子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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グリム童話(KHM161-200) リンク
グリム童話(KHM165) 『怪鳥グライフ』 改めて感じるグリム童話第二巻と原話の近似性
グリム童話(KHM166) 『強力ハンス』 改めてハンスというキャラクターについて
グリム童話(KHM169) 『森の家』 動物に親切な末子の物語の類型

グリム童話(KHM176) 『寿命』 人生に対するシニカルな視点

グリム童話(KHM181) 『池の中の水の精』 改めて約束という道徳的なテーマ
グリム童話(KHM182) 『こびとの贈り物』 改めて仕立て屋というキャラクターの位置づけ
グリム童話(KHM183) 『巨人と仕立て屋』 仕立て屋というキャラクターをよく表現する物語
グリム童話(KHM189) 『お百姓と悪魔』 哀れな小さき異界の者

グリム童話(KHM191) 『あめふらし』 気位の高い王女の結婚のお話の類型
グリム童話(KHM192) 『名人どろぼう』 西洋の民衆が望んでいたであろう自由
グリム童話(KHM193) 『たいこたたき』 グリム童話のひとつの王道を踏襲する物語
グリム童話(KHM197) 『水晶の玉』 末子成功譚の変則的な物語、兄弟協力型
グリム童話(KHM198) 『マレーン姫』 ファンタジーのごとく願望をテーマとする民話
グリム童話(KHM200) 『黄金の鍵』 メルヘンの楽しみ



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18:42 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM200) 『黄金の鍵』 メルヘンの楽しみ
第二版以降で、一貫して、グリム童話第二巻の最後に置かれている物語です。シンプルな構造で、童話集全体の最後にふさわしい、メルヘンの楽しみ方を示唆するような短いお話です。

グリム童話第一巻の最終話であった(KHM86)『きつねとがちょうたち』も、第二巻への誘導をもたらすような構造の物語でした。グリム童話各巻、それぞれの物語も、全体を見通して、配列のしかたが、よく考えられていることがうかがわれましす。きっとそれらの配列は、読者が感じる以上に、熟考されていることが予想されます。



お話はこうです。そりを引いて、まき拾いに出かけた貧しい男の子が、暖を取ろうとして焚き火をしようとします。そして雪を掘ると黄金の鍵が見つかります。ならばと、さらに地面を掘ると小さな鉄の箱が出てきます。そして、箱の鍵穴を見つけて黄金の鍵を差し込んだところで物語は結ばれます。

いったい、どんな宝物が出てくるのでしょう。こんな、わくわくした気持ちで、グリム童話の物語を読み進めてきたように思います。この楽しみは、引き続き、民話としての、日本の昔話の読書につなげていきたいと思います。

これで、グリム童話の読書、終わります。



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18:30 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM198) 『マレーン姫』 ファンタジーのごとく願望をテーマとする民話
愛しあう、とある王子と、マレーン姫は、お互い、結婚の約束をしていました。しかし、ふたりは、マレーン姫の父親によって仲を引き裂かれ、姫は真っ暗な塔の中に、七年間の約束で、七年分の食事とおつきの女と共に閉じ込められてしまいます。

しかし、マレーン姫が七年間を過ぎて塔を出てみると、国は滅んでいました。この物語は、マレーン姫が許嫁の王子と再開し、結婚を成就させるまでのお話です。



姫は国が滅んでいたため、自活しなければなりませんでした。とある大きな町の、王さまの宮殿に、灰かぶりとして下働きをします。そして、ある日、この国の王子の結婚式がとり行われることになりました。

しかし、その花嫁の姿は醜く、心も邪な人でした。この花嫁は、自分が、人々に嘲られ、もの笑いの種にされることを恐れて、自分の代わりに、灰かぶりであるマレーン姫を、代理に結婚式に向かわせます。



するとマレーン姫は、王子が、かつての自分の許嫁であることに気づきます。しかし、マレーン姫は、今ではしがない灰かぶりのひとりです。彼女は、悲しみを抑えて言いつけ通り、花嫁の代理をこなしました。

しかし、許嫁の王子も、結婚相手が、父である王さまが選んできた花嫁と言われながらも、彼女が、マレーン姫にそっくりであることに気づきます。しかし、彼女は、塔に閉じ込められているか、もしくはもう死んでしまったかもしれないと思い直しました。

結婚式は、ふたりの咬み合わない会話を挟んで、粛々と行われます。しかし、その会話で、王子は花嫁が、自分の許嫁であったマレーン姫を知っている事に疑念をいだきます。この会話には、マレーン姫の思いが忍ばれます。



さて夜になり、醜い花嫁は、昼間の結婚式の娘と違うことをばれないようにと、ベールをかぶり、王子のもとに向かいます。王子は結婚式での咬み合わない会話の真相を突き止めようと彼女に質問をしました。

しかし、会話のことなど知る由もない醜い花嫁は、マレーン姫のもとに戻り、いちいち、どんな会話がなされたのかを聞き出します。会話の内容は一部、醜い花嫁を怒らせるような内容のものでした。そのため、マレーン姫の首は落とされることになります。



しかし、ついに王子は、花嫁に、プレゼントしたはずの首飾りがないことを不審に思い、花嫁のベールを取りました。するとなんと驚いたことか。王子は、この花嫁が、昼間の結婚式の娘ではないことを知ります。

王子は、この、醜い花嫁から、全ての真相を聞き出しました。そして、今現在、首を落とされようとしているマレーン姫を助け、ふたりは、七年前の、許嫁同士であったことを確認します。ここでマレーン姫の立ち位置は昼間の結婚式でいつの間にか結婚式を済ませた正式な花嫁にすり替わります。

ふたりは、一生幸せに暮らします。一方、いつの間にか、偽りの花嫁になっていた、醜い花嫁は、首を落とされましたと物語は結ばれます。



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引き裂かれた恋仲のふたりが、試練を乗り越えて、再び結ばれるという類型の、グリム童話には、いくつかある物語のひとつです。他には(KHM67)『十二人の狩人』(KHM69)『ヨリンデとヨリンゲル』があげられるでしょうか。いずれもロマンティックな展開になっています。

中でもこの物語は、かつては許嫁の仲であったとはいえ、今では浮かばれない代理の花嫁となっている、主人公のマレーン姫が、物語の展開の影で、あるいは読者の思惑の影で、気づくと、いつの間にか正式な花嫁にすり替わっていくところなど、語り口が優れています。(KHM01)『かえるの王さま』の仕掛けを思い起こしました。



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18:30 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM197) 『水晶の玉』 末子成功譚の変則的な物語、兄弟協力型
割と短い物語の中に、いくつかのエピソードを、無理やり結合させているような印象です。また主要登場人物である兄弟と王女以外の登場者はピンポイントでの登場で、伏線とはなりません。昔話、民話の表現形態に沿っているとはいえ、まるで物語初稿ののプロットでも読んでいるような感覚です。



女魔法使いには、仲の良い三人の息子がいました。彼女は、彼らを、いつか自分に敵対するものとして信用せず、ふたりの兄を動物の姿へ変えてしまいます。末の弟は自分も姿を変えられてしまうのではないかと恐れ、こっそり逃げ出しました。

そして、唐突ですが、ここからは、この末の弟が、黄金の太陽の城で、魔法で呪いをかけられて、醜い姿に変えられている王女を、救い出すお話になっています。もう以降では、母親である女魔法使いは、登場しません。彼女は兄ふたりを動物に変えるためだけの登場でした。こんな調子で物語は進みます。



末の弟は救い出すべき王女の城を探しますが見つかりません。森へ入ると、ふたりの巨人が、ぼうしの所有権をめぐって争っていました。そのぼうしは思ったところへ直ちにいくことのできる不思議なぼうしです。巨人は末の弟にそれを決めてもらおうとします。

末の弟は、そのぼうしを預かると、王女の城のことしか頭になかったため、彼はすぐに王女のいる黄金の太陽の城に運ばれてしまうのでした。これで、唐突ですが、城へのアクセスはかないました。巨人は、この役目を終えるともう登場することはありません。



末の弟は王女に会うと王女自身から彼女を救い出す方法を聞き出します。事をなすには、王女に魔法をかけた男の魔法使いに、ある手順で取り出される水晶の球を、かざさなければなりません。これを末の弟と姿を変えられている兄ふたりが協力して行います。

そして、ことは成就されました。男の魔法使いは、末の弟の、この城での役割を話すと、やはり、その使命を果たして消えます。末の弟は城の王になりました。王女の変身は解け、美しい姿を現します。ふたりは結婚しました。さらに、兄たちの変身が解かれて物語は結ばれます。



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末子が主人公で表面上は彼の成功のお話ですが、事をなせたのは三人兄弟の協力あってのことです。よってオーソドックスな末子成功譚とは呼べません。

しかし、末子成功譚の変則的な物語の類型と考えていいでしょう。これまでも、このように実質的に三人が共に幸せを得るお話はありました。(KHM70)『三人の幸運児』(KHM124)『三人兄弟』があげられます。しかし、試練に対して、三人兄弟が協力するお話は、初めてではないでしょうか。

ただし、ふたり兄弟が試練に対して協力する物語ならありました。末子成功譚の、オーソドックスな三兄弟のお話からは外れてしまうかもしれませんが、(KHM60)『ふたり兄弟』(KHM85)『金色の子どもたち』がそれです。



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18:36 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM193) 『たいこたたき』 グリム童話のひとつの王道を踏襲する物語
ある太鼓叩きが、魔女の呪いを受けて、ガラスの山に幽閉された王女の救出し、そして結婚に至るまでの物語です。



ガラスの山という物語の舞台装置は、これまでも、グリム童話に散見されました。思い出すだけでも(KHM25)『七羽のからす』(KHM93)『からす』(KHM127)『鉄のストーブ』などがあげられるでしょうか。いずれも魔女によって、登場者が幽閉される場所です。いずれも主人公が、そこからとらわれの者を助けて、ハッピー・エンディングを迎えるか、あるいはそこへの道筋がつきます。

この物語も例外ではありません。太鼓叩きが魔女にガラスの山にとらわれていた王女を救出し前半を終えます。ただし、ここでひと悶着あります。太鼓叩きは記憶を失い、王女との結婚の約束を忘れてしまいました。



そして、後半の、王女が太鼓叩きを、事の成り行きで、奪われてしまった娘から取り戻すくだりは、『鉄のストーブ』の後半とそっくりです。

そう、ここでも『鉄のストーブ』同様に、重要な役割を果たす娘が登場し、眠り薬を用いて太鼓叩きと王女の再会を阻止しようとします。しかしその目論見も、三度目にはうまく運ばず、太鼓叩きは王女と再会すると記憶を取り戻し、王女との約束を思い出して結婚へと、つまり、お話はハッピー・エンディングへと収束していきます。

それにしても、後半の重要な役割を果たすこの娘、王女に三着の美しい服をもらい、太鼓叩きのもとから去るのですが、一体どのような存在と考えればよいのでしょうか。『鉄のストーブ』のお話では、魔女との関わりを疑ってみましたが、このお話を読んでみて、さらにその思いを強めた次第です。



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18:43 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM192) 『名人どろぼう』 西洋の民衆が望んでいたであろう自由
スイスに『どろぼうの名人』(『世界の民話』発行所ぎょうせい 所収)という、タイトルも内容もほぼ同じ民話があります。ヨーロッパの国々が地続きであることを実感します。



ある日のこと、貧しいお百姓とその妻が仕事の手を少し休めて家の前で腰掛けていたところ、四頭立てのきらびやかな馬車がやってきて中からいかにも金持ちの紳士が降りてきました。お百姓は立ち上がって紳士に近づき、なんなりと用を聞きますと申し出ました。

すると紳士は、じゃがいもの田舎料理を所望し、それを一緒に食べたいというのです。身分の高いものは時々そんなものが食べたくなるのだろうと妻は早速料理を用意します。その間、お百姓は紳士を庭へ誘いました。やりかけの仕事が残っていたのです。お百姓は、庭に苗木を植えるところだったのです。



紳士は、こういう仕事をしてくれる息子は居ないのかとお百姓に問います。するとお百姓は自分たちにも、息子は居たのだと告白しました。

そして、息子は、賢いのだけれど、勉強もせず悪さばかりして、今では家から飛び出てしまったと紳士に答えます。さらに、お百姓は、息子が、生きているのか死んでいるのかさえもわからず、消息は不明なのですとも言いました。

お百姓は苗木を植え、そこに杭を打ち、苗木がまっすぐ伸びるように、上と真ん中と下を藁縄でしっかり縛り付けました。一方、庭の隅には、ひん曲がって節くれだった木が立っています。



紳士があの木を真っ直ぐにする気はないのかとお百姓に尋ねると、あれはもう老木で真っ直ぐにする事はできません、木は若いうちに育てなければならないのですと答えました。すると紳士はあなたの息子さんと同じですなと知るはずのないことを言うのでした。

そして、紳士は、もし、いま、息子さんがあなたの前に現れたら区別がつきますか、とお百姓に尋ねました。

すると、お百姓は、顔だけではわからないだろうと答え、ただし肩にいんげん豆ほどのほくろがあるから判断できましょう、と答えました。すると紳士は自分の肩にあるほくろを見せます。なんと紳士は彼らの息子であったのです。



お百姓は自分の息子が紳士になるなど考えられず、どうやって、紳士になったのかを尋ねます。すると息子は僕は、あの庭の隅の老木です。もう真っ直ぐにはなりません。どろぼうになったのですと言うではないですか。

しかし、息子は、どろぼうはどろぼうでも、名人どろぼうになったのですと断りを入れます。貧しい人からは盗みません、貧しい人には与えるのですと言いました。また知恵や腕前を必要としない盗みはしませんとも言いました。

しかしお百姓は、どろぼうはどろぼうとして認めません。ですが、母親は自分の息子に再会出来たことを心から喜びました。三人は食卓につき、息子は、もう長いこと食べていなかったじゃがいも料理を食べました。



お百姓は、伯爵にこのことが知れたら洗礼を受けた時のような祝福を授けてくださらないだろう、それどころか絞首台に吊るされるかも知れないと言いました。しかし、息子は、自分の腕に自信を持っていて、その心配には及ばないと言いました。そして、息子は、伯爵に挨拶に出向きます。

息子は、伯爵に、自分があの百姓の息子であり、名人どろぼうだと名乗ると、伯爵は顔を青くしました。しかし、彼が、自分の名づけ子であることには変わりないので、寛大な処置として、名人どろぼうの腕試しをさせることにしました。ただし、失敗すれば絞首台行きです。



腕試しには息子の希望で三つの課題が与えられます。始めは馬小屋から、伯爵の馬を盗んでみよとのことですが息子はなんのこともなくやってのけます。

次は伯爵とその妻が眠っている間にベッドシーツと妻の結婚指輪を奪えとのことでした。しかし、これも息子は難なくこなしてしまいます。

最後は我が教会の牧師と管理人を盗めということでした。しかし、これも息子は難なくこなしてしまいます。

伯爵は息子に言いました。お前は正真正銘の名人どろぼうだ。賭けに勝った。今日のところは咎め立てしない。しかし、即刻国から出て行ってくれ、そして再び戻ってきた時には処刑するだろうと言いました。

名人どろぼうは両親に別れを告げ、また広い世界に旅立って行きました。それ以来名人どろぼうの噂を聞いたものはありません、と物語は結ばれます。



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名人どろぼうといった、ひねった題名からは、なにかメッセージ性を感じます。と同時に、この題名は、民話として語り継がれるための面白味を演出するための仕掛けにもなっているように思います。

それはともかく、この記事には、こまごまとした盗みの手口など書きませんでしたが、明らかに主人公は知恵者です。



そして、このお話では、主人公が両親からも公爵からも厄介払いされていて、本来権力をふるうものからの逃走があり、自由で、なんだか痛快なのです。自由とは、いつの世にも安定とは縁がありませんが...。こんなところにわたしは、西洋の人々が望んだであろう開放的な空気を読み取りました。しかし、どろぼうとは少々行き過ぎですね。



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18:14 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM191) 『あめふらし』 気位の高い王女の結婚のお話の類型
グリム童話に時折みられる、気位の高い王女が、結婚の条件を著しく高く設定して、求婚者に挑戦させ、失敗すれば挑戦者が不利益を被りますが、その難関を超えて主人公が結婚を果たすというお話の類型です。

これまでのものだと、(KHM22)『なぞなぞ』や、(KHM52)『つぐみひげの王さま』や、(KHM114)『かしこいちびの仕立て屋』(KHM134)『六人の家来』などがあげられるでしょうか。



王女の城の最上階には、普通では見通すことのできないものを見ることができる、十二枚の窓があり、番号が増えるほどよく見通すことができました。第十二番の窓からは、誰も隠れることはできないと、王女は確信しています。まるで、ミシェル・フーコーが『監獄の誕生』で比喩で用いていたパノプティコン、つまり全展望監視システムが思い浮かびます。

これにより王女は国を支配していました。王女は、あらゆることをひとりで支配したいと思い、結婚などとても考えられませんでした。

そして、王女は、ある日、たわむれに、自分が見つけられないほど、うまく身を隠したものとなら、結婚をしてもいいというおふれを出します。しかし、身を隠すと言いながら、それを果たすことのできなかったものは、容赦なく首を落とされました。

これでもう97人も首が落とされています。王女は、これで、一生、誰からも束縛されず、自由でいられると確信していました。



そこへ三人の兄弟がやってきて自分たちの運を試してみたいと、この課題に挑戦します。しかし、上ふたりの兄は、呆気無く第一の窓ですぐに見つかり、首を落とされました。そして、末の弟による、この課題への挑戦が、この物語の骨子です。

末の弟は、課題に挑戦するにあたり、いくつかの条件を出しました。それは二日間の考える時間の猶予と、もし見つかったとしても三度は挑戦させてくれというものでした。末の弟は美しかったので、王女はその条件をのみます。



早速末の弟は、考えますが、いい考えが浮かびません。そこで、鉄砲を持って狩りに出かけました。そこで、獲物を見つけると、鉄砲で撃ち落とそうとするのですが、獲物である動物が恩返しを条件に撃たないでくれというのです。末の弟は撃つのをやめ、結果、カラスと大魚と狐を救ったことになります。

さて、いよいよ末の弟は、どこかへ隠れなければなりません。しかし、良い考えが浮かびません。末の弟は森に出かけ、狩りで救った動物たちに、恩を返してもらおうと、教えを請いにいきます。そして救った動物たちにうまく身を隠してもらうのです。

しかし、カラスと大魚は、あとひとつのところで見つけられてしまいました。末の弟のチャンスは後一度しか残されていません。ことの成就は狐に託されます。



狐は、考えを巡らせ、まずある泉に、末の弟を連れて行きます。そして、まずは、狐自身が泉に潜り、市場で動物を売る商人になって出てきました。末の弟も、泉に潜らされると、小さなアメフラシに変身していました。これがタイトルの由来です。

狐である商人は、町へ出かけ、末の弟のなれの果であるかわいらしいアメフラシを見せものとします。大勢の人に混じって王女もやって来ました。

王女は、その小さな動物を気に入り、商人に高いお金を支払って買取りました。商人は、王女に渡す前に、こっそりとアメフラシに告げます。それは、王女が窓を覗きに行くときに、王女の編んだ髪の中へ素早く潜りこむことでした。



王女は、いよいよ末の弟を探そうと、窓を覗きますが、第十二番目の窓でも見つけることはできません。王女は不安と怒りのあまり窓を力任せに殴りつけてしまいました。すると全ての窓は木っ端微塵に割れ、城は震えました。

そして、部屋に戻り、編んだ髪の中にアメフラシがいることに気づくと、それを掴んで、どこかに行ってしまえと、床に投げつけてしまいます。アメフラシは商人と共にあの泉に一緒に行き、再び潜ると元の姿に戻りました。末の弟の勝ちです。



王女は、自分の運命に従いました。結婚式が盛大に行われます。末の弟は国王となりました。しかし、自分が誰のおかげでうまく隠れることができたのかを、王女には打ち明けることはありませんでした。

それで王女は、あれは全て夫がひとりでしたことと信じて、夫はわたしよりずっと優れていると尊敬し、暮らした、と物語は結ばれます。

末子成功譚であり動物報恩譚の物語ですね。



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18:36 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM189) 『お百姓と悪魔』 哀れな小さき異界の者
短いお話です。

むかし、あるところに、抜け目のないお百姓がいました。このお百姓のいたずらの数々は、色々と伝えられていますが、中でも一番面白いお話として、悪魔を出し抜くお話がこの物語では語られます。



ある日夕暮れ時、お百姓は自分の畑の真ん中に炭火が燃えているのに気づき、そこへ行ってみると、その真っ赤に燃えた炭火の上に小さな黒い悪魔が座っているのでした。

お百姓は、悪魔に、お前は宝の上に座っているのかと問うと、悪魔はそうだと答え、それはお百姓がこれまで見たこともないほどの金と銀の山だというのです。

お百姓は、畑にあるものは、全て自分のものだと主張します。すると悪魔は、これから二年間、畑で取れたものを半分くれるなら、自分の宝を譲ってもいいと答えました。どうやら、悪魔は、金銀はたくさん持っているようですが、自分は土から生まれるものを必要としているようです。

そして、お百姓は、分配のときに争いごとが起きないように、決めごとをしました。地面の上になったものは悪魔のものとし、地面の下になったものは自分のものだと言いました。悪魔は了解します。そして悪賢いはお百姓は、かぶを育てるのでした。

悪魔が収穫の時期にきてみると、なんとそこには黄色い枯れた葉っぱしかありません。お百姓の方は、かぶを掘ってすっかり満足です。

悪魔は、取り決めに、不正があることとは夢にも思わず、今度は条件を交換して地面の下になったものを自分のものとし、地面の上になったものをお百姓のものとしようと言いました。

お百姓は了解しました。そして、ずる賢いお百姓は、今度は畑に麦を育てるのでした。結果は知れてますね。

悪魔は怒り狂って岩の裂け目に飛び込んでしまいました。お百姓は畑に埋まっている金銀を掘り出して帰りました、と物語は結ばれます。



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最後悪魔が怒り狂ってやけを起こし岩の裂け目に飛び込むシーンは(KHM55)『ルンペルシュティルツヒェン』で、小人がやけを起こして、自分の体を引き裂いてしまうシーンを連想させます。ユーモアとともに哀愁を誘います。

この物語の悪魔は、小人ではありませんが、小さい悪魔という描写がなされているので、類似の存在を思わせます。

これは、(KHM100)『悪魔のすすだらけの兄弟分』に描かれている通り、グリム童話第二巻の傾向として小人と悪魔の近似性をあげてもいいくらいです。

また、グリム童話第二巻の傾向として、悪魔は、うまく関係を取り結べば、何も失わず、金銀をもたらす存在として描写されていまるようにも思われました。



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18:20 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM183) 『巨人と仕立て屋』 仕立て屋というキャラクターをよく表現する物語
前記事、(KHM182)『こびとの贈り物』に引き続き、仕立て屋が登場します。この物語では仕立て屋が主人公です。前記事にもかきましたが、仕立て屋が主人公を張ると、彼は、ある独特のキャラクターを発揮します。

これまでも、何度か、そのキャラクターについて言及してきましたが、うまく言葉に表せていなかったように思います。それが、やっとピッタリとした表現が見つけられた思いでいます。なぜなら、それが物語冒頭で、はっきりと言葉にして表現されているからです。

それは、”大ぼらふきでけち”というものです。ある意味、まだ抽象的ですが、今のところ、この表現を超えたものをあげられません。抽象的であるがゆえに、ここから派生してくるであろう、全てのキャラクター属性をも含むものとして、気にいっています。

仕立て屋のキャラクターが、よく表現されたものとして、この物語と、(KHM20)『ゆうかんな仕立て屋さん』をあげたいと思います。

もうひとりの登場者である巨人が、これまたお決まりの頭の弱さを示していて、仕立て屋に付きまとわれ、困っているところが、よく表現されていて、より、仕立て屋のキャラクターを引き立てています。

しかし、仕立て屋を、わたしのように、やや否定的に受け取る読解は、ある意味、道徳を重んじる、多くの一般的な大人の意見かもしれません。または、ファンタジー読みであるわたしの偏見かもしれません。

それとは別に、生を第一義的にとらえるような、つまり、したたかだけれども、真摯なな生がそこに描かれている、というような読解があってもおかしくはありません。いや、あってしかるべきですね。



さてお話です。仕立て屋は、あるとき広い世の中でパンを稼いでやろうと、仕事場を出て歩いていきます。そして巨人に出会いました。巨人は、これから、この仕立て屋に困らせられるともしれず、彼を下男として雇ってしまうのでした。

巨人は、このちびのならず者にいくつかの仕事を与えていきます。すると大ぼらを吹いて巨人をこわがらせるのでした。巨人はなんとかして仕立て屋をお払い箱にできないかと考え始めます。

そして物語終盤やっと巨人は仕立て屋を追い払うことに成功します。どうしたかというと、それは、仕立て屋に柳の枝にのらせ、枝を下にしならせることができるかというたくらみのこもった謎かけをしたのです。

どうなったかというと、仕立て屋は、空気を吸い込んで体を重くし、柳の枝をしならせました。しかし、息を注ごうとして息を吐いた途端、柳の枝ははねて、仕立て屋は跳ね飛ばされ、空中に飛んで見えなくなりました、というものです。まだ落ちていなければ、きっとまだ空中に飛んでいることでしょうと物語は結ばれます。



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18:25 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM182) 『こびとの贈り物』 改めて仕立て屋というキャラクターの位置づけ
仕立て屋と鍛冶屋が一緒に旅をしています。鍛冶屋には背中に大きなコブがありました。

ある日の夕方、日が沈む頃、遠くの方から音楽が聞こえてきて、ふたりは心地よくなり、音のする方へ歩いて行きました。



やがて、もう月が登る頃のことです。音楽が奏でられている場所につくと。そこには、小びとの男女が、手をつなぎ輪になって、楽しそうに踊りを踊っているではないですか。

輪の中には、色鮮やかな服を着たおじいさんが座っていて、ふたりを輪の中に誘います。ふたりは誘われるまま従います。ふたりは小びとの輪の中へ入りました。

するとおじいさんはナイフを研ぎ始め、研ぎ終わると、ふたりの髪の毛と髭を、剃り落としてしまいました。けれども、おじいさんが親しげに肩を叩くのでふたりの不安は消えました。

そして、おじいさんは脇に積み上げられている石炭の山をポケットに詰めるよう身ぶりで示します。ふたりは訳もわからず、とにかく、その通りにしました。

それからふたりは、泊まるところを探して、宿に着くと眠りにつきます。



次の朝ふたりは押さえつけられているような感覚にいつもより早く目を覚まします。その感覚は、ポケットが重くなっていたせいでしょう。ポケットを探ると昨夜の石炭は、なんと金に変わっていました。おまけに剃られた髪の毛も髭も元通りでした。

欲張りな鍛冶屋は、今度は大きな袋を持って再びおじいさんの元を訪れ、金を手に入れようとします。



しかし、鍛冶屋は、同じ手順を踏んだつもりがとんでもないことになってしまいます。袋に入れてきた石炭は、金には変わりませんでした。そして、昨日手に入れた金さえも石炭に戻ってしまう有様です。おまけに剃られた髪も髭も元に戻らず、背中ばかりか胸にまでコブができてしまう始末です。鍛冶屋は欲張りへの罰だと知り、泣き出してしまいました。

そんな鍛冶屋を仕立て屋は、自分の手に入れた金で一緒に暮らしていこうと優しく慰めました。と物語は結ばれます。



欲かきの鍛冶屋さんが哀れでした。それにしても、小びとに囲まれた、色鮮やかな服を着たおじいさんが、異彩を放っています。ファンタジックな、その描写は、神秘的ですが、その所作を、心に描いてみると、ユーモラスにも感じとれます。

そして、グリム童話でお馴染みの仕立て屋が、この物語でも登場しています。そのキャラクターについて、改めて考察してみたいと思います。

仕立て屋が、物語で、単独で主人公を張る場合、なんとも憎々しいキャラクターを発揮します。このブログでは扱いませんでしたが、最近読んだものの中では(KHM170)『喜びと悲しみを分かちあう』があげられるでしょうか。

仕立て屋というキャラクターから、まずイメージされるものとは、ある弱さなのでしょう。弱さにも色々あって共感を得るものもありますが、それとは違うものです。そこから派生する、アンチ・ヒーロー的なあらゆる属性が、彼のキャラクターを形作っているように思われます。そして、聞くものや読むものの心をざわつかせるのです。

しかし、どういう訳か分かりませんが、この物語のように、仕立て屋が、複数の主人公のひとりである場合には、彼は、常識的に振る舞いまうのでした。それどころか、この物語では、優しささえたたえています。



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18:24 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM181) 『池の中の水の精』 改めて約束という道徳的なテーマ
お話の構造としては、(KHM88)『さえずり、おどるひばり』や、(KHM92)『金の山の王さま』が類似としてあげられます。共に主人公が父親のした、異界の者との約束によって、主人公が異界に連れ去られることを物語の発端とします。

グリム童話で、約束をテーマとする物語は多数ありますが、主人公が、異界の者にさらわれるといった設定は、これらの物語に限られます。この三話を比べたりしながら、物語を追ってみます。



むかし、あるところに、粉屋がいました。粉屋は、妻とふたりで満足に暮らしていました。財産は年を追うごとに増えました。しかし不幸は一夜にして訪れるもので、財産はみるみる失われます。財産が失われるくだりは『金の山の王さま』と同様ですね。

粉屋は、ある明け方前、水車小屋の池の辺りを歩いていると、池の中から美しい娘が現れて、彼女は、困っている様子の粉屋に事情を尋ねました。粉屋が事情を話すと、池の娘は約束を守るなら、また豊かに暮らしていけるようにしてやるというのです。

その約束とはちょうど今あなたの家で生まれたものを譲りなさいというものです。この譲らなければならないものがこの時点では伏せられていることも三話共通です。そしていずれの話でも、主人公の父親は、約束をかわしてしまいます。

その伏せられていたものとは子ども、すなわち主人公でした。そしていずれの話でも主人公が連れ去られてしまいます。

池から現れた娘は、明らかに異界の存在でしょう。この異界の存在が『さえずり、おどるひばり』ではライオンであり、『金の山の王さま』では小人でした。

しかし、この約束、粉屋は裕福になったものの異界の者の側の要求が、しばらく果たされません。つまり、主人公がさらわれることはありません。主人公は、やがて大人になり、妻を迎えます。そしてある日突然、不意に約束は果たされます。まるで異界の者は待ち構えていたような描写です。怖いです。

妻は悲しみました。しかし、妻の見た夢に現れるおばあさんを頼りに、夫の救出は行われていきます。そして紆余曲折の末、夫の救出に成功しました。

ただし、そのときにふたりは、てんでばらばらのところに池の水に流され、共に長い年月ひつじ飼いになったと描写されます。そして、物語最後に、再びお互いを見つけ幸せになるというものです。



この物語や、『さえずり、おどるひばり』では、最後の聖なる関係を成就させるために、不条理な約束に端を発する試練が用意されているのでしょう。

その不条理な約束ですが、それを果たせば、後の幸福につながるという、広く物語一般に見られる一大テーマは、グリム童話では、冒頭の(KHM01)『かえるの王さま』のそれが象徴的です。

この、ある意味、道徳的なテーマ(説教屋が用いる、寓意的意図のある道徳とはまったく違ったものです)は、物語一般と切っても切り離せません。これからも時代をまたぎ装いを変えて物語られるのでしょう。





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18:25 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM176) 『寿命』 人生に対するシニカルな視点
シニカルですが、非常によくできた寓話であると思います。

神さまは、世界を作り、生き物たちの寿命を定めようとしました。神さまはそれぞれの生き物に公平に30年を考えているようですが、決定に際しては、それぞれの生き物の意見を聞いています。



まずは、神様のもとに、ろばがやって来て、わたしは、どれくらい生きればよいのかと神さまに尋ねました。ろばは神さまに30年はどうかと問われると、長すぎると訴えました。

ろばは、神さまに、彼らの過酷な生活を説きます。朝早くから夜遅くまで、荷物を運び続け、休もうものなら鞭で打たれ、足でけられるありさまです。そんなろばを、神さまは哀れに思い、ろばの寿命を18年削ってやりました。



次に犬がやって来ました。すると、犬もやはり、30年は長すぎると訴えました。犬は、どれほど走らなければならないかを、神さまに説きます。

そして、しまいには、声も出せずに、吠えることもできなくなり、ものを噛む歯もなくなるでしょう。そうなれば、うろうろとして唸ることしかできません。神さまはもっともだと思い、犬の寿命を12年削ってやりました。



次に猿がやって来ました。そして猿も、30年は長すぎると訴えます。猿は、ろばや犬と違って、働かなくてもいいのだからと、神さまは意外に思いました。

すると猿は、人間の慰みものになって、いつも笑いを提供しなくてはならないことの辛さを、つまり、笑いの影には、しばしば悲しみがあることの実情を説きました。神さまはなるほどと思い、猿の寿命を10年削ってやりました。



そして最後に人間がやってきます。人間は、楽しそうで、健康で、元気でした。神さまは他の生き物同様、人間にも30年の寿命を与えようとします。しかし、人間だけが30年では短すぎると訴えるのでした。

ならばと神さまはろばと犬と猿から削ってやった寿命を人間に授けます。つまり人間の寿命は70年と決まりました。それでも人間は満足せず、神様のもとから去りました。



こうして人間の一生の歴が定まります。つまり、始めの30年は人間らしい年月を過ごします。健康で、働くことが楽しく、日々の生活に楽しみを見出していました。

しかし、これに続くのは、ろばの18年です。みんなを養うために、鞭を打たれ、足蹴にされても働き続けねばなりません。

次に続くのは犬の12年です。隅っこに寝そべって、ブツブツとつぶやくだけで、ものを噛む歯もありません。

締めくくりは猿の10年です。おろかで馬鹿で間抜けなことばかりをして、子どもたちに嘲り笑われるのです。と物語は結ばれます。



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簡単に述べるなら、他の生き物たちの老いた晩年を、人が譲り受けて寿命を伸ばしたという話です。この物語を、人々が聞いたり読んだりして生まれてくる思いは、二つに分かれて対照をなすのではないでしょうか。

ひとつには、この物語の視点を良しとせず、人間に対する、肯定的で、建設的な思いであり、それらの思いは老いに対する抵抗という形をとって現実に生成します。これには多くの人々が携わります。人々は、老いから逃れる方便を、日々、様々な分野で、達成しようとしています。

人々は、この物語に描かれるような、ときに陥りがちな、シニカルな視点から見える人間世界を変えたいと、日々悪戦苦闘しているように見えます。



しかし、一方で、この物語が語らんとするように、老いに逆らわない、他の生き物側に寄り添った思いに、重心を置く方もいるでしょう。他の生き物が放棄した寿命を、神さまが聞きとどけてくれたくだりに、救いを見いだすような考え方です。

冒頭に述べたように、ある意味シニカルですが、このような視点もありえます。物語は、死を拒否する者は、生命をも拒否するという視点から語られているようにも思えます。難しい問題ですね。





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18:37 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM169) 『森の家』 動物に親切な末子の物語の類型
末子成功譚の物語に分類されるお話です。

貧しいきこりの夫婦には、三人の娘がいました。ある日、きこりが、手間のかかる仕事を手掛けることになり、娘に森へ弁当を届けさせるように、おかみさんに言いつけておきました。しかし、娘は、道に迷い、弁当を届けることはおろか、家に帰ることさえもできません。上の娘から順に、日をまたぎ、用は授けられます。

娘は、それぞれ、夜、森の中に明かりのついた家を見つけ、一晩の食事と共に宿を頼みます。家の中には、白い髭の老人と、おんどり、めんどり、まだら模様の牛がいました。これらの登場者は、実は悪い魔女によって、変身の呪いをかけられた、王子とその召使いなのですが、彼らの呪いを解くには、心根の優しい娘が、家を訪れなければなりませんでした。

上ふたりの娘は老人には親切に振る舞ったものの、動物たちをそっけなく扱ったものですから、王子たちの呪いは解けませんでした。彼女らは地下室に閉じ込められてしまいます。

しかし三番目の娘が、甲斐甲斐しく、老人ばかりか動物たちにも親切に振る舞うと、呪いは解けます。そして三番目の娘は、王子と結婚することになりましたというお話です。王子は、姉ふたりが、動物に優しくなるまで炭焼きのもとで働かせようと思う、と物語は結ばれます。



末子と動物の関係をテーマとした物語が、いくつかありました。(KHM62)『みつばちの女王』と、(KHM63)『三枚の鳥の羽』がそれです。これらはいずれも末子が動物に対して親切に振る舞ったため福音を得るという物語です。

しかし、結末での末子以外の兄弟の扱いは、それぞれ違います。この物語のように罰のような裁きがくだされるというものは、ある意味、厳しく感じられるかもしれません。むしろ現代では、上の姉たちがすることのほうが当たり前のような風潮です。



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18:25 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM166) 『強力ハンス』 改めてハンスというキャラクターについて
同じパートを用いた物語が、いくつか存在します。事情は異なりますが、地下世界の囚われている王女を助けるべく、主人公を含む三人の男が奔走します。その際、地中世界の小人が重要な役割をになって登場します。三人の男のうち、裏切り者の二人の男は成敗され、最後に主人公が王女と結ばれるというものです。

同じグリム童話なら(KHM91)『土の中のこびと』がそれに当たるでしょう。主人公がハンスであるところも共通です。また個人的に読んだ、ドイツ民話の、『三人の王女』(『世界の民話』発行所ぎょうせい所収)も同じパートを用いていました。



このパートに至るまでの前半の筋を少し書いておきます。

寂しい谷の奥に、ひとりの男とおかみさんが住んでいました。ふたりの間には、幼いハンスという子どもがいました。ある日のことおかみさんはハンスを連れてまきを拾いに森に入ります。すると盗賊に襲われて森の奥のあじとに連れ去られます。

ふたりは、あじとの中で何年もの間仕事をさせられます。あじとの中で、たくましく育ったハンスは、やがて盗賊を打倒し、母親と共に家に帰ります。しかし、ハンスは、やがて家さえも出て、広い世界へ旅立ちました。そして、ふたりのたくましい行きずりに出会い。冒頭に述べたパートにつながります。



グリム童話第二巻を読み始めてから繰り返し述べていることですが、ハンスという、グリム童話第一巻での、狂気さえ感じさせる、愚かで特異なキャラクターは、この物語でのハンスには、微塵も感じられません。彼のキャラクターの民話での位置づけは、グリム童話第二巻での用いられ方のほうが、より近いものと思われます。

その、グリム童話第二巻での用いられ方ですが、詳細を述べるなら、2つのタイプにわけられると思います。ひとつは誠実で愚直という性質を前面に出すタイプであり、もうひとつは(KHM136)『鉄のハンス』に登場するような強いハンスです。

この両者の間に、グリム童話第二巻のそれぞれのハンスは位置づけられているように思います。この物語のハンスはタイトルが示す通り、後者の強いハンスに近いのではないでしょうか。



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19:11 : グリム童話(KHM 161 - 200) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM165) 『怪鳥グライフ』 改めて感じるグリム童話第二巻と原話の近似性
末子成功譚のお話のひとつです。また、末子成功譚のお話ではありませんが、このお話と共通のパートを用いた物語が、存在します。(KHM29)『三本の金髪を持った悪魔』がそれです。『三本の金髪を持った悪魔』は、この物語の後半のパートがそっくりそのまま使われているような印象です。また、そのお話のわかりやすさからいって、この物語の一般化がはかられたと考えることも出来ます。

”悪魔”のお話にしたのも、”怪鳥グライフ”に、より一般的な属性を持たせるために、そうしたのではないでしょうか。また、この物語での、ハンスという主人公も、グリム童話第一巻では、特別なキャラクターとして編纂されるため、『三本の金髪を持った悪魔』では、福の子として変えられたのかもしれません。

また、『三本の金髪を持った悪魔』で登場する、重要な役割をになった、悪魔のおばあさんという設定は、この物語では、怪鳥グライフの妻がこなしていますが、これくらい軽い設定であったものとも思われます。

グリム童話第一巻と第二巻の比較でこう述べるのですが、グリム童話第二巻では(KHM125)『悪魔とそのおばあさん』という話があって、題名の通り悪魔のおばあさんが登場していることもあるので、一概には述べられませんが。

このように、疑問に思うこともありますが、グリム童話第二巻と原話の近似性を改めて予感しました。

グリム童話第一巻は、手が入れてある分、面白さにおいては第二巻を凌駕しますが、原話との類似性においては、第二巻の方に軍配が上がるのではないでしょうか。



『三本の金髪を持った悪魔』と、このお話の共通のパートに至るまでの前半の筋を少し書いておきます。

ある王さまには、ひとりの病弱な王女がいました。ある時、王さまは、彼女を助けるためには、特別なりんごが必要だと予言されます。王さまは国中におふれを出しました。特別なりんごを持参したものには王女を妻として与え自分の王位も譲るとのことです。ここに百姓の息子三人が登場して、りんごを王さまに届けようとします。

まずは長男が目的を果たそうとしますが、途中で出会う小人のせいで、うまくいきませんでした。小人に何を運んでいるか問われるのですが、長男は、小人を相手にせず、嘘を言いました。しかしその嘘が本当のことになってしまうのです。そのおかげで長男は、王さまに、りんごを持参したはずが、とんでもないものに変化してしまいます。長男は城から追い出されてしまいました。

次に、次男が挑戦しますが、やはり小人に嘘をつき長男と同じ経過をたどります。三男の愚か者ハンスは、はじめからお前のような愚か者はダメだと、父親に否定されますが、彼は小人に誠実に接し、王さまの望みのものを正直に打ち明けると、ただのりんごだったものは必要とされる金のりんごに変化するのでした。これでひとまずハンスは、王さまの要件を果たすことになります。

ここでも愚かであるけれど誠実で愚直なハンスというグリム童話第二巻でのハンスの描かれ方は生きています。



ここからが『三本の金髪を持った悪魔』と酷似しています。なのでこの先については『三本の金髪を持った悪魔』の記事を読んでください。

同じように、自分の王位はおろか、王女を嫁に出すつもりのない王さまは、ハンスに無理難題をふっかけます。



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