子どもの本を読む試み いきがぽーんとさけた
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『のら犬』 新美南吉 - 気のやさしいお坊さんのお話し
青空文庫 『のら犬』 新美南吉



常念御坊は、碁がなによりもすきでした。きょうも、となり村の檀家へ法事でよばれて、お昼すぎから碁をうちつづけ、日がかげってきたので、びっくりしてこしをあげました。

檀家さんは、これからじゃもう夜になってしまうから、泊まっていらっしゃいと引き留めますが、常念御坊は、小僧の正観が寂しがりますからと、寺へ帰っていきました。



常念御坊は村のはずれまで来ると、早くも冬の日が暮れてきました。ふと後ろを振り返ると、きつね色をしてやせ細ったのら犬が後をつけてきます。

すっかり夜になってから常念御坊は峠の下の茶店で提灯を借りようと立ち寄り、借りるだけでは変なので、だんごを包んでもらいました。

常念御坊は、茶店のばあさんに先ほどののら犬のことを話すと、それはここらで人を化かす狐だといいました。常念御坊は余計なことを聞いたと不安になりました。

茶店を出るとのら犬はクンクンと鳴き声を発してついてきます。常念御坊は、もしあれは狐で、化かされたらどうしようとびくびくしていました。抱えていただんごも、どこかへ落してしまったようです。



峠を越えると、やがて寺につきました。常念御坊は小僧さんを呼んで、のら犬を追っ払うように言いました。小僧さんはのら犬がだんごの包みを咥えているのをみました。それは常念御坊が落としただんごでした。そして、小僧さんはだんごを取り戻すと、のら犬をほうきで追っ払いました。

しかし常念御坊は、あれは確かに狐ではなくのら犬だったと、きまり悪そうにして、小僧さんにいいました。「かわいそうに。犬なら、のら犬だ。食いものも、ろくに食わんとみえて、ひどくやせこけていた。はるばる、となり村から、わしについてきたのだから、あったかくして、とめてやろうよ。」と。

それに、わしの落としただんごまで、ちゃんと、くわえてきてくれたんだもの。おれがわるいよと、これだけは心のなかでいって、ちょうちんをもって、のら犬を探しに出ていきました。と物語は結ばれます。


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怖がりで気が弱いけれど、やさしいお坊さんのお話です。その人間味あふれる心情が巧みに描かれています。

物語最後含みを持たせた終わり方をしているので、その後のことは、読者の想像に任せられています。

きっと、こののら犬は、元飼い犬だったのではないでしょうか。人に飼われていた犬猫は、守ってやらねばと思わせられる、どこかけなげなところがあります。

そして、これからはお寺で大事に飼われたのではないでしょうか。なんて想像しています。



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18:15 : 新美南吉 : comments(0) : - : かがりん :
『百姓の足、坊さんの足』 新美南吉 - 南吉の人生観
青空文庫 『百姓の足、坊さんの足』 新美南吉



貧しい百姓の菊次さんは、雲華寺の和尚さんが米初穂をあつめてまわるのにお供していきました。

米初穂といふのは、ことしの秋とれた新しいお米のことで、村の百姓達はそれを少しづつお寺にささげて、仏様にのちの世のことを頼んだのであります。

ふたりはお米の寄進先で大好きな酒をふるまわれます。帰り道、酒に酔った菊次さんは石につまずいて大切な米を道にまいてしまいました。

なんと罰当たりなことに和尚さんはそれを足で散らせてしまいました。菊次さんも一緒になって足で散らしてしまいました。

この行為に罰が当たったのか、菊次さんはびっこになってしまいます。同じ行為をした和尚さんには罰が当たらず、菊次さんは天を恨みました。



しかし菊次さんは気づきました。米の本当の値打ちを知っている百姓だからこそ自分に罰が当たったのだと。一粒の米を収穫するのにどんなに苦労をすることか。

和尚さんは百姓ではありません。だから、知らずにしたことだから、米を踏みにじつてもばちがあたらなかつたのでしょう。

それを思うと菊次さんは、もう天を恨む気持ちはなくなりました。罰が当たっても当然なのだと、ただ悔い改めました。菊次さんは生まれ変わったように美しい心になっていたのです。



やがてふたりは同じ日に亡くなりました。

和尚さんは、菊次さんが思つたとおり、運のつよい人であつたと見えて、べつだんびつこにもならずにいました。

そして、いつも元気で、顔をあぶら汗でてらてらさせながら、酒くさい息でお経をよんで、年をとり、死ぬ前の晩にも一升二合ばかり酒を飲んで、死ぬときは何の苦もなく、ころりと死んでしまつたのでありました。



現世で悔い改め反省した菊次さんは、極楽へ、和尚さんは地獄へと落ちていきます。


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現世で悔い改め、反省した者が、極楽へ行けるというお話に思えます。もっとも現代人は、現世利益のほうを望むのではないでしょうか。死後の世界など信じません。和尚さんの生き方、死に方が、理想に思えます。

南吉も、死後の世界の話について、気がすすまないと断り書きを述べたうえで、それでも、ここでお話をやめてしまふわけにはいかないのであります。とも述べて話しを続けます。

南吉の譲れない人生観が述べられているところなのでしょう。死後の世界があるとして、極楽への道しるべのような…。



わたしは南吉の人生観をよくあらわすものとしてもう一つ、彼の著作の伝記である『良寛物語手毬と鉢の子』をあげたいと思います。

生臭坊主に対する良寛さん。菊次さんに、良寛さんの生き方が重なります。



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