子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
<< December 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>



宮沢賢治童話全集 2 ふた子の星 リンク
やまなし』 宮沢賢治童話全集 2 より - 独創的な空想力が高度に結晶化された散文詩
ありときのこ』 宮沢賢治童話全集 2 より - 緻密な観察眼から生まれる独自のユーモア
いちょうの実』 宮沢賢治童話全集 2 より - 旅立ちの希望と不安が語られる散文詩
雪渡り』 宮沢賢治童話全集 2 より - 大人と子どもの境界線
黒ぶどう』 宮沢賢治童話全集 2 より - 賢治の、知的、美的なものに対する嗜好
かえるのゴムぐつ』 宮沢賢治童話全集 2 より - 痛烈な風刺が込められた物語
気のいい火山弾』 宮沢賢治童話全集 2 より - デクノボウを表象する火山弾
ふた子の星』 宮沢賢治童話全集 2 より - 『銀河鉄道の夜』序章
めくらぶどうと虹』 宮沢賢治童話全集 2 より - 美を顕現するまことの力
黄いろのトマト』 宮沢賢治童話全集 2 より - 童心に寄り添う空想による一貫した手法





JUGEMテーマ:童話




18:23 : 宮沢賢治童話全集 02 ふた子の星 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『黄いろのトマト』 宮沢賢治童話全集 2 より - 童心に寄り添う空想による一貫した手法
わたしなる人物が、子どもの頃、朝、学校に行くに途中に、博物館に立ち寄り、今では、博物館のはく製となっている蜂雀が、まだ生きていた頃のお話として語られる蜂雀を話者とした物語が、この作品の軸となっています。少し複雑な構成ですね。



ペムペルとネリの兄妹は畑を耕して、歌をうたいながら楽しく暮らしていました。蜂雀がもったいぶるように、始終この兄妹のことを可哀想にとつぶやきながら、ぽつりぽつりと話しを始めます。トマトに黄色い実がなったのを、兄弟は黄金製と思い込んでしまいます。

ある夕方に遠くの野原の方から、なんともいえない奇態ないい音色が聞こえてくるので、ふたりの兄妹は音のする方へ出かけていきました。音のするところへ到着してみると、どうやら何かの見世物のようです。

大人たちは金銀を払って見世物の小屋に入っていきます。二人の兄妹も入ることにしました。そこでペンペルは、自分たちの畑になった黄金のトマトを取りにうちへ帰りました。

ペンペルが行って戻ると、二人は入場口で、黄金のトマトふたつをを差し出しました。しかしトマトを差し出された大人は怒ってトマトを投げつけてしまいます。二人は傷ついて逃げて帰りました。



蜂雀はわたしには、もう悲しくて話せないといい、子供の頃のわたしなる人物の涙の回想と共に、物語は結ばれます。



illust3786-c



鉢雀の語るペンペルとネリの可哀想なお話ですが、誰しも子どもの時に、彼らと同じような経験をするのではないでしょうか。そう、大人に拒否される悲しみが描かれます。

ペンペルとネリは、黄色いトマトを黄金製と思い、それが通貨と同じ価値を持つと思ったわけですが、それらの思いは無残にも大人たちに傷つけられてしまいます。

読者がペンペルとネリくらいの少年少女なら、たいへん共感するのではないでしょうか。また、大人にも、ある種の通過儀礼の思い出として、切ない気持ちを呼び起こすかもしれません。



賢治の手法は、一貫して童心に寄り添います。それゆえ童話作家なのですが、一見大人に向けたであろう作品においても、その主張のされ方は、さほど変わりありません。

空想の足場が常に子どもの視点からなのです。あるいはそれらを純粋な視点といってもいいのかもしれません。ともかくそこからブレることがないのです。

空想は、我々を老いから防いで、子どもらしさのうちにとどめてくれるとはトールキンの言ですが、賢治の空想とその作品たちを、そんな角度から考察してみるのも面白いかもしれません。



生前未発表
現存草稿の執筆は大正12年頃。一部大正13〜15年頃手入れ。



JUGEMテーマ:童話





18:24 : 宮沢賢治童話全集 02 ふた子の星 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『めくらぶどうと虹』 宮沢賢治童話全集 2 より - 美を顕現するまことの力
季節は秋でしょう。城跡の真ん中の小さな四つ角山に、めくらぶどうの木がに虹のような実を実らせていました。そこへ、かすかな日照り雨が降り、大きな虹がかかりました。

めくらぶどうは、虹に語りかけました。虹への自分の敬いの気持ちを受け取ってもらいたい、そしてその美しさのためなら自分の命を百ぺん捧げてもいいとまで言わしめます。

しかし虹は、美しいのはあなたも同じだと、めくらぶどうをたしなめました。そして、すべての存在は、まことの力のなせる技で、現れては消えるけれど、皆限りない命であり、同じ喜びの発露であると語ります。

それを聞いても、めくらぶどうはおさまらず、わたしを導き、連れて行ってくださいと願うものの、虹は儚く消えていきます。





めくらぶどうの、美への求道的な探究心が語られます。そこには、賢治の生き方の姿勢が、端的に示されているのではないでしょうか。



まことの力とはなにを意味するのでしょうか。それは賢治にとって、美というものを顕現させる力に等しいものと思われます。具体的にそれは、やはり仏教思想から派生してくるものなのでしょうか。

賢治は終生それを頼りに創作活動を行ったものと思われます。それらすべての活動は、彼の作品世界に詩として昇華されます。



生前未発表
後に改題され『マリヴロンと少女』とし、大幅な手入れがなされます。登場者の植物、虹から人間へ変更されます





JUGEMテーマ:童話


18:27 : 宮沢賢治童話全集 02 ふた子の星 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『ふた子の星』 宮沢賢治童話全集 2 より - 『銀河鉄道の夜』序章
ふた子の星 一

天の川の岸の双子の宮で、毎夜星めぐりの歌に合わせて銀笛吹くことを役目としているチュンせとボーセ童子という小さな二つの星がありました。

ある朝、二人は空の泉に来てみると、大ガラスとサソリの星の死闘が始まりました。両者は相打ちになり、それを二人の童子が介抱します。

そして深い傷を負ったサソリを今夜の星めぐりに間に合うように二人の童子は送ってやりました。

しかし二人の童子は、自身の役目を果たすべく宮に帰るための時間がなくなりました。すると、空の王様の使者である稲妻が現れて、二人の童子を助け、時間に間に合うように運んでくれました。



ふた子の星 二

ある晩、乱暴者の彗星が、二人の童子をだまして連れ出し、海に落としてしまいます。二人の童子は、ヒトデとなって海底を這っていました。

しかし、二人が難儀していたところに海蛇が現れて、二人は、海の王様のところへ連れて行ってもらいます。海の王様は空の王様のしもべでもありました。

二人の童子は、海の王様の好意で、王様の使者である竜巻に連れられて、無事自分らの夜の役目を果たすべく宮にたどり着きました、と物語は結ばれます。



illust3786-c



賢治の童話処女作の一つです。もうひとつの童話処女作と思われる『蜘蛛となめくじと狸』が現実批判であるのに対して、この物語は純粋なる者への憧憬が語られます。その意味では『銀河鉄道の夜』の序章とも取れる作品です。

個人が世間に対する場合、こういうタイプの物語のほうが、かえって効力を持つものと思っています。批判は多くの場合、相対するものに、火に油を注ぐような結果におちいりがちになりかねないからです。

また、舞台は天上界であり、その幻想的世界は、視覚的にも感覚的にもたいへんファンタジックな描写がなされます。



さて、童話として子どもが読む場合にはなにも問題はありません。前述の通り作品世界は賢治が心の底で希求したものなのでしょう。ところが、大人が読む場合、この物語が処女作であるがゆえの、楽天性や甘さがいささか目につきます。

しかしそれが、いかに止揚されて『銀河鉄道の夜』にまで至るのかを考察することが、賢治の童話の骨格をどうとらえるかに関わる重要な問題になると思います。



生前未発表
大正7年に『蜘蛛となめくじと狸』と共に家族に読み聞かせた童話の処女作の一つ
現存草稿は大正10年頃



JUGEMテーマ:童話





18:10 : 宮沢賢治童話全集 02 ふた子の星 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『気のいい火山弾』 宮沢賢治童話全集 2 より - デクノボウを表象する火山弾
ある死火山の裾野に、ベゴとあだ名される、大きな丸い黒い石がじっとすわっていました。ベゴというあだ名は、そこら周りに散らばっている、角のある石によってつけられたものです。

べゴ石は、気が良く、温厚で、一度も怒ったことがない事から、周りの角のある石からは、からかわれ放題でした。

べゴ石は、周りの石ばかりではなく、隣に生えたおみなえしや、どこかから飛んできた蚊や、自身に生えた苔にさえ馬鹿にされる始末。



そんなとき地質学者がやってきてベゴ石を典型的な火山弾と認め、東京帝国大学に標本として送られようとしています。

べゴ石は、自分の行き先をあまり楽しいところではないとしながら、それぞれは自分にできることをしなければならないと受け入れ、人によって運ばれるところで、物語は結ばれます。





岩石に興味のあった、賢治ならではの物語になっています。賢治の故郷では、賢治によって叩かれたことのない石はない、とまで言われています。

ベゴ石という火山弾が表象するものは、賢治が創作活動で打ち出した、『雨ニモマケズ』のデクノボウというあり方を思わせます。

つまり賢治が理想とした存在のあり方を、端的に表現しています。賢治は、石という存在から、デクノボウというあり方に導かれていったのかもしれません。



生前未発表
現存草稿の執筆は大正10年頃





JUGEMテーマ:童話


18:18 : 宮沢賢治童話全集 02 ふた子の星 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『かえるのゴムぐつ』 宮沢賢治童話全集 2 より - 痛烈な風刺が込められた物語
林の下を流れる深い堰のほとりにカンがえる、林の中にブンがえる、林の向こうのすすきの影にベンがえるが住んでいました。



三匹は夏の夕方にそろって雲見をします。人間でいうところの花見や月見のようなものです。雲の形はべネタ形(平たい形)が理想でした。それは自分たちの顔や姿に似ているからです。

その雲見の時にヘロン(人間)界でゴム靴が流行っているとの噂が話しに登り、カンがえるは、以前チブスで苦しむのを助けたことのある野ねずみに、それを入手させます。

野ねずみは恩返しのために、それを請け負いますが、しかしそれは、恩を返しすぎたというほどの大変な苦労を伴いました。

早速カンがえるはゴム靴を加工して、自分の身の丈に合わせて整形しました。



翌々日の雲見の時、ゴム靴を履いたカンがえるは、ブンがえるとベンがえるの羨みの対象になりました。

またそこへ、美しいかえるの娘、ルラがえるが婿探しにやって来ました。ルラがえるは、ブンがえるとベンガエルのアピールには目もくれず、カンがえるを選びました。

それはゴム靴のなせる仕業です。それ以外かえる三匹の見分けはつかなかったからです。カンがえるとルナがえるは式の日取りを決めます。

カンがえるは有頂天です。ブンがえるとベンがえるは妬みの心から、カンがえるを痛みつけるための相談をしました。



さて式の日です。ブンがえるとベンがえるは式の前に、カンがえるの手を引いて、萱の刈り後を歩かせ、ゴム靴をボロボロにしてしまいます。

これではカンがえるがカンがえるである証が立ちません。しかし、なんとかルラがえるはカンがえるを見分け、式は取り行われました。

さらにブンがえるとベンがえるは、式の後、新婚旅行に同席すると称して、木の葉をかけて隠してある穴の上にカンがえるを釣れ出し、落とそうとします。しかしカンがえるが抵抗したため、三匹はそろって穴に落ちてしまいました。

ルラがえるは、父に助けを求めました。しかし、皆、酒に酔って寝ています。ルラがえるは、途方に暮れました。



それから数日後、ようやくルラがえるの父は目覚め、娘が青くなって寝ているのに気づきます。

父親は娘にわけを聞くと、娘は式後の出来事を話します。父親は皆を引き連れて、三匹のかえるを助けに行きました。そして三匹は穴から引き上げられます。三匹はもう半分死んでいました。しかし、皆の看護で生還します。

カンがえるの結婚生活は始まり、ブンがえるとベンがえるは改心したと物語は結ばれます。





賢治の思想が色濃く出た物語であると思います。三匹のかえるは、だれがどうのというのはありませんが、嫉妬、羨望、傲慢を表していて、それが戒められているのではないでしょうか。動物寓話によく見る展開ですね。

初期形ではタイトルも『蛙の消滅』であり、三匹のかえるは死んでいるので、賢治の激しい思いをうかがい知ることができます。

またべネタだのヘロンだの、かえるの間で用いられる言葉は、賢治の造語でしょうか。特定の作家にはよく見られる手法ですね。



生前未発表
初題『蛙の消滅』
初期形清書は大正10年秋頃





JUGEMテーマ:童話


18:28 : 宮沢賢治童話全集 02 ふた子の星 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『黒ぶどう』 宮沢賢治童話全集 2 より - 賢治の、知的、美的なものに対する嗜好
赤ぎつねに誘われた子牛は、共にベチュラ公爵の屋敷に忍び込みます。子牛は書斎でシナの地理の本を読みたいと思ったり、衣装部屋では公爵の子どもが着ていた赤い上着を見てみたいと思うものの、赤ぎつねは無関心で先へ進まざるを得ません。

二階の一室でふた房の黒ぶどうを見つけた赤ぎつねは、子牛にすすめながら早速それを食べ始めます。ところが階下から音がして、人間が階段を登ってくると、赤ぎつねはさっと逃げ、子牛は人間に見つかってしまいます。

子牛は迷ってきたんだねと言われ、ヘルパ伯爵の二番目の娘に、黄色のリボンを結ばれようとするところで物語は閉じます。





大胆な赤ぎつねとナイーブな子牛の取り合わせが印象的です。赤ぎつねは現実主義者のそれで、花より団子。黒ぶどうに夢中です。

それに対して子牛は知的、美的世界に興味を示します。賢治はおそらく子牛の心情に心を寄せています。そして最後に、屋敷を訪れた娘によって、この子牛にリボンまで結ばせています。

また、赤ぎつねのずる賢さにも注目したいところです。なぜなら、賢治は前記事の『雪渡り』で、きつねに昔話などでよく描かれるステレオタイプな性質を与えず好印象に導きました。それに対して、この物語では、よく描かれるきつねを、そのままトレースしています。きつねのキャラクターの書き分けが見られるのです。



生前未発表
大正12年頃の清書、初稿か否かは不明





JUGEMテーマ:童話


18:26 : 宮沢賢治童話全集 02 ふた子の星 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『雪渡り』 宮沢賢治童話全集 2 より - 大人と子どもの境界線
雪渡り その一(子狐の紺三郎)

雪がすっかり凍ってまるで大理石のように固くなった日、小さな雪ぐつをはいた四郎とカン子はキックキックキックと野原にでかけます。

そして「堅雪かんこ、凍み雪しんこ。狐の子ぁ、嫁ほしい、ほしい。」と森にむかってさけぶと、森の中から白い子ギツネ紺三郎が出てきます。

紺三郎は狐が人を騙すのは嘘であり、「騙されたという人は大抵お酒によっていたり、臆病でくるくるしたりした人」だといい、二人を狐の幻燈会に招待しました。

この催しは、十一歳以下の人間が対象です。二人は、三人の兄たちも呼ぼうとしますが、年齢制限で叶いません。



雪渡り その二(きつね小学校の幻燈会)

十五夜の月が出て雪の凍った夜、四郎とかん子は、きつねにあげるお餅を持って幻燈会にでかけます。きつね小学校の生徒たちと一緒に『お酒を飲むべからず』、『罠を軽蔑すべからず』、『火を軽蔑すべからず』が上映されました。

そして、きつねの作ったきびだんごが四郎とかん子に振る舞われます。二人はこれを食べました。これを食べるということは、きつねが人を騙すということが嘘であると信じた証となるので、きつねたちは大喜びしました。

そして「大人になっても嘘をつかず、人を嫉まず、私どもきつねの今までの悪い評判をすっかりなくしてしまう」ことを期待する、という紺三郎の閉会の辞で幻燈会は幕を閉じました。

きつね小学校の生徒たちは感動して涙を流しています。子ぎつね紺三郎は今夜のご恩は忘れませんと言いました。四郎とカン子は、お辞儀をして帰りました。三人の兄たちが迎えに来ています。



illust3786-c



ぶどう水』同様、背景で四郎とカン子が冬の寒空の中を「堅雪かんこ、凍み雪しんこ。」と歌う童謡が、リフレインするような仕掛けがしてあります。これによって、賢治のファンタジー世界に一気に引きこまれます。



また、このお話も、『林の底』同様、土台には日本の昔話が参照されています。この物語では、あのステレオタイプなきつねのキャラクターに関することが問題とされているのでしょう。そう、あの人を化かすというきつねです。

創作童話をする作家は、どうもこの昔話の、ステレオタイプのきつねの設定を弄りたがるようです。賢治のこの物語に比べれば、まだまだ改変量は少なめですが、新美南吉の『ごんぎつね』も、そんな作品の一つでしょう。

お話は、子きつねの紺三郎に、四郎とカン子が大人になっても、嘘をつかず、人を嫉まず、きつねの悪評を正す人になるでしょうと結ばれます。

昔話では人を化かすきつねが、この物語では道徳を語っているのです。賢治の、きつねの心象を変えようとする試みと言ってもいいでしょう。



またこの上映会、十一歳以下の人間が対象で、四郎とカン子の兄たちは呼ばれません。

この線引きは、賢治にとっての子供と大人の境界線を意味しているのではないでしょうか。たいていの大人にはもう手遅れで、無駄口にしかならないものとしての、幻燈会の差別化の試みとも取れます。ともかく、この十一歳という年齢は、賢治にとって重要な設定であるように思われます。



初出「愛国婦人」(大正10年12月、大正11年1月)



JUGEMテーマ:童話





18:39 : 宮沢賢治童話全集 02 ふた子の星 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『いちょうの実』 宮沢賢治童話全集 2 より - 旅立ちの希望と不安が語られる散文詩
高空を鋭い霜のかけらが風に流されてゆきます。

もう晩秋と思われき、寒い夜明け前のこと、母なるいちょうの木は、千粒の子である、いちょうの実との別れに際し、寂しさのあまりすべての葉を落としてしまいました。

子であるいちょうの実も、母の慈愛に感謝し、兄弟姉妹との別れを惜しみ、口々に今日の旅立ちの希望と不安を述べます。

やがて朝日が登り、北風が吹いて、母親と子供たちは、散り散りバラバラになりお別れです。



illust3786-c



感じられるのは、去っていく季節への情感であり、それは、時の経過を含んだ散文詩の形をとっています。その意味では『やまなし』と同系統の物語とも言えます。

また、実際の賢治の家族の物語としても読めます。故郷を出て東京に向かった時の、賢治の母に対する思い、それに兄弟姉妹への思いが吐露されているのではないでしょうか。

賢治はいちょうの実の一つであったのです。彼の東京での旅立ちの希望と不安が語られているように思われます。

さらには、千粒のいちょうの実は、賢治の創作した童話にも例えることができるでしょう。



生前未発表
現存草稿の執筆は大正10年頃



JUGEMテーマ:童話





18:17 : 宮沢賢治童話全集 02 ふた子の星 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『ありときのこ』 宮沢賢治童話全集 2 より - 緻密な観察眼から生まれる独自のユーモア
夜明け前、苔が一面を覆い霧が降る、そんな中をありの歩哨(見張りの兵隊)が任務を遂行しています。そして向こうからやってくるありの伝令(命令を伝える兵隊)を銃剣を突き付けてくまなく調べ、何事もないと分かると伝令を通しました。

やがて霧が少しおさまり、あちこちで草や木が水を吸い上げる音が聞こえてくると、さすがのありの歩哨も眠気でふらふらしました。

そんな時、そこへ二人のありの子どもがやってきて、突然現れた大きな物体に驚きます。二人は、眠気でふらふらしているありの歩哨に、それが何かと訪ねました。

言われて気づいた歩哨は自分の任務不行き届きを隠すように、子どもたちがさぞ大変な発見をしたとばかりに褒め称え、二人を中佐と陸地測量部に伝令に出します。

一人の子どもはそれを中佐に知らせると中佐は笑いました。子どもは、それがきのこというものですぐ消えてしまうから気にするものではないことを知らされます。

陸地測量部に出向いたもう一人の子は、あんな物、いちいち地図に記入していたら、きりがないと言われます。

それを歩哨に伝えるべく二人の子どもは歩哨のもとに帰ってきました。歩哨は二人の子どもの話を聞き、きのこも知らない自分の至らなさに、きまり悪そうにしました。

そうこうしているうちにも、きのこはとぼけたように光を発し、地面から伸び上がってきます。二人の子どもは笑いました。

やがて朝日が差すと霧は晴れ、またありの歩哨は銃剣を南の方角に構えましたと物語は結ばれます。



illust3786-c



動物寓話ですね。ありの歩哨に例えられた人間が、風刺されているのです。

また自然の描写が優れており、物語りに引き込まれます。自然を緻密に観察している賢治ならではの作品です。夜明け前の草木が水を吸い上げる音など、いくら自然が身近にある人であっても、果たして注意を向けるでしょうか。

この緻密な自然観察眼は、人知れず生えてくるきのこの描写など、独特のユーモアに通じています。



初出「天才人」(昭和8年3月)
『朝におもむいての童話的構図』というタイトルもあり。賢治は当初から『ありときのこ』というタイトルで書いていたもののそれを消しています





JUGEMテーマ:童話


18:15 : 宮沢賢治童話全集 02 ふた子の星 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『やまなし』 宮沢賢治童話全集 2 より - 独創的な空想力が高度に結晶化された散文詩
谷川の水の中で繰り広げられる、かにの一家の生活と、所々にに登場する魚やかわせみの姿が、光と影の中で立体的に描き出されていきます。

季節は移り、そこへ突然水面にやまなしが落ちてきます。かにの一家は、流れていくやまなしを追って、水中を移動しました。やまなしは非常に豊穣な果物として描かれます。

そのやまなしが木の枝に引っかかって止まると、かにのお父さんは、もう二日もすればやまなしは川底に沈んできて、いいお酒になると言いました。

賢治は、この物語を、わたしなる人物に幻燈として語らせて物語を始め、そして閉じます。



illust3786-c



教科書にも採用されているので、誰しも読んだ記憶があるのではないでしょうか。そして、物語しょっぱなから、二匹のかにの子どもらの間で交わされる会話の中に登場する、クラムボンなる謎の存在が我々を煙に巻きます。様々な解釈がなされるものの、その正体に関する説ははっきりとしません。

かにの一家の視点から、透明な色鮮と、微妙な言葉の響き(オノマトペ)と共に織りなされるその世界は、とても魅力的です。

これほどのファンタジックな世界を構築するには、驚くべき空想力が働かなくてはならなかったのではないでしょうか。それら全体を一言で表すならば、高度に結晶した一遍の散文詩と言えます。

ユニークな解釈は、ネットにもたくさんありますので、そちらに譲ります。



初出岩手毎日新聞(大正12年4月8日)





JUGEMテーマ:童話


18:33 : 宮沢賢治童話全集 02 ふた子の星 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
■ホーム ▲ページトップ