子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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グリム童話(KHM061-086) リンク
グリム童話(KHM61) 『小百姓』 欲というものを熟知した男
グリム童話(KHM62) 『みつばちの女王』 世界に分布する末子成功譚、動物報恩譚
グリム童話(KHM63) 『三枚の鳥の羽』 本当の愚か者なら徳は得られない
グリム童話(KHM64) 『金のがちょう』 兄たちの賢さと弟の賢さの差異
グリム童話(KHM65) 『千枚皮』 禁忌についてのテーマをもつ物語
グリム童話(KHM66) 『うさぎの花嫁さん』 ファンタジックな物語
グリム童話(KHM67) 『十二人の狩人』 ひきさかれた恋仲のふたりのゆくえ
グリム童話(KHM68) 『ペテン師と大先生』 自らが自らのための変身
グリム童話(KHM69) 『ヨリンデとヨリンゲル』 民話の役割

グリム童話(KHM70) 『三人の幸運児』 未知の世界へといざなわれる者
グリム童話(KHM71) 『六人男、世界をのして歩く』 心のどこかで切に願う世界の単純さ
グリム童話(KHM72) 『おおかみと人間』 西洋における動かしがたい狼のメタファー
グリム童話(KHM73) 『おおかみときつね』 賢い狐、愚かな狼
グリム童話(KHM77) 『かしこいグレーテル』 題名に皮肉が込められた物語の類型

グリム童話(KHM81) 『陽気な兵隊』 とある楽天的な男の一生
グリム童話(KHM83) 『幸せハンス』 ハンスの物語が表現したかったもの
グリム童話(KHM85) 『金色の子どもたち』 グリム童話の様々なモチーフを寄せ集めた物語
グリム童話(KHM86) 『きつねとがちょうたち』 グリム童話、第一巻、最終話


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18:53 : グリム童話(KHM 061 - 086) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM86) 『きつねとがちょうたち』 グリム童話、第一巻、最終話
初版から第七版までを通して、グリム童話、第一巻の巻末に収まっている物語です。短いお話ですが、ユーモラスなお話の展開に、読者の、その後の、がちょうへの興味など、第二巻への誘導をもたらす仕掛けなのではないでしょうか。



さて、狐に襲われたがちょうたちは、狐に最後のお願いと称して、今生のお祈りをさせてくれと、交渉事をとりつけます。そして、がちょうたちそれぞれが順番に、長くて終わらないお祈りをすることによって、今、現在も、狐に食べられずに済んでいるというお話です。

頭の良い狐が、困り果てている様子が目に浮かびます。狐は、頭の良さを売りにしている都合上、自尊心から、それは想定外だったとは言えず、意地でも、がちょうの提案を受け入れざるを得ないのではないでしょうか。

一方、がちょうは、狐に食べられずに済みますが、ただひたすらに、お祈りを続けなければなりません。次の手を考えないかぎり、自らも自由を手放さなければならないのです。その後の展開が気になるお話です。

グリム童話、第一巻、終わります。


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グリム童話(KHM85) 『金色の子どもたち』 グリム童話の様々なモチーフを寄せ集めた物語
前半は(KHM19)『漁師とその妻』にそっくりの物語です。ヒラメが金の魚にとってかわり、金の魚の言うことを聞くことで、幸福が授かるというお話になっています。ただし、このお話では、このからくりのことを、誰に対しても、秘密にしておかなければならないという条件付きですが...。

ここでもおかみさんは、幸福を台無しにしてしまう役割を担います。秘密の詮索をして夫と金の魚との約束を破らせてしまうのです。すると、一瞬で幸福は去っていきます。この辺りの描写はコミカルです。この出来事が、二度繰り返されます。

そして、何ゆえか分かりませんが、金の魚は再び漁師の網にかかるのです。これで三度目です。まるで、金の魚は、自分が漁師を幸福にするがための存在のように感じさせられます。そして、今度は自分の体を六等分にして、指示した用に用いることを漁師に言いつけ、漁師がその通りにすると、題名にもなっている金の兄弟、そして、金の馬、金のゆりの誕生につながります。



ここで、お話は二分されているような印象です。金の魚が残していった伏線は、ただ、金の兄弟、金の馬、金のゆりの誕生につながるだけです。そして、別の物語が始まります。金の魚が、この別のお話を始めるためだけの伏線だとしたら、あまりにも手が込みすぎているという印象です。

続く物語の中では(KHM60)『ふたり兄弟』で登場した、別れてもお互いの生存が確認んできるナイフの道具立てが、金の魚から派生して生まれた、金のゆりということになっています。また、この続く後半のお話自体、『ふたり兄弟』の簡易版別バージョンのお話と、とれなくもありません。その他にも、他のグリム童話の物語で用いられたモチーフが散見されます。

これらのことから、全体的に、寄せ集めの物語のような印象です。


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グリム童話(KHM83) 『幸せハンス』 ハンスの物語が表現したかったもの
ハンスの物語は、これまで(KHM32)『ものわかりのいいハンス』、このブログでは扱いませんでしたが(KHM82)『博打打ちのハンス』があります。そしてこの物語で三話目です。いずれも愚か者であるハンスが、その足りない頭で、世の中を渡る顛末が描かれます。

前二話のハンスは常人の思考からは逸脱しています。彼には、人間が人間であるための条件である、帰納的思考さえできないのです。それゆえに、それぞれのお話では、彼自身の狂気が描かれていました。



この三話目の物語も同様です。彼は、七年間働いた給金として得た金塊を、母親のもとに持ち帰る旅の途中で、その時その場の情動に任せて、物々交換をし、しまいには無一文になるまでの様子が描かれます。逆わらしべ長者のような、お話の展開になっています。

しかし、この物語では、彼がたどった旅の行程を、彼自身、幸せに感じているということが積極的に描かれていて、読者は、前述の二話の物語にない、ハンスというキャラクターを考える上での、新たな視点を得ることができるのではないでしょうか。

物語は、こう結ばれています。

「ああ、おれみたいに幸せな人間は、この世にふたりといないだろうな」
ハンスは、すっかり身がるになったので、心もうきうきと、おっかさんのところへ帰っていきましたとさ。

つまりハンスが幸せなら、それでいいではないかという視点です。すると、彼の素直さや、善良さが際立ってきて、彼の愚かさは上書きされ、ハンスに、にわかに聖性が宿ってくるのです。そして、あたかもハンスの物語は、何か、かけがえのないものを表現した物語のような様相を呈してきます。現代文学の『白痴』のテーマにも通ずるところがあるようにも思われてきます。



(KHM32)『ものわかりのいいハンス』での純粋さや、(KHM82)『博打打ちのハンス』での悪気のなさ、あるいは純真さ、そしてこの物語での素直さや善良さという、それぞれの物語で示していたハンスの属性は、我々人間にとって、おそらく子供時代に特有のものでしょう。

それらは、良くも悪くも大人には失われたものです。ハンスの物語とは、そこをクローズアップしたものなのかもしれません。ある意味大切であったものとして...。

そして、この物語によって得られた、新たな読解の視点を加えるなら、ハンスの物語たちだけではなく、ハンスの物語の女性版である、(KHM34)『かしこいエルゼ』(KHM59)『フリーダーとカーターリースヒェン』にも、同じような読み取りができるのではないでしょうか。


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グリム童話(KHM81) 『陽気な兵隊』 とある楽天的な男の一生
主人公の兵隊は、戦争に出て働いていたのですが、戦争が終わると僅かな金品を受け取ってお払い箱になります。彼は、さすらいの旅を始めます。そして、その僅かにもらった金品が、兵隊を、天国の使徒、聖ペートルスと出会うきっかけを作ります。

兵隊は、聖ペートルスの化けた乞食に、戦争で得た僅かな金品を、おおかた恵んでしまいます。兵隊は、気まぐれで、ただ気前よくそうしただけなのですが、それを、慈悲深さと勘違いした聖ペートルスは、兵隊に興味を持ち同行します。

しかし、聖ペートルスは、兵隊と共に過ごすうちに、彼の本性を、まざまざと知ってしまいます。慈悲深さなど、これっぽっちもありませんでした。聖ペートルスは、兵隊を天国に向かい入れようとしていたのですが、その考えはご破算となります。そして、聖ペートルスは兵隊から離れる決心をしました。



題名にもある通り兵隊は陽気な男です。彼のキャラクターを一言で表すなら、風の吹くまま気の向くままという言葉がしっくりとくるでしょう。

例えば、兵隊は、金品があればあるだけ、気前よく使います。そして、それらは、すぐに底をつき、無くなれば安直な方法を使ってしのごうとします。まさに、その時その場の情動任せなのです。

聖ペートルスは、それを心配して、兵隊を見捨てておけず、しぶしぶ彼を助けます。そして兵隊に、魔法のはいのうを授けました。そのはいのうは、術を唱えれば、たちまち唱えたものを、その中に収めることができます。これで兵隊は無茶なことはしないだろうとの、聖ペートルスの目算でした。そして、これを最後に、本当に聖ペートルスは兵隊と別れます。

一方、兵隊の、ふうてんのような旅は続くのでした。聖ペートルスの目算通り、兵隊は、このはいのうを使って、悪魔を懲らしめるという、善行をなしたこともありました。しかし、これも、彼の気まぐれで行われたことです。



そして、この旅にも飽きた兵隊は、自分の先行きを考えました。そして、その安直な考えから、たやすく行ける地獄を選びます。しかし兵隊は、地獄に着くと、門番に入門を断られてしまいます。なぜなら、門番は、兵隊にさんざん懲らしめられた、あの悪魔の生き残りだったからです。どうして兵隊を受け入れるでしょう。

しかたなく、兵隊は、天国を目指します。しかしここでも断られてしまいます。門番が、あの聖ペートルスであったからです。しかし、兵隊は、聖ペートルスの授けた、魔法のはいのうを使って、呪文を唱え、まんまと天国に入ってしまうのでした。

グリム童話にしては少し長目の物語です。お話は、最初から最後まで、陽気な兵隊の気まぐれな行動がつづられます。この兵隊のように陽気でいれば、人生、なんとかなってしまうのかも知れないと思わせられる楽しい物語です。


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グリム童話(KHM77) 『かしこいグレーテル』 題名に皮肉が込められた物語の類型
(KHM32)『ものわかりのいいハンス』にしろ(KHM34)『かしこいエルゼ』にしろ、こういう題名が付いているお話にかぎって皮肉を込めてか、正反対の愚かなキャラクターが描かれてきたました。

しかし、このお話の主人公はなかなか頭が回ります。主人公は料理人で、仕事中の飲酒のエピソードが語られます。



しかし、この頭の回り方、意地悪なとり方をすれば、常習的な酒飲みによくみられるそぶりなのです。彼らは、こと、アルコールを飲むための口実に関して、大変、頭が良く回ります。その他、自分に都合の良い出来事の作話などに、彼らの特徴が現れています。

昔は今に比べて、飲酒がそれほど咎められるような行為ではなく、民衆の間でも、こういった行為が、身近にあったことがうかがわれます。

ことにヨーロッパでは昔、衛生的な水が手に入らなかったことから、水分摂取にアルコールを用いていたという話も聞きます。



しかし、このようなことは、やはり当時のヨーロッパでも問題意識があって、冒頭で述べた物語同様、わざと皮肉を込めて、題名を”かしこい”としているのかもしれません。

一見楽しい物語ですが、現代という立脚点から見れば、この主人公の行く末が少し心配になりました。大げさに言えば、主人公は、アルコール依存症者と紙一重です。


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グリム童話(KHM73) 『おおかみときつね』 賢い狐、愚かな狼
(KHM72)『おおかみと人間』に続き、動物寓話ものが続きます。今回は狼と狐の登場です。そして相変わらず狼はマイナスイメージで描かれています。今回は、狼の貪欲さがクローズアップされるのでした。狐は、洋の東西を問わず、良くも悪くも賢いイメージが定着しているようですね。



お話はこうです。狼は、自分のすみかに、狐を住まわせていました。狐は弱いので狼のいうことを何でも聞かなければなりません。狼は、食べ物の調達に、狐を使い走りにしていました。

ところで狼は、狐が調達した食べ物だけではもの足りず、欲をかいて、自ら食べ物の残りを当てに、再び人家に出向いて行くことを常としていました。しかし、狼は、狐のように賢くありません。警戒心が足らず、いつも人間にこっぴどい目に合わされ帰ってきます。

そしてついにはとうとう人間に殺されてしまうのでした。そのことに対する狐の反応は冷たいもので、年とった食いしん坊がいなくなって大喜びとなっています。



相変わらず狼は報われません。動物寓話ですので、動物に例えられた人間のことが書かれているわけですが、確かに、ここに描かれた狼に例えられる人間もいるでしょう。

しかし、いわば、これでもかとばかりに、繰り返し、狼の愚かさを取り立てて、嘲笑っているようなものなので、さすがに読後感が悪くなってきました。

狼の自業自得ですが、狐に愚かさをを憐れむ気持ちでもあれば、別のお話でもできたでしょうに。まあ、そんなこと言ってもしかたありませんが...。



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グリム童話(KHM72) 『おおかみと人間』 西洋における動かしがたい狼のメタファー
狼のビッグマウスを、狐がたしなめるお話です。グリム童話でお馴染みの狼ですが、相変わらずの悪いイメージで描かれています。牧畜が盛んであった民族にとっては、害獣であろうから仕方がないのでしょう。ヨーロッパ文化の根底には、狼に対する、我々とは違ったイメージがあるものと思われます。

これだけたくさん登場して、どれもこれも似通った悪いイメージで描写されます。他をだますというパターンが多いようですが、ここでは大口を叩いて、悦に入っています。いずれにしても孤独なあり方ですね。

そして、物語結末では、おなじみの(KHM05)『狼と七匹の子やぎ』や、(KHM26)『赤ずきん』のお話にあるように、大方、お腹をハサミで切られたりしてしまうのですが、ここでは猟師に顔を鉄砲で撃たれて、体を山刀で切られています。これらのお話たちを読み続けていると、哀れみさえ感じられるほどの徹底ぶりです。

また、狼が登場する物語というと、イソップのオオカミ少年のお話『嘘をつく子供』が有名ですが、イソップは紀元前のギリシャ人です。ヨーロッパ文化における狼のイメージは、根が深く、動かしようがないのかもしれません。



その点、日本の狼は、語源を大神(おおかみ)とするように、古くから狼信仰の対象になっています。近世において狼信仰の中心となった、武蔵御嶽神社や、秩父三峯神社の狛犬は狼です。また、山の神として山岳信仰とも結びついております。



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グリム童話(KHM71) 『六人男、世界をのして歩く』 心のどこかで切に願う世界の単純さ
とある男は戦争に出て働きますが、戦争が終わると国から僅かなお金をもらって、お払い箱になってしまいます。割に合わない報酬に怒って、彼は、自身の活躍に見合ったものを得るために、ある決意をします。仲間を集めて、いつか王さまから国中の宝を手に入れてやるのだと...。

男は、仲間を、その計画の道中で調達してゆきます。そして自身を合わせて六人集まりました。彼らは、おのおの、何らかの技のスペシャリストです。ただしスペシャルなのは、あくまで、その何らか得意な技だけなのであって、皆、どこか抜けています。そんな彼ら、総勢六人が集う、端から見るとなんとも楽しい復讐劇が始まります。



彼らは、王さまに挑みます。しかし、それぞれは、どこか抜けているので、自らピンチを招きます。すると、そこへ、思いついたようにスペシャルな技が繰り出されて、難を逃れるのでした。その様子がユニークで笑みを誘います。

そして最後は、その圧倒的な技の力で勝利を収めるのでした。王様からは、多大な財産を巻き上げて、それを皆で分け、あとは、悠々自適です。



復讐劇なのに、なぜか和んでしまうのでした。もっとも、彼らの言い分には分がありますよね。正しい成果には正しい報酬が分け与えられて然るべきです。それは単純明快な論理なのですが、現実はそうではありません。心のどこかで、世の中は、すべからく、こうあってほしいと切に願うのでした。


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グリム童話(KHM70) 『三人の幸運児』 未知の世界へといざなわれる者
死を前にした、とある貧乏な父親は、自分の三人の息子に、自分の持ち物を分け与えます。そして父親は、その値打ちのないものを、どう賢く使うかが肝心で、それらのものが、まだ知られていない国を探すがよい、と言い残して死んでゆきます。

そして息子たちは、それぞれ、おんどり、大鎌、猫をもらい受け、旅立ち、財産を築いて幸せとなるお話です。



もし、現在もグリム童話が、誰かの手によって改訂を続けられていたのなら、普通に考えると、このお話は、差し替えられていてもおかしくありません。現代は、未開の土地など存在しないからです。

ですが、まだ知られていない実在の土地を、空想の土地と置き換えて考えてみると、まだまだこの物語は存在意義を発します。

空想の土地を、まだ手の付けられていない分野と置き換えても良いでしょう。私の好きな文学の分野に限って言えば、新しい切り口のファンタジー世界の創造も、その一つに数えてもいいと思います。

これは、トールキンが過去に成し得たことです。しかし、トールキンも、いささか古くなってしまいました。消費し尽くされてしまったのです。



それはさておき、末っ子のエピソードには後日談があって、はじめは喜んで猫を買い取った未開の土地の人々が、しくじりを犯すのですが、新しい知恵や発想を生かせなかった人々の、サイドストーリーとしても読めます。


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グリム童話(KHM69) 『ヨリンデとヨリンゲル』 民話の役割
この物語はグリム兄弟以前にも文献として書き手から書き手へと、受け継がれてきたもののようで、こういうものも口承ではありませんが、グリム兄弟の目に止まったようです。

お話は、若くて美しい娘であるヨリンデが、森の中の城に住まう醜い魔女に鳥にされてしまいます。許嫁であったヨリンゲルが、これを助けて幸せになるという物語です。オーソドックスな物語ですが、だからこそ、民話というものの役割について考えさせられました。



洋の東西を問わず、魔女に類する架空の存在が、物語には登場します。彼らは、いろいろな手段を使って、人間を苦しめるわけですが、その目的は、主人公に、試練を与えるものといっていいでしょう。ならば、語られる我々には、それらの試みはどういった意味をもたらすのでしょうか。

それらの試練は、読者である我々にも葛藤をもたらします。そして、これらの体験は、我々が実際の現実に対するときの、先験的な状況把握や、各人の行動指針の確立に寄与してくれるのではないでしょうか。つまり、ある種の、未来を見通せる力を与えてくれるのです。

もちろん、物語から得られる、先験的な体験は、ある意味弱いものと言えるかも知れません。しかし語られる段階で、人々の心に方向性としての、折り目くらいはつけてきたのではないでしょうか。各人は、実際の生活で、様々な試練に出会うたびに、それら先験的に得たものを、反復して、より強いものとしていけばよいのです。



また、各人の、現実の問題として、あたかも、試練を乗り越えられず、脱落したかのように思う出来事が起こるかも知れません。しかしそれは、短期でものを見た場合のことであって、長期的には、これら物語が語るように、概ね帳尻があっているものと思っています。

楽観的かも知れませんが、グリム童話を含む民話とは、長い時を経て、民衆が、自らの手の中で大切に育ててきた物語です。ただの絵空事だけを語っているわけではないものと思っています。


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グリム童話(KHM68) 『ペテン師と大先生』 自らが自らのための変身
父親であるヤンは、自分の息子の手に職を付けさせるためにせよ、そのやり方は、いい加減そのものです。偽りの神託によって、まさかのペテン師の道を歩ませようとするのです。

そして、その先生を探しに、森を歩き回ります。そこで出会った、とあるおばあさん、おそらく魔女でしょう、彼女はそれならと自分の息子を紹介します。その息子がペテンの大先生だというのです。

息子を、その親方にあずけて早一年、ヤンの息子は、親方と同じ、魔法で変身の術を身につけた、立派なペテン師となるのでした。



さて、晴れてペテン師となった、主人公と言って良いのでしょう、ヤンの息子は、変身の術を利用して人から金を巻き上げようとします。しかし、その相手が、師匠であるペテン師の親方であったのだから、さあ大変です。

変身の術を駆使しての、一騎打ちが始まります。そしてヤンの息子は親方を倒してしまいます。



魔性使いが男であるのは、グリム童話では珍しいですね。それとの関係も気になりますが、この物語、自らが自らのために変身ができる主人公が登場するという意味では、グリム童話では(KHM51)『みつけ鳥』と共に、この分類での双璧をなす物語ともいえます。ペテン師の師弟対決という、何とも間の抜けたお話ですが、それだけではない物語だと思います。



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グリム童話(KHM67) 『十二人の狩人』 ひきさかれた恋仲のふたりのゆくえ
この物語では、恋仲であった若い王子と、その許嫁の王女の二人の愛情が試されます。



王子の父親が死に、その遺言により、王子はやむなく、許嫁の王女を無視して、父の勧めた王女と結婚をしようとします。

それを聞いた許嫁の王女は、たいへん悲しみますが、すぐに父親である王に頼んで、自分と顔も姿もそっくりの娘を十一人集めさせました。そして十二人分の狩人の服を作らせ、それらを自分と彼女らに着せて男に化け、王子のもとで雇わせ潜伏します。彼女は諦めきれなかったのでしょう。一方王子は、許嫁の王女を無視したわけですが、彼の本心は、依然、許嫁の王女と共にありました。



ところで、王子は、一頭のライオンをかっていました。そのライオンは不思議な力を持ち、真実を見通すことができるのです。十二人の狩人が、実は男ではなく娘達であることも見通していました。

そして、ライオンは幾度もそのことを王子に忠告して、真実を暴くための試みがなされるのですが、狩人たちはその秘密を知られることはありませんでした。彼女たちには、城の召使である内通者がいたので、事前に対策が取れたのです。

ライオンの度重なる忠告は、狩人たちにかわされて信用を失います。一方、王子と狩人たちは親密になってゆくのでした。



ある日のこと王子と狩人たちは狩りに出かけました。そこで王子は、王の遺言で、結婚が約束された王女が到着するとの知らせを受けます。それを狩人に扮した許嫁の王女も聞いてしまいます。許嫁の王女は気を失ってしまいました。

王子は狩人のその一人が、許嫁の王女であることをようやく知ることになります。



二人の間を裂こうとするものとして、王さまの遺言がありました。これが二人の愛情の試練になっています。実際に密かにそのさじ加減をコントロールしていたのは城の召使でした。

それに対して、二人のよりを戻そうとするちからも働いています。真実を見通すライオンの存在です。これは王子の心の代弁者とも取れます。一方、許嫁の王女には、狩人に変装してまで諦めない心がありました。

二人が元の鞘に収まるには、二人の気持ちが依然強くつながっている必要があります。ライオンと狩人という表現は、これをよく例えています。イメージしてみるとピッタリのメタファーですよね。そしてふたりは、再び相手をみつけて、結ばれるのでした。


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グリム童話(KHM66) 『うさぎの花嫁さん』 ファンタジックな物語
うさぎが、主人公の娘を連れ去って、花嫁にしようとする物語です。主人公の娘をさらって花嫁にするというお話は、(KHM46)『フィッチャーの鳥』にもみられますが、これは悪に与する魔術師の仕業でした。しかし、この物語のうさぎには、悪意のようなものは感じられません。お話しの最後では、うさぎは、主人公の娘に逃げられ、哀れみさえ抱かされる展開になっています。

登場するのは、主人公である娘、主人公と一緒に暮らす母親以外は、主人公をさらううさぎ、あとは結婚式に呼ばれるこれまたうさぎたち、カラスの牧師、狐の世話役と動物ばかりとなっています。

主人公と暮らす母親の登場する意義も希薄ですが、動物たちの意味するところもよく分かりません。全体としてお話しの掘り下げが少なく、多くの部分が、読者の空想に任されている、といった印象です。物語の分量も大変短いものです。



主人公が、連れ去られる際、うさぎのしっぽに乗せられて、場面が一挙に変わるところから、主人公が連れ去られた先は、おそらく異界といってもいいでしょう。

わたしは、ルイス・キャロルの物語を連想してみました。しかしキャロルの物語では、その異界が、最後に、夢の出来事として片付けられていたのに対して、この物語では、うさぎの目線で物語が閉じられていることから、異界の存在が否定されず、よりファンタジックな仕掛けになっていると思います。


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グリム童話(KHM65) 『千枚皮』 禁忌についてのテーマをもつ物語
この物語をどう扱っていいのか考えあぐねています。多くの社会で禁忌とされている親子婚ですが、物語では、それが成就されます。物語のなかでも、はっきりと、いけないことであることが語られています。



物語は王さまの妃が突然亡くなることに端を発します。彼女は亡くなる直前に、自分が亡くなったあとは、自分と同じ美しく、金髪の女性と再婚しなさいと遺言します。

しかしそのような女性は見つからず、困っていたところ、王さまは自分の娘ならぴったりだということに気づきます。そして、周りの反対を他所に、自分の娘と結婚をしようとするのでした。



王女である娘は、城を出て、身を落としてまでそれを拒みます。そして時がたち、王さまは出て行った娘のことなど忘れてしまっているようです。一方娘は生きてゆくために、題名にもなっている千枚皮のマントに身を隠しながら、城に戻って下働きをしているのでした。

しかし、次第に娘は、その態度に変化が生じてきたのでしょうか、どこの誰ともわからなくなっている今、あからさまではありませんが、王さまに近づこうとするのです。



そして、物語の最後、ふたりは結婚します。王さまは、結婚相手を、自身の娘であると気づいていないのでしょうが、事実上親子婚が成立していたのでした。そしてお互い幸せに過ごしたとなっています。

ですが、事実を知っている娘は幸せだったのでしょうか。なので娘が魔女であることがほのめかされたりもします。



物語というものは願望をテーマとすることがあります。よって、このような願望が実際に存在していたかも知れないことが、定かではありませんが、うかがわれます。

しかしこのような願望は道徳的に問題があるため、時の語り手によって、内容がが淘汰されていくものです。小説ではない、物語とは、そういうものです。

しかしグリム兄妹の時代にあっても、十分問題にされていいはずだと思うのですが。第七版まで改訂がなされませんでした。

それとも、禁忌の周知を目的としているのでしょうか。王女が魔女であるというほのめかしは、弱く感じられますが...。


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グリム童話(KHM64) 『金のがちょう』 兄たちの賢さと弟の賢さの差異
このお話も、三人兄弟の末の弟が活躍する物語です。これで三話続きました。分類的には、未子成功譚の類型のお話と考えてよいでしょう。

この末の弟たちには共通点がありました。物語序盤では、愚かであるとか、間抜けであるとかいうマイナスイメージの形容がなされているのです。しかし、彼らは、周囲のものに助けられて、最終的には成功をおさめています。

また、この周囲の助けるものが、動物であったり、小びとであったりと、異類のものであるところにも共通点があります。



人は、その行動規範を司る価値観の上位に、賢さというものをおいています。それ自体には間違いがないと思うのですが、その賢さの用いられ方については、人それぞれ、千差万別なのではないでしょうか。

例えば、わかりやすい例をあげるなら、ずる賢いという言葉があるように、賢さにも、悪いイメージの用いられ方があります。しかし、にわかにはわかりづらい用い方もあります。それらの差異を区別して、正しい評価をくだすために、動物や小びとなどの異類のものたちが登場しています。

そう、動物や小びとたちによって、末の弟の、愚かであるとか、間抜けであるとかいうマイナスイメージは、払拭されます。そして、本来、末の弟は賢くあったのを、それを見ずらくしていた、優しさなどの属性が積極的に評価されて、末の弟たちの本質が、改めておおやけにされるのです。



このお話では、森に木を切り出しにいく賢い兄たちは、そこで出会った小びとをぞんざいに扱ったため、斧で怪我をして、ことをなせませんでした。

しかし、末の弟は小びとに対して優しく接したため、切り倒した木の根っ子から、金のがちょうを手に入れます。それが気難しい王女の笑みを誘う展開にまで発展して、しまいには王女と結婚をし、末の弟は国王となりました。


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グリム童話(KHM63) 『三枚の鳥の羽』 本当の愚か者なら徳は得られない
賢い兄の二人の王子と、おとなしく、間抜けな、”おろか王子”と呼ばれている末の弟の王子の、国の後継者争いのお話です。

後継者を決めるのに、王さまは、三枚の鳥の羽を空に飛ばしました。落ちた方角へ、それぞれの王子が、王様の目当ての物を探しに行かなければなりません。それができたものを後の王さまとします。

兄たちの羽は、西に東に飛んでいきます。ところが末の弟の”おろか王子”の羽は、足元の地面に落ちてしまうのでした。がっかりです。



上ふたりの兄は、弟が間抜けなのをいいことに、いい加減なものを見繕って王のもとへ帰還します。

そして、”おろか王子”である末の弟が、どういう訳か、足元に落ちた羽のところに出来た、上げ戸を伝って、地下の蛙の元へゆくと、都合よく、蛙が王の望みのものを提供してくれる、という筋書きです。

そして最後に、王位を獲得した”おろか王子”である末の弟が、賢く国を収めましたとなっています。この物語も、やはり、末子成功譚のようです。



”おろか王子”が賢く、というところに、ユーモアが感じられ、あるいは、何か引っかかるものを感じます。

しかし、お話の展開上、また地下世界の蛙にでも助けてもらっていた、と考えてもいいわけです。何も、国をおさめるのは王さま一人と考えずとも、参謀として蛙がいたっていいでしょう。

(KHM62)『みつばちの女王』と同様、愚か者が、周囲の動物たちの協力を得て、幸せになっていきます。逆にいうなら、周囲が助けてくれるような、徳を持った愚か者なら、成功をおさめることができる、というお話だと思います。

あるいは、徳のある末の弟は、分かりづらいのですが、本来賢かった、ということもできると思います。


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18:33 : グリム童話(KHM 061 - 086) : comments(0) : trackbacks(0) : かがりん :
グリム童話(KHM62) 『みつばちの女王』 世界に分布する末子成功譚、動物報恩譚
世界の民話、昔話には、兄弟、あるいは姉妹が登場して展開されるお話しが多いのですが、重用な役割を占めるのは、大抵、弟か妹です。

彼らが、大人数の時は、末っ子がその役割を果たしています。彼らは、一見、賢いか愚かであるかして、物語の牽引役をになっています。



この物語では、三人兄弟の冒険が語られるのですが、末の弟が、主人公をにない、兄達から馬鹿にされる、一見、愚か者として登場します。

末の弟は、その持てる心優しい心性から冒険で出会う動物たちを助けていきます。そして、とある城にたどり着くと、そこには試練が待ち受けているのですが、それを乗り越えるために、その動物たちが恩返しをしてくれるという展開です。このお話は、未子成功譚であり、動物報恩譚でもあるでしょう。



では、この物語で試練を与えるのは誰か。それは伏せられています。ただ、そのメッセンジャーとして登場するのが小人です。

小人は、これまでも、いろいろな物語で様々な役割をになってきました。決まった役割があるわけではないのですが、いつも重要な役割を果たしてきました。

この物語では魔法によって閉ざされた城の管理人といったところでしょうか。彼が出す試練を乗り越えると城にかけられた魔法が解けるという展開です。



その試練に、兄たちは難儀しますが、最後は、前述のように、弟と弟が助けた動物のおかげで全てがうまくことが運びます。こうして城にかけられた魔法は解けました。魔法で眠らされていた三人姉妹の王女たちは目覚めます。

そして弟は、末のお姫様と結婚します。兄たちも、ふたりの姉と結ばれます。最終的には、兄達は、愚か者として、さんざん馬鹿にしていた弟に、幸せを分けてもらったというエンディングです。



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グリム童話(KHM61) 『小百姓』 欲というものを熟知した男
登場する村人は、主人公を除いて、皆、金持ちであり、主人公は、小百姓と呼ばれていました。彼は、雌牛一頭さえ持っていませんでした。

ところで、必要以上の金を得るためには、欲かきでなければならない、という前提が、この物語には設定されています。よって村人は、皆、大なり小なり欲かきです。

さらに小百姓は、欲かきの悲惨な末路を熟知しているようにも見えます。欲をかくとどうなるか。それらのことを利用して、小百姓は、村人たちを亡きものとし、ただ一人残った自分を、村の、唯一の、相続人としてしまうのだから。



小百姓にだって、金持ちになりたいという願望は人一倍あったでしょう。でも今までそれは実現しませんでした。それはもしかしたら、彼の真摯な心の現れだったのかもしれません。

彼は物語序盤では、健気な正直者として描かれています。自らに、貧しい暮らしを課してきた、とも取れなくもないのです。それが、ある事件を切っかけに、その堰は崩れます。小百姓の大切にしていた、張り子の雌牛が、ぞんざいに扱われてしまうのです。



彼はもともと知恵者であったようです。その知恵を使って、まわりをコントロールし、欲に溺れるものを破滅させてゆきます。そして冒頭にも述べた通り、自分を、村の、唯一の相続人にしてしまうのでした。

富を手に入れた主人公は、その後どうなるのでしょう。続きがあるなら読んでみたいです。


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