子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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日本の昔話 2 初夏 リンク
先頭の数字は記事の日時です。これに記事タイトルが続きます。

07-02-1 日本の昔話 2 より 『舌切りすずめ』 東洋における福をもたらす心の有り様
07-02-2 日本の昔話 2 より 『きつね女房』 稲荷信仰をベースとした若者を励ます物語
07-03-1 日本の昔話 2 より 『田植えぎつね』 日本昔話の狐のふた通りの描かれ方について
07-03-2 日本の昔話 2 より 『おしら神さまの田植え』 田植えをする神さま
07-04-1 日本の昔話 2 より 『日まねき長者』 東洋の自然との関わり方
07-04-2 日本の昔話 2 より 『かえるの恩返し』 日本人のかえるへの特別な思い
07-05-1 日本の昔話 2 より 『かっこう鳥』 かっこう鳥の由来譚
07-05-2 日本の昔話 2 より 『かえるの聞きじまい』 かえるが雨のときに鳴く習性の由来譚
07-06-1 日本の昔話 2 より 『足折れつばめ』 ひとりものという存在に生じやすい空想世界
07-06-2 日本の昔話 2 より 『かにかに、こそこそ』 欲張りばあさんのお話の類型

07-08-1 日本の昔話 2 より 『しょうとんどの鬼退治』 昔話という道徳的な媒体
07-08-2 日本の昔話 2 より 『かっこうとほととぎす』 関係が崩れてしまった姉妹の変身
07-09-1 日本の昔話 2 より 『産神さまの運定め』 五月五日の柏餅に関する由来譚
07-09-2 日本の昔話 2 より 『食わず女房』 五月五日のよもぎと菖蒲に関する由来譚
07-10-1 日本の昔話 2 より 『さんしょううお女房』 日本の異類婚姻譚のレアケース
07-10-2 日本の昔話 2 より 『魚の嫁さん』 日本の異類婚姻譚の傾向
07-11-1 日本の昔話 2 より 『がいこつの恩返し』 日本人の身の丈にあった昔話
07-11-2 日本の昔話 2 より 『蛇になった娘』 鳥取県西伯郡大山町にある赤松池に伝わる伝説
07-13-1 日本の昔話 2 より 『蛇の子シドー』 日本人の人と神聖なものとの距離感
07-13-2 日本の昔話 2 より 『磐司と桐の花』 岩手県早池峰山に伝わる伝説

07-14-1 日本の昔話 2 より 『かに淵の主』 心配事を喜びに変えてくれる巻物
07-14-2 日本の昔話 2 より 『鬼婆の糸つむぎ』 鬼婆という日本の昔話の存在
07-15-1 日本の昔話 2 より 『きじない太郎』 迷惑な存在を生んでしまった主人公
07-15-2 日本の昔話 2 より 『蛇女退治』 預言者としての自然物
07-16-1 日本の昔話 2 より 『お月お星』 継母継子の物語の変則的な日本のいち類型
07-16-2 日本の昔話 2 より 『手なし娘』 昔話によくあるオーソドックスな継母継子の物語
07-17-1 日本の昔話 2 より 『なぞの歌』 日本の、なぞを解くことで配偶者を得る物語の類型
07-17-2 日本の昔話 2 より 『うばすて山』 年寄りの知恵がなぞを解く
07-18-1 日本の昔話 2 より 『ざしきわらし』 昔話に見る日本特有の存在
07-18-2 日本の昔話 2 より 『弘法さまの万年機』 けちを悪徳としてきた昔話

07-19-1 日本の昔話 2 より 『身上あがるようだ』 猿真似を批判する日本の昔話
07-19-2 日本の昔話 2 より 『大工と鬼六』 世界的に分布する謎掛けの物語について
07-20-1 日本の昔話 2 より 『さめにのまれる』 日本の古典に時々登場するさめという生き物
07-20-2 日本の昔話 2 より 『豆っこの話』 とある視点から眺められた日常
07-21-1 日本の昔話 2 より 『豆と炭とわらの旅』 世界に分布する同じ内容を語る昔話
07-21-2 日本の昔話 2 より 『きつねの茶釜』 文化圏の差による動物キャラクターの位置づけ
07-22-1 日本の昔話 2 より 『地蔵浄土』 再び猿真似を戒める日本の昔話
07-22-2 日本の昔話 2 より 『米出しえびすさま』 日本昔話でお馴染みの悪徳、欲張りの行く末
07-23-1 日本の昔話 2 より 『天福地福』 日本の昔話に多く描かれる隣との物語
07-23-2 日本の昔話 2 より 『竜宮童子』 昔話で求められている謙虚さという徳

07-24-1 日本の昔話 2 より 『聞き耳ずきん』 日本昔話の動物に親切な主人公の物語の系譜
07-24-2 日本の昔話 2 より 『おおかみのまつげ』 日本の霊性を帯びた狼
07-25-1 日本の昔話 2 より 『おおかみのおくりもの』 日本人の自然信仰山岳信仰
07-25-2 日本の昔話 2 より 『送りおおかみ』 日本に広く伝わる送り狼、送り犬の物語の一類型
07-25-3 日本の昔話 2 より 『かも取り権兵衛』 寝小便の昔話
07-26-1 日本の昔話 2 より 『あぶら取り』 突拍子もない展開を物語るための夢という仕掛け
07-26-2 日本の昔話 2 より 『分別八惣』 知恵者が村を一両日中に良くしてしまう笑い話
07-27-1 日本の昔話 2 より 『早わざくらべ』 昔話において尊重される三番目
07-27-2 日本の昔話 2 より 『ほらふき長吉』 漫才のような昔話
07-28-1 日本の昔話 2 より 『仁王と賀王』 仁王門、賀王門の由来譚、昔の人と神様の関係性

07-28-2 日本の昔話 2 より 『知ったかぶり』 知ったかぶりと揶揄される男の昔話
07-28-3 日本の昔話 2 より 『どうもこうも』 「どうもこうもならん」という言い回しの由来譚
07-29-1 日本の昔話 2 より 『かくれ蓑笠』 日本の昔話に多用される下ねた
07-29-2 日本の昔話 2 より 『きつねのお風呂』 日本の昔話の異界の使者としてのきつね
07-29-3 日本の昔話 2 より 『山伏ときつね』 昔話において異界で交流する日本人ときつね
07-30-1 日本の昔話 2 より 『きつねがわらう』 初々しく愛嬌のある若ぎつね
07-30-2 日本の昔話 2 より 『師番の赤馬』 日本の昔話の秀逸な動物ファンタジー
07-31-1 日本の昔話 2 より 『寅千代丸』 正直さや嫉妬など、昔話のテーマが集う物語
07-31-2 日本の昔話 2 より 『白鳥の姉』 昔話の一大テーマである助け合い





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18:13 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『白鳥の姉』 昔話の一大テーマである助け合い
むかし、南の国のサシュの殿さまと奥方に、女の子と男の子がありました。女の子の名はタマノチユといい、男の子の名はカニハルといいました。やがて奥方は幼いふたりの子を残して亡くなってしまいます。殿さまはそれから十年もの間、妻をむかえずにいました。

しかし殿さまは、妻がいないと来客に際しても、肩身が狭いことを子どもたちに話すと、子どもたちは新しいお母さんをむかえてくださいというので、新しい妻を探しに旅に出ました。



殿さまはやっとのことで、立派な屋敷の中庭で、とある美しい婦人を見つけ、結婚を申し込みます。そして承諾を得ました。

彼女は、このあたりの殿さまの奥方でしたが、娘のカナが生まれると夫に先立たれ、今は機を織って暮らしていました。彼女は、じきこの屋敷を人手に渡さなければならず、この縁談は願ってもないことでした。

そして、殿さまの屋敷では新しい母を迎え、子どもたちも幸せに暮らしていました。



ところである日、隣の国のサガの殿さまが、タマノチユを嫁にもらう話が決まります。すると、この継母はタマノチユを熱い湯に入れて殺してしまいました。それをみていた弟のカニハルは、息も止まらんばかりに泣きました。

継母は殿さまに、タマノチユが、自分で煮えた湯で湯浴みして死んだと嘘をつきます。殿さまは、娘の不幸に寝込んでしまいました。そして継母は自分の娘にタマノチユと名乗らせ、サガの殿さまに嫁に出してしまいます。



タマノチユを名乗るカナの召使には義理の弟のカニハルがつけられました。カニハルは毎日カナにこき使われました。ある日カニハルはたきぎを拾いに出されます。しかしたきぎ拾いなどどうしていいかわかりません。

カニハルは仕方無しに姉のタマノチユの埋められている杉の山に出かけ、「杉の山のもの、杉の山のもの」と呼ぶと姉を埋めたところから一羽の白鳥(しらとり)が飛び出しました。白鳥は姉の化身でした。

タマノチユは弟のカニハルにたきぎの束をこしらえてくれました。そして弟の近況を聞き気の毒に思い、一枚の着物をこしらえてあげるからと、屋敷の機織り部屋から糸くずや布切れを拾ってくるように言います。カニハルはその通りにしました。



そして数日後、姉のタマノチユは着物を弟に与えました。しかしこれは人目につくところにはおいてはならず、かまどの前の一番汚いござの下にでも隠しておくように言い、そして夜中に寒くなったときにだけ着るようにと弟に約束をさせます。

そして今日は姉が死んで十七日目です。姉はあの世の王様のところへ行かなければならず、姉弟にとって今日がお別れの日でした。もう弟は姉を呼び出すことはできないでしょう。



その夜のことです。サガの殿さまは眠れずにいて、煙草の火を持ってこさせようと、おつきのものを呼びましたが返事がありません。仕方なく自分で起きてかまどのところへいきました。

するとかまどの前が光っています。殿さまはそれを火だと思って、火箸でつまみ上げてみると、ござの下から立派な着物が出てくるではないですか。

殿さまはそばに寝ていたカニハルを起こしてこの着物をどこから持ってきたのかを聞きました。するとカニハルは殿さまを恐れて息が止まるほど泣き出しました。

そんなカニハルを殿さまはなだめて、咎め立てしているのではないのだから正直に話すだけでいいのだというので、カニハルは姉の形見の着物をしっかりと抱え、外でお話しますと殿さまに言いました。

カニハルは何もかも正直に話しました。殿さまの今の奥方はタマノチユをかたる偽物であること、そして自分は奥方の召使などではなくタマノチユの弟であること。

そしてこの着物は、今、杉の山で白鳥に化身して自分を助けてくれている姉の形見であることをはなしました。殿さまは驚きます。



次の朝殿さまは、カニハルを連れて杉の山へ行きました。そしてカニハルは姉を再び呼び出します。姉はあの世に向かう途中でした。

そこへすべてを知ったサガの殿さまが出ていき、なんとか再び人間に戻れぬのかというと、タマノチユは昨日まではそうすることもできたけれど今日はあの世の王さまのところへ行かねばならず無理であろうと話します。しかしあの世の王さまにお願いしてみましょうとタマノチユは答えました。

はたしてその願いは叶えられます。サガの殿さまはその照る日もくらむほどの美しさに、あなたこそタマノチユだと言いました。



サガの殿さまは、偽のタマノチユを切り捨てました。そしてその母を呼び出してその首を土産物と称して包をもたせます。母は包を開けると、そこには自分の娘の生首が入っているのを見て、驚きのあまり息絶えました。

そしてサガの殿さまは改めて本当のタマノチユと婚礼を上げました。そしてカニハルを連れて、三人でサシュの国へ、タマノチユの父親を見舞いに行きました。

父親はタマノチユがよみがえり、カニハルが無事なのを知って、病気もたちまち治ってしまいます。カニハルも間もなく良い妻を迎え、父親を安心させました。こうして姉と弟は互いに助け合い今が今でも幸せに暮らしている、と物語は結ばれます。



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世界の昔話でおなじみの継母とその実子と継子の物語です。テンプレート通りに事が運びます。テンプレート通りならつまらないかと言うとそうではありません。ここが昔話の不思議なところです。

むかしから繰り返し語り継がれるだけのことがあるテーマが我々の心に心地よい余韻を残します。

また、『シモタどのの姉と弟』の記事にも書きましたが、昔話のある類型において、幸せな結末を迎えるにあたり、その過程に、助け合いというテーマが描かれているのを、あげてもいいと思います。





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20:29 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『寅千代丸』 正直さや嫉妬など、昔話のテーマが集う物語
むかし、七里の長浜に、マツタルマンジョウという分限者がいました。

国一番の分限ものでしたが、もう四十八にもなるのに、子どもがひとりもおらず、いくら銭金を稼いでも、これでは財産をついでくれるものがひとりもいないのです。このうえは、あらん限りお寺を巡り、神さまの子でも貰おうではないかと妻に話しました。

しかし、どのお寺にお願いしても、お前たちに与える子どもはない。お前たちには銭金しか持てないのだと断られました。しかし最後に訪れたオーシの寺でやっと神様の子を授けようとの話になりました。

オーシの寺では、鉢に植えられた花をもらい、なんでも、鉢を枕元に起き、明日の朝赤い花が咲けば男の子、白い花が裂けば女の子が授かるだろうとの思し召しです。

はたして翌朝、赤い花が咲きました。男の子が授かるはずです。ふたりはお祝いをします。すると間もなく妻のお腹は大きくなり、男の子が生まれました。

夫婦は、またオーシの寺へ行ってこのことを報告し、名をつけてくれるように頼みました。坊さまは夫婦がこの寺を訪れたのが寅の日。そして今日も寅の日であるから、寅千代丸と名付けられました。



寅千代丸はぐんぐん大きくなり、やがて七つの年に、寺で学問をさせてくださいと両親に言いました。両親はそれに賛成し寅千代丸はオーシの寺で学問をすることになりました。

寅千代丸は学問が良くできて、たちまち八十五人の子どもの中で一番年下なのに一番になってしまいます。寺に来ている子どもには妬まれました。

寺に来ている子どもたちは、坊さんに嘘を告げ口して、寅千代丸の立場を無くしてしまいました。その嘘とは、寅千代丸がお坊さんの寝首を掻き、自分が代わりに坊さんになるとの企みを皆に言いふらしていたというものです。

お坊さんは、寅千代丸が、それを本当に言おうが言うまいが、皆が寅千代丸を悪者というので収拾がつかなくなり、あの世にあるハツテンクラ山モーシングスクに三年間、送ることにしました。

もしそんな企みを言っていないのであれば無事戻ってこれるということです。しかしもし言っていたなら二度と帰ってこれないだろうということでした。



寅千代丸は父親と別れの盃を交わし、一頭の馬と黄金の太刀を持たされ、ハツテンクラ山モーシングスクへの旅を始めます。

途中では大きな猫、大きな犬、大きな牛が現れて寅千代丸の行く手を遮ります。しかしいずれも黄金の太刀で倒しました。

はたして寅千代丸はハツテンクラ山モーシングスクに到着し、そこの王さまに出会います。すると王さまは、お前はまだここにくる人間ではないと戻されます。寅千代丸はこの世に戻されて三年が経っていました。

家に帰ると、そこでは寅千代丸の法事が行われていました。寅千代丸はもうすでにあの世の存在で、この世にはいないことになっていたのです。父親は本当に自分の子が帰ってきたのか、にわかに信じられませんでした。

そこで寅千代丸は試されます。今から七本の矢を目玉に向けて放つけれど、それ皆弾くなら、それは自分の子であるという印なのでした。

そして矢は全て弾き飛ばされて外に飛んでいきます。両親は喜んで自分の子を迎え入れました。そしてお祝いをします。



次の日父親とトラ千代丸はオーシの寺へ挨拶に行きました。お坊さんは寅千代丸が、正直だったのでこの世に戻ってこれたのだといい、嘘の告げ口をしてお前を殺そうとした者たちは皆しんだと話しました。見ると、嘘の告げ口をしたものは皆、昨日寅千代丸の父親が射た七本の矢に貫かれ死んでいました。

こうして七里の長浜のマツタルマンジョウの家は寅千代丸という跡継ぎに恵まれて今が今でも良い暮らしをしていると物語は結ばれます。





シモタどのの姉と弟』にも、モーシングスクはでてきます。あの世というような表現はされていませんでしたが、やはり生死を司る花が咲いているところでした。

この物語では、あの世の場であり、正直者か偽りを言うものかが試される場となっています。嘘を着くものは二度とこの世には戻ってこれません。

展開も『シモタどのの姉と弟』にそっくりです。主人公が大変学問ができ周りのものから嫉妬を受けるというものです。嫉妬は、世界の昔話の一大テーマになっていますね。正直者は幸せを得、嫉妬から嘘を着くものには容赦なく罰がくだされます。





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20:28 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『師番の赤馬』 日本の昔話の秀逸な動物ファンタジー
むかし、八重山の島の、ある村に、師番(しばん)という貧しい若者がいました。



ある日のこと師番は海沿いの道を帰ってくると、突然南の海から一頭の馬が泳いできて、陸に上がりました。それは美しくて大きな赤馬でした。

師番は、しばらく馬に見とれていましたが、また歩き出すと、馬が後からぽくぽくとついてきます。師番が立ち止まると馬も立ち止まり、師番が歩き出すと馬もついてきます。

師番は不思議に思い、馬に近寄るとたてがみをなで、胴体をさすってやりました。すると馬は嬉しそうにじっとしています。

もしやこの馬は海から上がって神様をお乗せするというあの竜馬(りょうめ)ではなかろうかと思い、木の枝を折って馬に飛び乗り試しにひとむちあててみました。

馬は走り出し、その乗り心地の良さといい、速さといい、師番はこの馬が竜馬であるに違いないと喜び、そのまま馬に乗って家に帰りました。そして「赤馬」と呼んで可愛がり大切に飼い始めました。



それからというもの師番が赤馬に乗って走ると、村人たちはその素晴らしい走りっぷりに目を見張り、赤馬はたちまち島中の評判となります。

やがてその評判は海を超えて沖縄に伝わり、琉球の王さまの耳にも届きます。王さまは馬係の役人を呼んで、早速その馬が噂通りの名馬であったなら、直ちに連れて参れと命じました。

馬係の役人は、八重山に着くと、師番の馬を詳しく調べ、自分でも乗ってみました。そして評判通りの名馬であることを確かめると、王さまのお召し馬にすることに決めます。

師番は、自分の馬がお召し馬に選ばれたことを、この上ない名誉と喜び、村人たちも村の誉れだと言って祝ってくれました。

いよいよ馬を差し出す日がやってきて、師番は赤馬の顔をなで別れを告げました。村人たちも、みんなそろって赤馬を村のはずれまで見送りました。



赤馬を乗せた船は、無事沖縄の都、那覇につき、赤馬は王さまの城に連れて行かれました。王さまは赤馬の到着を待ちかねていたので、早速馬に乗ってみました。

ところがこの馬、王さまが乗ると一歩も動きません。それどころか後ずさりし始め、ついには王さまを振り落とそうとします。王さまは馬係の役人に打ち首を告げました。

馬係の役人は汚名を晴らすため、自分が馬係として忠義をを果たしたことを伝え、この馬の村人たちの間でされていた話をして、申し開きをします。

村人たちの間では、飼い主の師番がくらをかけると、馬は四足を折ってひざまずき、師番を乗せると立ち上がって、ひとむちあてると遠い村まで一気に駆け抜け、その乗り心地の良さは、片手に持った茶碗の水を一滴もこばさぬほどだというもっぱらの話です。

そして馬係の役人は、きっとわけがあるに違いないいい、どうか、師番を直接呼び寄せて、王様の前でこの馬に乗るように命じ、そのうえで私の首を撃ち落とすかどうかをお決めくださいと申したてました。

王さまはなるほどと思い、すぐに師番を呼び寄せることにしました。師番は打ち首覚悟で琉球に向かいます。



師番が馬屋に行ってみると、大切な赤馬は、綱でがんじがらめで縛り付けられています。師番は驚いて、すぐに縄をといてやると赤馬は一声嬉しそうに「ひひーん」といななきました。

そして師番は赤馬の首を抱きながら言いました。「赤馬よ苦しかっただろう。俺が来たからにはもう心配はいらない。そしてどうか王さまの前で、見事な走りっぷりを見せて、お前の名誉を取り戻し、馬係の役人と俺の命を救ってくれ」と。

そして師番は王様の前で、その赤馬の見事名走りっぷりを披露することができました。王様は師番と馬係の役人を呼んでいいました。「この馬は神様がお前に授けたものだ。誰もこの馬をお前から奪うことはできない。馬は師番に返そう。連れて帰って大切にせよ」と。

こうして師番は、無事赤馬を連れて八重山に戻りました。村人たちも、皆、喜びます。こうして師番と赤馬の幸せな暮らしは再び始まります。



ところがこの幸せは長くは続きませんでした。赤馬の話は、はるか遠く大和の国の薩摩の殿さまにまでも伝わり、こんどはその殿さまの、お召し馬とされることになってしまうのです。

師番は悲しみ怒りましたが、相手が薩摩の殿様ではどうすることもできません。赤馬はまた船に乗せられました。

ところが船は港を出ると間もなく激しい嵐に見舞われ、八重山の港に吹き戻されました。赤馬は嵐が治まるまで船から下ろされ近くの馬屋に丈夫な綱でつながれました。

夜中になると赤馬は暴れて綱を切り、激しい嵐の中を、まっしぐらに師番の家に向かって走り出しました。そして赤馬は師番の家につくと、二度三度駆け回り、一声「ひひーん」といななくと、ばったりと倒れて、そのまま息絶えてしまいました。

師番は、赤馬が帰ってきことを不思議に思い、どうしたのだろうと家を飛び出すと、嵐のなかに赤馬が倒れているではないですか。師番は赤馬に駆け寄ると息が絶えているのを知ります。師番は赤馬の首を抱きかかえ、いつまでも泣き続けた、と物語は結ばれます。





あるじを得た、とある馬と、そのあるじとの絆が、物語のなかで絶対的なものに昇華されて描写されます。大変切ない昔話です。動物を飼ったことのある方なら、より師番の気持ちがよく伝わると思います。秀逸な、動物ファンタジーになっていると思います。





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19:41 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『きつねがわらう』 初々しく愛嬌のある若ぎつね
むかし、ある山の峠に、一軒の茶屋がありました。旅人たちは、この店で一休みしたり、弁当を食べたりしました。

ある晩のこと、もうだいぶ遅くなってから、立派な身なりをした侍が茶店に入ってきました。侍は酒を注文し、どっかと腰を下ろしました。

茶店のあるじは酒を出しながら、どこか侍の様子がおかしいことに気づきます。侍の顔はとがっているし、耳は三角で立っているし、手の甲や首のあたりには毛が生えているのです。

さては化け初めのきつねだなと茶店のあるじは気づいてしまいました。ところがきつねの方ではうまく化けたつもりで、いっぱしの侍のように威張っています。

茶店のあるじはおかしくてたまりません。一生懸命に笑いをこらえて、きつねの様子をうかがっていましたが、ついに笑いがこらえきれず、桶に水を張って、これを手洗いに使ってくださいと侍の前に起きました。

侍は済ました顔をして水を使おうとしました。ところが顔を下へ向けたとたん、水にうつっている自分の姿にびっくり仰天。慌てて茶店から飛び出していきました。



次の朝、茶店のあるじは、ひとりで山へ木を切りに行き、たきぎを背負って帰ろうとすると、林の中から「あるじどの」呼ぶものがいます。茶店のあるじは「はいよ」と返事をすると声の主は「ゆべはおかしかったなあ」と言いました、と物語は結ばれます。





きつねが人を化かすのにも、鍛錬が必要なようです。まだこのきつねは若者なのでしょう。初々しく、愛きょうもあります。しかし、いずれは、『山伏ときつね』に出てくるきつねのような、恐れさえ抱くような古ぎつねとなっていくのでしょうか。





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19:39 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『山伏ときつね』 昔話において異界で交流する日本人ときつね
むかし、ひとりの山伏が山から里へ下りてきました。すると村はずれの土手に、古ぎつねが一匹、日向ぼっこをしながら、気持ちよさそうに昼寝をしています。

山伏は、この古ぎつねは、よく人を化かす悪いやつだと知り、ひとつ懲らしめてやろうと、肩にかけていた法螺貝をそっとおろして、きつねの耳に当て、思いっきり吹いてやりました。

ぼおおーっ、というとても大きな音に、古ぎつねは、びっくりたまげて飛び上がり、土手の下の田んぼへ転がり落ちました。それからきつねは周りをきょろきょろと見回して、後を見い見い逃げていきます。

山伏はいいざまだと大笑いすると、再び法螺貝をかついで歩き出しました。とこらがまだ昼間だというのに、どうしたわけか急にあたりが暗くなります。

山伏は、明るいうちに向こうの村にまで行こうと思っていたのにと、急ぎ足で歩き出しました。すると後ろの方から何やらやってきます。

見ると人々が旗や卒塔婆をかついでおり、そこからはお経をとなえる声と金を叩く音がしてきます。どうやら葬式の行列のようです。

山伏は気味悪く思い、先を急ぎました。けれども先を急げば急ぐほど足が進みません。あたりはますます暗くなっていくばかりです。山伏はしかたなく木に登って、葬式をやり過ごすことにしました。



山伏は道端の黒松によじ登り、木の上で息をころしていました。すると棺桶をかついだ男たちが松の木の下までくると、そこへ棺桶を下ろし。わらや枯れ枝を集めてきて棺桶に山と積み上げ、火をつけるではないですか。そしてあしたの朝来て骨を拾おうと言って、皆帰っていきます。

山伏は大変なことになったてしまったと戸惑います。棺桶はばりばり音をたててみるみる燃え上がります。山伏は煙にむせ、目はしみて涙がぼろぼろこぼれます。

そのうちすっかり火は燃え尽きると、今度は真っ赤に焼けた棺桶がぽっかりと開いて中から死人が立ち上がります。そして青い顔で松の木を見上げにやっと笑いました。

死人の体からは、青い炎がとことこと燃え上がっています。そして死人はそろりそろりと黒松を登ってきました。山伏は震え上がります。

山伏は黒松の枝に手を掛けて、上の方によじ登っていきます。死人は青い顔で山伏を見上げひたりひたりと迫ってきます。山伏はとうとうてっぺんまで登り、もう上がれません。

そして死人の手が山伏の足にかかろうかという時、枝がみりみりと裂け、山伏はどっしーんと、真っ逆さまに地面に落ちてしまいました。

すると空はぱっと明るくなり、日が照り始めます。見ると一匹の古ぎつねが振り返り振り返り走っていきました、と物語は結ばれます。





山伏が人を化かす古ぎつねを懲らしめますが、たちまち返り討ちに合うお話です。

世界の昔話において、きつねの属性には、賢いという大前提があります。そこから出発して地域ごとのそれぞれのきつねの属性が出来上がります。

西洋の昔話では、きつねが人と関わることがあまりないようですが、日本のきつねは違います。人と積極的に関わります。

嫁に来たり、前話『きつねのお風呂』やこのお話でのように人を化かすのです。これは前話の記事にも書きましたが異界の存在者としての属性が日本のきつねにはあることが関係しているのでしょう。

異界の存在者としての属性を持つきつねは、自ずと霊性を帯びて人の世界とつながるのです。





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19:25 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『きつねのお風呂』 日本の昔話の異界の使者としてのきつね
むかし、ある村に、自惚れの強い男がいました。男はいつも、きつねに化かされるようなやつは、よくよくすきのある人間だと思い込み、自分は決して化かされないと自慢していました。



ある日のこと、男の家にきつねがやってきてこう言いました。

「わたしは、この近くに住むきつねでございます。旦那は他の人間と違って、きつねに化かされるようなお方でないことを、私どもは皆ようく知っております。そこを見込んで、今夜是非お願いしたいことがあってまいりました」

男はその通り化かされることはないと言って、いったい、なんの頼みかと聞きました。するときつねはこう言います。

「実は今夜隣の村で婿取りをする家があります。そのごちそうを頂いてしまおう思っているのですが、婿に化けるしっかりした人がいないとできません。ついては旦那に婿になりすましてもらって、一緒に行っていただきたい」

男は、人が化かされるのを見るのは面白いと思い、その婿の役を引き受けました。



きつねたちは日が暮れた頃、立派な輿をかついで行列をなしてやってきました。男は輿に乗り、きつねたちにかつがれて、隣り村の婿取りをする家に行きました。

家に着くと大勢の人にむかえられ、家の主人にも挨拶をされました。家中がお祝い事で盛り上がり、ごちそうもたくさん用意されています。

そして男は座敷に通されるとお風呂に誘われました。男はそれではそうさせていただこうとお風呂に入ります。

すると女中さんがやってきて湯加減を聞くので、男はいいお湯だと答えるのですが、いくら言ってもぬるいとしか通じていないようです。

終いには熱いお湯を足しましょうと言って、女中は男の頭から熱いお湯を浴びせかけます。男は腹を立てて何をするんだと怒鳴りました。

するとあたりは真っ暗になり、静まり返りました。男ははっと我に返り、あたりを見回すと、そこはお風呂ではなく、畑の脇の肥溜めの中でした、と物語は結ばれます。





きつねに化かされないことを、自慢にして自惚れていた男が、まさかの展開で狐に化かされるお話です。鼻につく人間が、ここぞとばかりにおとしめられます。笑い話ですね。

西洋の昔話のきつねという存在は、動物寓話の登場者として、とある人間のタイプを饒舌に語るのですが、日本の場合は、どちらかと言うと人間からは区別された異界の存在者として、神秘的に描かれることが多いように思います。





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19:21 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『かくれ蓑笠』 日本の昔話に多用される下ねた
むかし、あるところに、怠け者のばくち打ちがいました。ある日、彼は、ばくちに負けて、有り金全部取られてしまいました。

ばくち打ちは、ぶらぶら帰ってくると、道端に古いお堂があります。そこで、彼は、お堂の脇の大きな杉の木の根元に腰を下ろして、今日の失態を嘆き、ため息をつきました。

そこへ天狗が八人舞い降りてきて、お堂の前で踊り始めます。ばくち打ちはびっくりして、お堂の影に隠れ、そっと覗いて見ていました。

天狗たちは歌いながら楽しそうに踊っています。「はあ、八天狗、八天狗」

その様子があまりにも面白いので、ばくち打ちは思わず飛び出していって、一緒に踊り始めました。「俺もくわえて九天狗、はあ、九天狗」

すると天狗たちは、大喜びして、踊りまくりました。やがて天狗たちが踊り終わると、天狗の頭が出てきて、ばくち打ちに仲間に加わってくれたことへの感謝とお礼に、姿を隠すことのできる隠れ蓑と隠れ笠を与えました。

ばくち打ちは家に帰ると、その薄汚い蓑と笠を早速来てみます。そして本当に姿を消すことができたのかを試すため、酒屋へ行ってみました。

店では誰も、ばくち打ちがいることに気づいていないようです。彼はしめたと思い、勝手にひとりで樽から酒をくみ、いい気になってたっぷりとごちそうになりました、そして家に帰ります。

それからというもの、ばくち打ちは毎日隠れ蓑と隠れ笠を身にまとい町中の酒屋を飲み回りました。ほしいものがあれば、何でもどこからでも勝手に取ってきてしまえばいいのです。得意になっていました。そして家に帰ると蓑と笠をこっそりたんすの奥に隠して知らぬ顔をしていました。



ところがある日、女房が亭主の留守にたんすを何気なく開けてみると奥の方に薄汚い蓑と笠が入っているのを見つけこんなものをと思い焼いてしまいます。

やがてばくち打ちが帰ってきて、いつものように隠れ蓑と隠れ笠を身にまとい、酒を飲みに行こうとたんすを開けると、それらがありません。

ばくち打ちは慌てて女房に聞くと、あんな薄汚いもの焼いてしまったというではないですか。ばくち打ちはがっかりします。

けれども彼は諦めきれず、その焼いてしまった灰を体にまとっても身を隠すことができるかも知れないと思い、素っ裸になって灰を体中に塗ってみました。

すると案の定、ばくち打ちの姿は、誰の目にも見えなくなりました。

ばくち打ちはそのまま勇んで酒屋へ行き酒蔵に忍び込むと酒を飲みまくりました。終いにはぐでんぐでんに酔ってそのまま酒蔵で寝込んでしまいます。

ところがいい気持ちになって寝ていると寝小便をしてしまいます。そのおかげで股の前の灰だけ落ちてしまいました。

ばくち打ちは、そんなことも知らず、目を覚ますと、寝すぎたと思い、慌てて帰ろうとして店の方へ回りました。

酒屋の主人は帳場に座っていましたが、ふと見ると向こうから、男のかくしどころだけが、ぶらぶらとやってくるではないですか。びっくりします。

そして酒場の主人は「それ、きんちょうらいさまがおいでになった」と叫んで床に頭を擦り付けて拝みました。

これを見た店の男たちも、皆、店の旦那が拝むのだから、ありがたいものなのだろうと、一緒にひれ伏して拝みました、と物語は結ばれます。



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主人公は、怠け者のばくち打ちで酒飲みです。どうしようもない存在です。そんな彼が異界に紛れ込み、そしてそこから持ち帰った不思議なアイテムを身にまとい、間抜けなことをしでかします。

笑い話ですね。こういう場合、日本の昔話は下ねたを多用するように思います。『へこきじい』、『魚の嫁さん』などもそうでしょう。

「きんちょうらいさま」とは、厳密に何を意味するのかわかりませんでしたが、皆がそれを拝むところなどおかしみを誘います。





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19:19 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『どうもこうも』 「どうもこうもならん」という言い回しの由来譚
短いお話です。

むかし、中国に、「どうも」と「こうも」というふたりの剣の達人がいました。

ある日のこと、どうもがこうもの家を訪ね、どちらが剣の腕が優れているか手合わせをしてみようと申し込みました。

こうもはよかろうとうなずいて、それではどんな方法で手合わせをするのだと聞き返しました。

どうもは答えるに、ひとりずつ順番に、相手の首を切り落とし、それを素早くまた胴体にくっつけられたほうを勝ちとしようといいました。

こうもはそれは面白いと承諾します。


そこでまずは、どうもがこうもの首を切り落として、それを素早く胴体にくっつけました。こうもは何事もなかったように座っています。

次にこうもがどうもの首を切り落として、それを素早く胴体にくっつけました。どうもは何事もなかったように座っています。

ふたりはお互いの腕を褒め合いました。しかし、これではお互い勝負がつかないことに思い至り、それではと、ふたりが同時に首を切り落とし、それを素早くそれを胴体にくっつけられたほうを勝ちとすることにしました。

ふたりは「えいっ」と気合もろともお互いの首を切り落としました。ところがたいへんです。首を拾ってくれるものがいないではないですか。ふたりは首と首で顔を見合わせ「どうも、こうも、ならん」と言ってとうとう一緒に死んでしまいました。

それ以来もうだめなことを「どうも、こうも、ならん」と言うようになったということですと物語は結ばれます。





「どうも、こうも、ならん」という言い回しの由来譚になっているのでしょうか。

剣の達人ではあるけれど、頭の弱いふたりの笑い話にもなっていますね。首を切り落とした後、素早く戻せば、何事もなく済むという設定自体コミカルです。





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18:31 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『知ったかぶり』 知ったかぶりと揶揄される男の昔話
短いお話です。

むかし、ある海辺の村に、物知り自慢の男がいました。けれども村の衆は、それが知ったかぶりだといっています。



ある日のこと海辺にやかんが流れ着きました。村の衆はやかんなど見たことがなく、よってたかってこれはいったいなんだろう、なにに使うものだろうといい合いました。

そこへ物知り自慢の男がやってきて、これは戦のときに頭にかぶる、かぶとというものだといいました。

すると村の衆は、やかんのつるをいじって、これはなんだと物知り自慢の男に聞きました。物知り自慢の男はあごひもだと答えます。

さらに村の衆はこの出っ張った口はなんだと聞きました。すると物知り自慢の男はかぶったときに耳に当てて音を聞く口だと答えます。

村の衆は、それなら左右になければおかしいじゃないかと聞き返すと、物知り自慢の男は村の衆を物分りが悪いと馬鹿にして、眠るときに枕に当てるために片方の口はないのだと答えました、と物語は結ばれます。



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知ったかぶりの男の特性がよく描かれています。

この村に絶対的な真実を知るものは誰もいないということが唯一の真実です。それは一緒に村で暮らしていれば村人同士で周知のことです。

しかし、誰しも、自分だけが少しは知っていることがあると思いたいのでしょう。この物語の主人公の男は、それを膨らませて、もっともらしく勝手に自分で解釈し、断定しようとするものだから、その話を胡散臭いものとなってしまうのです。これを繰り返せば知ったかぶりの人間が出来上がります。

知らないことは知らないといってきたのなら、この主人公の男は村の衆から、知ったかぶりというレッテルを貼られずに済んだであろうに。



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18:29 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『仁王と賀王』 仁王門、賀王門の由来譚、昔の人と神様の関係性
むかし、日本には仁王、唐の国には賀王という、たいへん力持ちの男がいました。



あるとき、仁王は、賀王と力くらべをしたくなり、船に乗って、はるばる唐の国に渡り、賀王の家を訪ねました。

すると賀王の母親が出てきて、賀王は今山へたきぎを取りに行って留守だけれど、じき帰ってくる頃だから、たばこでも一服しながら待ちなさいと言いました。賀王の母親はそういうと、片手でたばこ盆を持ってきて上がり口に置きました。

ところがこのたばこ盆、何でできているのか知りませんが大変重く、仁王の力では引き寄せることができません、

仕方無しに仁王は、自分がそばに寄ってたばこを一服吸いました。そして一服しながら考えました。

賀王のところでは、おっかさんでさえこれほど重いものを片手でちょいと持ち歩く。してみると、賀王は、どれくらい力が強いのかわかったものではない。力くらべをしても仁王はかなわないかもしれない。

その時おもての方で地鳴りがしました。仁王は賀王の母親に、あれはなんだと尋ねると、賀王の足音だといいます。

そのうちに、またしてもすごい音がして、あたりは地震のように揺れました。このことを仁王は再び賀王の母親に聞くと、それは賀王が荷物のたきぎをおろした音だといいます。

仁王はすっかり驚いて、こいつは逃げたほうがいいと裏口から急いで出ていきます。そして船着き場に行って船に乗りました。



一方賀王は、母親から先程まで、日本の仁王が訪ねてきていたと聞くと、とても残念がりました。しかし、まだそう遠くへは行ってはいまいと思い、船着き場に追いかけていきました。

そして、今出たばかりの仁王の船に、せっかく来たのに、どうして黙って帰るのかと、大声で呼ばわります。しかし仁王は、聞こえないふりをしました。

すると賀王は、仁王の船めがけて長い鎖のついた大きな碇を、仁王の船めがけてぶん投げます。碇は船の舳先にどっかと突き刺さりました。

賀王がその鎖を片手で引くと、船はらくらくと引き戻されます。そして仁王は首根っこをつままれて、岸に下ろされました。仕方無しに仁王は再び賀王の家に舞い戻ります。

その晩夕ごはんが終わると、賀王は、今日はもう遅いから力くらべは明日にしようと言いました。仁王もそれに同意し寝床にはいります。



しかし仁王は、今日のことを思うと悔しくて眠れません。仁王はそっと起きて、ありとあらゆる神さま仏さまに、賀王に負けない力をくださいとお願いしました。

そうやって拝んでから自分の力を試そうとあたりを見回すと、庭の真ん中に大きな石を見つけます。そしてあの石を持ち上げることができたなら、賀王に負けることもないだろうと思いました。

仁王はその大石に手を掛けて持ち上げてみます。すると、なんと、大石はらくらくと持ち上がるではないですか。

仁王は喜んでその石を井戸のところまで運び、井戸にふたをしておきます。それから仁王は知らん顔をしてまた寝床にはいりました。



つぎの朝、賀王の母親が起きて水を汲みに行くと、井戸の上に大きな石が乗っているのに気づき、びっくりして賀王に早く石をどけるよう言いました。

賀王が見に行くと、確かに井戸の上には大きな石が乗っています。さらによく見るとその石は、庭の真ん中にあって、いつも邪魔だと思いながらも、自分の力では動かすことのできなかった大石であることに気づきます。

賀王は、どこのどいつがこの大石を動かしたんだろうと不審に思います。そして改めて、その石に手を掛けて持ち上げようとしてみますが、持ち上がりませんでした。

仕方がないので、仁王にも手伝ってもらうことにしました。賀王は仁王を起こしに行きます。

仁王は寝ぼけたような顔をしておきてきて井戸のところに行きました。そしてひとりで石を持ち上げてしまいます。そしてどこに下ろせばいいのかと賀王に尋ねました。

賀王は内心たまげながらも冷静を装いつつ、庭の隅に石を置いてくれと言いました。そしてこんなやつと力くらべをしてもかなわないかもしれないと思い、自分からは力くらべをしようとは言い出せなくなりました。



そんなわけで仁王と賀王は力くらべをしませんでした。ふたりは互いに相手の方が強いと信じていました。ふたりは仲良く別れて仁王は日本に帰りました。

それ以来お寺ではこのふたりの像を山門の左右に並べて立てるようになったということです。その門のことを唐では賀王門といい、日本では仁王門と呼ぶようになったということですと物語は結ばれます。



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仁王門、賀王門の、由来譚になっているのでしょうか。

仁王さんは、賀王さんにも持ち上げることができなかった大石を、持ち上げることできています。しかし、そこに至るまでに、神仏に祈ったという描写がなされています。

ここには、昔の人と神さまとの関係性が色濃く表現れているように思います。つまりそこには、いつも神さまに助けられて無事に暮らしていけているという漠然とした心象が垣間見られるからです。

古典を読むと、どこの国でも、神さまのおかげで助かる場面を、あちらこちらに見ることができます。たとえ実力で成し遂げたことであっても、昔の人は、それを神さまのおかげとしたがるようです。

もっとも現代人にとっても、ある地点を超えた事象に関しては、後は神様にまかせるというありかたが、まだまだ一般的ですね。





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18:28 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『ほらふき長吉』 漫才のような昔話
むかし、あるところに、長吉という男がいました。長吉はいつも有りもしないほら話をしては面白がっていました。人々は長吉のことをほら吹き長吉と呼んでいました。

あるとき長吉は村で一番の分限者の旦那にほらを吹くようにせがまれます。しかしそんなとっさにはほらは吹けないと長吉がいうと、その分限者はそれなら明日わたしの家に来てくれと言いました。

そして、もしわたしに、「それは嘘だ」と言わすことができたなら小判を山ほどやると言うのです。長吉は翌日、旦那の家を訪ねました。そしてほら話が始まります。



実は昨日旦那にお会いした後、町へ用足しに出かけました。するとちょうど馬に乗ったお殿さまの行列に行き会いました。

槍をかつぐものやら、大きな箱を持ったものやら、大勢のご家来衆がどらどらと通り過ぎていきます。

ところが空からとんびが糞を落としてお殿様の履物にかかりました。

するとお付きの者が「お殿様のー、おはきもののー、おとりかえー」と大声を出してお殿様の履物のいいやつをぞろりと出して、お取り替えしました。

しかしそこにまたとんびが糞を落としていきます。今度はお殿様の羽織にかかりました。

するとお付きの者が「お殿様のー、おはおりのー、おとりかえー」と大声を出してお殿様の羽織のいいやつを出して、お取り替えしました。

しかしそこにまたとんびが糞を落としていきます。今度はお殿様の額にかかりました。

するとお付きの者が「お殿様のー、お首のー、おとりかえー」と大声を出してお殿様の首のいいやつを出して、お取り替えしました。



「長吉それは嘘だ」

長吉は旦那に、たくさんの小判をもらいました、と物語は結ばれます。



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原文は、長吉のほら話の合間合間に、旦那の相槌が入り、なんだか漫才のやり取りをしているようです。原文に当たることをおすすめします。



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18:51 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『早わざくらべ』 昔話において尊重される三番目
むかし、あるところに、物好きな殿さまがいました。ある日殿さまは早わざ比べをして、一番早いものに褒美を与えるというお触れを出しました。



まずはひとりの男がきて、わたしは三本の梅の木に、三人の男がそれぞれの木に登って、同時に梅の落としても、ひとつも残さず拾うことができると言いました。そしてその通りのことをやってのけました。殿さまは感心しました。



しかしまた別の男がやってきて、その話を聞くと、殿さまに、その際に、おすの実とめすの実をより分けたかと尋ねました。殿さまはいやと言うと、それでは早わざとはもうせませんと言い出します。

そしてその別の男は、ならばと、一升ますいっぱいののみを撒き散らしても、たちまち一匹残らず捕まえて、髪の毛をのみの鼻の穴に通してつないでご覧にいれようと言い出します。そしてその通りのことをやってのけました。殿さまはまたしても感心しました。



ところがそこへまたひとりの男がやってきてこの話を聞くと殿さまにおすののみとめすののみをより分けましたかと尋ねました。殿さまがいやと答えると、それでは早わざとはもうせませんと言い出します。

そしてその男は早わざならなんでもできるからわたしを使ってみてくださいと言いました。それならと殿さまはその男に屋根葺きの手伝いをさせました。

男が屋根葺きを手伝っていると、ひとりの職人が足を踏み外して屋根から落ちました。それを見ると男はたちまち、竹やぶに入り竹を割って籠を作り落ちてくる職人を見事受け止めました。おかげで職人は命拾いしました。

殿さまはお前こそ真の早わざ師だと言って、三番目の男にたくさんの褒美を与えました、と物語は結ばれます。





なんだか、つかみ所のないお話です。おすとめすのより分けなどが、早わざの比べの基準となっています。わたしにはその意味が汲み取れませんでした。ナンセンスなのでしょうか。

それとも、ただ素直に読んで、職人の命をすくった男を称える物語とすればよいのでしょうか。

それはともかく、世界において、昔話における三番目というのは尊重されます。





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18:49 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『分別八惣』 知恵者が村を一両日中に良くしてしまう笑い話
むかしあるところに、「分別八惣(ふんべつやそう)」という男がいました。何か面倒なことがあると、うまく知恵を出してくれるので、村の人からは頼りにされていました。

ところでこの村には八惣(やそう)と名のつくものが他に四人いました。そしてそれぞれ「ばくち八惣」「金貸し八惣」「田作り八惣」「ぬすっと八惣」と呼ばれていました。



さて、「ばくち八惣」は、ろくに働かず、ばくちばかり打って、親から譲り受けた田畑を次々に無くしていました。あるとき、「ばくち八惣」は、「金貸し八惣」にお金を借りに行きます。

しかし「金貸し八惣」は前の貸しを払ったらまた貸してやると言って、「ばくち八惣」にお金を貸しませんでした。しかし「ばくち八惣」はしつこく食い下がりました。それに腹をたてた「金貸し八惣」は、「ばくち八惣」にたばこ盆を投げつけ、誤って殺してしまいます。



「金貸し八惣」は大変なことになったと、「分別八惣」に知恵を借りに行きます。「分別八惣」はそれを聞いて「金貸し八惣」の短気をたしなめ、そして今度だけは知恵を貸してやると言いました。

その知恵とは、夜になると、「田作り八惣」が、自分の田へ、より多くの水を入れようと水口を見張っているから、そこに死んだ「ばくち八惣」を鍬で支えて立て掛けておけというものでした。「金貸し八惣」は、その通りにします。

夜になって「田作り八惣」は水口を見張りに行くと、誰かが立っているではないですか、さては水口を破りにきたやつがいると思い込み、田作り八惣は、その誰かを思い切り殴りつけてやりました。するとそれは「ばくち八惣」ではないですか。そして彼は死んでいます。



「田作り八惣」は、自分が「ばくち八惣」を殺してしまったと思い込み、「分別八惣」に知恵を借りに行きます。「分別八惣」は「田作り八惣」の欲張りをたしなめ、そして今度だけは知恵を貸してやると言いました。

その知恵とは、今夜あたり「田作り八惣」の家に、「ぬすっと八惣」が一番米を盗みに入るから、鍵の空いた米倉に、「ばくち八惣」の死体をつめた俵を置いておき、それを盗ませろというものでした。「田作り八惣」はその通りにします。

夜になると案の定、「ぬすっと八惣」が「田作り八惣」の米倉に盗みに入りました。しかし「ぬすっと八惣」が家に帰って俵の中身を確認すると、なんと中には「ばくち八惣」の死体が入っているではないですか。



「ぬすっと八惣」は、大変なものを盗んでしまったと青くなり、「分別八惣」に知恵を借りに行きます。「分別八惣」はとぼけて、「ぬすっと八惣」に、これで盗みはこりたかと尋ねます。すると「ぬすっと八惣」うなずくので、それなら、うまく行くかはわからないが、今度だけは知恵を貸してやると言いました。

「分別八惣」は、「ばくち八惣」の死体の詰まった俵をかついだ「ぬすっと八惣」を連れて、「ばくち八惣」の家に向かいました。そして家の外から「分別八惣」は、「ばくち八惣」をよそおって、その女房と会話をしました。

「ばくち八惣」の女房は、夫がまたしてもばくちに明け暮れて、家を留守にしていると思いこんでいたので、かんかんに怒っていて、家に鍵をかけています。「分別八惣」は家に入れてくれと懇願しますが、女房はお前など何処かへ行ってしまえと言いました。

「分別八惣」は、それを聞いてしめたと思います。そして「ばくち八惣」の女房に、それなら井戸に飛び込んで死んでやると言いました。女房は勝手にしやがれと怒りが収まらない様子です。「分別八惣」は「ばくち八惣」の死体を井戸に投げ込んで家に帰りました。



夜が明ける頃、「ばくち八惣」の女房は、青くなって「分別八惣」に知恵を借りに行きます。「ばくち八惣」の女房は、「分別八惣」にゆうべの夫との出来事を話しました。自分の一言で夫が死んでしまったと思ったのです。「分別八惣」はとぼけて、「ばくち八惣」の女房に、これに懲りて喧嘩などするなとたしなめてから、今度だけは知恵を貸してやると言いました。

その知恵とは、「ばくち八惣」の死体を風呂で温めて、そっと寝かせておけというものでした。「ばくち八惣」の女房はその通りにします。するとそこへ「分別八惣」が医者を連れてやってきます。医者は「ばくち八惣」を脳卒中と診断しました。



こうして誰も咎められること無く、すべてが丸く収まりました。それからというものこの村では、ばくちは行われず、高利貸しをするものもいなくなり、田の水争いもなくなり、盗人も現れず、夫婦げんかをするものもいなくなった、と物語は結ばれます。





「分別八惣」が、知恵によって、一両日中に村を良くしたというお話になっています。

それにしても、この昔話は、笑い話として伝わってきたのでしょうが、現代でも同じように伝わるかは疑問です。どちらかというと、完全犯罪のお話として、とらえられてしまうのではないでしょうか。





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18:38 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『あぶら取り』 突拍子もない展開を物語るための夢という仕掛け
むかし、あるところに、怠け者の若者がいました。若者は村の氏神様にお参りをして、働かなくても毎日うまいものが食べられるところを教えてくださいと願掛けをしました。

三、七、二十一の満願の日がきて、氏神様のお告げがありました。それによるとわらじが擦り切れるまでどこまでも歩いていくと、大きな門構えの家があるから、そこへいけということでした。

若者は喜んでお告げのとおり、どこまでも歩いていきました。そしてお告げの通り、その場所にたどり着きます。それからというもの、若者には夢のような毎日が続きます。若者は、うまい食べ物を食べて、まるまると太りました。

ある日この家の主人が、里へ用を足しに行くからと、若者は留守番を頼まれます。主人は屋敷の中では自由にして構わないが、外にある三番目の倉だけは決して覗くなと言い残し出かけていきました。

しかし覗くなと言われると覗きたくなるのが人の常、若者は三番目の倉の戸の隙間から中を覗いてしまいます。

すると中にはブクブクと太った男が吊るされて下から炭火でがんがんあぶられています。そう、この屋敷は、どうやら客人にうまいものを食わせて太らせ、油を搾り取ることをなりわいとしているようでした。

若者はすぐに逃げようとしますが、屋敷は高い塀で囲われています。しかし塀の角に一本の松の木を見つけ、そこをなんとかのぼり下に降りようとしました。

しかし塀の外は、からたちの藪に囲われていました。若者はそれでも行かなければなりません。からたちの棘に引っ掛けられて、はらわたは皆ちぎれてしまいます。からたちの藪を抜けたと思えば、さらにその外には茨の藪が一里も続いています。それも抜けるしかありません。

やっとの思いでそこを抜けると川が流れていました。そこも泳ぐしかありません。若者が向こう岸に付くとはらわたが洗われて皆なくなっていました。

そして若者は次はどちらへ逃げたら良いだろうと思うと、前に山が見えます。若者は山めがけて走りました。



さて家の主人は帰ってきて、若者のあぶら取りを始めようとしますが若者がいません。さては逃げられたかと思い、手下のものに槍を持たせて若者を追わせました。

若者は山の沢をのぼって逃げていくと炭焼小屋が会ったのでそこへ飛び込みました。小屋の中にはじいさんが一人いたので若者は助けを求めます。

しかしじいさんは、これまでも同じようなことが何度かあったけれど、助かったためしはないと相手にしてくれません。

しかし若者は諦めずなんとか助けてくれというので、じいさんは積んである炭俵の一番下の炭俵に隠れているようにと言いました。若者はすぐさま言われたようにしました。



そこへ追手の男たちが小屋を訪れます。しかし若者はなんとか逃げおおせたようです。そしてほっとしたとたん目が冷めました。そう若者は、氏神さまに願掛けにきて、お宮で居眠りをして、夢を見ていたのです。

この夢は「ただ居て食うな」という神様のお告げでした、と物語は結ばれます。



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若者が、はらわたを無くしても生きているのが不思議でなりませんでしたが、最後に夢であったと種明かしがされます。そしてお話の落ちは、この夢が神様のお告げでしたということで、この物語の仕掛けは回収されます。

日本の昔話は、夢を物語の仕掛けにすることに長けています。物語に夢が使用される場合、それが正夢となることが、これまでの主流でしたが、この物語では、前話の『かも取り権兵衛』と同様に、突拍子もない展開を物語るためのひとつの仕掛けとして利用されています。



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18:35 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『かも取り権兵衛』 寝小便の昔話
むかしあるところに権兵衛という鉄砲打ちがいました。権兵衛はとても腕が良く、狙ったかもは逃しません。村の人からは、かも取り権兵衛と呼ばれていました。



ある日のこと権兵衛はいつものように、鉄砲を持って川にかもを撃ちに行きました。そして川の淀みにかもがたくさんいるのを見て、今日は手づかみしてやろうという気になります。

権兵衛はふんどし一丁になり、水に潜って、こっそりかもたちのいる方へ泳いでいきました。そして水中からかもの足を引き込み、かもの首をふんどしにはさんでいきました。そしてとうとう、すべてのかもをふんどしにはさみました。

ところが権兵衛が岸に上がると、かもはいっせいに羽ばたき、権兵衛を連れて舞い上がりました。権兵衛は下を見ると村の家々は、みるみる遠く小さくなり見えなくなりました。

やがて奈良の大仏さまの大屋根が見えてきて、そこでかもは権兵衛を下ろしました。権兵衛は大屋根にしがみついて、そっと下を見ると、目もくらむような高さです。権兵衛は途方に暮れました。



しかし権兵衛は、やがて上方見物にきている村の衆を下に見つけます。そして彼らに助けを求めました。すると村の衆は、下で大風呂敷を広げているから、それめがけて飛び降りろと言います。

権兵衛は大風呂敷めがけて飛び降りました。ところが勢い余って大風呂敷を突き破り、そのまま土の中に潜ってしまいます。権兵衛はまたしても途方に暮れました。



ところで権兵衛は遠くの方に明かりをひとつ見つけます。それは医者の家でした。

権兵衛は医者に助けを求めます。すると医者は権兵衛に薬を一服授け、まずは、薬を半分飲み、それでも地上に出られないようなら、もう半分飲みなさいと言いました。

権兵衛は薬を半分を飲みます。ところが薬半分ではほんの少し足りず、このままでは嫌だと思った権兵衛は、残りの半分の薬も飲んでしまいます。

すると今度は行き過ぎて、いっきに雲の上までのぼってしまいました。権兵衛はまたしても途方に暮れます。



すると、そこへ雷様がやってきて、いいところにきたと、権兵衛に雨の袋を持たせて手伝いをさせます。雷さまは太鼓を叩き、その後から権兵衛は、袋の口を開けて振り回し雨を降らしていきました。

そのうちに権兵衛がふと雲の間から下を覗いてみると、ちょうどそこは権兵衛の村の上でした。村の人々は、田植えの真っ最中で、水が足りなくて困っています。

権兵衛は雨を待っている村人のために袋の口を大きく開けておもいきり袋を振り回しました。ところが足を踏み外して雲から地面にどすんと落ちてしまいます。



あっと思って気づいてみると、権兵衛は布団の中でした。そう権兵衛は夢を見ていたのです。権兵衛は布団の中でたっぷり寝小便をしていました、と物語は結ばれます。



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突拍子もないお話に、どういう結末で結ばれるのかと思って読み進めていくと、結びで、これは夢の話でした、と種明かしがされます。たしかに夢ならではの展開です。そしてお話の落ちを、寝小便につなげて回収しています。

しかし、こうした夢にすぎなかったという種明かしは、ある意味読者を、あるいは聞き手をしらけさせてしまうように思います。

これと好対照な物語として、グリム童話の(KHM66)『うさぎの花嫁さん』をあげておきます。『うさぎの花嫁さん』では結末がファンタジックに閉じられます。



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18:13 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『送りおおかみ』 日本に広く伝わる送り狼、送り犬の物語の一類型
短いお話です。

むかしある男が隣り村に用を足しに行きました。その帰り道のこと、遅くなって暗い山道を歩いていると、いつの間にか送り狼が一匹ピッタリと後ろにくっついてきました。

男は、これは物騒なものにつけられたと思い、歩いていると、とうとう狼は男をお寺へ引きずり込みました。

男は諦めて死を覚悟をします。ところが狼は男を寺の本堂の縁の下に隠すと、入り口に座って外を眺めていました。

すると大きな唸り超えが聞こえてきて、狼の千匹もの群れが走り抜けていきました。

狼の群れが過ぎ去ると送り狼は男のもとに戻り、男はいよいよ食われるかと思いきや、男を縁の下から引っ張り出して村まで同行し、そのまま姿を消したと物語は結ばれます。





日本での送り狼の物語は、送り犬の物語と共に広く知られ、そこに登場する狼あるいは犬の行動には色々なパターンがあるようです。

この物語での男が思っているような、一般的な夜道を襲うものから、この物語のように狼の群れから救い、家まで無事送り届けるものまで多種多様な物語が伝わっているようです。





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18:10 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『おおかみのおくりもの』 日本人の自然信仰山岳信仰
短いお話です。

むかしあるところに木こりのおじいさんがいました。ある日のこと、おじいさんは、山に入って木を切っていると、向こうの山から「ウォーン、ウォーン」と狼の吠える声が聞こえます。

おじいさんは狼を恐れて、帰り支度をしようと思うのもつかの間、狼の声はどんどん近づいてきて姿を現しました。

おじいさんは慌てて逃げようとしましたが、その大きく開けられた口に異変を感じて、口の中に骨でも刺さっているのかと思い覗いてみると、案の定、狼の口の中には骨が刺さっていました。

おじいさんは、狼を気の毒に思い、その骨を抜いてやります。すると狼は喜んでとっととっとと向こうの山へかけていきました。

おじいさんは命拾いしたと思いながら仕事を片付け山を下りました。



その夜おじいさんが寝ていると誰か雨戸を叩くものがいます。おじいさんは今頃何の用だろうと雨戸を開けると、そこにいたのは昼間の狼で、死人をくわえて「ウー、ウー」とうなっていました。

おじいさんはびっくりして、狼にわしらはそんなものは食べないのだと言い聞かせると、狼は死人をくわえたまま行ってしまいました。

それは狼にとっての昼間の礼のつもりだったのでしょう。おじいさんはやれやれと思ってまた寝床に入りました。



ところがあくる晩また雨戸を叩く音がします。おじいさんはまた狼がきたなと雨戸を開けてみると昨日の狼が今度は山鳥を三羽くわえていました。

おじいさんは、そうかそうかと行って山鳥をもらいます。すると狼は嬉しそうに山に帰っていった、と物語は結ばれます。



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神の使い、もしくは霊界に通じる存在としての狼の側面が垣間見れます。狼は人間に対する礼として、はじめは死人を贈り物として運んでくるところなどがそれに当たります。

また日本人の山岳信仰、あるいは自然信仰を表現する物語としても読めます。





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18:09 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『おおかみのまつげ』 日本の霊性を帯びた狼
むかしあるところにじいさんとばあさんがいました。じいさんは毎日一生懸命稼ぎましたが、ばあさんは邪険な人で、じいさんはご飯もろくに食べさせてもらえませんでした。

じいさんはほとほと嫌になって、自分の老い先短い人生を思い、いっそのこと狼にでも食われてしまったほうがいい、と思うようになります。

そこでじいさんは、東の山に行って、東の山の狼に、どうかわたしを食ってくれと叫びました。ところが、何も悪いことをしていない人間を、とても食うわけには行かないと断られます。

そこでじいさんは、西の山の狼に同じようにお願いしました。ところが、一生懸命稼ぐ人間を、とても食うわけには行かないと断られます。

そこでじいさんは、南の山の狼に同じようにお願いしました。ところが真っ正直な人間を食うわけには行かないとこれまた断られます。


今度は北の山の狼に同じようにお願いしました。ところがとてもお前を食うわけには行かないと断られます。そして俺のまつげを一本やるから、ばあさまをかざして見てみろと、なぞのようなことを言いました。

じいさんは急いで山を下り、早速狼のまつげで、ばあさんをかざしてみてみます。するとばあさんは古いめんどりでした。

じいさんは家を飛び出して、行き交う人を狼のまつげでかざしてみてみました。すると皆、体は人間でも、首から上は蛇だのムカデだのたぬきだのいろいろな動物でした。

それからというものじいさんは、里で暮らすのが嫌になり、山に入ってひとりで暮らしたと物語は結ばれます。



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日本の狼は語源からして大神という説があるように、神に仕える存在として考えられてきました。西洋での、人間の害獣から転じた、ずる賢い存在とは違います。この物語でも狼は霊性を帯びて描かれます。

じいさんは狼からもらった一本のまつげによって、人間の実態を知って、半ば世捨て人になってしまうのでした。



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19:42 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『聞き耳ずきん』 日本昔話の動物に親切な主人公の物語の系譜
むかし、あるところに、権兵衛という働き者がいました。権兵衛さんは畑仕事の合間に時々畑の脇の庚申塚のそばに腰を下ろして、たばこを吸って一休みしました。

庚申塚の祠には穴が空いていて、もう長いことねずみの親子が住んでいました。権兵衛さんは弁当を食べるとき、いつもねずみ親子に自分の弁当を分け与えました。

そんなわけでねずみ親子とは仲がよく、権兵衛さんが休んでいると、ねずみがお茶を出してくれるのでした。



あるとき、親ねずみが重い病気にかかり、子ネズミが悲しんでいるのを、権兵衛さんが見つけて気の毒に思い、どうしたら親ねずみの病気が治るのかを、占い師にでも尋ねてやることにしました。

通りがかりの占い師を権兵衛さんは呼び止めて、早速占ってもらいました。すると鶴の赤い足を食べれば、じき治るということです。

しかし、そのへんにいる鶴は、皆、足が黒でした。子ネズミは一生懸命赤い足の鶴を探しました。



ある日子ねずみは田んぼに行くと、偶然赤い足の鶴を見つけます。そしてそっと忍び寄り、鶴の足に噛みつきました。

しかし、鶴の足は骨が固くて食いちぎれません。噛みつかれた鶴は驚いて、子ネズミをぶら下げたままどこかへ飛んでいってしまいました。権兵衛さんは哀れに思って、残された親ねずみの看病をしました。



それから何日かして権兵衛さんは京都へ向かう用ができました。幾晩も幾晩も泊まってやっと京都に付きます。そして清水寺にお参りをしていたときのことです。

上の方から声がします。なんだろうと思って権兵衛さんは見上げてみると、五重塔のてっぺんに、子ねずみがいるではないですか。

子ねずみは赤足の鶴にかじりついて、こんなところまで、連れてこられてしまっていたのでした。そして子ネズミは、今、五重塔のてっぺんから降りることができなくて、権兵衛さんに助けを呼んだのです。

権兵衛さんは、はしごを借りてきて、子ねずみを下ろしてやりました。

子ねずみは少しだけれども赤い足の鶴の肉を手に入れていました。しかしもう何日も経っていたので肉は固くなってしまっています。

とにかく権兵衛さんは、早く帰って親ねずみに食べさせようと、子ねずみを懐に入れて家に向かいました。



ところが帰りの道中、権兵衛さんは財布を盗まれてしまいます。お金がなければ旅は続けられません。すると子ねずみは気を利かして他の人の財布を盗んできました。

ところが、財布をくわえて権兵衛さんの部屋の前まできたとき、野良猫に見つかってしまいます。子ねずみが鳴き声をあげたので権兵衛さんは気がついて子ねずみを助けます。

しかし子ねずみは傷を負い、鶴の赤い足の肉を権兵衛さんに託して息を引き取ります。

権兵衛さんは子ねずみを手厚く葬ってやりました。そして子ねずみの持ってきてくれた財布と鶴の赤い足の肉を大事に持って家に帰ります。



権兵衛さんは家に付くと、親ねずみのもとに行って、京都での出来事をすっかり話して聞かせました。

親ねずみは鶴の赤い足の肉を食べると、すっかり元気になりました。親ねずみは権兵衛さんに礼を言い、ついては、子ねずみの大事にしていた宝物を、受け取ってくれと差し出します。

それは汚らしい頭巾でした。権兵衛さんはそれは何に使うのかと聞くと、この頭巾をかぶったものは、鳥の言葉がわかるというのです。

権兵衛さんは早速、頭巾をかぶってみました。すると、雀がしゃべっている声がわかります。これはいいものをもらったと権兵衛さんは喜びました。



権兵衛さんは頭巾をかぶったまま庄屋の屋敷の前を通ると、からすのしゃべっている声が聞こえてきます。

からすは庄屋の娘が重い病気にかかっていること、また人には到底わからないであろうその病気の直し方を話していました。

権兵衛さんは、いいことを聞いたと、すぐに庄屋の屋敷を尋ねていきました。屋敷の前には立て札が立っていて娘の病気を直してくれたものは娘婿にすると書かれています。

権兵衛さんは早速庄屋に娘さんの病気を直して差し上げると称して、からすが話していた病気の直す方法を実践しました。すると娘はたちどころに病気が治ってしまいます。

権兵衛さんは庄屋の娘婿に向かい入れられ一生安楽に暮らしたと物語は結ばれます。



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少し西洋のものとは型が違いますが、基本的には動物に親切な主人公の物語の系譜に数えてもいいでしょう。

グリム童話から同類のものを選ぶなら(KHM62)『みつばちの女王』(KHM63)『三枚の鳥の羽』(KHM169)『森の家』があげられます。しかし主人公が共に、三人兄弟、もしくは姉妹の未子でした。いわゆる末子成功譚の分類にも当たるお話です。



また物語タイトルの由来になっている、鳥の言葉が理解できる聞き耳頭巾というアイテムが登場しています。これは、西洋の昔話に沿って考えると、魔力のこもった道具ということになるのでしょうが、そういうことにお話のスポットは当てられていません。

重点が置いて描かれているのは、あくまで、親ねずみを思う子ネズミの活躍で、その命を第一義的に考えた行動は、盗みさえも厭いません。そうした叙情的な部分が、主人公の権兵衛さん以上に目を引きます。



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19:37 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『竜宮童子』 昔話で求められている謙虚さという徳
むかし、あるところに、貧乏な若者がいました。毎日山から花を切っては町で売り、ほそぼそと暮らしをたてていました。

若者は、花を売った帰り道、決まって川のそばを通り、竜宮の乙姫さまに、使ってもらうよう、売れ残った花を川に流していました。



ある日のこと、海辺を通りかかった若者は、後ろから美しい娘に声をかけられます。

彼女は竜宮の乙姫さまの使いのものといい、乙姫さまが毎日いただくお花のお礼に、竜宮へお連れするようにとの言いつけに従って、若者のもとにやってきたのでした。

若者は毎日の花売りで忙しく、とても竜宮に行く暇などないと断りますが、娘が少しの間だけというので、娘が化けた亀に乗ると、はるばる竜宮に向かいました。

若者が竜宮に行く途中、亀は若者に教えました。お別れのとき乙姫さまは何かお礼をと、金銀をくださろうとするけれど、それより乙姫様に寄り添う、汚いはなたれ小僧がほしいと言って、それをお礼にもらってきなさいと言うのです。



竜宮に着くと若者は、美しい乙姫さまに迎えられ、手厚くもてなされました。そして、毎日ごちそうを食べ、腹一杯になった若者は、そろそろと暇乞いをします。

すると亀の言っていた通り、乙姫さまは、金銀の財宝を若者に持たせようとします。しかし若者は、亀に言われた通り、そこにいた汚いはなたれ小僧さんをくださいと言いました。

乙姫さまは、これは私の大切な宝であるからと一旦は断りますが、お望みならば仕方がありませんと、その小僧さんを差し出しました。そして、この小僧さんに頼めば、何でも願い事が叶うから大切にしてくださいと言います。

若者は再び亀の背に乗って家に帰りました。



若者は我が家に帰ると、早速自分の汚い掘っ立て小屋を、大きく立派な家にしてほしいと、はなたれ小僧に言いました。するとはなたれ小僧が手を叩いた瞬間に、若者の家は立派な御殿となります。

若者は、その御殿に入ると、はなたれ小僧に、今度は金銀を出してもらいました。こうして若者は長者と肩を並べるほどの大金持ちとなります。身分ある人との付き合いも始まりました。

しかし、若者が行くところには、必ずはなたれ小僧が付いてくるのです。若者は、それが気に障ってならなくなりました。



若者は、はなたれ小僧に、その汚い着物を着替えたらどうかといいますが、できないといいます。また、はなくらいかんだらどうかと言っても、いくらでも出てくるといいます。それなら、これからは留守番していろと言っても、どうしてもついていくといって聞きません。

若者は考えに考えた末に、ある日、自分は、もう何一つ不自由でなくなったので、はなたれ小僧に帰ってもらうわけには行かないかと話しました。

はなたれ小僧は、帰れというならいつでも帰ると言って、外に出ていきます。そのとたん、御殿のような家は、もとの汚い掘っ立て小屋にもどり、お金も何もかも皆、消えてなくなってしまった、と物語は結ばれます。





題名から察して、この物語のはなたれ小僧さまは、竜宮童子と呼ばれる存在なのでしょう。彼は、付き従うものに福をもたらしてくれるのですが、その外見は汚らしいのが特徴です。

福をもたらしてくれる存在としては、座敷童子とどこか似ています。しかし、座敷童子は家に付き、その姿は人の目からは捉えることが難しいのが特徴です。

また竜宮童子が、付くも離れるも、その人次第であるのに対して、座敷童子は、付くも離れるも、彼ら次第であることの違いをあげてもいいでしょう。

しかし、共に異界の存在であろうことは共通です。竜宮童子に限るなら、彼はその名のとおり竜宮からきた存在ですが、竜宮を死者の国とする考え方もあるようです。



この竜宮童子の物語、昔話らしく、我々にわかりやすい教訓を伝えてくれているように思います。

物語はじめ、主人公である若者は、貧しくて、どんなものにも敬意を払う謙虚な存在として描かれます。

ところが、竜宮童子のおかげで富を得ると、みすぼらしい、はなたれ小僧である竜宮童子を、邪険に扱ってしまうのでした。人とは富を得ると、とたんに謙虚な姿勢が失われがちです。そしてこの物語のように、竜宮童子を失ってしまうのです。

竜宮童子を失って、もとのひとりの貧乏人となってしまった若者は、これからどうなってしまうのか、もとのように生きていくことができるのか心配になりました。



なお、謙虚さという徳は、世界の昔話で求められているように思います。しかし、昔話というものは、時には横柄な主人公も登場し、何はともあれ、生命を第一義的に考えているところなどは、その懐の深さを感じさせます。

この物語だって、竜宮童子を邪険に扱ってしまった若者は、もとの身分に戻ってしまうわけですが、それが悪いこととは限りません。昔話も、そう単純ではありません。





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18:34 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『天福地福』 日本の昔話に多く描かれる隣との物語
むかし、あるところに、貧しいじいさまがいました。じいさまは、町に行くたびに、ぶっ壊れたすり鉢ばかりもらってくるので、村の人たちはそれを何に使うのか不思議に思っていました。

やがてじいさまは、もらってきたすり鉢を集めて、風呂場の屋根瓦にしました。それを見てみんなは、物は使いようだと感心しました。



ある晩のことじいさまは夢を見ました。それは天からぽたぽたとお金が降ってくる夢でした。

朝になってじいさまは、庭をはきながら垣根のそばに行くと、そこの土だけこんもり高くなっているのを見つけます。じいさまは掘り起こしてみました。

すると中から壺が出てきました。ふたを取ってみると大判小判がたくさん詰まっています。

そこでじいさまは、昨日自分が見た夢を思い出しました。夢ではお金は天から降ってきました。だからこの土に埋まっていたお金は他人の福だと言って正直に埋め戻してしまいます。



ところで、この様子を見ていた隣のじいさまがそれを不審に思い、じいさまが埋め戻したものをこっそり掘り返してみます。

するとやはり壺が出てくるのですが、ふたを取ってみると中には、青大将だのまむしだの蛇がにょろにょろ出てきます。

隣のじいさまはじいさまが蛇を埋めやがったと腹をたて、やつが寝たら天井から蛇を落としてやるといいました。



そしてその晩、隣のじいさまは、じいさまの家の屋根に上がって、屋根の穴から壺の蛇をにょろにょろと落としてやりました。

中で寝ていたじいさまはたらんちゃらんという音に目を覚まします。なんと天井から大判小判が降ってくるではないですか。

そして爺様は、これこそ昨日自分が夢で見た福だったのだと、おお喜びして大判小判を拾い集めました。

こうして貧乏じいさまは、一夜にして長者になった、と物語は結ばれます。



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日本の昔話は隣との間で物語が展開することが多いですね。そして、この物語では、隣人である両じいさまの、正直さが天秤にかけられます。

じいさまが、土に埋まっていた大判小判を、自分の福ではないと正直に埋め戻します。

これに対して、隣のじいさまは、これを掘り起こして、記述にはありませんが、もし宝を見つけたのなら、いち早く自分のものにしていたであろうことが文面から予想されます。つまり隣のじいさまは不正直である存在をになわされています。

そして、不正直なものには大判小判の代わりに蛇が与えられるのです。そして隣のじいさまは、この自分の不正直さが招いた事態を、じいさまのせいにして、仕返しをしようとします。逆恨みですね。

しかし隣のじいさまの仕返しが、じいさまの福につながります。天の采配がくだされるのです。

じいさまの正直さは、馬鹿正直だという見方もあるでしょう。しかしここでは正当に評価されています。



また、この物語では、日本の昔話でよく用いられる正夢という仕掛けが、上手に使われていますね。



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18:32 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『米出しえびすさま』 日本昔話でお馴染みの悪徳、欲張りの行く末
むかしあるところに正直で働き者の夫婦がいました。ある朝早くふたりで畑を耕していると、女房が打ち下ろした鍬の下から一体のえびすさまが出てきました。

女房は、えびすさまのこれまでの辛苦を思い、同情して、早速えびすさまをきれいに洗って差し上げます。そして鼻の穴に詰まった泥をきれいに掃除しました。

そして夫婦はえびすさまを神棚にお祀りすると、何やら神棚の上からポロポロと落ちてきます。それはお米でした。ふたりは神棚を見上げると、なんと恵比寿様の鼻の穴からお米が落ちてくるのです。

お米はいくらでも出てきます。そこで下にざるを置きました。やがてざるはお米で一杯になりました。それでもお米は止まりません。終いにはふたりが十分に暮らしていけるだけのお米がたまりました。



この話を聞いた隣の欲張り男は、働き者の夫婦に、このえびすさまを貸してくれないかと言いました。人のいい女房は家では食べ切れないほどお米を出してもらいましたからと、えびすさまを貸してやりました。

となりの欲深男は家に帰ると、早速こんな小さな鼻の穴では埒が明かないと、えびすさまの鼻柱を取ってしまいます。更に鼻の穴を大きくして神棚に祀りました。

すると男の思った通り、ざあざあとお米が溢れ出てきます。隣の欲深男はそれを見てホクホクとしました。



一方正直者で働き者の夫婦は、隣の男がえびすさまを借りていった切り返さないので、心配になり女房が様子を見に行きました。

すると隣の欲深男は、体ごと米の山に埋もれて押しつぶされ虫の息です。隣の欲深男はあんまり欲張ったので危うく命を落とすところだったのです。

だから欲張りはいけない。なんでも大概なところでやめておけ、と物語は結ばれます。



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この物語も、隣の欲張り者が猿真似して失敗するお話の系譜に入れてもいいでしょう。ただし亜種ですね。ここでの隣の欲張り者はもっとあくどいです。

なぜなら、正直者夫婦に福をもたらす事柄を、借りるという形で、面倒な手続きをショートカットし、直接我が家に持ち帰ると、そこから真似るという安易な方法が取られているのは常套手段ですが、更にこの欲張り者、借りたありがたいえびすさまの鼻柱を取ってしまいます。

これにより隣の欲張り者は死にかけますが、この出来事には、けっして小さくない示唆が含まれているように思いました。

そこには、これまで日本昔ばなしが戒めてきた、欲張り者の猿真似を上回る悪徳が示されているのではないでしょうか。それは真似には飽き足らず、そこに改善という名の改悪さえ加えて、さらに福を得ようとする根性です。

言葉では簡単に欲には限りがないの一言で片付けられますが、その内実には、強力なアンチテーゼが込められているように思います。



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18:26 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『地蔵浄土』 再び猿真似を戒める日本の昔話
むかし、あるところに、心根のいいおじいさんがいました。ある日のことおじいさんは、いつものようにひき臼で米をひき、丁寧にふるいにかけました。それから粉をよくこねて、甘い小豆のあんこをたっぷり入れて団子を作ると、囲炉裏の火で焼きました。

しかし、団子が焼けて、おじいさんが、食べようとすると、団子はぽろりと落ちて、ねずみの穴へ転がっていきます。おじいさんは団子の後を追ってねずみの穴へ潜り込みました。

おじいさんは汗を拭き拭き、団子の後を追っていきます。すると地蔵さまが立っていてそこで団子は見えなくなりました。地蔵さまの口にはあんこがいっぱい付いています。

おじいさんは、団子の行方を地蔵さまに尋ねました。すると地蔵様は、もっと下の方へ転がっていったと答えます。

それを聞いたおじいさんは、さらに団子を追って下りていこうとすると、地蔵さまがおじいさんを引き止めました。そして福を授けてやるといいます。そして地蔵さまはおじいさんに、自分の上にあがれといいました。

おじいさんは、そんな罰当たりなことができるものかと恐れますが、地蔵さまは構わずあがれと聞きません。おじいさんは、遠慮しながら手ぬぐいで足をよくふいてからお地蔵さまにあがりました。

地蔵さまは、どんどんあがれといいます。そしておじいさんは、とうとうお地蔵さまの頭の上まであがりました。そして地蔵様は、さらに天井裏にあがるように指示します。そしてそこにある箕をかぶって待っていろと言いました。

そして地蔵さまは、日が暮れると、ここには鬼どもがやってきて博打を始めるから、お金が場にたくさん出たら、箕から出て、一番鶏の声を真似をしろと教えてくれました。



おじいさんが箕をかぶってじっと待っていると、果たして地蔵さまが言った通り、鬼が大勢集まってきます。そして博打を始めました。

そしておじいさんは地蔵さまの言った通り、鬼たちが博打真っ最中になると、箕から出て一番鶏の声を真似しました。

すると鬼たちは、たいへんだ夜が明けたと、大慌てで金を散らかしたまま逃げていきます。

するとお地蔵さまはおじいさんに天井裏から降りてくるようにいい、袋を与えおじいさんに散らかっているお金を集めさせました。

そしてお地蔵さまは、昼間嘘を言ったことをおじいさんに謝ります。なんと団子は地蔵さまが食べてしまっていたのでした。そして今ここで集めたお金は団子のお礼だといいます。おじいさんは一夜にして金持ちとなりました。



おじいさんとおばあさんがお金の勘定をしていると、隣の欲張りばあさんがやってきて、そのたくさんのお金に驚きます。心根のいいおじいさんは隣のばあさんに、正直に事の顛末を話して聞かせました。

隣のばあさんはそれを聞くと、うちの爺さんにも金儲けしてきてもらわにゃと言って帰って行きました。

はたして隣の欲張りじいさんは、その出来事を真似をしようとします。しかし何を真似しようとしたのでしょうか。隣の欲張りじいさんは、心根のいいじいさんがここで何をしたのかよくわかっていないようです。

隣の欲張りじいさんは、まずい団子をこしらえ、地蔵様に無理やり食べさせ、頼まれもしないのに汚い足で地蔵さまにあがります。そして天井裏で箕をかぶって待ちました。

しばらくすると、鬼たちは今日もやってきて博打を始めました。そして隣の欲張りじいさんは、お金欲しさのために、博打が始まったばかりだというのに、早速一番鶏の鳴き真似をしてしまいます。

しかし、鬼には手の内がもうすでにばれていました。昨日の一番鶏の鳴き声は人間の真似であることを知っていたのです。隣の欲張りじいさんは天井裏から鬼たちに引きずり降ろされます。

鬼たちは、隣の欲張りじいさんの体中をひっかきました。隣の欲張りじいさんは、そんなわけで何ももらえず散々な目にあい、泣き泣き家に帰ったと物語は結ばれます。





日本の昔話に度々物語られる、隣の欲張り者が猿真似して失敗するお話の系譜です。もう何度か過去の記事に書いたのですが、猿真似しても同じ成果にはたどり着けません。

我々日本人は、猿真似とまでは言いませんが、真似の大好きな国民性を発揮します。隣のやっていることなら自分たちも、という根性を少なからず持っています。

それがこのように、むかしから戒められ、真似をしても同じ成果は得られませんよと、口が酸っぱくなるほどいわれ続けているのです。これは心がけておく価値があるのではないでしょうか。

この系譜の物語を一つずつ列挙してもいいのですが、亜種を含めると多数になってしまいます。興味がある方はブログ内検索で『真似』などを検索してみてください。

また、団子がぽろりと落ちて、ねずみの穴へ転がっていくくだりから、その後の展開については、ある種、ホレおばさん型と言ってもいいでしょう。





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18:24 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『きつねの茶釜』 文化圏の差による動物キャラクターの位置づけ
むかし、仲のいいきつねとたぬきがいました。ある日ふたりは、山の中でばったり会って、久しぶりに、なにかうまいものでも買って食べようじゃないかという話になりました。

その金を得る方策ですが、きつねが茶釜に化けるから、それをたぬきが商人に化けて売ることになります。ふたりは転げて、きつねはきれいな金の茶釜に、たぬきはのっそり大きな商人に化けました。



早速、たぬきの商人はきつねの茶釜を持って町に売りに行きます。しかし買い手は見つかりませんでした。そこでふたりは、ここはひとつ寺の和尚さんでも騙してやろうという気になります。そしてお寺に向かいました。

そしてたぬきの商人は、和尚さんに、まんまときつねの茶釜を、一両で売ることに成功します。たぬきはお金をもらうと大急ぎで食べ物を買いに行きました。



和尚さんは茶釜を眺め回していると、お茶をたててみる気になります。そこで小僧さんに茶釜を洗うように言いつけました。

小僧さんは川に行って茶釜に砂をつけて洗い始めましす。すると茶釜が喋るではないですか。小僧さんは気味悪くなって、和尚さんのところへかけていきました。

和尚さんはそんなことがあるものかと言って、小僧さんと一緒に川に向かいました。そこで再び小僧さんが茶釜に砂をつけて洗い出すと茶釜は「小僧そっと洗え、和尚じろじろ見るなと」と言いました。和尚さんは妙だと思いましたがとにかく茶を沸かすことにします。



小僧さんが茶釜に水を汲み、囲炉裏の自在鉤にかけて、下から火を炊きました。きつねは熱くてたまらず、変身を解き逃げ出しました。

そしてきつねは、うまいものを色々買ったたぬきと合流し、ふたりでごちそうを食べました、と物語は結ばれます。



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昔話で、きつねに対してたぬきの組み合わせは、日本に特有だと思います。西洋だと、きつねに対しておおかみの組み合わせが多いでしょうか。

また、日本でのきつねとたぬきは、仲が良く、共に化けることがあります。それとは対象的に、西洋のきつねとおおかみは、仲が悪いのが特徴です。また共に化けることをしません。

おおむね、物語で表現された、これらのキャラクターの位置づけは、それぞれの文化圏の下で、人々の心に、イメージとして定着しているように思います。

一例をあげるなら、日本での”きつねに化かされる”というような言い回しは、西洋では見られないようです。

西洋のきつねは、他を化かすのではなく、騙すことが多いのです。それに伴って、ずる賢さをというイメージが西洋の人々の心には定着しているのではないでしょうか。

化かすも騙すも、ある視点からは同じこととも取れますが、日本のきつねは、物語のなかで、ユーモアなどがと共に語られることが多く、騙すイメージは、西洋に比べたら薄いように思われます。



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18:32 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『豆と炭とわらの旅』 世界に分布する同じ内容を語る昔話
むかし、豆と、炭と、わらが、三人連れ立って旅に出ました。



行くが行くが行くと、川がありました。ところが、どこにも橋がかかっていないので渡ることができません。

そこで気のいいわらは、自分が橋になって皆を渡そうとします。すると炭は豆を押しのけて先に行きました。

ところが渡る途中、風が吹いて、炭の火が起きます。炭の火はあっという間にわらに燃え移り、わらはなくななってしまいました。炭は水に落ち、火は消え、流されていきます。

豆は、これを見て大笑いしました。しかし、あんまり笑ったので豆の腹の皮は、ぱちんと裂けてしまいます。



そこへ旅人が通りかかり豆の腹をなんとかしてやろうとするのですが、あいにく道具の持ち合わせがありません。

そこへ、娘がひとり通りかかりました。旅人は娘に針と糸を所望します。娘は黒い糸をひと針分だけ持っていました。

旅人は娘に言って、豆の腹を縫ってもらいました。それで今でも豆の腹には黒い筋が入っているのです、と物語は結ばれます。





グリム童話、(KHM18)『わらと炭とそら豆の旅』とほぼ同じお話です。グリム童話の若い版のほうがより似ています。これはグリム兄弟が第七班に向けて脚色したせいでしょう。

それにしても、わらと炭と豆の、三人の旅のゆくへに、憐れみを感じてなりません。そしてこの物語は豆の腹の模様の由来譚になっていますね。





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18:30 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『豆っこの話』 とある視点から眺められた日常
むかし、あるところに、じいさまとばあさまがいました。



あるときばあさまは家の中を、じいさまは土間を、ほうきではいていました。

そのうちにじいさまは、土間に、豆がひと粒落ちているのを拾います。そしてばあさまに、それを鍋で炒ってくれと言いました。



ばあさまは、大きい鍋で炒るか小さな鍋で炒るかと尋ねました。するとじいさまは大きい鍋にしてくれと答えました。

ばあさまは、じいさまの言う通り、ひと粒の豆を大きい鍋に入れて炒りました。すると豆はどんどん増えて大鍋いっぱいとなりました。



そして次にばあさまは、大鍋いっぱいの炒った豆をどうしようかと、じいさまに尋ねます。するとじいさまは臼で突いてくれと答えました。

ばあさまは、大きい臼で突くか、小さな臼で突くかと尋ねました。じいさまは大きい臼で突いてくれと答えました。



すると今度は豆の粉が大きな臼いっぱいになりました。ばあさまはそれをふるいにかけて粉を細かくしようとします。

しかしふるいがないので太郎に頼んで隣りにふるいを借りてくるように言いつけました。しかし太郎は嫌だといいます。

ばあさまが太郎にどうしてかと聞くと、太郎は表には牛がいて裏には猫がいて、共に鳴くから怖いと言うのです。

ばあさまは太郎に、それならもういいと言って、じいさまのふんどしの端を使って、豆の粉を振るい始めました。きなこがたくさんできます。



ばあさまはじいさまに、このきなこをどこに置こうかと尋ねます。棚の上にあげればねずみに食われる、下に置けば猫が舐める。

じいさまはそれならと自分とばあさまの間に置けばいいと言うので、ばあさまは大きなお盆をふたりの間に置き、そこにきなこを盛りました。



ところがそのうちじいさまが大きなおならをしてしまいます。するときなこは吹き飛ばされ、向かいの山の笹の葉につもりました。

じいさまとばあさまはもったいないと行って向かいの山の笹の葉を舐めて回ったと物語は結ばれます。



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原文は擬音語が多数使われています。この擬音語が、この物語のユーモアを醸し出す重要な役割をになっているように思いました。原文を当たってみることをおすすめします。

掃除で拾ったひと粒の豆を、よくぞ、ここまで話を広げたな、という印象です。ある意味ナンセンスですが、それを感じさせること無く、読者を、あるいは聞き手を、とある視点へと誘います。

そう、ユーモアが、虚無を感じさせること無く、一見些細でつまらない、あるがままの日常を、貴重なものとして、今一度再確認させてくれるのです。



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18:26 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『さめにのまれる』 日本の古典に時々登場するさめという生き物
むかし、海の上を、お客を大勢乗せた乗り合いの船が走っていたときのことです。船が突然止まってしまい、船長が乗客に言いました。

こいつはお客たちの中に、誰かひとりさめに見込まれたものがいるせいで船が動かなくなったのだ。その人には、ここで海に飛び込んでさめに食われてもらうよりほかないと。

そして乗客は、それぞれ自分の持ち物を海に投げ入れて、誰がさめに見込まれているのかを判定することになりました。

すると医者のゲンナさんの荷物が海へ引き込まれていきます。ゲンナさんは、皆が助かるなら仕方ないと言って、ひとり海へ薬箱をだいて飛び込んでいきました。さめはゲンナさんを丸呑みしてしまいます。



さめの生くさい腹に飲み込まれたゲンナさんは、まず甲斐甲斐しくたすきがけをしました。そして薬箱から一番苦い薬を取り出すと、さめの胃袋一面にべったりと塗りつけてやります。

さあ、さめはたまりません。吐き気をもよおしてゲンナさんを吐き出してしまいます。ゲンナさんは砂浜に投げ出されました。船長はこれを見て船を砂浜に漕ぎ寄せました。



砂浜では祝の酒盛りが始まります。酒が回ってくると、皆はゲンナさんに踊りをせがみました。ゲンナさんはさめを茶化しながら歌い踊ります。

すると海の中から、さめがひょっこり顔を出して、お前みたいなクソ坊主、もう頼まれても飲み込むものかと、寺の和尚さんが木魚をたたくような調子でゲンナさんを罵った、と物語は結ばれます。



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物語最後で、さめが医者のゲンナさんのことをクソ坊主と言い、自分も寺の和尚さんが木魚をたたくような調子でゲンナさんを罵っています。

つまり、どちらも坊主なわけですが、生を司る医者と、死を司るであろうさめという対比を描写したものなのでしょうか。



日本の古典の物語には時々さめが登場します。海洋国家ならではのことなのでしょう。古事記にも登場していました。

ここでは単にさめと表現しましたが、それらの物語の原文では、”わにざめ”であるとか”わに”という表現が使われます。



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18:24 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『大工と鬼六』 世界的に分布する謎掛けの物語について
むかし、あるところに、大変流れの早い大きな川がありました。この川には、これまで何度も、橋をかけようと試みられてきたのですが、あまりにも流れが早いもので、橋は出来上がる前に、いつも水に押し流されてしまうのでした。

村の人たちはすっかり困り果て、寄り合いで相談します。そしてこのあたりで一番の大工に、橋をかけてもらおうということになりました。

頼まれた大工は腕自慢なので、二つ返事で了解してしまいます。しかし内心では心配でなりませんでした。



大工が川に赴き、途方に暮れていると、水面に泡が立ち、大きな鬼が顔を出しました。鬼は大工に、こんなところで何を考えているのかと尋ねました。そして大工が事情を話すと、お前の目玉をくれるなら、自分がお前の代わりに橋をかけてやろうと提案します。

大工は鬼に橋などかけられるわけが無いと思いましたが、それでもいいぞと返事をして帰ります。



ところが、次の日、大工が川に行ってみると、なんとしっかりした橋が、もうすでに半分かかっています。また次の日に川に行ってみるともう橋はすっかり出来上がっていました。

大工はたまげていると、水面から再び鬼が現れ、約束の目玉をよこせといいます。大工は目玉を取られたあかつきには、これから大工ができなくなると言って鬼に許しをこいました。

すると鬼は、許しの条件として、三日のうちに、自分の名を当てることができたなら、目玉は取らないと約束しました。そして鬼は再び水の中に消えていきます。

大工は、鬼の名を考えながら、山の中を歩き回りました。しかし一日歩いてもわかりません。二日歩いてもわかりません。いよいよ三日目です。それでもやっぱりわかりません。

大工は仕方なく山をおりました。すると途中で、子どもたちが歌う声が聞こえてきて、そのうたの中になんと鬼の名が示されていることに気づきます。そう鬼の名は鬼六でした。



さて鬼との約束を果たすために大工は川へ赴きました。鬼は自分の名を当てられるはずがないと、ひとり得意になっています。しかし、大工が鬼の名を当てると、鬼はぼかっと消えてなくなりました、と物語は結ばれます。



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なぞという記述はありませんが、これも謎かけの物語に分類してもいいでしょう。鬼の名が謎になっています。

これと同じ構造の物語を、グリム童話にも見つけることができます。(KHM55)『ルンペルシュティルツヒェン』がそれに当たります。

大工が、鬼の名を当てなければならないのと同じように、小人、ルンペルシュティルツヒェンの名を当てることが、謎かけのなぞになっていますね。

『ルンペルシュティルツヒェン』では、この物語の大工の目玉の代わりに、主人公の娘の子どもが、謎解きの賭け代になっていました。

なぞを解くための猶予の時間も三日と同じです。また、主人公がなぞの答えを知るのも、ふとした時に聞いたわらべうたからと、これまた同じですね。

最後のユーモラスな描写にも、共通するところが見られます。

小人のルンペルシュティルツヒェンは、自分の名を言い当てられて、己の体を思いっきり引き裂いて消えていきますが、この物語の鬼は、自分の名を当てられるはずはないと、得意になっていたところを言い当てられ、忽然とぼかっと消えたと描写されます。



これだけ同じ仕掛けが使われていると物語のルーツは同じではないのかと疑りたくなります。

確かにグリム童話の『ルンペルシュティルツヒェン』もこの物語『大工と鬼六』も、現代の我々が読んでも、大変印象に残るお話です。つまり昔の人にも人気のある型であったことが予想されます。

よって、お噺の型は、広範の地域で、共有されていたのではないでしょうか。



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18:52 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
日本の昔話 2 より 『身上あがるようだ』 猿真似を批判する日本の昔話
むかし、あるところに、気立ての優しい夫婦がいました。ある日の夕方、目の見えない座頭さんがやってきて、一晩の宿を求めます。夫婦はこころよく家に入れてあげました。座頭さんは、それがとても嬉しかったので、何か手伝いを買って出ます。そして井戸に水を汲みに行くことになりました。

ところが座頭さんは、誤って井戸に落ちてしまいます。夫婦は、座頭さんが帰ってこないことを心配して、井戸を覗きに行きました。すると、なんと座頭さんが井戸の底に落ちているではないですか。

亭主は井戸に縄をおろして、座頭さんを引き上げようとします。すると座頭さんは縄を引くときにしんしょ(身上)と掛け声をあげてくれといいます。

夫婦はそのとおりにしました。夫婦が「しんしょ」と縄を引いて掛け声を上げる度に、井戸の底からは、座頭さんの「あーがるようだ」という掛け声が返ってきます。そして夫婦は、やっと座頭さんを井戸から引き上げました。

それから夫婦は、座頭さんを着替えさせ、一緒に夕ごはんを取り、夜になると話をしたり茶を飲んだりして座頭さんをもてなし、気持ちよく就寝させました。

ところが、朝になって女房が座頭さんを起こしに行くと、座頭さんはおりません。そこで布団をはいでみると、寝床の真ん中には亀の甲羅ほどもある金塊が見つかります。

夫婦は、これはすごい授かりものだと言って神棚に備えました。それからというものこの家の身上は上がり金持ちになりました。



さてこれを見ていた隣の女房は、亭主にそのことを話し、ふたりで同じことをしようとします。ある座頭が、道端で頼みもしないのに、隣夫婦の家に泊まらされ、井戸に突き落とされました。

ところが、その座頭、「しんしょ」の掛け声に対して「さーがるようだ」と答えます。そのとおり身上は下がって、この座頭は住み着き、隣夫婦の家は落ちぶれてしまった、と物語は結ばれます。





日本の昔話に度々出てくる、隣に住む、欲張り者の、猿真似をして失敗する、お話の系譜ですね。亜種を含めるとたくさんの物語があげられます。興味がある方はブログ内検索で『欲張り』などを検索してみてください。典型的なものなら、『はなさかじい』、『へこきじい』があげられるでしょう。

猿真似とは、表面上のコピーのことで、お話では、それを行った者への批判がなされます。





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18:49 : 日本の昔話 2 初夏 : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
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