せば、その間に安全にそのお金を取ることができるというのです。

そして魔法使いは、そのお金を兵隊にあげるから、自分には木の洞の中に忘れてきた、ほくち箱(火をおこすのに使う火打ち石や火口の入った箱)を取ってきてくれればそれでいいというのです。兵隊はこんなうまい話しはないと思って引き受けました。



兵隊は魔法使いのおばあさんの仕事をこなしました。兵隊はたくさんの金貨とほくち箱を持って、木の洞の中から出てきます。

魔法使いはほくち箱を渡せといいます。兵隊は、不審に思い、こんなほくち箱をどうするつもりかと尋ねました。

しかし魔法使いは死んでも話さないと言うので兵隊は魔法使いの首を剣ではねました。そして町に向かいました。



そこは素晴らしい町でした。兵隊は、有り余るお金で、町で一番の宿に泊まり、好きなものをたらふく食べました。そしてすてきな服を買いそろえると、どこからみても一人前の紳士となりました。

すると町の人は、ここでみられる一番美しい場所だとか、美しいお姫様の話を兵隊にしてくれました。兵隊はお姫様に興味を持ちます。

兵隊は町の人に、どうしたらお姫様を見られるのかと尋ねました。しかし町の人によると、お姫様は銅のお城に住まい、そこに出入りできるのは王様だけだといいました。王様は予言で、お姫様が、ただの兵隊と結婚すると知って、銅のお城に閉じ込めてしまったというのです。



兵隊は魔法使いから得たお金で、裕福に暮らしました。また彼は無一文の辛さを知っていたので、貧しい人にお金を与えました。そこが彼の優しいところでした。

やがて兵隊は、お金を使うだけで少しも稼がなかったので、とうとうお金が底をつきます。安い宿に移り、やがて町の人も離れていきました。



ある夕暮れ時、兵隊はろうそくを買うお金もなくなり困っていると、彼は、あのほくち箱のことを思い出しました。そしてろうそくの燃えさしを取り出し、火打ち石を叩いて火花をちらしました。

すると、いつかの木の洞の中で会った、あの銅貨の長持ちの上に座っていた犬が現れ「旦那様、ご命令を」というのです。兵隊は驚きました。なんとこのほくち箱は、何でも望みを叶えてくれる、あの有名な魔法のほくち箱だったのです。兵隊はお金を少し持ってきてくれと命令しました。すると、犬は、金貨が詰まった袋をくわえて戻ってきました。

この箱は一回叩くと銅貨の長持ちの上に座っていた犬が現れ、二回叩くと銀貨の長持ちの上に座っていた犬が現れ、三回叩くと金貨の長持ちの上に座っていた犬が現れることも知りました。兵隊はまた裕福な暮らしに戻り、町の人も再び集まってきました。



さて兵隊には思うところがありました。お姫様はたいそう美しいというのに、城から出ることもなく、誰にも見ることはできないというのは、不自然なことではないのか。せっかくの美しさも台無しなのではないのかと。

兵隊はある日、今は真夜中だけれども、このほくち箱を使ってお姫様に会いたいと思いました。そしてそれを実行に移します。

犬はすぐに、お姫様を背中に乗せてやってきました。お姫様は眠っていました。兵隊は何しろ、生まれ持っての無骨者だったので、お姫様に口づけをしてしまいます。しかし、お姫様は夢の中の出来事と思いました。



翌朝お姫様は、昨夜の不思議な夢の出来事を王様とお后様に。話しました。お后様は、その夢を不審に思い、晩になると、お姫様に、女官を寝ずの番につけました。本当に夢の出来事なのかを確かめるためです。

一方、その晩も兵隊は、お姫様を連れ出しました。お姫様が犬に連れ出されるのを見た女官は後を追いました。女官は水靴というものを履いていたので、犬の速さについていくことができました。女官は兵隊の宿をつきとめると、その扉に大きくチョークで×印をつけました。

けれども翌朝それに気づいた兵隊は、町中の家の戸に×印をつけて回りました。女官は兵隊の宿を特定することができなくなりました。

しかし、お后様は賢いお方で、小さくて、しっかりした袋を作ると、中に小麦粉を入れ、お姫様の背に結わえ付けました。そして、その袋に小さな穴を開け、お姫様の行方が知れるように、白い粉の筋がつくような仕掛けを作りました。これで兵隊の宿は知れてしまいます。



兵隊は牢に入れられてしまいました。牢番は明日、兵隊が首吊りの刑にされることを伝えました。

翌朝、鉄格子のついた小さな窓の向こうに、街中から首吊りの刑を見に集まってくる人々が見えます。その中に靴屋の小僧さんが、ちょうど折よく、牢屋の壁沿いに沿って走ってきます。

兵隊は靴屋の小僧さんに話しかけました。「俺の宿から、ほくち箱を持ってきてくれたら四シリングあげるんだがね。でも大急ぎで行ってくれないとあげないよ」

靴屋の小僧さんは四シリングが欲しかったので、ほくち箱をすぐに持ってきました。さあこれからどうなるでしょうか。



首吊りの刑の用意は整いました。王様と役人が前に座り、周りを、町の人々が囲っています。

兵隊は「不幸な罪人が、その償いとして命を召される前に、ささやかな願いをすることがひとつ許されることになっていましたよね」といいました。そしてタバコを吸うことを王様に所望します。

これには王様も、だめだとはいえませんでした。そこで兵隊はタバコに火をつけようとほくち箱を取り出します。

カチン、カチンカチン、カチンカチンカチン。すると出し抜けに三匹の犬が現れました。兵隊は犬たちに、この首吊りの刑をやめさせてくれと命じました。すると犬は役人たちや王様たちを、足や鼻面で遠くに跳ね飛ばして、体をバラバラにしてしまいました。



町の人々は叫びました。「小さな兵隊さん。あなたこそこの町の王様です。あの美しいお姫様をもらわれるお方です」そしてお姫様は銅の城から開放されました。

お姫様は、新しいお后になったことを、ことのほか喜び、婚礼は一週間続きました。そして三匹の犬もテーブルに座り、それぞれの目を、見るものすべてに、いよいよ大きく見開いたのだった、と物語は結ばれます。

-1835年-



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ひとりの、苦労人を思わせる兵隊が、偶然手に入れた魔法の力によって、未来を切り開いていきます。

彼の魔法の使い方は、無骨ですが、道義的に人間性を逸脱することはありません。これは彼のこれまでの人生がそうさせているのでしょう。そんな兵隊に、温かな視線が注がれています。やがて、その魔法の使い方も、次第に洗練されていくことが予想されます。

逆に、はじめから、すでに持っているが故に、力をどう使うべきかなどは知らず、強力な力を背景に、他人を自分のために利用したり、また、そのために、他人を枠にはめて束縛しようとするような、非人道的な人間は、容赦なく排除されます。



アンデルセンの伝記を読むと、兵隊には、彼の人格が分け与えられているのがよくわかリます。

アンデルセンにとって、偶然、手に入れた魔法の力とは、童話だったのかもしれません。彼は、様々な挫折の末に、童話作家としての不動の地位を築いています。

そんな自らの体験を示すように、最後三匹の犬は、その大きな瞳を、見るものすべてに、いよいよ大きく見開いたのだった、と物語は結ばれます。

これは見識の拡大を意味しているのではないでしょうか。はじめは無学で粗野だったアンデルセンが、洗練された人物へと変貌していく、彼のたどった人生そのものを、例えているようにも思えます。



本文中に、靴を用いた描写が多くみられますが、これはアンデルセンの愛した父が、靴職人であったことと関係するかもしれません。



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