子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
<< December 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>



『ねずみ女房』 ルーマー・ゴッデン 福音館書店
児童文学というよりは絵本に近いです。W・P・デュポワの絵が大変重要な役割を果たしているのです。児童文学者でもある猪熊葉子さんは、この本を、動物ファンタジーの一つに数えています。作者ゴッデン特有の小さきものへの愛情が感じられて、とてもいい本です。



さてお話です。バーバラ・ウィルキンソンさんという独身女性の家に住まう、とあるねずみの夫婦にとって、バーバラ婦人の家は自分たちの世界の全てでした。外の世界については何も知りません。しかし、ある時、雌ねずみは、窓越しに見える外の世界を眺めながら、何不自由無い生活の中で、不充足感にとらわれてしまいます。

あるときバーバラ婦人のもとに、ある男の子が、森で捕まえた、一羽の綺麗なキジバトを連れてきます。婦人は、早速その鳩をカゴに入れて飼い始めます。これより先、雌ねずみと外の世界との橋渡しをするのが、この囚われの鳩です。お話は雌ねずみと、この囚われの鳩の交流を軸に物語られます。



■未知との遭遇

雌ネズミにとって鳩は未知の生き物です。外の世界の一部とも言えます。始めは、怖がって恐る恐る近づいていましたが、やがて何もしてこないのが分かると、少しずつ打ち解け始めます。

ある時、雌ネズミは、鳥かごの豆を勧めてみましたが、鳩は、素知らぬ顔で取り付く島もありません。相変わらず鳩は、雌ネズミにとって、不可解な存在です。そこで、雌ネズミは、ならばせめて水をと、鳩に勧めてみました。

すると鳩は初めて口を利きます。「つぅゆ、つぅゆ、つぅゆだけ」と。朝露のことなのですが、雌ねずみは外界のことなぞ何も分かりません。鳩もなんとか説明しようと試みます。そして、説明しているうちにいつしか、自分が属していた森のことも話し始めます。

この話を、雌ねずみが、どこまで理解できたのかは絶望的ですが、ともかく、彼女自身の不充足感に係る話だということには感づいて、気になり始めます。



■現実と空想のはざま

雌ねずみは、毎日鳩を訪ねて、いろいろな話をしてもらいます。飛ぶということはどういうことか、鳩は実演しようとしますが籠が狭くてできません。鳩は、気落ちして、黙りこんでしまいます。雌ねずみは、鳩を元気づけようとして、風の話を尋ねます。鳩は、自分が飛んでいた時に見た様子を、話して聞かせました。

そして、本のページをめくると、見開きいっぱいの挿絵があります。鳩が伝えたいであろう光景が、克明に描かれています。鳩の、もう一度飛びたいという願いと、雌ねずみの夢見る空想が反映された切ない挿絵です。



一方、雌ねずみの夫は、しばしばよそへ出てゆく雌ねずみに、不愉快な感情をいだいています。彼女は夫に、何か小言をいわれても遠い目をして相手になりません。いまだ未知の領域ですが外の世界に夢中の彼女は、もはや夫とは、同じ価値観を共有できないほど、離れてしまっているのです。

雌ねずみは、外の世界と現実の世界の間で葛藤します。これは彼女にとって重大な心の危機です。しかし、この危機を、無理やり避けようとするなら、彼女は限りない不充足感の中で、一生を終える事になるでしょう。果たして彼女は、どうなってしまうのでしょうか。



しかし、雌ねずみに赤ちゃんが生まれて、彼女はしばらく現実生活に嫌が上でも引き戻されます。これは、雌ネズミが葛藤で壊れてしまわないための重要なステップになっています。



■空想を現実に生成させるということの象徴的表現

そんなある日、夫の隙を見て雌ねずみは、しばらく合っていなかった鳩のところに向かいます。すると、ろくに食べていない鳩はすっかり弱っていました。鳩は、彼女がどこかへ行ってしまったのではないかと、寂しさのあまり愚痴をこぼしてキスをします。一匹と一羽は抱き合って涙を流します。

そして、鳩のところに長居して、遅い帰宅をした雌ねずみは、夫に叱られます。彼女にしてみたら夫の行為は理不尽なことにも思えるものです。彼女の葛藤は頂点に達してしまいます。その夜、彼女は、鳩のことを考えて眠れずにいます。そして鳩に起こっている出来事を、自分に起きた出来事のように考えてみると、ふと気づきます。鳩は籠の中にいてはならないのだと...。いてもたってもいられなくなって、鳩のもとに出かけてゆきます。



そして、暗闇の中、雌ネズミは、鳥籠の掛けがねにぶら下がって、扉を開けてしまいます。鳩は音で目覚め、戸ににじり寄り、籠から飛び立ってゆきました。鳩は、雌ネズミが助けてくれたことなぞを知るよしもありませんでした。一方、雌ネズミはあれが飛ぶということなんだと、今度こそ知ります。でも鳩は行ってしまいました。もうあの鳩とは、永遠のお別れでしょう。彼女は涙を流します。

鳩が去ってしまった夜空には星がまたたいていました。それを見て彼女は星というものがどういうものか知ります。そして悟ります。鳩に、話を聞かせてもらわなくても、今、星というものを見て、それがどういうものなのかを理解できたのです。そう、彼女は、自分の力で、見て、理解することを覚えたのです。彼女は誇らしい気持ちで寝床につきます。



■空想によって彩られた未知の世界の内包

ここで、雌ねずみは、鳩というかけがえのないものを失ったけれど、代わりに”飛ぶ”ということで表象される何かを、ぽっかり開いてしまった穴を、そっくり埋めてあまりあるほどの何かを獲得しています。彼女の葛藤していた心は、外の世界という、普通のねずみの知り得ない世界を内包して鎮まります。そう、彼女の心は、今までの自分の狭い世界を破り豊かになりました。

時は経ちます。そんな彼女の心の状況を反映して、おばあちゃんになった雌ねずみは、子どもや、そのまた子どもに敬われ大事にされます。そしてこの物語はこう閉じられます。彼女は、ちょっと変わっているけれど、他のねずみの知らないことを知っているからだと思いますと...。





この物語の読後感は素晴らしいです。読者を誘導する、すべてのこの物語の装置が、このエンディングに向けて、何一つ無駄無くつながっていて、この地点に到達するまで、読者を、確実に引っ張っていってくれます。まれに見る優れたファンタジーだと思います。





JUGEMテーマ:児童文学




18:24 : ルーマー・ゴッデン : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
『人形の家』 ルーマー・ゴッデン 岩波少年文庫
わたしにとって、この物語は、間違いなく、児童文学書を読み始めるきっかけを作った作品の一つです。



この物語は、人形たちを主人公とするお話です。そして、物語冒頭で作者は、人形というものについて、こう独白しています。

『じぶんからなにか「する」ことができません。させてもらうほかありません。そのことがわからない子どもたちは、よくとんでもないことをします。そのために人形は、傷つけられ、だめにされ、なくなされてしまいます。そしてそんなめにもあっても、人形は口もきけなければ、何一つすることもできず、ただ傷をおって、だめになって、なくなってしまうばかりです。』

そんなわけで、物語では、自分から行動できない人形達は、しきりと”願います”。



この物語は、人形達のことを描いてはいるものの、より大きな視点から眺めるなら、我々人間のことを描いていると考えて、差し支えないでしょう。

人間も、しきりと願います。ここに描かれていることは、そういったことをめぐる、人間の営みの象徴的表現なのではないでしょうか。ことに児童文学やファンタジーに分類される物語は、願望というテーマと密接な関わりを持ちます。



さて、人形たち、プランタガネットさん一家の願いは、自分達の家を持つことでした。そんな願いをめぐって、物語は展開されていきます。そして、我々人間の現実がそうであるように、彼らの願いも、より大きな境位の中にある、運命といっていいような大きな流れの中で翻弄されていきます。

そう、彼らの、家を持つまでの過程、そして、それを手に入れた時の幸せな時間、そして、物語終盤、お高くとまった、マーチペーンという人形が家にやってきてからの、プランタガネット奥さんの死という思いもよらない不本意な結末をめぐって、お話は紆余曲折します。



それにしても、プランタガネット奥さんの、不本意な結末とは、文字通りのことだったのでしょうか。

プランタガネット奥さんは、たとえ命と引き換えにしてでも、自分のなすべきことをなしとげたのかもしれません。飼い犬の”かがり”を守るために身代わりとなって、彼女は、自身の命を投げ出したのです。

そして、プランタガネット奥さんの死とは、引き換えになってしまいましたが、そんな彼女の死を乗り越えて、プランタガネット一家は、マーチペーンのような”只のもの”ではない、”心ある人形”であるという、誇り高き思いを手に入れたのです。

これらの出来事は、普通には手に入れることが出来ない、かけがえのないものです。そして読者である我々の心にも、人形たちの思いは生成します。



全体を通して思うことは、随所に、作者による人形への、心のこもった言葉のフレーズがあって、この小さきものへの愛情が、よく感じとれます。そして人形達は行動できませんが、その感情は、豊かにつずられてゆきます。



JUGEMテーマ:児童文学




18:32 : ルーマー・ゴッデン : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
■ホーム ▲ページトップ