子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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グリム童話(KHM087-120) リンク
グリム童話(KHM087) 『貧乏人と金持ち』 神さまに届く願い事は普段からの心がけ
グリム童話(KHM088) 『さえずり、おどるひばり』 約束という、妖精物語の一大テーマ
グリム童話(KHM089) 『がちょう番のむすめ』 かけがえのない聖なるもの
グリム童話(KHM090) 『若い巨人』 お馴染みの親指小僧が巨人になってしまった場合のお話

グリム童話(KHM091) 『土の中のこびと』 民話で多用される小人というキーパーソン
グリム童話(KHM092) 『金の山の王さま』 約束をテーマとする民話のいち類型
グリム童話(KHM093) 『からす』 約束を果たすことの困難さ
グリム童話(KHM094) 『かしこいお百姓のむすめ』 好んで用いられる謎かけという仕掛け
グリム童話(KHM097) 『命の水』 未子成功譚の物語の分かりやすいいち類型
グリム童話(KHM098) 『もの知り博士』 時折挟まれる皮肉を語ったと思われる物語
グリム童話(KHM099) 『瓶につめられたおばけ』 誠実なるもののあるべき一生
グリム童話(KHM100) 『悪魔のすすだらけの兄弟分』 地獄における慈悲深い存在

グリム童話(第二版KHM101) 『緑色の服を着た悪魔』 悪魔という狡猾な存在
グリム童話(KHM103) 『おいしいおかゆ』 おいしいおかゆに込められた平和
グリム童話(第二版KHM104) 『忠実な動物たち』 グリム童話各巻における魔法の立ち位置
グリム童話(KHM108) 『ハンス・はりねずみぼうや』 グリム童話第二巻におけるハンス

グリム童話(KHM111) 『腕利きの狩人』 ドイツ民話において好まれてきたシーン
グリム童話(KHM114) 『かしこいちびの仕立て屋』 表現のおとなしいグリム童話第二巻
グリム童話(KHM116) 『青いランプ』 主人公が用いる”魔法を宿した物”というものの存在
グリム童話(KHM118) 『三人の軍医』 便利な魔法も使い手次第
グリム童話(KHM120) 『三人の見習い職人』 悪魔に救われる主人公


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18:32 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM120) 『三人の見習い職人』 悪魔に救われる主人公
主人公の三人の見習い職人が、悪魔に助けられるという、グリム童話第一巻では、考えられないお話が展開されます。第二巻では、これまでも、(KHM100)『悪魔のすすだらけの兄弟分』の悪魔が、主人公を助けていました。

お話は巧妙に組み立てられていて、悪魔は、あくまで、悪魔なのですが、主人公たちとの関わりを上手に描いています。グリム童話第一巻では、神様と悪魔のような、対立概念による、単純な仕掛けしか施されていなかったため、このような、複雑な展開は、望めませんでした。

これまでも、述べてきましたが、採録された民話の信頼性に伴う、グリム童話第一巻での、加筆、修正、結合、分割を多く伴った編纂は、グリム童話第一巻の物語を、単純化せざるを得ない仕様のようなものを背負っていました。

グリム童話第一巻と第二巻の編纂のされ方の違いについては、すでに、(第二版KHM104)『忠実な動物たち』や、(KHM108)『ハンス・はりねずみぼうや』の記事で述べました。



三人の見習い職人は、いつも、仲良く、一緒に、仕事をしてきたのですが、仕事のあてがなくなり、いよいよ離れ離れに散って、仕事を探さなければならなくなりました。お金が底をつき、そして、次の宿でお別れということになりました。そこで悪魔に出会います。

見習い職人たちは、悪魔に事情を話すと悪魔は、たやすくお金を工面してやると言いました。しかし、悪魔と契約を交わさなければなりません。契約にあたり三人は、自分たちの魂を汚したり、天国に行けなくなるようなことはしないと、はっきりとことわりをいれています。三人の見習い職人の実直さがうかがわれます。

悪魔は、もとより、三人には興味がなく、すでに半分は手に入れ、残りの半分を手に入れたいと思っている人物がいて、そのために、三人を働かせるつもりなのでした。悪魔との契約は成立します。



悪魔が手に入れたいと思っている人物とは宿屋の主人でした。宿屋の主人は、もうすでに、何人も人殺しをしているようです。悪魔が、半分は手に入れているというのは、それらの行いによるのでしょう。

ところで、三人の見習い職人が、悪魔とした契約ですが、それは、三人が、それぞれ決まった文言しか話してはならないというものです。このルールは、三人の立場を危うくしていきます。とうとう宿屋の主人の人殺しの罪を、かぶらなければならなくなりました。裁判が行われます。



そこへ悪魔が、立派な紳士の姿をして現れ、恩赦の判決をくだし、三人の見習い職人は解放され、そこで、これまで見てきた宿屋の主人の悪事を話すことが許されます。つまり、悪魔との契約で決められていた、決まった文言以外のことを話せるのです。

三人は、宿屋の主人の悪事を話しました。そして宿屋の主人が処刑されます。悪魔の望みはかないました。悪魔との契約を守った、三人のの見習い職人は、一生お金に困りませんでしたと結ばれます。



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21:08 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM118) 『三人の軍医』 便利な魔法も使い手次第
この物語は滑稽話ですね。また、ここでも、魔力を宿していると思われる、ある道具が登場しています、不思議な塗り薬がそれです。

その塗り薬は体を治すという意味では、魔力が、グリム童話第一巻での、魔女が主人公をおとしめるために否定的に用いられていたのとは違い、肯定的な作用を発揮していると言えます。

グリム童話第一巻でも、こうした不思議な道具たちは、そこここに登場していました。しかし、第一巻全体との関わりの中では、魔法は、もっと厳格なカテゴリーの中に分類されていたので、それら不思議な道具を、魔法に類するものの描写とは判断してはいませんでした。

ところが、グリム童話第二巻で、その不思議な道具たちと魔法との関連が、(KHM103)『おいしいおかゆ』や、(第二版KHM104)『忠実な動物たち』や、(KHM116)『青いランプ』でほのめかされると、改めてそれらの不思議な道具たちが、魔法の肯定的使用に関する描写なのでは、と今では思っています。

そして、この物語では、魔法が、主人公たちの思惑通りに肯定的に働くとはいうものの、使い手が愚かであったため、とんでもない結果を招いてしまいます。



三人の軍医が、その医術の腕を頼りに世界中を旅して回っています。彼らは、自分たちを名人だと思い、自惚れていました。この辺は、三人が愚か者であることのほのめかしになっています。

三人がある宿に泊まった時のことです。彼らは、宿屋の主人に、その腕前を尋ねられ、得意になって、医術の腕を披露することになりました。

三人は、それぞれ、自分の心臓、右腕、目玉を取り外しはじめました。そして、それを宿屋の主人に渡します。翌日には、それを元に戻してみせようというのです。彼らには、ある不思議な塗り薬がありました。それさえ塗れば何でも直してしまえるのです。



さて、軍医の身体の一部は、宿屋の主人の手から、宿屋のお手伝いの娘の手へと渡ります。

ところが、それら身体の一部は、お手伝いの娘が、恋人と過ごしている最中に、不行き届きで、猫にかっさわられて紛失してしまいます。恋人の男は、怯える娘に、代わりのものを探してきてあげるからと慰めました。

恋人の男は、代わりのものを適当に調達してきます。それは豚の心臓に、死刑台にくちている盗人の右腕に、猫の目玉でした。



さて翌日です。三人の軍医は得意になってそれら適当に調達されたものを、自分にくっつけ、塗り薬で直してしまいます。宿屋の主人はびっくりです。名医とはやし立てました。周りにもそう吹聴しようと約束もします。そして三人の軍医は、宿屋を後にしました。

ところが三人は異常に気づきます。一人は豚のように汚いものの匂いを嗅ぎ始めました。一人は手が勝手に盗みを働きます。一人は暗がりでネズミが出たと言い始めました。まがい物の体の一部は、元の持ち主の行いをするのでした。



三人は、宿屋の主人を疑い、あの宿に戻ります。すると宿屋の主人は、宿屋の娘を呼び出しました。しかし彼女は、すでに逃げた後でした。三人の軍医は怒って、宿屋の主人から大金を巻き上げて帰ります。

三人の軍医は、一生食うには困りませんでしたが、元の体でいられたほうがよっぽど良かったでしょうにと結ばれます。


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21:31 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM116) 『青いランプ』 主人公が用いる”魔法を宿した道具”というものの存在
一人の兵隊が、長いこと忠実に王さまに仕えていたのですが、年を取り、役立たずになると、なんの暮らしの保証もされず、お払い箱にされます。兵隊は、食い扶持を失って、どうして良いのかわからず森をさまよいます。

すると兵隊は、魔女の家にたどり着きます。兵隊は藁をもつかむ思いで魔女にすがりました。魔女は仕事をする代わりに彼の寝食を約束します。その仕事ですが、タイトルにもなっている青いランプを井戸から取ってくる作業が含まれます。

しかし、この青いランプの回収作業の途中、魔女の悪だくみから、兵隊は井戸に突き落とされてしまいます。井戸の底で、自分の命の終わりを悟って、青いランプの炎で、持っていた最後のタバコをパイプでふかしました。

この青いランプ、はっきりとした記述はありませんが、おそらく魔力を秘めたランプなのでしょう。このランプの炎で、パイプを吹かすと、黒い服を着た小びとが出てきて、兵隊の代わりに何でも用をこなしてくれるのでした。

突然、超人的な力を持った兵隊は、魔女を殺し、魔女の宝を奪い、青いランプと共に魔女の家を出ます。そして自分をお払い箱にした王さまに復讐しに出かけます。そして、まんまと、王位と王女を手に入れてしまうのでした。



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不思議な物に宿る力が、魔法であるとするなら、(第二版KHM104)『忠実な動物たち』の記事でも述べましたが、グリム童話第二巻の傾向として、魔法は、魔女が主人公をおとし入れるものばかりではなく、主人公を助けるためにも用いられていることになります。

そして、それら魔法は、直接的に作用するものではなく、例えば、(KHM103)『おいしいおかゆ』の鍋、(第二版KHM104)『忠実な動物たち』の魔法の石、この物語の青いランプと言ったぐわいに、間接的に、つまり魔法を宿した物を通して、主人公に作用するという共通項で結べそうです。



しかし、それにしても、この物語では、主人公の兵隊の私怨を晴らすがためだけに、それら魔力を宿した物が用いられているだけなのが少し残念です。





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22:17 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM114) 『かしこいちびの仕立て屋』 表現のおとなしいグリム童話第二巻
グリム童話第一巻の、(KHM20)『ゆうかんな仕立て屋さん』(KHM22)『なぞなぞ』の、それぞれの物語を、表現を柔らかくして結合させたような印象です。

『なぞなぞ』では、王女はなぞを解く側でしたが、ここではなぞを出す側です。高慢な王女のなぞかけに、見事答えられたものは、王女と結婚ができるのでした。もしなぞが解けなくても、『なぞなぞ』のように処刑されることはありません。

それに、三人の仕立て屋が挑みます。そして、仕立て屋の中でも、題名にもなっている、賢いちびの仕立て屋が、見事王女と結ばれます。その賢さは『ゆうかんな仕立て屋さん』譲りの、少しずるいものです。しかし『ゆうかんな仕立て屋さん』程には、そのずる賢さは、目につきませんでした。



グリム童話第一巻と第二巻の編纂方針の違いについては(第二版KHM104)『忠実な動物たち』(KHM108)『ハンス・はりねずみぼうや』で少し述べました。そのへんの編纂方針の違いが、これらの物語に、それぞれ出ているように思います。

どちらが民話により近いかといえば、この物語『かしこいちびの仕立て屋』なのでしょう。しかし、面白さからいえば、第一巻の、それぞれの物語、『ゆうかんな仕立て屋さん』、『なぞなぞ』に、軍配が上がるのではないでしょうか。



また、仕立て屋というキャラクターの、ずる賢さについて、もう少し述べるなら、このブログでは取り上げませんでしたが、グリム童話第二巻の(KHM107)『ふたりの旅人』に登場する仕立て屋は、賢さにおいては、そのキャラクターを継承しているものの、その向かう方向は、もはや、ずるい方向には向いていません。

しかし、このブログでは扱う予定はありませんが、通し番号で次のお話、同じく、グリム童話第二巻の(KHM115)『おてんとうさまが明るみに出す』の仕立て屋では、再び、賢さは、ずるい方向へ傾いて働いています。

このように、同じグリム童話第二巻でも傾向が異なるため、原話に近いグリム童話第二巻ですが、仕立て屋の属性は、本来はこうだったというような傾向は、にわかに決められません。

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19:00 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM111) 『腕利きの狩人』 ドイツ民話において好まれてきたシーン
物語を読み進めていくと、この場面はあそこで、あの場面は...と言った具合に、これまでに個人的に読んできたドイツ民話や、いま記事にしているグリム童話のシーンが、あちこちに散見されます。



印象的だったのは、主人公がやがては倒すこととなる、三人の巨人との出会いで、巨人を仲間割れさせようとするシーンは(KHM20)『ゆうかんな仕立て屋さん』を思わせます。

また、その巨人が、密かに狙う王女を、主人公が訪ねて行った際にとる、眠っている王女の持ち物を拝借し、後に主人公が、巨人を倒した証明とする、物品の獲得のシーンは、ドイツ民話の『生命の水、美の水、青春の本』(『世界の民話』発行所ぎょうせい所収)を思わせます。

同じく、主人公が巨人を倒す際の、武器の獲得や、倒した本人証明である巨人の舌の獲得と、巨人を倒した手柄を横取りしようとする、王さまの家来の存在は、(KHM60)『ふたり兄弟』からのものとほぼ同じでしょう。



細かいところを見ていくと、もっとたくさんあります。これらのシーンが、ドイツ民衆に愛されてきたとも言えるのではないでしょうか。


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18:54 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM108) 『ハンス・はりねずみぼうや』 グリム童話第二巻におけるハンス
主人公は、グリム童話で、お馴染みのハンスです。しかしグリム童話第一巻にみられたような。愚か者のハンスではありません。このことについては、前記事(第二版KHM104)『忠実な動物たち』で述べた魔法についてのことが、グリム童話第一巻の特定のキャラクターであるハンスについても、生じているといってもいいでしょう。

つまり、グリム童話第一巻の物語は、お話の採録の時点から、すでに口承されてきた民話としての信頼性に乏しく、さらに、それゆえの、第七版までの改訂の際の、修正、削除や、結合、分割によって、元の民話とは、少し違った趣を示しているのではないかということです。メルヒェンというジャンルを確立するための技巧が、加わってもいるといってもいいでしょう。

それに対して、第二巻の物語は、話者の信頼性から、改訂の際の修正が少ないことは、すでに、前記事(第二版KHM104)『忠実な動物たち』にかきました。

よって、この物語のハンスは、グリム童話第一巻のハンスより、最大公約数的な、ドイツ民話のハンスに、より大きな親和性を示しています。最大公約数的にと述べたのは、やはりドイツ民話にも、グリム童話第一巻にみられるようなハンスが、少数ですが登場しているからです。

この少数のハンスを、グリム童話第一巻に収録される物語の語り部は、語ったのかもしれませんが、それはまた別の考察を必要とするでしょう。



さて、お話です。ハンスは、子どもに恵まれなかった両親の、たとえ、はりねずみでもいいからとの思いから、呪いを受けて、この世に生まれてきます。その姿は、上半身がハリネズミでした。両親は、この子を、ハンス・はりねずみと呼びます。

両親は、心から子どもを望んでいたのですが、まさか、本当にはりねずみの子が生まれてくるとは思いもよらず、がっかりです。特に父親は、我が息子を、どこかへ厄介払いをできればと思うほどでした。

それを察してか、ハンスは自分から家を出ました。そして、自身の身体の呪いを解くがための生活が始まります。ハンスは着実に事を進めて、とある国の王子となり、そこで呪いを解くための手段を手に入れます。

そして呪いは解け、ハンス・はりねずみは、美しい王子となりました。そして王女と幸せに暮らします。さらに、ハンスは、最終的に、自分の父母も王国に招いて、みんなで、幸せに暮らしたと結ばれます。



このように、この物語でのハンスは、グリム童話第一巻で、あらかた確定していた愚か者というキャラクターの、その片鱗さえも見せません。それどころか叡智さえ示しているのでした。


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18:35 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(第二版KHM104) 『忠実な動物たち』 グリム童話各巻における魔法のあり方
動物報恩譚の、ひとつとして考えてもいいでしょう。貧しい主人公の男は、僅かなお金を握って広い世の中に出ていきます。そこで主人公が目にしたのは、子どもたちの慰みものとされていた動物たちでした。男は、子どもたちから動物たちを金銭で買い取り、彼らを自由の身にしてあげます。そのおかげで、彼の懐のお金は底をついてしまいます。

そして男は、つい出来心から、王さまの金庫のお金を拝借してしまいました。これが見つかり、男は罰を受けます。箱に閉じ込められ川に流されてしまいました。それを助けようと、男に救われた動物たちが奔走します。そこでは、魔法の石なる不思議なちからを宿した石が、男を救う鍵を握っています。



グリム童話第二巻を読み始めて感じることなのですが、どうも魔法の使われ方が、第一巻とは違い、魔女に類する存在が、主人公をおとしめるためのものとしてではなく、主人公の助けになるような用いられ方をする傾向の物語が登場してきます。

これらのことは、どうもグリム童話の各巻における、お話の採録、改訂のなされ方に原因があるように思います。

グリム童話第一巻に収められた物語は、主に、グリム兄弟が、初期に出会った語り手のお話を中心に収録されています。これらの人々からのお話は、その信頼性から、改訂の際に加筆、修正や、結合、分割がなされます。

つまり、お話の採録の段階から、もうすでに問題があるということです。語り手の主観が混じている可能性があります。さらに、それに続く、グリム兄弟の改訂で、良くも悪くも、元の民話がデフォルメされているのではないでしょうか。

これに対して、第二巻の物語は、グリム兄弟が、比較的後で知りあった語り手たちのものであり、その内容は、グリム兄弟が、信頼し満足させるものであったため、第七版までの間に変更が加えられることが少ないのです。

これらの二つの傾向が、グリム童話、第一巻と第二巻にはあったため、おのずと、傾向の違う、物語集になったものと思われます。魔法のことばかりではなく、どちらが元の民話に近いかといえば第二巻なのではないでしょうか。実際、ドイツ民話を読んでみると、そのことはよく分かります。



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18:20 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM103) 『おいしいおかゆ』 おいしいおかゆに込められた平和
貧しい母と娘は、もう食べるものが無くなって困っていたところ、娘が、森で出会ったおばあさんに、呪文を唱えると、いくらでもおかゆを炊いてくれるお鍋をもらいます。食べるだけ煮えたら、また呪文で止めることもできます。もう、ひもじい思いをすることはありませんでした。

ある日、娘が外出したとき、母親は、お鍋に、呪文を唱えてみます。するとお鍋は、おかゆを炊き始めました。そして、母親はたらふく食べます。ところが、母親は、お鍋を止める呪文が分かりません。おかゆはどんどん煮えてきます。おかゆは家中を満たし、やがて、隣近所の家まで押し寄せ、ついには、街中にあふれてしまいました。

そこへ娘が、やっと帰ってきて、お鍋に呪文を唱えると、お鍋は、おかゆを炊くのをやめました。この町を訪れるものは、おかゆを、食べて食べて食べ抜いて帰らなければなりませんと結ばれます。



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いくらおいしいおかゆでも、これは困りますね。たいへん短くて、ある意味他愛のないお話です。しかし、誰かが批判されるわけでもなく、そのほのぼのとした情景が展開される先には、読者の気持ちを暖かくするなにものかがあります。

ところで、不思議なお鍋の提供者である、森のおばあさん、一見、現代の感覚からすると、魔法使いを思わせますが、グリム童話の魔法は、悪との親和性が非常に高く、にわかには判断できません。実際、どこにも、魔法使いという記述はありません。しかし、魔法が肯定的な出来事に使用された、数少ない例のひとつとしてとらえています。



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18:40 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(第二版KHM101) 『緑色の服を着た悪魔』 悪魔という狡猾な存在
物語を構成する材料が、(KHM100)『悪魔のすすだらけの兄弟分』とほぼ同じです。それぞれの物語が、どこに語るべきものの重点を置くかで、お話の展開は異なる様相を示します。また、それに伴って、用いられる背景や、道具立ても変わってきます。

両物語は、主人公と悪魔との契約を軸にして展開されます。そして、最後は、主人公の結婚で結ばれます。そして、語られるのは、『悪魔のすすだらけの兄弟分』では、主人公の救済に重きが置かれているのに対して、この物語では悪魔の狡猾さに重点がおかれているように思います。

『悪魔のすすだらけの兄弟分』での悪魔は、悪魔とはいえ、小びとという属性も、合わせ持っていましたから、まだ、我々に、喜ばしい作用をもたらす可能性が残されていました。実際、彼は、悪魔とは呼べない慈悲深さを示しています。

それに対して、この物語の悪魔は、緑色の服を着た、馬の足を持つ怪物です。実際、彼は狡猾であり、我こそ悪魔と呼べる存在感を示しています。



それにしても、同じ材料を用いながら、これだけ印象の異なる物語ができるとは思いませんでした。なお、この物語、第五版以降で、(KHM101)『熊の皮を着た男』という、これまた、この物語と同じような内容のお話に、差し替えられています。


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18:36 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM100) 『悪魔のすすだらけの兄弟分』 地獄における慈悲深い存在
お馴染みの、主人公がハンスの物語です。しかし、彼独特のあのキャラクターは、鳴りをひそめています。彼が、その独特のキャラクターを発揮するのは、グリム童話第一巻でのみのことなのでしょうか。

また、グリム童話に欠かせない小びとが、ここでも登場しています。これまでも、グリム童話の小びとは、主人公を助けたり困らせたりで、善とも悪とも取れない、なぞを多く含んだ不思議な存在でした。ここでも、悪魔であると語られてはいますが、慈悲深いところなどを見せ、その素性ははっきりとはしません。いずれにしても、物語の中で、重要なパートをになっているのは共通です。



軍隊を首になって、生活するためのお金に困っていたハンスは、森の中を歩いていると悪魔である小びとに出会います。ハンスは、小びとに、自分の生活の困窮を話して聞かせると、小人は、一生楽に暮らさせてやるからと、自分の召使になることを持ちかけてきます。ハンスは、背に腹を代えられず、その話を受けることにしました。小びととの契約が成立します。あるいは悪魔との契約ですね

契約には、七年間体を洗ってはいけないなどの、身支度に関する条項が含まれていました。この辺のことは、我々で言う、みそぎの禁止と言ったところでしょうか。悪魔と名乗るだけのことはあります。

ハンスは直ちに地獄に送られ、仕事を言いつけられます。その仕事とは人間を丸焼きにする大釜の火の番人でした。彼は、火を絶やさずにしておかなければなりません。その他にも、身の回りの掃除などが言いつけられます。そして、大釜の中を除くことだけは許されませんでした。



小びとが旅に出て、地獄を留守にしていた時、ハンスは、ふと周りを見渡し、地獄中の大釜を目にすると、その中を覗きたい衝動にかられ、手近な大釜を覗いてしまうのでした。

すると、大釜の中には、かつてハンスをこき使った、軍隊時代の上官が現れます。ハンスは立場が逆転した今、仕返しに、これでもかと薪をくべ、熱くしてやるのでした。次の大釜を覗くと、またしても軍隊時代の上官があらわれます。彼も同じ目に合わせてやりました。こんなことが続きます。

ハンスは、七年間の仕事をやり遂げます。すると小びとがやってきて、ハンスは開放されました。ハンスが大釜の中を覗いたことは、小びとにはお見通しでした。しかし、それでもなおハンスは大釜の火を絶やさなかったことで、お前は殺されずに救われたのだと小びとは語ります。

そして小びとは、これからのハンスの地上での身の処し方を教えました。どこからきたかと尋ねられたら、地獄からと答え、お前は誰かと聞かれたら、物語のタイトルにもなっている、「悪魔のすすだらけの兄弟分」と答え、そして、「自分自身の王さまよ」と付け加えるように指示しました。

また、給金として身の回りの掃除で掃きためたゴミが与えられます。これには、ハンスもがっかりしました。



地上に戻ったハンスは、掃きためたゴミを、はいのうから出して捨てようとします。すると、なんと、ゴミは、金貨に変わっています。ハンスは満足しました。

しかしこの金貨の詰まったはいのうが盗まれてしまいます。ハンスは地獄に戻って小びとに助言を求めます。すると、小びとは、ハンスの七年間の仕事で汚れた体を、逆に、綺麗にして、そして助言を与えています。そしてハンスは、助言をその通りに実行すると、金貨を取り戻すことができました。

ところでハンスは、地獄で音楽を習っていました。ハンスは、それを王さまの前で披露すると、王さまはたいへん気に入って、彼に、王女を嫁に出そうとします。しかし上の娘はハンスの下品さを嫌い拒みました。下の娘が嫁に出ます。そしてハンスは、王さまがなくなると、この国のすべてのものを手に入れたと物語は結ばれます。



小びとは悪魔であると語られてはいますが、はっきりと、それらしいことをしません。ハンスを試す俯瞰者であった可能性が捨て切れません。

なにより、ハンスが、試練とも言える約束を果たすと、これまでとは逆に身を清めて地上に戻しています。

また、小びとは、ハンスに、自分のことを「悪魔のすすだらけの兄弟分」、つまり悪魔では無く、その兄弟分であることを名乗らせようとしています。そして「自分自身の王さまよ」と付け加えることもやぶさかではありませんでした。そのように、ハンスを導いた小人を、悪魔と呼べるでしょうか。

しかし、ハンスが働いていた場所は、確かに地獄なのかもしれませんが...。


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18:27 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM99) 『瓶につめられたおばけ』 誠実なるもののあるべき一生
貧しい木こりは、一人息子のために汗水たらして稼いだ金をやっとの思いで貯めて、学校に通わせます。一人息子に教育を与えたかったのです。息子は一生懸命に学びました。

ところが、息子が一人前になる前に学資はつきてしまいます。父親はがっかりしました。息子は仕方なく父親のもとに帰らざるを得ませんでした。父親には、もう毎日のパンを稼ぐのがやっとだったのです。

息子は、父親と共に働くことにします。しかし、父親は、森の仕事は息子には辛いだろうと反対します。だいいち、斧は、一本しかありませんでした。斧を買うお金さえ無いのです。それでも息子は仕事をするというので、父親は、お隣に頼んで、斧を一本貸してもらいました。

次の朝、ふたりは、朝早く一緒に森に出かけました。息子は、父親を手助けして働きました。そして、昼ごはんを食べて、少し休もうかという時、つかれていなかった息子は、父親を残して、森の散歩に出かけます。



息子は散歩の途中、もう数百年はそこに立っていようかと思う、樫の木の大木を見つけます。そして、その樫の木の根本の地中から、ある声を聞きます。「おれをだしてくれ」と。

息子は木の根もとを掘るとひとつのガラスの瓶を見つけました。中には蛙のような形をしたものが、「おれをだしてくれ」と叫びながら跳ねています。

息子は何気なく瓶の栓を抜くと、中からお化けのようなものが飛び出してきて、あっという間に樫の木の半分はあろうかという大男になりました。そして大男は、おれを瓶から出すとどういうことになるか教えてやろうと、息子の首をへし折ろうとしました。

しかしこの大男、頭が少し弱いようで、息子の謎かけにひっかかて、あっけなく再び小さな瓶の中に、戻されてしまいます。息子は再び、その瓶に栓をして、元の木の根もとに戻しました。しかしお化けは、なんとしても外へ出してくれと叫び、たっぷりお礼をするからと交換条件を出してきました。

その交換条件でお化けがくれたものは、不思議な小さな布でした。この小さな布は、一方の端で傷を触ると、たちまち傷は治り、もう一方の端で鋼や鉄に触ると銀になるという代物でした。



息子は、お隣に借りた斧を、その不思議な小さな布の一方でふきました。すると、その斧は、たちまち銀に変わります。それで木をたおそうとすると斧は曲がってしまいました。斧は、軟らかい銀に変わってしまったので当然ですね。父親は、お隣に借りた斧を、こんなことにしてしまってと怒り出します。弁償しなければなりません。

しかし息子は平然としています。息子は曲がった斧を、町の金細工師に売って大儲けをしました。そして、隣の家には斧の弁償をし、父親に好きなように暮らせるほどのお金を与えました。父親は、息子が突然財産を築いたのを不思議に思い、わけを聞きました。

すると息子は、瓶につめられたおばけのことを話し始めました。そして息子は、最後に付け加えます。彼自身、自分の幸運を信じていたので、森の中で宝物を手に入れることができたのだと...。

息子は再び学校に通い勉学をし、勉学が終わると、あの小さな布で、どんな傷でも直せる有名な医者になりました。と物語は結ばれます。



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お化けの描写がユーモラスで親近感を覚えます。お化けは大男となりますが、グリム童話の巨人、もしくは大男は、どれも、これも、どこか頭が弱い存在として描かれます。東洋での、ウドの大木というイメージと重なります。

主人公の息子の印象は、堅実とか実直といった言葉が似合います。それは、息子ばかりか、彼の父親にも言えることでしょう。物語が語ろうとするところも、この一点にあると思います。彼らは、それにふさわしい人生を歩んでいくのでしょう。



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19:40 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM98) 『もの知り博士』 時折挟まれる皮肉を語ったと思われる物語
グレープスは、ある日のこと、材木を荷車に積んで、とある博士に売りました。グレープスは、その博士が美味しそうなごちそうを食べていたので憧れ、博士になる方法を聞きます。

その方法とは、なんともいい加減なものでした。博士らしい格好を整え、道具を揃え、肩書を掲げるだけです。しかし、グレープスはその通りにすると、自然と周りが彼を博士として認知するようになるのでした。



ここで、グレープスが、出世するために語られるエピソードは泥棒探しです。彼は、特に何もしないのですが、周りが、博士としての彼を察してくれます。つまり、彼の一挙手一投足は博士のものとして誤解されます。あとは頭を使って、状況を自分の都合のいいように操作するだけです。

見事に グレープスは泥棒を探し当てることができたことになってしまいます。そしてこれと同じようなことを繰り返したのでしょう。彼は有名な博士になったと結ばれます。



グレープスという男の、博士としての出世の物語ですが、博士という職業を皮肉ったものとも取れます。今の時代なら、どこそこの教授の物語といったところでしょうか。

確かに、我々の世の中には、なんの実績もないのに、もっともらしい素振りで、博士としてまかり通っている例がないとも言えません。

また皮肉の射程をもっと広げるなら、もっともらしい肩書を持ったインチキな人々、全てに当てはめることもできます。

博士という職に、もの知りという言葉がつけられていますが、グリム童話に時折挟まれる、タイトルに皮肉が込められたと思われる物語のひとつとして、考えてもいいでしょう。

それらは、これまでに、(KHM20)『ゆうかんな仕立て屋さん』(KHM32)『ものわかりのいいハンス』(KHM34)『かしこいエルゼ』(KHM77) 『かしこいグレーテル』がありました。本来なら、順に『卑怯者の仕立屋』、『愚かなハンス』、『愚かなエルゼ』、『都合のいいグレーテル』となってもおかしくありません。しかし、愚か者のお話に関しては、途中、(KHM83)『幸せハンス』によって、読み方に新しい切り口が見つかったので、そうとばかりは言えませんが...。

ちなみに、タイトルにこだわらなければ、皮肉を語ったと思われる物語は、グリム童話に散見されます。


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18:39 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM97) 『命の水』 末子成功譚の物語の分かりやすいいち類型
ある王さまは重い病を患い、もう先が長くない状態でした。これを救うには、王さまに、命の水を飲ませるよりほかありません。

王さまには、三人の王子がいました。彼らが、上から順番に、命の水を取りに旅に出ます。ところが、上ふたりの王子は、邪な心の持ち主で、王さまの命のことより、後の王の位を目当てにしていたのでした。



旅の途中で、三人の王子は、それぞれ小びとに出会っています。しかし、上ふたりの王子は、小びとを無視したため、呪いをかけられ、谷間に閉じ込められてしまいました。末の王子だけが小びとに耳を貸したため、彼は、命の水の在り処から、それを得る方法まで、小びとに聞くことができました。

命の水は、ある呪いのかけられた城にあります。また、末の王子は、その城にあるトラップを避けるためのアイテムも、小人から手に入れていました。

末の王子は小びとのいう通りに従い、命の水を手に入れます。また彼は、この過程で、呪いをかけられていた城の王女も救っています。そしてふたりは結婚を約束しました。また彼は、小びとに頼んで、ふたりの兄の呪いも解いてもらっています。そして三人の王子は自分たちの城に帰るのでした。



この帰りの旅で、末の王子は、戦争に苦しむ国を三つも救っています。ところが、この道中、末の王子は、助けた兄たちに騙され、命の水と毒を、すり替えられてしまうのでした。

城に着くと末の王子はすり替えられているとも知らず、王さまに毒を飲ましてしまいます。王さまは病を一層悪くしました。そこへ兄たちが、本物の命の水を差し出します。王の病はすっかり治ってしまいました。

王さまは、自分に毒を飲ませた末の王子を、処刑しようと臣下に命令します。しかし、それをためらった臣下は末の王子を逃しました。



やがて時は経ち、末の王子が戦争から救った、三人の王さまから贈り物が届きます。そんな出来事があったとは知らなかった王さまは、末の王子の無実を思い始めます。そして、末の王子が生きていることを知り、帰ってくるようにと、国中にお触れを出しました。

その頃王子は、愛しい王女を思って、やっとの思いで彼女の城を訪れます。そして結婚式を挙げました。そして、父親である王さまが、国中にお触れを出していることを知ります。末の王子と王女は共に王さまの城に向かい、すべての真実が明らかになります。そう、命の水が、兄たちによってすり替えられていたことが...。

兄たちは処罰が加えられるより先に逃げて二度と戻りませんでした。と結ばれます。



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末子成功譚の物語ですね。しかし、これまでのグリム童話は、たいていは兄たちが賢く、末の弟が愚かであるという前提で話が進み、結びで末の弟の誠実さが浮き彫りになるという構造でした。((KHM57)『黄金の鳥』(KHM62)『みつばちの女王』(KHM63)『三枚の鳥の羽』(KHM64)『金のがちょう』など)

しかし、この物語では始めから積極的に末の弟の誠実さが、前面に押し出され、兄たちの賢さも、実は、ずる賢さという悪い心あらわれであることが隠されずに語られます。ある意味、先が読めてしまうような展開です。

同じことを語るにしても、好き嫌いは別れると思います。



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19:03 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM94) 『かしこいお百姓のむすめ』 好んで用いられるなぞかけという仕掛け
題名の通り、賢い百姓の娘が主人公です。彼女は、父親が貧しく、物語はじめでは貧乏生活を送っていますが、やがて、その賢さから女王にまで上り詰めます。

主人公は、物語始めから終わりまで、世渡り上手な賢い娘といった印象です。しかし、その賢さは、自分の利にだけ用いるのではなく、時には父親に対して、あるときは王様に対して、女王になってからは民のために用いるので、嫌味がなく好印象です。

お話は、なぞかけのエピソードが、多く用いられ、主人公の娘が、なぞに答えることもあれば、彼女がなぞを作る場面もありました。



民話というものは、なぞかけのお話が好まれ、お話の本筋から離れていて、目立たないものも含めれば、その数は、枚挙にいとまがありません。

このブログで扱ったものの中から、印象的なものを挙げるとするなら、タイトルがすでに、なぞをうたっている、(KHM22)『なぞなぞ』や、小びとのなぞかけが、トールキンの指輪物語のいちシーンを思わせる、(KHM55)『ルンペルシュティルツヒェン』などが挙げられるでしょうか。



話は変わりますが、タイトルに、物分りがいいとか、賢いというワードが入ると、これまでのグリム童話では、それらのワードが、愚か者を皮肉る仕掛けになっていましたが、このお話での娘を形容する言葉としては、本来の意味で用いられています。


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19:24 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM93) 『からす』 約束を果たすことの困難さ
細かいところの辻褄がどうなっているのか説明が足りていません。第二版に続き、第七版も読んでみましたが解決しませんでした。なので、この記事は、少し想像をたくましくして、注釈を加えた大筋と、おおよその印象を述べるにとどめておきます。



ある城の妃が、まだほんの幼い、むずがる王女をあやしていたところ、どうしてもおさまらない我が子に癇癪を起こして、呪いの言葉を吐いてしまいます。その呪いの言葉とは、お前なぞ、カラスになって飛んで行っしまえというものでした。

すると王女は、本当にカラスになって、暗い森の中へ飛んでいってしまいます。王女は、そこで、長い年月を過ごすことになります。



時は経ち、ある日、その森を、一人の男が訪れます。カラスになった王女は、彼に、呪いを解くためのすべを教え、彼に全てを託しました。男も、王女を助けることを約束します。しかし、男が、困難な約束を果たすための動機は、最後まで分かりませんでした。

男が、教えてもらったこととは、森に住むおばあさんの家を訪ね、そこで、おばあさんがいくら勧めても、飲食をしてはならないというものです。なぜなら、そうすれば男は深い眠りに落ちてしまうであろうからです。

眠りに落ちず、午後二時になったら、皮なめしに使う木の皮が積み上げられている、その上に立って、カラスになった王女が訪れるのを待たなければなりませんでした。



しかし、男は、その試みを、三度重ねても失敗してしまいます。ワインを口にしてしまうのでした。いかに、人間の意志とは、弱いものかが、描かれているように思いました。

王女は、三度目の試みのあと、男に、手紙を残していきます。その手紙には、ここでは呪いを解くことが無理であろうから、シュトロームベルクの金の城で、目的を果たそうということが書いてありました。そして、王女は、その城に向かいました。



それにしても、このお城、はっきりとは書かれていませんが、王女の父親の、つまり王のお城のようです。すると王と妃は別々の城に住んでいることとなります。なぜなのでしょう。説明がなされていません。

また、王女自身が、このお城にきた時点で、カラスという王女につけられていた表現が影を潜めます。元の姿に戻っているような印象を受けます。

だとすると、まだ他に、呪いとして解かれなければならない要素があるのでしょうか。という考えが浮かんできます。場合によっては、これに続く男の旅が、無意味のように感じられてしまいまうのでした。



さて、男は、その城がどこにあるのかも知りません。男は旅に出ました。そしてある森で巨人に出会い。その巨人の助けで、ようやくシュトロームベルクの金の城にたどり着きます。

そして、どうも、この旅を経て、王女を訪ねること自体が、呪いを解く行程となっているような印象です。呪いは解けて男と王女は結ばれます。



以上のように、この物語の、お話としての輪郭は、はっきりとしませんでした。ただ、全体の印象としては、約束を果たすことの困難さが、よく描かれていると思います。そして、それを果たすことの道義的意義、それを果たしたことによる幸せな結末が描かれているのでしょう。


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18:29 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM92) 『金の山の王さま』 約束をテーマとする民話のいち類型
グリム童話の記事を書くときに、第二版を読んでいるのですが、この物語については、なんとも、とらえどころのないお話にうつってしまいました。

しかたがないので、第七版も読んでみました。すると、少しは、お話が形をとってきます。グリム兄弟も、改訂の際に、気になった箇所を修正したのではないでしょうか。第七版は、第二版に、少し説明が加わって、お話が追いやすいようになっています。

しかし、お話が語らんとするところが明白になってみると、あまり説明のくどくない、第二版のほうが魅力的にうつるのでした。



お話の大筋はこうです。ある商人が、全財産を失います。そんな時、困った商人の前に、小びとが現れ、彼との、とある約束を結ぶことによって、商人は、お金を手に入れ、再び暮らせるようになリます。

しかし、商人は、その約束で、自身の息子を手放してしまうことになります。以降はその息子の冒険譚となります。

さて、この息子の冒険ですが、二つの山場が描かれます。ひとつは、呪われた王女を救うことによって、王女と結婚し、自身が金の山の王さまとなる話で、もうひとつは王さまとなった息子が両親のもとに帰る時のお話が語られます。巨人が出てきたりもします。



商人が、小びとと交わした約束は、(KHM88)『さえずり、おどるひばり』の父親が、ライオンと交わしたものと同じです。これより、初めに触れたものを、相手に引き渡さなければならないというものです。両物語では、それが娘であったり、息子ということになります。この物語では息子ですね。

そして、両物語では、その引き渡された娘や息子の、不思議な冒険が語られます。また、両物語では、差異も感じられますが、テーマとして扱われているのは、約束についてのことのように思います。



『さえずり、おどるひばり』では、不条理な約束が聖なる結婚へと収束、または昇華するお話でした。これは、(KHM01)『かえるの王さま』にもみられるものです。

しかし、この物語では、約束が果たされたり、破られたりする場面が、多用され、こういった場面が最後まで続きます。

冒頭に述べた、お話のとらえどころのなさは、『かえるの王さま』や『さえずり、おどるひばり』のように、お話として何かしらのものが昇華しないことも一因と考えられます。


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18:28 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM91) 『土の中のこびと』 民話で多用される小人というキーパーソン
ドイツ民話に、『三人の王女』(『世界の民話』発行所ぎょうせい 所収)というそっくりのお話があります。

この物語と比べるなら、共に、三人の王女が姿を消し、それを、三人の男の探索者(民話では兵隊、この物語では狩人)が、彼女たちを助けるためにあとを追うというものです。王女たちは、地下世界の、竜に、捕まっていました。そして、その秘密を知るのは小人です。

ところが、小人から、その秘密を聞き出すことができたのも、王女たちを救ったのも、一番年下の探索者でした。年上のふたりの探索者は、ずる賢く、その手柄をかすめ取ろうとします。

しかし、最終的には、本来あるべき秩序に正され、年上の探索者は処刑され、一番年下の探索者が、末の王女と結ばれるというお話です。



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おそらく、この物語とドイツ民話、『三人の王女』は、同根のものでしょう。物語の主題から、語られていることの印象まで同じです。それぞれの物語の、タイトルから、物語本体の細かなパーツの違いまで、ほぼ全て入れ替え可能です。

また、共に、小人の描かれ方が秀逸です。小人は、三人の探索者を試すわけですが、ものを要求し、たとえわたされても、床に落としてしまい、さらに、それを拾えと命令するそのやりとりが、ユーモアに富んでいて好きです。



グリム童話を含む民話には、小人がたくさん登場しますが、たいてい、お話の鍵を握る、重要なパートをになっています。

そして、なにより、気を引くのは、そのキャラクターです。決まったフォーマットがあるわけではないので、新しい物語の小人に出会うたびに、新鮮な興味をそそられます。



最後に、少し、この物語で気になったのは、年下の探索者が、グリム童話でお馴染みの、愚か者のハンスであることです。しかし、どうもグリム童話第二巻でのハンスは第一巻のハンスとは違う印象を覚えます。



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18:25 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM90) 『若い巨人』 お馴染みの親指小僧が巨人になってしまった場合のお話
主人公は、グリム童話ではお馴染みの、親指小僧です。これまでも、親指小僧が活躍するもので、このブログで扱ったものは、(KHM37)『おやゆびこぞう』(KHM45) 『おやゆびこぞうの旅修行』があります。

しかし、この物語では、冒頭、親指小僧は、女の巨人にさらわれて、彼女に育てられ、鍛えられると、みるみる成長し、親指どころか、力の強い巨人になってしまうのでした。そして、女の巨人は、これで修行が終わったとして、親指小僧の成れの果てである巨人を開放します。

ところが、巨人は、両親のもとに帰ってきても、その変わり果てた姿に、自身の子どもとして、受け入れてもらうことができませんでした。しかたなく巨人は家を出て仕事を探しに旅に出ます。



そして、まず、鍛冶屋を装って鍛冶屋を訪ねました。鍛冶屋の主人は、巨人に給金をどれだけ欲しいのかと尋ねます。すると、巨人は、給金などいらないから、その代わりに給金をもらうときに、鍛冶屋の主人を殴らせろというではないですか。

それを本気とせず、けちな鍛冶屋の主人は丸儲けと思い、彼を雇います。しかし巨人は本気でした。鍛冶屋の主人は、給金の支払日に、殴り飛ばされて、どこかへ飛んでいってしまいました。



巨人の旅は続きます。彼が、今度訪ねたのは農場でした。巨人は、ここでも、給金はいらないから、給金をもらう日に、農場の主人を殴らせろと言います。けちな農場の主人は、鍛冶屋の主人と同様に、巨人の言うことを本気とせず、丸儲けと思って雇います。

ところが巨人のいうことは本気でした。農場の主人は、奥さん共々、給金の支払日に、殴り飛ばされてしまいます。そして、ふたりは、今でも、空中をさまよっているかも知れませんと結ばれます。

細かいエピソードを飛ばすと、概ねこのようなお話です。



親指小僧の物語は、どれも楽しい気分にさせてくれます。その、飄々とした、彼のキャラクターは、皆に愛されているのではないでしょうか。もっとも、この物語は、親指小僧は、巨人となるので、純粋に親指小僧の物語としてとらえるのは、いかがなものかという意見もあるでしょう。

しかし、巨人の突拍子もない言動と行動は、紛れもなく親指小僧のものです。その他、細かなところも、親指小僧の独特なキャラクターが、概ね引き継がれています。


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22:15 : グリム童話(KHM 087 - 120) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM89) 『がちょう番のむすめ』 かけがえのない聖なるもの
王女が、遠い国の王子と、結婚することとなり、旅立ちます。しかし道中で、連れてきた腰元の計略に、はめられて、王女は腰元に位を奪われてしまいます。

腰元である偽の王女が、何食わぬ顔で王子と結婚しました。本物の王女は、王子の城で、がちょう番をしている小僧とともに働くことになってしまいました。

しかし、不正を見ぬいた、王子の父親である王は、それを正して腰元を処刑し、本来あるべき秩序に戻し、王子と本物の王女は、幸せを得るという物語です。これが大筋ですが、物語は色々な登場者や道具立てを持ち、それに由来する、厚みのある物語になっています。



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それにしても、王女の弱く頼りないキャラクターが、まず気になりました。なにゆえ、一国の代表者が、かくも、悪に対して無力なのか...。彼女は人がよすぎます。悪者である、腰元と交わした約束でさえ、守ろうとするのです。しかし、そこにこそ彼女の聖性を感じ取ることができます。

悪者である腰元に対して、王女に、味方するものもありました。女王である、母親の血のしみた、話すことのできる小布。しかし、これは、王女の不注意で川に流してしまいました。これをなくすとただでさえ弱い彼女の力は、増々弱まります。これを機に、悪者である腰元が動き出しました。

あと、もうひとつ、話すことのできるファラダという馬がいます。この馬が、腰元に殺されながらも、最後に面目を果たして、かろうじて王女は窮地を脱します。



王女の聖性に対して、悪者である腰元のふてぶてしさ。これが、物語において、我々に、喚起されるものです。

我々の日常にも、悪はあふれていますし、自身の中にだって、悪はあります。そして、これを受け入れることは、成熟した大人になることを意味します。

しかし、ここに、あやまちの入り込む余地が、少なからずあります。人間とは弱いものです。ここで、開き直ってしまってはならないのに、そうしてしまって、堂々と悪をなしてしまう人が跡を絶ちません。

それは、難しい問題でもありますが、ある意味、道義の上、人間性を捨てることと同義なのではないでしょうか。この物語の腰元も、そんな弱い人間の一人として考えることができます。



一方、繰り返しになりますが、王女の聖性は、悪に対して、自らを守るすべが、あまりにも頼りないものに感じられます。しかし、聖なるものとは、そういうものなのかも知れません。それだけに、周りの者が、気をつけて守るべき、かけがえのないものなのではないでしょうか。



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グリム童話(KHM88) 『さえずり、おどるひばり』 約束という、妖精物語の一大テーマ
主人公は、三人姉妹の末子であり、末子が成功するお話の類型としてとらえることもできるでしょう。

主人公の娘の父親は、長い旅に出ることとなります。彼は娘達におみやげを約束します。姉たちの希望は、叶えてやることができそうです。真珠にダイヤモンドと、具体的なものなので、お金さえ払えばたやすく手に入れることができます。ところが主人公の末娘の希望は、物語のタイトルにもなっている、”さえずり、おどるひばり”という、なんとも抽象的なものなのでした。

それでも、なんとか父親は、それを見つけることができました。しかし、それは、ある一頭のライオンの所有物でした。それに手を付けようとした父親は、ライオンに殺されかけてしまいます。父親は命乞いをしました。

するとライオンから交換条件が出されます。これを実行するなら、父親の命はもとより助かり、さらに”さえずり、おどるひばり”も手に入れることができるというのです。しかし、この交換条件とは、我知らず、なんと末の娘をライオンに差し出すことだったのでした。

父親は、末娘に、そのことを打ち明けます。そしてライオンのもとに行けば殺されてしまうだろうから、行ってくれるなと懇願します。ところが末の娘は約束は守らねばならないとして、ライオンの元へおもむくのでした。

ところが、このライオンとは、魔法で姿を変えられている王子だったのです。そして、王子と末娘のふたりは、これより語られる様々な試練を経て問題を解決し、結ばれ、互いに幸せを得るのでした。



(KHM01)『かえるの王さま』にもみられ、また、数々の妖精物語が繰り返し語ってきた、どんなに不条理なことであっても、約束は守るべきものであり、それが後々の幸せに結びつくという、一大テーマを、再び、ここに見い出すことができます。

王子と末娘の間でかわされた不条理な約束は、試練を経て、知らずと、聖なる結婚へとすり替わっていくのでした。


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グリム童話(KHM87) 『貧乏人と金持ち』 神さまに届く願い事は普段からの心がけ
グリム童話第二巻の、読書を始めたいと思います。

昔、神様が、まだ地上を人間たちに混じって、旅をしていた頃の話となっています。日本神話とは、逆の行程をたどっていることになっていますね。



それはそうとお話です。神様は、旅の疲れをとるために、宿を所望しました。そこに、隣り合った金持ちの家と貧乏人の小屋が現れます。

神様は、金持ちの家なら面倒を掛けまいと思い訪ねますが、金持ちは、普段からどこの誰とも知れないものを、泊めることなどしません。そんなことをすれば、自ら物乞いになってしまうという考え方の持ち主でした。金持ちは神様の申し出を断ります。神様は貧乏人の家に泊まりました。

神様は、そこで慎ましいながらも、心のこもったもてなしを受けます。神様は翌日。小屋を後にするとき、貧乏人夫婦に、三つの願いごとを叶える約束をします。貧乏人は願うことなどないけれど、普段から思っていることを口にします。健康と、毎日のパンが得られますようにと...。しかし、これでは願いが二つなので、神様は、自ら、彼らの汚い小屋を、新築の家にしてあげることにしました。そしてこれらは全てかないます。

これらの様子を端から見ていた金持ちは、神様と知っていれば泊めていたものをと後悔し、神様が旅立った後を追って追いつき、自分の非礼を詫び、今度、旅から戻ってくるときには、ぜひ、自分の家に立ち寄ってくださいとお願いしました。そして、ちゃっかり、三つの願い事も忘れずに取り付けるのでした。神様は、それを受けますが、なぜか、それは金持ちにとって決して良いことにはならないだろうと予言します。



どうも、神様への願い事というのは、我々の、無意識に心に思う普段からの心がけが叶うようです。貧乏人の無意識の、しかし切実な思いは、前述の通り全てかないました。

一方、金持ちは、無意識の内に、自分の思うようにならないことには腹を立て、手段を選ばず、強引な態度で、小金を集めてきたのでしょう。さぞかし汚いこともしてきたもようです。すると神様は、その無意識の汚い思いの方を叶えようとするのです。ある意味そこには神さまによる道義的な裁定がなされているように見えます。



我が家への帰途、願い事を何にしようと、上の空の金持ちは、うっかり手綱を落とし馬を跳ねさせてしまいます。馬に腹を立てた金持ちは、馬の首など折れてしまえと、心に思います。すると馬は、思った通り、首を折って死んでしまいました。ひとつ目の願い事がかなってしまった瞬間です。

彼は、仕方なく、それでもけち故に、馬の鞍だけ外して、歩いて家に帰るつもりでした。すると、家で涼んでいるであろう女房に対して、怒りの情が湧いてきます。そして、女房など、馬の鞍に乗ったまま、降りて来られなければいいのだと心に思いました。すると、その瞬間、かついでいた馬の鞍が飛んでいき、どうやら、その願いも叶えられてしまったようです。これで、二つ目の願いが叶えられました。

そして、家に帰ると、最後の願いは、自分の女房を鞍から下ろすために、使わざるを得ませんでした。


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